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第十章
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歩いて直ぐに砂浜が広がっており、海が見え波の音が聞こえる。カップルや家族連れが何組かいたが、人はそれほど多くなかった。賢吾は砂浜の真ん中辺りまで歩き、ぐるりと見渡した。
直後、賢吾の顔は険しくなった。
かなり広い。仮に楓がいるとしても、見つけられるか不安だった。とりあえず右側から一周するかと、賢吾は足を進めた。
だが、すぐさま無理だと賢吾は悟った。革靴でこの砂浜を歩き続けるのはキツすぎるため、靴と靴下を脱ぎ素足になる。これならいけそうだ。と、賢吾は靴下を入れた革靴を手に持ち、歩みを再開した。
その後、右側の端に着いたものの楓がいないので、左端へと進み直す。賢吾が歩き始めた中間地点まで戻ると、三十分以上が経過しており賢吾の息は切れていた。
楓がいなかったら、おっさんの単なる運動だな。そう、自嘲的な笑みを浮かべつつも、賢吾は歩く速度を緩めなかった。
中間地点から左側へと進み始め、十数分後。
左端に到着した賢吾は、息を整えながら安堵の表情を浮かべた。
隅っこの波打ち際で一人、さざ波を足に受けながら遠くを眺めている。紺色のワンピースを着用している若い女性。後ろには彼女の物であろう、緑色の靴が置かれていた。
守屋楓に間違いなかった。
賢吾は左から向かえば良かったと後悔したが、見つけられたことに満足し頬を緩める。賢吾は靴下と靴を履き直した後、楓からは見えないよう後ろ側から近付いた。
「休暇中に申し訳ない」
賢吾が声を掛けると、楓はびっくりした様子で振り返った。
「……社長」
そう呟いた後、楓は賢吾から離れようとした。
「逃げないでくれ」
咄嗟に賢吾は言い、楓の足が止まった。
困惑した表情を向けてくる楓に対し、賢吾は穏やかな顔をした。
「怒りに来たわけでもないし、責めに来たわけでもない。話を聞きに来たんだ」
賢吾の言葉に、楓は更に戸惑っているようであった。
「今、君が思っていることを聞かせてくれないか?」
賢吾が笑顔で問い掛ける。すると、楓の顔は徐々に曇っていった。
「……わからないんです」
小さな声で放たれたその言葉は、正しく今の楓を表すものであろう。と賢吾は感じた。
「辛いことがあったらここに来て海を眺め、感情を必死に整理していました。……でも今回は無理です。どうしたらいいのかわからないんです」
楓の沈んだ顔を見て、賢吾は深く息を吐いた。
「コウと初めて会ったのは中二か?」
そう聞く賢吾。楓の資料には、輝成が妙子と楓に接触した日付も記載されていた。妙子の方が先だったが、楓とも中学二年生の時に接触したと記されていた。
「はい。お婆ちゃんが味方だと紹介してくれました。猫の面をしていて不気味でしたが、顔を怪我しているから見せたくないと言われ、かわいそうだなと思ったのが最初の印象です」
楓の回答に、その境遇で他人をかわいそうだと思えたのか。と賢吾は感服した。
「中学三年生の頃から、お婆ちゃんの体調が悪くなってきて、大宮さん……じゃなくて波多野さんに面倒を見てもらうことが多くなりました」
「あいつも、一時期は土日丸々いないことが多かったからな。君のところに行っていたんだね。結構距離があるのに、毎週よくやっていたわな」
「……感謝しかないです」
楓は申し訳なさそうに呟き、唇を噛んだ。
「卒業後に神奈川県の大和市に居を移し、通信制の高校に通い始めた。これもコウが?」
賢吾は再び経緯を聞いた。資料には10.5被害者の会のツテを頼りにし、大宮賢吾(輝成)が諸々手配したと記載されていた。
「はい。全日制は危険なので……あまり通わず人と触れ合わなくて済む、通信制の高校がいいんじゃないかと言われ、そうしました。住居やアルバイト先も波多野さんに用意してもらいました」
楓は、賢吾が把握している資料通りの内容を口にした。
その後、必死に勉学に勤しみ名門大学へと進む。楓はいわくつきだが、高校時代の教師は楓の境遇に理解を示し、また、楓が進んだ大学のOBでもあったため、便宜を図ってくれたという運もあった。楓が受けた仕打ちへの対価としては、些細な運ではあるがな。そう、賢吾は心の内で補足した。
賢吾は波に当たらぬように楓の横へ近付き、地平線を見つめた。
「コウと一緒にいて、楽しかった?」
朗らかに賢吾は言った。
「そうですね。私は楽しかったし、嬉しかったんだと思います」
「……思います?」
わかっていないのか?
