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第一部 異世界らしい冒険

67. 異世界266日目 偽善者?

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 そろそろ本格的に鍛錬と狩りを進めることにしたんだが、やはり何かあった時のことを考えて治療・回復系のレベルも上げておきたいと言うことになった。

「自分たちで体を傷つけるとかじゃなくて治療と回復のレベルを上げるいい方法ないかなあ?さすがに自分で骨を折って治療というのはちょっとつらいよ。」

「誰かの治療をすればいいんだけど、あまり周りに知られたくないし、教会に目をつけられたくもないもんね。」

「普段治療できない人を治療すれば教会にも目をつけられにくいと思うけど、そうするとスラムとかの人になるんだよなあ・・・。」

「変に襲われてもいやだしね。」

 普通の人は怪我や病気の時は薬を買ったり、教会で治療してもらったりしているが、貧困層の人たちは基本的に治療を受けられないのが実情だ。この国ではまだ国や町の援助があるのでそこまでひどくはないが、やはり貧困層の人たちが集まっているエリアはある。

「とりあえず孤児院とかに行ってみようか?」

 町の外れの方に親を亡くした子供達を保護している孤児院があり、町からの補助と、寄付で成り立っているらしいが、経営が厳しいのはどこも一緒のようだ。おそらく治療などは受けられないと思うので、そこに売り込んでみるか?

 自分達のことがばれても困るので研究していた変装の魔道具で見た目をごまかすことにした。あまり大きな変更はできないが、別人と言っていいくらいには印象を変えることはできる。あまりに極端に変えると表情とかがおかしくなってしまうのでそこは加減が難しかった。
 もともと変装の魔道具は売っているんだが、髪の色を変える、目の色を変えるくらいのものしか出回っていない。おそらく故意に表立って流通していないと思うんだが、その程度だと意味がないので自作したのである。まだ試作品のため、魔素の消費が多いがそれは仕方がない。


 宿を出てからある程度郊外に行ったところで、路地の陰に入って変装をする。衣類についてはフードをかぶっていたのでちょっと怪しくなったのはしょうがないところだ。まあこっちの世界ではそういう格好の人もいるからいいけどね。お互いに姿を確認してから移動を開始する。



 目的の孤児院に訪問すると、年配の女性が出てきた。

「突然の訪問で済みません。私たちは治療と回復の魔法の修行中で、ある程度のレベルまで修行はしてきました。いろいろな治療の経験を積みたいのですが、事情があってあまり公にしたくないんです。そこでここで治療の必要な人がいれば治療をさせてもらえないかと思って訪問させてもらいました。
 もちろんいきなりこんな風に言われても怪しいというのは分かっています。特に見返りとかを求めているわけではありませんが、いかがでしょうか?
 申し訳ありませんが、身分証明などを提示することはできませんので、信用してもらうしかありませんが・・・。」

 もちろん怪しいというのは認識しているし、こんな申し出を受けて素直に受け入れてくれるとは思えない。まあダメ元での提案なんだけどね。

 さすがにいきなりこんなことを言われても、どうすればいいのか分からないだろうし、かなり混乱しているのが見て取れる。しばらく悩んだ後、「すこしお待ちください。」と言って奥へと入っていった。
 索敵をしてもしもの時は飛んで逃げるように考えているが、中で他の人と話しているような感じだから大丈夫か?しばらくすると、年配の男性を伴って戻ってきた。

「治療を無償で行うということを聞いたのですが、どういう意図でしょうか?正直そのようなことをする意味が分からないのです。」

「警戒されていると思いますが、特にたいした理由ではありません。まず一つは治療や回復の実践を行って経験を積みたいこと、もう一つは治療や回復スキルが使えることをあまり公にしたくないことがあります。
 この世界では治療や回復のスキルは貴重で、特に高レベルになればなるほどその傾向が強くなります。教会はそのような人を囲い込もうとしますし、また冒険者なども同じ傾向にあると聞いています。できればそのようなことには関わりたくないのです。
 あとはせっかく治療や回復をするのであればその治療を受けられない人に行えば、治療で収入を得ている人へ迷惑にもなりませんし、自分たちもいい気分になれるというものです。まあ自己満足ですけどね。」

