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エルフの国と闘技大会編
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目が覚めると兄さんの寝顔が目の前にあった。珍しい光景に、朝からいいものが見れたと得した気分になる。
結局明け方まで兄さんと繋がっていたから身体がうっすらと怠い。それすら嬉しく思えるのだから僕も大概だなと思う。
朝食を用意しないといけないけど、もう少しだけ、目に焼きつけてからにしよう。
いつもは精悍な顔つきでかっこいいのに、寝顔は柔らかく見えるのが好きだ。
いつも僕より早く起きて身だしなみをきちんと整えているから、兄さんのヒゲなんて数えるくらいしか見たことない。
たまには早起きしてみるものだなぁと機嫌良く起きあがろうとしてふと気がついた。
ヒゲ?兄さんってそこまで伸びるの早かったっけ。たしか最後に見たのは遠出の依頼で、今日は帰るだけだからと朝剃るのをサボった時だったはず。
慌てて窓を開けて外の様子を見る。朝というには陽が高い。その事実を受け入れたくなくて、一度目を閉じてもう一回外の様子を見る。これは完全にやらかした。寝坊だ。
慌てて階段を駆け下りリビングにある時計を見ると約束の時間まであと一時間もない。
「兄さん起きて!寝坊した!」
「……ルカ?どうした?」
こんな状況じゃなかったら、ぽやぽやした兄さんとの会話をもう少し楽しんでいたのに。
僕は上体を起こした兄さんの両肩を掴んで揺らし、覚醒を促す。
「もう昼前だよ!約束の時間まで一時間切ってる!」
「は?」
「今清浄の魔法で顔と口の中綺麗にしたから着替えてきて。急いで準備するよ」
「わかった」
身体強化を使って走り、なんとか約束の時間ギリギリに冒険者ギルドに着いた。支部長立会の下、銅級に昇格するのに遅刻なんてしたら印象が悪くなるどころの騒ぎではない。
息を切らしながら冒険者ギルドの扉を開けると、すでに犬獣人のギルド職員さんが近くで待機していた。
「お疲れ様です。手続きは二階の支部長室でしますのでこちらへどうぞ」
その後、昇格手続きは何事もなく終わった。支部長は今でも冒険者として現役で活躍できそうな屈強な見た目の虎獣人だった。アランとルークの名で銅級に昇格したあと「今後も期待してる。暇ができたら俺と手合わせしてくれ」と兄さんの肩を力強く叩いていた。
あいかわらず獣人族のコミニュケーションは激しくて痛そうだ。身体強化をしたらその輪に入れるかなと思ったけど、やめておいた。
「お前は小さいからだめ」とか言われたらしばらく引きずりそうだし。僕の身長はこの世界の人族の平均身長を超えてるのに、小さいやつ扱いされるのはどうにも納得いかない。
「アラン!今から手合わせしようぜ!」
支部長室から出て一階に降りるとライオネルくんがいつもの活気溢れる様子で、兄さんを手合わせに誘っていた。
「断る」
「そんな事言わずに!ん?ルークなんかいつもと顔が違くないか」
「えっ?」
「あ」
兄さんがライオネルくんと距離をとって僕に手招きする。ちょうど死角になっていて目立ちにくいスペースに移動すると、小声で話しかけられた。
「左目の色だけ紫になってる」
「気づかなかった。慌てすぎてうっかりしてたみたい」
シアンくんに見られなくてよかったなと思いながら、急いで魔法を使い目の色を緑色に変える。
兄さんと一緒にライオネルくんのところに戻ると、隣にシアンくんがいた。
本当にギリギリだったと心の中でライオネルくんに感謝する。
「いきなりどっか行くなよ!びっくりするだろ」
「ごめんね。ちょっと寝ぐせを直してた」
「ああ、顔が違って見えたのはそのせいだったのか!ところでアラン手合わせは……」
「断る。今日は用事も終わったし帰る」
「じゃあ次に会った時によろしく!」
もっと粘られるかと思ったけど意外とあっさり諦めてくれた。まあ闘技大会の翌日だしね。ライオネルくんもそれなりに疲れが溜まっているのだろう。
「ライオネルくんとシアンくんはいつまでヨジダームの街にいるの?」
「二週間後にシアンとウォーロック先生と一緒にここを発つ予定だ!本当はもっと滞在したかったけど単位が危なくてな……なあ、シアン!」
