【本編完結】異世界まったり逃避行

ひなた

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最終章トリフェの街編

紅茶

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 春の陽射しで温まった身体が、吹き抜ける風と共にゆるやかに冷えていく。肌寒いけど薄手の羽織りがあれば事足りる程度だ。
 昼下がりの街を兄さんと歩きながら、今から温かい紅茶を飲むから逆にちょうどいいのかもしれないと思った。

「トールの故郷のお茶かぁ。楽しみだね」
「そうだな」
「兄さんも紅茶好きになったよね」
「ルカのおかげだ」
 待ち合わせ場所の冒険者ギルドへ向かいながら、兄さんとのんびり話をする。今日は『銀色の風』の四人と冒険者ギルド二階の個室でお茶会をする約束になっている。

 ギルド酒場で事前に頼んでいた軽食を受け取り、予約していた二階の個室に行くとすでに四人が揃っていた。
「待たせてごめんね」
「私達も今来たところだから気にしないで。ルカ達もけっこう買ったのね……」
 カミラが困ったような表情でテーブルを眺めている。そこには大量のお菓子や料理が載っていた。
 僕達が用意したものが全て置けないくらいの量だ。むしろ今の時点でティーセットが置けるかどうか怪しい。普段通りに見えたけど、トールはかなりはしゃいでいるみたいだ。

 始まる前からぐだぐだなのが実に僕達らしい。これはこれで楽しそうだからいいけどね。
「早く、座って」
 そわそわした様子のトールが僕達に着席を促す。今回はトールが紅茶を淹れてくれるようだ。手慣れた動作で人数分のティーカップに赤褐色の液体を満たしていく。

 芳醇な甘い香りが部屋中に広がっていく。口に運ぶとしっかりとしたコクと柔らかな渋みを舌の上に感じることができた。
 この重厚感は前世のアッサムに近いかな。美味しい紅茶に心が満たされて、贅沢なひと時を静かに楽しんでいると、戸惑いを含んだ声が響いた。

「いや、誰か喋れよ!」
「よかった!そう思ったの俺だけかと思ってたっす!」
「私も静かすぎてちょっと怖かったわ」
 この三人はトールと紅茶を飲む機会が少ないようだ。いつものノリで紅茶を楽しんでいたら不満の声が上がった。

「ごめん。トールと紅茶を飲む時いつもこんな感じだから」
「黙って付き合うの、ルカとアイザックだけ」
「俺も最初は驚いたが、今はもう慣れたな」
「前から思ってたけど絶対変だって、それ……」
 ダリオが何やら無粋なことを言ってきたが無視する。

「これ、冷たくできる?」
「できるけど、この紅茶はお湯で出したのを冷たくすると白く濁りやすい種類だと思う」
「残念」
 トールが本当に残念そうに肩を落とす。
「例の冷たい紅茶ってやつっすか?」
「そうだよ。何回も試作を重ねて、氷まで自分の魔法で作ったこだわりの……」

「ルカ」
 僕がアイスティーについて語ろうとしたら、カミラがこわばった顔つきでこちらを見た。
「面白い冗談ね。氷を作れるってことは火と水の属性持ちってことになるけど?」
「え?」
「そういえば俺、ルカがいくつ属性あるか知らないっす」
 カミラの言葉に困惑していると、ミゲルが思い出したように言った。

「この前無属性魔法の使い方を教わったっす」
「そういや昔、怪我を回復してもらったから聖属性はあるよな?」
「昔の話なら、たしかワイバーンの翼に土属性魔法で穴を開けてたっすね」
「少し前、合同依頼で、風属性使ってた」
「えっ?じゃあ水と火も持ってたら、全属性……?」

 この場にいる全員の視線が僕に集まる。兄さんの顔色が悪い。本気でまずい。油断しすぎた。僕は全力でごまかすため、満面の笑みを浮かべた。
「ごめん!見栄張っちゃった!氷は兄さんに買ってもらったんだ!」
「信じらんねぇ。そんなすぐ溶けてなくなる高級品を兄にねだるな」

 ダリオが笑いながら話に乗ってくれた。続いてミゲルも口を開く。
「金遣いの荒さをダリオに指摘されたら終わりっすよ」
「うるせー。ちょっと人より酒とギャンブルに使ってるだけだろうが」
「あと、女も」
「トール黙れ!今その話関係ないだろ!」

 ダリオがトールに文句を言う声が部屋に響く。もう僕の属性の話題は流れたようだ。
 カミラをちらりと見ると、静かに微笑み返してくれた。彼女には本当に頭が上がらない。
 他の三人もわかってて話を逸らしてくれたのだろう。『銀色の風』は本当にいいやつらだ。
 でもこれは運がよかっただけだ。うっかり実力がバレるような軽率な真似は控えなければならない。心の底から安心したように表情を和らげる兄さんを見て、より強く決心した。

「この紅茶本当に美味しいわね。ミルクを入れてもいいかも」
 二杯目の紅茶に口をつけたカミラが、カップをソーサーに置きながらそう呟いた。
「わかる。絶対合うよね」
「それ、故郷でもよく、飲んでた。今日、用意できなかった。残念」
 しっかりした味の紅茶だから、ミルクティーにしても美味しいだろう。この場に牛乳を出せないのがすごく残念だ。

「あちっ」
「ルカ!大丈夫か!」
 思わず冷たい牛乳を入れたミルクティーのつもりで飲んでしまった。熱いストレートティーをその勢いで飲んだから当然、舌を火傷した。
 兄さんが鬼気迫る形相でカミラに水を頼み飲ませてくれた。僕の口を覗いて舌の状態を確認した兄さんが、軽い火傷だとわかってほっとした顔をした。