「目的は分かりました。ただ通常は魔獣や動物などを治療したりすると聞いていますが、それは行わないのですか?」

「最初の頃はそれでも良かったんですが、それなりに治癒レベルが上がってくると人間と動物では体の構造が異なってくるため、細かな治療でずれが生じてくるのです。これは治療のやり方の違いもあるかもしれませんが、少なくとも私たちが行っている治療では大きな差となります。」

「ちなみにどの程度までの治療ができますか?」

「現段階でそこまではお話しできません。というのも自分たちもどこまでできるかは分からないからです。経験で言えば骨折までは治療した経験があります。」

「わかりました。ちょうど治療をしてほしい子供がいるのでそちらを見てもらえますか?」


 そう言って一つの部屋に案内された。そこにはかなり衰弱してしまっている女の子が横たわっていた。辺りには不審な動きはない。

「今朝屋根から落ちてあちこちを骨折してしまいました。現在できる対応は行いましたが、おそらくもって数日かと思います。」

 かなり酷そうだ。出血も完全に止まってないみたいでシーツもかなり赤くなっている。血液ってある程度出たらアウトとかじゃなかったかな?

「わかりました、できる限りのことはやってみます。」


 まずは洗浄の魔法をかけて体やベッドを綺麗にする。
 それから体の内部について確認して行くが、もちろん専門ではないのではっきりとは分からない。両足の骨が折れて皮膚を突き破っている場所がある。両足ともに複雑骨折だろう。折れたのはすねの部分なのでまだいいかもしれない。関節だと結構大変だ。
 あとは肋骨が折れているが、内臓の方は大丈夫そうだ。内臓には特に出血らしきものは見つからない。その他は擦り傷や打撲くらいだろうか?


 まずはジェンと二人でそれぞれの足の治療に取りかかる。骨がバラバラになっているのをもとの形に戻るように調整して行き、切れた血管や筋肉についても修復するイメージで治療をしていく。思ったよりもうまくいったみたいで顔色が一気に良くなった。
 このあと肋骨など骨の修復をしてから体全体に治癒魔法をかけると打撲や擦り傷も治ったようだ。女の子なので皮膚に跡が残らないように頑張った。しばらくすると彼女は目を開けて何があったんだという感じでこっちを見てきた。

「痛いところはない?」

 ジェンが声をかけると、「うん、大丈夫だよ。」と返事が返ってきた。なんとか回復はできたようだ。良かった・・・。

 とりあえずは大丈夫そうでほっとする。

「申し訳ありませんでした!!まさかこんな高位の治癒士とは思いませんでした!」

 先ほどの二人は土下座する勢いで謝ってきた。

「いえ、いきなりこんな話を聞いても信じられないのは普通だと思います。気にしないでください。」

「いえ、正直諦めていたんです。そしてダメだった時には責任を擦りつけようと思っていたんです。」

 謝ってきたのはそういう意味だったのね。

「これだけの治療をしたら数十万ドール以上の治療費を取られてもおかしくないくらいです。ほんとに無償でやってもらって良かったのでしょうか?」

「あくまで自分たちの修行のためにやっていることで、怪我や病気の人たちを利用させてもらっただけです。こちらに全くメリットがないわけではありませんので気にしないでください。」


 やっと落ち着いたところで他の人への治療についても話をして治療をしていくことになった。全体的に栄養不足のようなので、少しだが魔獣の肉や食べ物を寄付することにした。

 他の子供達も何かしらの治療が必要な人が多く、前に骨折して変な風に回復した人もいたのですべての治療を終えると夕方になっていた。ちなみに病気についても回復魔法で治療できたので良かった。

 あくまで修行の一環として行っていることで、この町にずっといるわけでもないので当てにされすぎても困ることを伝えておく。ただまだしばらくはこちらにいるのでそれまでは定期的にやってくることを伝えておく。ただし、正体については秘密にすることだけは念押ししておいた。



 後日「無償で上級治癒魔法で治療をするさすらいの治癒士」という噂を聞くことになった。ただ真偽についてはかなり怪しいということになっているのでこれはこれでいいだろう。

~あとがき~
この章ではゲームでよくある、見える場所なんだけど行くことができないというのを考えてみた結果今回のような感じになりました。
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