と賢吾は不思議に思った。
「あの、私はそういう感情を持ったことがなかったんです。ソリッドで働き始めてから、そういう感情に気付きました。だから、あの時は楽しかったんだってわかったんです」
楓がそう説明してくれた。
「コウも……俺に同じことを言っていたよ」
過去に輝成が似たようなことを言っていたと、賢吾は思い返していた。
「ですが、波多野さんは私といることが嫌だったでしょうね。事実を知った今となっては、苦行以外の何物でもなかったと理解できます」
楓はまた、どんよりとした表情になった。
「俺はそうだと思わんね」
瞬時に賢吾が否定をした。
「あいつは好きで君の面倒を見ていたんだよ」
賢吾が言い放つと、楓は目を丸くした。
「守屋さん。責めるわけではないが、今から事実だけを言わせてもらう。少し嫌な気持ちになるかもしれないが、聞いてもらえるかな?」
賢吾が意思の確認をすると、
「はい」
楓は小さく頷いた。
「俺の家は割りと裕福な方でな。それでも俺は出来のいい妹と比べられ、非行に走った。両親が事故死し、腐っていてはダメだと一念発起をして定時制の高校に入った。その時に出会ったのがコウだ。コウの父は幼い頃に蒸発し、母は男と放蕩三昧、DVにネグレクト、お世辞でも恵まれている環境とは言えなかった。だが、コウは俺とは違って非行に走らず、事実を受け止め真面目に生きていた。妹以上に勝てんなと思ったよ」
「実際……凄い方でしたから」
楓は己へ染み込ませるように言っていた。
『考えたことなかったですね。生きることに必死で、そんな暇はありませんでした』
楓の言葉が賢吾の脳内で再生された。
直後、賢吾の顔は険しくなった。
かなり広い。仮に楓がいるとしても、見つけられるか不安だった。とりあえず右側から一周するかと、賢吾は足を進めた。
だが、すぐさま無理だと賢吾は悟った。革靴でこの砂浜を歩き続けるのはキツすぎるため、靴と靴下を脱ぎ素足になる。これならいけそうだ。と、賢吾は靴下を入れた革靴を手に持ち、歩みを再開した。
その後、右側の端に着いたものの楓がいないので、左端へと進み直す。賢吾が歩き始めた中間地点まで戻ると、三十分以上が経過しており賢吾の息は切れていた。
楓がいなかったら、おっさんの単なる運動だな。そう、自嘲的な笑みを浮かべつつも、賢吾は歩く速度を緩めなかった。
中間地点から左側へと進み始め、十数分後。
左端に到着した賢吾は、息を整えながら安堵の表情を浮かべた。
隅っこの波打ち際で一人、さざ波を足に受けながら遠くを眺めている。紺色のワンピースを着用している若い女性。後ろには彼女の物であろう、緑色の靴が置かれていた。
守屋楓に間違いなかった。
賢吾は左から向かえば良かったと後悔したが、見つけられたことに満足し頬を緩める。賢吾は靴下と靴を履き直した後、楓からは見えないよう後ろ側から近付いた。
「休暇中に申し訳ない」
賢吾が声を掛けると、楓はびっくりした様子で振り返った。
「……社長」
そう呟いた後、楓は賢吾から離れようとした。
「逃げないでくれ」
咄嗟に賢吾は言い、楓の足が止まった。
困惑した表情を向けてくる楓に対し、賢吾は穏やかな顔をした。
「怒りに来たわけでもないし、責めに来たわけでもない。話を聞きに来たんだ」
賢吾の言葉に、楓は更に戸惑っているようであった。
「今、君が思っていることを聞かせてくれないか?」
賢吾が笑顔で問い掛ける。すると、楓の顔は徐々に曇っていった。
「……わからないんです」
小さな声で放たれたその言葉は、正しく今の楓を表すものであろう。と賢吾は感じた。
「辛いことがあったらここに来て海を眺め、感情を必死に整理していました。……でも今回は無理です。どうしたらいいのかわからないんです」