「なんというか、甲斐甲斐しいっすね。なら本当に……」
 ミゲルが呟くような静かな声で言った。いつものミゲルらしくない声だった。
「アイザックさん心配しすぎですよ!これくらいルカならすぐ治しますって」
 ミゲルの声に気づいていないダリオが、大声で兄さんに突っ込んだ。兄さんが「うるさい」とダリオに返したことで、話が盛り上がっていき、誰もミゲルの発言を気にしてはいなかった。

「そういえば、明日エイダンの家に行くみたいっすね!エイダン嬉しそうにしてたっす!」
 先ほどの様子が嘘のように、ミゲルはいつも通りの笑顔で話しかけてきた。
「うん!楽しみ!」
 僕も先ほどのミゲルの発言を気にしないようにして答える。
 その後穏やかに時間が過ぎていき、楽しいお茶会の時間が終わった。

「よかったのか?」
 その日の夜、ベッドに入り寝る直前になって兄さんが問いかけてきた。あまりにも端的な問いだったが「何が?」と返すのはやめておいた。
「あの四人に僕の属性ことを話すつもりはないよ。属性のことと、僕が使う回復魔法の異常さは誰にも言わない」
「誓約魔法を交わすなり、いくらでもやりようはあるだろう。ルカはあいつらと親しくしているのに本当にいいのか?」

 僕は兄さんを抱きしめてから頭を撫でた。兄さんは何も言わず僕の首筋に顔を埋める。
「たしかに彼らは信頼できる友人だけど、僕の秘密を知ったことで彼らも秘密を抱えることになる。さすがにそれは申し訳ないよ。それに……」

 兄さんの頭を撫でていた手を背中に回して、優しく一定のリズムで叩く。
「兄さんだけがいい。僕の本当の実力は兄さんだけ知ってくれればいい」
 そう言うと兄さんは僕の首元から顔を離し、至近距離で見つめ合う形になった。
 綺麗な緑色の瞳には、自分でもどうかと思うくらい凪いだ表情をした僕が映っていた。僕とは反対に泣きそうな顔をした兄さんが、恐る恐る口を開いた。

「すまない。自分から聞いておいて、ルカの言葉に安心してしまって。ルカが孤独になるとわかっているのに、俺だけを選んでくれて嬉しいと思ってしまった」
 僕は兄さんって意外と泣き虫だよなぁ、と状況にそぐわないことを思っていた。
「ルカ?」
 兄さんが不安そうに僕の名前を呼んだことに気づき、慌てて意識を戻す。

「兄さんがいるから孤独じゃないよ。これからもずっと兄さんだけいればいい」
 そんなことを言っておいて、相手を孤立させる罪悪感は僕も痛いほどわかる。僕だってずっと心に残っている苦みがあるから。
 兄さんの涙で胸に広がる苦みが少しだけ洗い流された気がした。


 翌日、エイダンさんの家を訪問した帰り道に、隣を歩く兄さんとテンション高めに会話していた。話題はもちろんエイダンさんの子ども達のことだ。
「赤ちゃん可愛かったね!上の子も、もうすぐ四歳って何回も言ってて可愛かったなぁ」
「あの子はやけにルカに懐いてたな」
「甥っ子と姪っ子を思い出して懐かしくなった」
「甥?姪?」
「アイナ姉さんとこの子ども」
「アイナってあのアイナか?」
「うん。兄さんの妹で僕の姉」

 兄さんはすぐに納得したように「ああ」と呟いた。
「アイナか。不思議な子だった。『この子も森のお友達にするの~』と言いながらリス型の魔物を素手で捕まえた時は、さすがに心配になったな」
 あの村にいるリス型の魔物って八十センチくらいあったような……。でもすごく絵が浮かぶ。アイナ姉さんならやりそうだ。
「もうちょっとアイナ姉さんに寄せる努力してよ。兄さんの地声でそのセリフは破壊力あるって」
「自分でもそう思う。もう二度と言わない」

 僕から家族の話が出たことが意外に思ったのか、兄さんがおずおずと尋ねてきた。
「なあ、ルカは両親のこと」
「忘れた。村を出た時に全部捨てた。あの人達も僕がいなくなって内心喜んでるよ。歩み寄ろうとしたけど全部だめだった。僕は家族になれなかった」
 僕の答えを聞いて、兄さんの表情が悲しげに歪んだ。僕は兄さんを安心させるために笑いながら言葉を続けた。
「今はもう何とも思ってないよ。兄さんがいるから。それより今日の夕飯は何にしようか?」
「……肉がいい」
 僕の様子に言葉を飲み込んだ兄さんがぼそりと呟いた。僕は何事もなかったかのように明るい声で応じた。

 兄さんを悲しませないように気を張ったせいで、目の前に立ちはだかる建物をまともに見てしまった。
 兄さんとの旅はいいことも悪いこともたくさんあった。その中でもあれは、僕達の関係の原点ともいえる思い出だ。
 目の前の建物から目が離せない。僕達が昔利用していた宿屋はあの時と変わらない姿でそこに建っていた。

 泣き崩れて不安定な兄さんに僕が手を差し伸べた場所。兄さんに一生の相棒でいようと誓った場所。兄さんの人生を縛る呪いをかけた場所。

 兄さんが他の誰かと一緒になる可能性を奪った最低最悪の思い出が詰まった建物だった。一番最悪なのは、そのことを後悔しておいてなお、兄さんの心が僕だけのものになったことを喜んでいる僕自身だ。
 これ以上直視してはいけない。僕はゆっくりと深呼吸をして気持ちを整えると、夕飯のメニューについて話し始めた。
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