「お前と一緒にするな。で、お前達は今後どうする予定だ?」
「特に何も考えてないなぁ。とりあえずウォーロックとは話したいな」
「その件で父から伝言を預かってる」
伝言の内容は三日後に借家を訪問したいとのことだった。特に予定もないので了承する。
「わかった。父に伝えておく。あと一つ、この街に長期で滞在するなら日用品と食料を買い溜めしておけと言ってた」
「日用品と食料?どういうこと?」
「さあ?父もすぐにわかるとしか」
「よくわからないけど、わかった。ありがとう」
「……僕の方こそ。昨日は世話になった。感謝する」
シアンくんが顔を逸らして礼を言った。照れているのか頬が少し赤くなっている。そのことは指摘せずに笑顔で礼を受け取ると、シアンくんの表情がちょっとだけ緩んだ気がした。
ふたりとそんな会話をした三日後、約束の時間きっかりにウォーロックが借家を訪れた。挨拶もそこそこにさっそく本題を切り出す。
「伝言の時点で詳しく言っておいてよ!まさかあんなことになるなんて、思ってもみなかったからすごく困った」
「ああ、あれは優勝者の洗礼ってやつだからな。全て話してしまったらつまらないだろう」
ウォーロックがニヤリと笑った。その表情が妙に似合っているのが腹立たしい。
「僕はともかく兄さんがものすごく大変だったんだから!」
「ルカもうそれくらいで……ウォーロックもあまりからかうな」
「すまない。部門は違うが優勝経験者としてあの煩わしさを体験してもらいたくなってな」
そう、この三日間とにかく大変だった。
銅級の昇格手続きをしたあの日、シアンくん達と別れ冒険者ギルドを出て商店が軒を連ねる大通りを歩いていたら、ひっきりなしに手合わせを申し込まれたのだ。
断っても断ってもしつこく申し込まれ、振り切ったと思ったら新たに申し込まれる。全然大通りを進むことができないどころか、僕達が通行の妨げになっていると注意される始末。
人が多いところを避けて遠回りで借家に帰ろうとしても、どこから湧き出るのかずっと手合わせ希望者が話しかけてくる。
僕は魔法使いだったからまだましだった。そもそも人数が少ないし、魔法勝負というよりは魔法議論をふっかけられることが多かったからだ。
しかし、大剣使いである兄さんは本当に大変だった。まず闘技大会優勝者に手合わせという名の真剣勝負を持ちかける時点で、腕っぷしに自信のある人物が多い。そういった人物は手合わせを断るという発想があまりないらしく、こちらが断ると何度も理由を尋ねてくるのだ。
何回説明しても納得がいかないらしく、最終的に「よくわからないから勝負で決着をつけるぞ!」という流れになる。こうなったらもう話し合いができないので走って逃げるしかない。
獣人族は好戦的な種族だと言われているが、まさかこれほどとは思ってもみなかった。とにかく強者に挑むというのが彼らの本能らしい。
ライオネルくんはかなりあっさりしてる方なんだなと感心してしまった。
それでも手合わせを申し込む際に最低限のルールはあるらしく、借家に突撃されることはなかった。
そのため銅級昇格の次の日には旅に必要なものを買い揃え、そのまた次の日にはアファルータ共和国行きの船を予約した。
「なんだ。お前達もこの国を発つのか。しかも一週間後とはいきなりだな」
「この国でやることも特にないし、この街でアイザックとルカとして活動するのも難しくて。それなりに知り合いが増えたからボロが出そうで怖いし」
「それもそうだな。でも寂しくなる」
「まあ、またシュッツァリアには遊びに行くから。その時はよろしくね」
「ああ、もちろんだ。ふたりには本当に世話になった。特にシアンのことは感謝してもしきれない」
僕達もお世話になったとウォーロックにお礼を言って、そのあとはシアンくんやライオネルくんのことなどいろいろな話をした。船の出航時間を伝えると見送りに行くと言ってもらえたので、別れの挨拶はその時にと約束してその日は終わった。
一週間後、僕達は元の姿で港にいた。立っているだけで手合わせを申し込まれるという異常な状況に、かなり参っていたみたいだ。道をすんなり歩けるということに感謝する日がくるとは思わなかった。
この世界のほとんどの国が入国の手続きは必要だけど、出国の手続きは不要だ。そのおかげで、元の姿で堂々と船に乗ることができる。船の上で手合わせを申し込まれたら逃げようがないので非常にありがたい。