楓の沈んだ顔を見て、賢吾は深く息を吐いた。
「コウと初めて会ったのは中二か?」
そう聞く賢吾。楓の資料には、輝成が妙子と楓に接触した日付も記載されていた。妙子の方が先だったが、楓とも中学二年生の時に接触したと記されていた。
「はい。お婆ちゃんが味方だと紹介してくれました。猫の面をしていて不気味でしたが、顔を怪我しているから見せたくないと言われ、かわいそうだなと思ったのが最初の印象です」
楓の回答に、その境遇で他人をかわいそうだと思えたのか。と賢吾は感服した。
「中学三年生の頃から、お婆ちゃんの体調が悪くなってきて、大宮さん……じゃなくて波多野さんに面倒を見てもらうことが多くなりました」
「あいつも、一時期は土日丸々いないことが多かったからな。君のところに行っていたんだね。結構距離があるのに、毎週よくやっていたわな」
「……感謝しかないです」
楓は申し訳なさそうに呟き、唇を噛んだ。
「卒業後に神奈川県の大和市に居を移し、通信制の高校に通い始めた。これもコウが?」
賢吾は再び経緯を聞いた。資料には10.5被害者の会のツテを頼りにし、大宮賢吾(輝成)が諸々手配したと記載されていた。
「はい。全日制は危険なので……あまり通わず人と触れ合わなくて済む、通信制の高校がいいんじゃないかと言われ、そうしました。住居やアルバイト先も波多野さんに用意してもらいました」
楓は、賢吾が把握している資料通りの内容を口にした。
その後、必死に勉学に勤しみ名門大学へと進む。楓はいわくつきだが、高校時代の教師は楓の境遇に理解を示し、また、楓が進んだ大学のOBでもあったため、便宜を図ってくれたという運もあった。楓が受けた仕打ちへの対価としては、些細な運ではあるがな。そう、賢吾は心の内で補足した。
賢吾は波に当たらぬように楓の横へ近付き、地平線を見つめた。
「コウと一緒にいて、楽しかった?」
朗らかに賢吾は言った。
「そうですね。私は楽しかったし、嬉しかったんだと思います」
「……思います?」
わかっていないのか?
と賢吾は不思議に思った。
「あの、私はそういう感情を持ったことがなかったんです。ソリッドで働き始めてから、そういう感情に気付きました。だから、あの時は楽しかったんだってわかったんです」
楓がそう説明してくれた。
「コウも……俺に同じことを言っていたよ」
過去に輝成が似たようなことを言っていたと、賢吾は思い返していた。
「ですが、波多野さんは私といることが嫌だったでしょうね。事実を知った今となっては、苦行以外の何物でもなかったと理解できます」
楓はまた、どんよりとした表情になった。
「俺はそうだと思わんね」
瞬時に賢吾が否定をした。
「あいつは好きで君の面倒を見ていたんだよ」
賢吾が言い放つと、楓は目を丸くした。
「守屋さん。責めるわけではないが、今から事実だけを言わせてもらう。少し嫌な気持ちになるかもしれないが、聞いてもらえるかな?」
賢吾が意思の確認をすると、
「はい」
楓は小さく頷いた。
「俺の家は割りと裕福な方でな。それでも俺は出来のいい妹と比べられ、非行に走った。両親が事故死し、腐っていてはダメだと一念発起をして定時制の高校に入った。その時に出会ったのがコウだ。コウの父は幼い頃に蒸発し、母は男と放蕩三昧、DVにネグレクト、お世辞でも恵まれている環境とは言えなかった。だが、コウは俺とは違って非行に走らず、事実を受け止め真面目に生きていた。妹以上に勝てんなと思ったよ」
「実際……凄い方でしたから」
楓は己へ染み込ませるように言っていた。
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