神がこちらを向いた時

宗治 芳征

文字の大きさ
上 下
13 / 70
第二章

2-5

しおりを挟む
 橘はこの緩んだ空気を咳払いで消した後、石橋へと目を向けた。
「石橋さん。言いたいことはわかりますが、その方法だと……」
「はい、わかっています。面倒な決済は購買意欲を削ぐので、大きなマイナスです。瑠衣ちゃんが解除申請を受け付けないと判断したのも、正解だと思います」
 石橋は橘が言いたいことを理解していたのであろう、淀みなく返答し、
「エロならまだしもね!」
 と寺島へ吐き捨てた。
 罵られた寺島は真顔になり、ゆっくりとディスプレイ側へ顔を背けていた。
「じゃあ、結局トーカ的にはどうなの?」
 片倉に聞かれ、石橋は相槌をして数十秒考え込んでいた。
「まぁ、ギリギリ妥協できるラインかな。生年月日の登録は必須で、購入金額の上限解除もユーザー自身がやらなくてはならない。課金周りに関しては規約にも載せられる。一応、筋を通して対応することはできる。それに、個人情報を受け取りすぎるのも怖い。ウチのミスで漏洩なんてしようものなら、取り返しがつかないからね」
 石橋はそう述べ、片倉や橘を見て頷いた後、渡辺には笑顔であった。
「ありがとうございます」
 渡辺は安堵の息と、やり切ったような爽やかな顔をしていた。それから渡辺は手際よく片付けを終え、席へと戻った。
「次はこっちですね。じゃあ、守屋さん」
「え? お前じゃないんかい!」
 片倉に対し、賢吾は思わず声を上げた。
「はい。僕とトーカもアドバイスをしましたが、今回は守屋さん主導の企画です」
 真顔で返す片倉に、賢吾は口をあんぐりと開けていた。
 準備に取り掛かった楓は、ロボットのように動きがガチガチだった。石橋も手伝ってはいたが、落ち着きがない様子は目に見えており、賢吾を含めた全員が不安そうな顔であった。
 ……片倉を除いて。
 楓はフーッと息を吐き、ゆっくりと頭を下げた。
「それでは、皆様よろしくお願いいたします」
 そう言ってから、顔を上げた楓。目つきが鋭くなり、空気ががらりと変わった。
「質疑応答はプレゼン後で、それでは守屋さんお願いします」
「はい。私が提案するのは、メンタルケアのアプリです」
 片倉から綺麗にバトンタッチをし、楓のプレゼンが始まった。
 皆にディスプレイが見えるよう、楓は身体を横に向ける。
「アプリの概要ですが、これは二つにわかれます。メンタルをケアしたいユーザーと、ケアをされたいユーザーが別々にいるということです。例えばですが、無料で公開している漫画やイラスト、小説等々のサイトやアプリをイメージしてください。投稿者と、閲覧者、評価してもらいたい側と、する側。今回のアプリにおいては、ケアするユーザーは臨床心理士の資格を持ったカウンセラーで、ケアされたいのは一般ユーザーとなります」
 ディスプレイに映ったものは淡いピンク色が主体のデザインで、シンプルなUIでわかりやすいと賢吾は感じた。
 これが初めてのプレゼンとは思えないほど、楓は順序良く進めていく。
「続いて、活用方法に移ります。ユーザーが悩みを投稿し、無作為に選んだカウンセラー、もしくはユーザー側が指名したカウンセラー各々が回答します。一つの悩みに対し、必ず五名のカウンセラーが回答をする仕組みです。五名にしたのは、意見が散らばり、尚且つ散らばりすぎない、と私が勝手に想定した人数です。なお、カウンセラーの指名料は、カウンセラー一名につき一律百円を予定しております。これが収入源の一つ目です」
 ディスプレイではユーザーが悩みを投稿したところから、架空のカウンセラー達が回答しているものへと推移していった。
「某ゲーム雑誌の、プレイヤーがゲームの採点をするみたいな感じ?」
 寺島がそう言い、確かに似ていると賢吾も思った。だが、楓はその某ゲーム雑誌を知らないのであろう、寺島の質問に固まっていた。
「似たような感じですが、質疑応答は最後です。守屋さん、続けてください」
 片倉に言われ、寺島は申し訳なさそうに口を結んだ。片倉からの助け舟で気を取り戻したようで、楓は大きく頷いた。
「回答を受け取ったユーザーの悩みが解消すれば、そこで終わり。気に入った回答があり、特定のカウンセラーと別途でカウンセリングをしたい場合には、カウンセラーへの予約をしていただく。予約の手数料が収入源の二つ目です。ただし、この手数料は初回のみとします。ユーザーとカウンセラーがその後どうするかは、お互いで決めてもらいます。カウンセリング料金、やる場所と時間、一切こちらはノータッチです。ですが悩みが解決した、しなかった場合においても、カウンセリングを行った際には五段階で評価をしてもらい、カウンセラーの優劣を可視化します。そうすることで、ユーザーはより自分に合ったカウンセラーを探すことが可能となります」
 映像がカウンセラーの五段階評価シートから、ユーザー同士が話し合うようなルームの画面へと変わり、楓は横向きから正対した。
「また、これはユーザーとカウンセラーだけが接点を持つアプリではありません。同じ悩みを持った者同士が話し合える場を設け、ユーザー間でも話し合って解決できるようにしたいと考えています。ただ、内容が内容なだけに当たり前ですが、本アプリは個人情報の登録ができない仕様にします。収益については基本B to Bで、あとは指名料、予約手数料のみです。渡辺さんの主張と重なりますが、Flameのネームバリューがありますので集客は見込めます。広告収入だけでも充分に潤うと思っています」
 一拍置いたあと、楓は更に目に力を込める。
「そして最後になりますが、今回私がこのアプリを提案したのは、私自身がカウンセラーを目指しているからでもあります。多感な思春期とイジメに苦しむ十代の若者、仕事初めで環境の変化に適応できない新社会人、激務で摩耗した会社員、子育てや家事で精神と体力を消耗する主婦。悩みがない人などいません。ですが気軽に精神科へ通うことや、カウンセリングを受けることは、先進国のアメリカと比べ日本は大きく遅れています。この手法はまだどこも手を出していませんし、上手くいけば革命が起きると私は信じています」
 力強く言い放った楓は、深々と頭を下げた。
「以上、ご清聴ありがとうございました」
 楓は顔を上げたが、表情はまだ崩れていなかった。
「では質疑があればお願いします」
 片倉が切り出すと、早速辰巳が手を上げた。
「ユーザーの予約手数料は初回のみとのことですが、一回払えばどのカウンセラーとも無料で予約が可能ということですか?」
「いえ、カウンセラー別となります」
 楓は即答したが、
「じゃあ、不動産仲介業者みたいな感じか」
 辰巳の言い方に、賢吾は何となく悪意を感じた。
「はい。ですが、予約手数料も均一にし、どんなに高くても五百円以内にする予定です。あくまでこれは、指名料と同じく収益の補助です」
 悪意に対し、楓は真正面から受け止め返していた。
「補助なら予約手数料の方は無料でいいんじゃない? 指名料も払っている場合、ユーザーとしては予約手数料まで払いたくないでしょ。無料がいいって言うに決まってる」
 山岡がそう主張した。確かに筋は通っているが、辰巳と同様に悪意が見えた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