「やはりこの姿がしっくりくるな」
「そうだね」
兄さんの顔もなんだか晴れ晴れしている。髪と目の色を変えただけとはいえ、違う姿で活動するのはかなり神経を使った。
今後アランとルークの姿で行動するのはどうしても必要な時だけにしよう。
「アイザック、ルカ元気でな。いつでも遊びにきてくれ」
「うん。絶対遊びに行くから。ウォーロックも元気でね」
「世話になったな」
「やはりそういうことか。すっかり騙されたぞ」
そこにいないはずの人物の声が聞こえた瞬間、場が凍りついた。あまりの衝撃に誰も言葉を発せない。
そこにいたのは勝ち誇った顔で笑うシアンくんと、面白いものを見たという顔でニヤニヤしているライオネルくんだった。
「シアンくん……どうしてここに?」
衝撃から戻ったので恐る恐るシアンくんに問いかける。
「お前、ルークだろ。それであそこにいるのがアラン」
「えっとー……」
「この前冒険者ギルドで魔法を使っただろ?あの魔力消費量を一切考慮しない、雑すぎる魔法の使い方は覚えがあってな。しばらく父の行動を観察していたら、こそこそ港に向かったから追いかけてみたらお前達がいて全てが繋がった。何らかの理由で父と協力して、偽名を使って大会に出場したな?」
あの時って、昇格の手続きに遅刻しかけたせいで、左目だけ魔法をかけるのを忘れて冒険者ギルドでかけ直した時のことか。
しくじった。エルフは魔力の識別に長けているとウォーロックに聞いていたから、外にいる時はいつも丁寧に魔法を構築していたのに……最後の最後でやってしまった。
以前ウォーロックの家で魔法の鍛練をしているところを見られたのがまずかったな。
「それにライオネルから聞いたぞ。以前一度だけ『ルカ』と名前を呼んだらしいな」
「あれを覚えてたのか……すごいな」
兄さんが素直に感心してる。最初の手合わせの時だな。誓約魔法のせいで僕が頭痛に襲われて、心配した兄さんが思わず僕の名前を呼んでしまったやつだ。
ライオネルくんが何も言わないからスルーしちゃったけど、しっかり彼の印象に残っていたみたいだ。
「シアンの言う通りだ。私がふたりに依頼した」
「ウォーロック、いいの?」
「さすがにごまかせないだろう。シアンすまなかった。騙すつもりはなかったんだ。理由はあとで私から話す」
「話してくれるならいい。それにそこまで怒ってない」
「え?じゃあなんで」
思わず聞いてしまった。するとシアンくんが僕を軽く睨みながら答えてくれた。
「勝ち逃げは許さん。正体もわかったことだし、絶対に追いかけてやる。しつこさには定評があるんだ」
「そんなこと自慢げに言われても……手合わせの件は考えておくね」
僕達の会話を聞いて、ライオネルくんも兄さんに話しかけた。
「オレもしつこさには自信があるからな!学院が長期休みになったら覚えておけよ。何回でも挑んでやる!」
「ああ、わかった」
もう少し話したい気持ちもあったが、出航の時間が迫ったので慌てて船に乗り込む。ウォーロック達は船がだいぶ離れるまで手を振って見送ってくれた。
兄さんとふたり甲板で港の方向を眺めていると、魔力で作られた一羽の鳥が飛んできた。その鳥は僕の肩に乗ると一方的に話し始めた。
『別れ際にあんなことになって申し訳なかった。今からシアンに全て話そうと思う。息子の笑顔を怖いと思ったのはこれが初めてだ……』
ウォーロックのメッセージを伝え終わると、鳥はすっと消えていった。
すごい魔法技術だ。こんな遠くにいるのに情報を伝達できるとは。仕組みが全く想像できない。
やはりウォーロックは素晴らしい魔法使いだ。次に会った時はぜひその魔法を教えてもらいたい。
「すごい魔法だな」
「本当にね。高度な技術が詰め込まれてる」
「それで内容があれか……」
「声が震えてたね」
兄さんと顔を見合わせて苦笑する。あの親子ならきっと大丈夫だろう。
話を聞いたシアンくんが、ある程度怒ってから最後に笑顔で許してくれる姿が目に浮かぶようだ。
「次の目的地はどうする?」
「何も決めてなかったね。東大陸に留まるか西大陸に戻るか」
「とりあえずアファルータ共和国に着いてから決めるか。あと十日もあるしな」
「そうだね」
そんな話をしたのが五日前のことだ。僕は船室内で、ウォーロックに渡された魔紙の活用法を考えていた。船上ではやることがないのでちょうどいい暇つぶしだ。
