神がこちらを向いた時

宗治 芳征

文字の大きさ
上 下
12 / 70
第二章

2-4

しおりを挟む
 橘は何か言いたげだったが、鼻を鳴らしただけでそのまま去った。そして、寺島、山岡、辰巳、渡辺の順で出ていった。
「賢吾さん! 痺れました。さすがっす」
「締める時は、やっぱり賢吾さんじゃないと」
 栗山、平田が賢吾へ嬉しそうに声を掛けてきた。
 賢吾は照れていたが、
「チンピラーズうっさい!」
 石橋からの一喝に表情が消えた。
 栗山と平田も小型狂犬に噛み付かれ、すごすごと退散していった。
「賢吾……あんた、強引に決めたけどさ。ここで拗れると会社的にもやばいよ?」
 そう賢吾へ言う松井は、まだ頬杖をついたままであった。
「派閥争いなんかしている場合じゃないからね、賢ちゃん?」
 続いて、玲子からも厳しい言葉。
「……わかってるよ。デカ、勝手に決めてすまん」
「決めてから謝らないでくださいよ」
 片倉は仕方なさそうに笑った。
「ケイちゃん、私も手伝うわ。楓ちゃんも一緒に頑張ろ!」
 石橋は軽くテーブルを叩いた後、楓の手を握った。
「あ……はい!」
 楓は困惑の表情であったが、勢いに負け頷いていた。
「社長にはケイちゃんの雑務と、ウチが抱えている重いクレーム処理をお願いしまーす。社長は企画のセンスゼロだし、それでいいですよね竜次さん?」
 石橋が勝手に話を進め竜次へと確認すると、
「問題なし。それでいこう」
 間もなくゴーサインが出た。
「おい」
 と賢吾がツッコミを入れるが、誰もが無反応だった。
「デザインが必要なら手伝うから言ってね」
 松井は立ち上がり石橋と片倉へ言った。
「姉さんのところで、社長が負担できそうなのってないですよね?」
 石橋が松井に確認した。昔から石橋は松井のことを【姉さん】と呼称しており、今では栗山や平田など一部の社員もそう呼んでいる。
「賢吾は不器用だもん。余計に仕事が増えるだけだわ」
 松井は手で追い払うような所作をして笑った。
 失礼だなと賢吾が思っている矢先、
「すみません、ウチの社長が使えなくて」
 と片倉が言った。
 もっと失礼な奴がいたよ。
「おい!」
 賢吾は再びツッコミを入れるが、既に松井と石橋、そして楓はいなかった。
「開き直ったんですね。少し見直しましたよ」
 俯いていた賢吾にそう言った片倉は、ミーティングルームのドアノブに手をかけていた。その横には竜次と玲子もいる。
「企画、仕上げてみせます」
 片倉は真剣な面持ちでそう言い、
「その間、トーカと僕のフォローをお願いしますよ。雑用ばかりですけどね」
 と最後に微笑んだ。
「根性を見せろよ」
「ちゃんとやらないと、賢ちゃんの給料下げるからね」
 竜次と玲子からも激が飛ぶ。
 やるしかないんだ。
 コウが決めた社長は俺だ、と賢吾は気が昂った。
「おうよ!」
 親指を立て、賢吾は声を張り上げるのであった。