よくできた"妻"でして

真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。 単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。 久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!? ※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。

もう一度『初めまして』から始めよう

シェリンカ
ライト文芸
『黄昏刻の夢うてな』ep.0 WAKANA 母の再婚を機に、長年会っていなかった父と暮らすと決めた和奏(わかな) しかし芸術家で田舎暮らしの父は、かなり変わった人物で…… 新しい生活に不安を覚えていたところ、とある『不思議な場所』の話を聞く 興味本位に向かった場所で、『椿(つばき)』という同い年の少女と出会い、ようやくその土地での暮らしに慣れ始めるが、実は彼女は…… ごく平凡を自負する少女――和奏が、自分自身と家族を見つめ直す、少し不思議な成長物語

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

一か月ちょっとの願い

full moon
ライト文芸
【第8位獲得】心温まる、涙の物語。 大切な人が居なくなる前に、ちゃんと愛してください。 〈あらすじ〉 今まで、かかあ天下そのものだった妻との関係がある時を境に変わった。家具や食器の場所を夫に教えて、いかにも、もう家を出ますと言わんばかり。夫を捨てて新しい良い人のもとへと行ってしまうのか。 人の温かさを感じるミステリー小説です。 これはバッドエンドか、ハッピーエンドか。皆さんはどう思いますか。 <一言> 世にも奇妙な物語の脚本を書きたい。

日本酒バー「はなやぎ」のおみちびき

山いい奈
ライト文芸
★お知らせ いつもありがとうございます。 当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。 ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。 小柳世都が切り盛りする大阪の日本酒バー「はなやぎ」。 世都はときおり、サービスでタロットカードでお客さまを占い、悩みを聞いたり、ほんの少し背中を押したりする。 恋愛体質のお客さま、未来の姑と巧く行かないお客さま、辞令が出て転職を悩むお客さま、などなど。 店員の坂道龍平、そしてご常連の高階さんに見守られ、世都は今日も奮闘する。 世都と龍平の関係は。 高階さんの思惑は。 そして家族とは。 優しく、暖かく、そして少し切ない物語。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

ミッドナイトウルブス

石田 昌行
ライト文芸
 走り屋の聖地「八神街道」から、「狼たち」の足跡が失われて十数年。  走り屋予備軍の女子高生「猿渡眞琴」は、隣家に住む冴えない地方公務員「壬生翔一郎」の世話を焼きつつ、青春を謳歌していた。  眞琴にとって、子供の頃からずっとそばにいた、ほっておけない駄目兄貴な翔一郎。  誰から見ても、ぱっとしない三十路オトコに過ぎない翔一郎。  しかし、ひょんなことから眞琴は、そんな彼がかつて「八神の魔術師」と渾名された伝説的な走り屋であったことを知る──…

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...