「あ、できた」
「どうした?」
独り言のつもりだったけど、武器の手入れをしていた兄さんが反応してくれた。
「魔紙の活用法を思いついたから試しにやってみたら再現できちゃった。かなり難しいから誰でも出来るわけではないけど」
兄さんに仕組みを説明して、それによって出来上がった魔紙を見せると目を丸くして驚いていた。
「これは素晴らしいな。ここまで精巧な絵は初めて見る」
「前世では写真って言われてたよ。仕組みが全く違うけどね」
「ウォーロックも喜びそうだ」
「そうだね。でも無属性魔法の技術がいるから、これを再現できそうな人ってかなり限られるんだよね。兄さんならできると思うよ」
「難しそうだからやめておく」
そこまで言ってある人物が頭に浮かんだ。ああ、あれはそういうことだったのか。ずいぶん遠回りな話もあったものだ。
「兄さん。次の行き先僕が決めていい?」
「特に希望もないしルカに任せる」
「ありがとう」
兄さんに希望を告げると「懐かしいな」と快諾してくれた。
こうして次の目的地が、イーザリア王国トリフェの街に決まった。
初めて冒険者登録をした思い出深い街に想いを馳せて、僕は懐かしく微笑んだ。
結局明け方まで兄さんと繋がっていたから身体がうっすらと怠い。それすら嬉しく思えるのだから僕も大概だなと思う。
朝食を用意しないといけないけど、もう少しだけ、目に焼きつけてからにしよう。
いつもは精悍な顔つきでかっこいいのに、寝顔は柔らかく見えるのが好きだ。
いつも僕より早く起きて身だしなみをきちんと整えているから、兄さんのヒゲなんて数えるくらいしか見たことない。
たまには早起きしてみるものだなぁと機嫌良く起きあがろうとしてふと気がついた。
ヒゲ?兄さんってそこまで伸びるの早かったっけ。たしか最後に見たのは遠出の依頼で、今日は帰るだけだからと朝剃るのをサボった時だったはず。
慌てて窓を開けて外の様子を見る。朝というには陽が高い。その事実を受け入れたくなくて、一度目を閉じてもう一回外の様子を見る。これは完全にやらかした。寝坊だ。
慌てて階段を駆け下りリビングにある時計を見ると約束の時間まであと一時間もない。
「兄さん起きて!寝坊した!」
「……ルカ?どうした?」
こんな状況じゃなかったら、ぽやぽやした兄さんとの会話をもう少し楽しんでいたのに。
僕は上体を起こした兄さんの両肩を掴んで揺らし、覚醒を促す。
「もう昼前だよ!約束の時間まで一時間切ってる!」
「は?」
「今清浄の魔法で顔と口の中綺麗にしたから着替えてきて。急いで準備するよ」
「わかった」
身体強化を使って走り、なんとか約束の時間ギリギリに冒険者ギルドに着いた。支部長立会の下、銅級に昇格するのに遅刻なんてしたら印象が悪くなるどころの騒ぎではない。
息を切らしながら冒険者ギルドの扉を開けると、すでに犬獣人のギルド職員さんが近くで待機していた。
「お疲れ様です。手続きは二階の支部長室でしますのでこちらへどうぞ」
その後、昇格手続きは何事もなく終わった。支部長は今でも冒険者として現役で活躍できそうな屈強な見た目の虎獣人だった。アランとルークの名で銅級に昇格したあと「今後も期待してる。暇ができたら俺と手合わせしてくれ」と兄さんの肩を力強く叩いていた。
あいかわらず獣人族のコミニュケーションは激しくて痛そうだ。身体強化をしたらその輪に入れるかなと思ったけど、やめておいた。
「お前は小さいからだめ」とか言われたらしばらく引きずりそうだし。僕の身長はこの世界の人族の平均身長を超えてるのに、小さいやつ扱いされるのはどうにも納得いかない。
「アラン!今から手合わせしようぜ!」
支部長室から出て一階に降りるとライオネルくんがいつもの活気溢れる様子で、兄さんを手合わせに誘っていた。
「断る」
「そんな事言わずに!ん?ルークなんかいつもと顔が違くないか」
「えっ?」
「あ」
兄さんがライオネルくんと距離をとって僕に手招きする。ちょうど死角になっていて目立ちにくいスペースに移動すると、小声で話しかけられた。
「左目の色だけ紫になってる」
「気づかなかった。慌てすぎてうっかりしてたみたい」
シアンくんに見られなくてよかったなと思いながら、急いで魔法を使い目の色を緑色に変える。