 賢吾が腹を括ってから一週間。
 賢吾は自分の業務であるスポンサーとの接待や営業をこなし、会社に戻ったら片倉の雑務や石橋が抱えている重クレームの対応。
 重クレームは石橋が一緒に確認してくれたが、自分の受け答え如何によって会社に傷がつくので凄まじいプレッシャーだった。プレッシャーに弱い賢吾は何度か案内を間違えてしまうのだが、石橋のお陰で大事には至らなかったものの、その都度石橋から噛み付かれた。
 そういう意味では量こそは多かったものの、片倉から出された書類仕事の方がまだマシだったかもしれない。
 いや、どっちもきつかったな。
 そう、賢吾は改めて新参者達の能力の高さを痛感していた。
 そして、あっという間に約束の一週間が終わり、再企画会議が始まる。
 賢吾は疲労困憊からミーティングルームの中で放心状態だったが、人が集まり始め強制的に意識が現実へと戻された。
 それから、前回と同じメンバーは前回と同じ席に座り、全員が揃った。
「では、再企画会議を始めます」
 橘がそう言い、再企画会議は開始された。
 ディスプレイへと移動した渡辺は、準備が終わると正対し一礼をする。
「前回の内容について、ビジョン自体は否定されなかったので根幹は変えていませんが、石橋さんから指摘があったところを踏まえ、課金周りを主に修正させていただきました」
 ディスプレイには、アプリの課金に関する仕様や画像が映し出された。
「一つ目、生年月日の必須登録。二つ目、未成年ユーザーのクレジットカード登録は仕様として不可にします。三つ目、月額購入金額の上限を三万にし、未成年ユーザーはそれ以上課金できない設定にします。そして最後の四つ目ですが、月額購入金額の上限解除をしたい場合、ユーザー自身で手続きするようにします。これは、無闇に課金させないというこちらからのメッセージにもなりますし、ユーザー自身に責任を持ってもらうという意味合いにもなります。ユーザーから解除申請を送ってもらい、こっちが受け付けてから解除するということも考えたんですが、運営やCS、プログラマーやサーバーも高負荷となりますし、何より期間限定のアイテム販売やタイムセールなどの実施が困難となります。解除なんか待ってられないって言われそうですからね。こちら側としては上限解除申請を設けた。成人ユーザーに関しては、自己管理していただく他ありません。ただ、未成年ユーザーが課金をする場合は、親の承諾を得たかのアラートを出します。山岡さんや辰巳さんにも相談し、CSには負荷が掛からないようできるとのことです。これで……いかがでしょうか?」
 説明し終えると、渡辺は石橋へ確認した。少し唸ってから石橋は渡辺に顔を向ける。
「一つ目以外は悪くない。でも肝心の一つ目を徹底させることが無理だよね?」
「はい、仰る通りです。ここはユーザーに委ねるしかないです。未成年だとしても、成人として登録は可能です」
「形だけで未成年でも成人として登録できるじゃないかって、吠えるバカな親からのクレームが目に浮かぶわ」
 渡辺から仕様を説明され、結局渋い顔になる石橋であった。
「でもさ、どこのアプリだってこうだぞ?」
 独り言のような小さな声で山岡が反論した。
「アダルト作品を提供しているところはしっかりしていますよ。免許証や保険証、自分を証明できる物をコピーして送付や写メで確認。そこで始めて決済できるみたいな」
「石橋さん、アダルト作品やるんだ? うへへ」
 真面目に回答をしている最中、寺島のゲスな笑い声が挟まり、
「やりませんよ! 後学のため色々なサイトやアプリのCSを見ているんです!」
 石橋は顔を真っ赤にして捲し立てた。
「寺島君、セクハラで減給ね。あと、清美ちゃんに言っとくから」
「ちょっと待ってよ。玲子さん!」
 玲子が冷徹に言い放つと、寺島は泣きそうになっていた。なお、清美きよみとは寺島の妻の名であり、玲子とは仲が良いので寺島の放蕩は筒抜けになっているらしい。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

家族みんなで没落王族に転生しました!? 〜元エリート家族が滅びかけの王国を立て直します〜

パクパク
恋愛
交通事故で命を落とした家族5人。 目覚めたら、なんと“滅び寸前の王国の王族一家”に転生していた!? 政治腐敗・軍の崩壊・貴族の暴走——あらゆる問題が山積みの中、 元・国会議員の父、弁護士の母、情報エリートの兄、自衛隊レンジャーの弟は、 持ち前の知識とスキルで本気の改革に乗り出す! そして主人公である末娘(元・ただの大学生)は、 ひとりだけ「何もない私に、何ができる?」と悩みながらも、 持ち前の“言葉と優しさ”で、庶民や貴族たちの心を動かしていく——。 これは、“最強の家族”が織りなす、 異世界王政リスタート・ほんのりコメディ・時々ガチの改革物語!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

処理中です...