兄さんと一緒にライオネルくんのところに戻ると、隣にシアンくんがいた。
本当にギリギリだったと心の中でライオネルくんに感謝する。
「いきなりどっか行くなよ!びっくりするだろ」
「ごめんね。ちょっと寝ぐせを直してた」
「ああ、顔が違って見えたのはそのせいだったのか!ところでアラン手合わせは……」
「断る。今日は用事も終わったし帰る」
「じゃあ次に会った時によろしく!」
もっと粘られるかと思ったけど意外とあっさり諦めてくれた。まあ闘技大会の翌日だしね。ライオネルくんもそれなりに疲れが溜まっているのだろう。
「ライオネルくんとシアンくんはいつまでヨジダームの街にいるの?」
「二週間後にシアンとウォーロック先生と一緒にここを発つ予定だ!本当はもっと滞在したかったけど単位が危なくてな……なあ、シアン!」
「お前と一緒にするな。で、お前達は今後どうする予定だ?」
「特に何も考えてないなぁ。とりあえずウォーロックとは話したいな」
「その件で父から伝言を預かってる」
伝言の内容は三日後に借家を訪問したいとのことだった。特に予定もないので了承する。
「わかった。父に伝えておく。あと一つ、この街に長期で滞在するなら日用品と食料を買い溜めしておけと言ってた」
「日用品と食料?どういうこと?」
「さあ?父もすぐにわかるとしか」
「よくわからないけど、わかった。ありがとう」
「……僕の方こそ。昨日は世話になった。感謝する」
シアンくんが顔を逸らして礼を言った。照れているのか頬が少し赤くなっている。そのことは指摘せずに笑顔で礼を受け取ると、シアンくんの表情がちょっとだけ緩んだ気がした。
ふたりとそんな会話をした三日後、約束の時間きっかりにウォーロックが借家を訪れた。挨拶もそこそこにさっそく本題を切り出す。
「伝言の時点で詳しく言っておいてよ!まさかあんなことになるなんて、思ってもみなかったからすごく困った」
「ああ、あれは優勝者の洗礼ってやつだからな。全て話してしまったらつまらないだろう」
ウォーロックがニヤリと笑った。その表情が妙に似合っているのが腹立たしい。
「僕はともかく兄さんがものすごく大変だったんだから!」
「ルカもうそれくらいで……ウォーロックもあまりからかうな」
「すまない。部門は違うが優勝経験者としてあの煩わしさを体験してもらいたくなってな」
そう、この三日間とにかく大変だった。
銅級の昇格手続きをしたあの日、シアンくん達と別れ冒険者ギルドを出て商店が軒を連ねる大通りを歩いていたら、ひっきりなしに手合わせを申し込まれたのだ。
断っても断ってもしつこく申し込まれ、振り切ったと思ったら新たに申し込まれる。全然大通りを進むことができないどころか、僕達が通行の妨げになっていると注意される始末。
人が多いところを避けて遠回りで借家に帰ろうとしても、どこから湧き出るのかずっと手合わせ希望者が話しかけてくる。
僕は魔法使いだったからまだましだった。そもそも人数が少ないし、魔法勝負というよりは魔法議論をふっかけられることが多かったからだ。
しかし、大剣使いである兄さんは本当に大変だった。まず闘技大会優勝者に手合わせという名の真剣勝負を持ちかける時点で、腕っぷしに自信のある人物が多い。そういった人物は手合わせを断るという発想があまりないらしく、こちらが断ると何度も理由を尋ねてくるのだ。
何回説明しても納得がいかないらしく、最終的に「よくわからないから勝負で決着をつけるぞ!」という流れになる。こうなったらもう話し合いができないので走って逃げるしかない。
獣人族は好戦的な種族だと言われているが、まさかこれほどとは思ってもみなかった。とにかく強者に挑むというのが彼らの本能らしい。
ライオネルくんはかなりあっさりしてる方なんだなと感心してしまった。
それでも手合わせを申し込む際に最低限のルールはあるらしく、借家に突撃されることはなかった。
そのため銅級昇格の次の日には旅に必要なものを買い揃え、そのまた次の日にはアファルータ共和国行きの船を予約した。
「なんだ。お前達もこの国を発つのか。しかも一週間後とはいきなりだな」
「この国でやることも特にないし、この街でアイザックとルカとして活動するのも難しくて。それなりに知り合いが増えたからボロが出そうで怖いし」
「それもそうだな。でも寂しくなる」
「まあ、またシュッツァリアには遊びに行くから。その時はよろしくね」
「ああ、もちろんだ。ふたりには本当に世話になった。特にシアンのことは感謝してもしきれない」
僕達もお世話になったとウォーロックにお礼を言って、そのあとはシアンくんやライオネルくんのことなどいろいろな話をした。船の出航時間を伝えると見送りに行くと言ってもらえたので、別れの挨拶はその時にと約束してその日は終わった。
一週間後、僕達は元の姿で港にいた。立っているだけで手合わせを申し込まれるという異常な状況に、かなり参っていたみたいだ。道をすんなり歩けるということに感謝する日がくるとは思わなかった。
この世界のほとんどの国が入国の手続きは必要だけど、出国の手続きは不要だ。そのおかげで、元の姿で堂々と船に乗ることができる。船の上で手合わせを申し込まれたら逃げようがないので非常にありがたい。
「やはりこの姿がしっくりくるな」
「そうだね」
兄さんの顔もなんだか晴れ晴れしている。髪と目の色を変えただけとはいえ、違う姿で活動するのはかなり神経を使った。
今後アランとルークの姿で行動するのはどうしても必要な時だけにしよう。
「アイザック、ルカ元気でな。いつでも遊びにきてくれ」
「うん。絶対遊びに行くから。ウォーロックも元気でね」
「世話になったな」
「やはりそういうことか。すっかり騙されたぞ」
そこにいないはずの人物の声が聞こえた瞬間、場が凍りついた。あまりの衝撃に誰も言葉を発せない。
そこにいたのは勝ち誇った顔で笑うシアンくんと、面白いものを見たという顔でニヤニヤしているライオネルくんだった。
「シアンくん……どうしてここに?」
衝撃から戻ったので恐る恐るシアンくんに問いかける。
「お前、ルークだろ。それであそこにいるのがアラン」
「えっとー……」
「この前冒険者ギルドで魔法を使っただろ?あの魔力消費量を一切考慮しない、雑すぎる魔法の使い方は覚えがあってな。しばらく父の行動を観察していたら、こそこそ港に向かったから追いかけてみたらお前達がいて全てが繋がった。何らかの理由で父と協力して、偽名を使って大会に出場したな?」
あの時って、昇格の手続きに遅刻しかけたせいで、左目だけ魔法をかけるのを忘れて冒険者ギルドでかけ直した時のことか。
しくじった。エルフは魔力の識別に長けているとウォーロックに聞いていたから、外にいる時はいつも丁寧に魔法を構築していたのに……最後の最後でやってしまった。
以前ウォーロックの家で魔法の鍛練をしているところを見られたのがまずかったな。
「それにライオネルから聞いたぞ。以前一度だけ『ルカ』と名前を呼んだらしいな」
「あれを覚えてたのか……すごいな」
兄さんが素直に感心してる。最初の手合わせの時だな。誓約魔法のせいで僕が頭痛に襲われて、心配した兄さんが思わず僕の名前を呼んでしまったやつだ。
ライオネルくんが何も言わないからスルーしちゃったけど、しっかり彼の印象に残っていたみたいだ。
「シアンの言う通りだ。私がふたりに依頼した」
「ウォーロック、いいの?」
「さすがにごまかせないだろう。シアンすまなかった。騙すつもりはなかったんだ。理由はあとで私から話す」
「話してくれるならいい。それにそこまで怒ってない」
「え?じゃあなんで」
思わず聞いてしまった。するとシアンくんが僕を軽く睨みながら答えてくれた。
「勝ち逃げは許さん。正体もわかったことだし、絶対に追いかけてやる。しつこさには定評があるんだ」
「そんなこと自慢げに言われても……手合わせの件は考えておくね」
僕達の会話を聞いて、ライオネルくんも兄さんに話しかけた。
「オレもしつこさには自信があるからな!学院が長期休みになったら覚えておけよ。何回でも挑んでやる!」
「ああ、わかった」
もう少し話したい気持ちもあったが、出航の時間が迫ったので慌てて船に乗り込む。ウォーロック達は船がだいぶ離れるまで手を振って見送ってくれた。
兄さんとふたり甲板で港の方向を眺めていると、魔力で作られた一羽の鳥が飛んできた。その鳥は僕の肩に乗ると一方的に話し始めた。
『別れ際にあんなことになって申し訳なかった。今からシアンに全て話そうと思う。息子の笑顔を怖いと思ったのはこれが初めてだ……』
ウォーロックのメッセージを伝え終わると、鳥はすっと消えていった。
すごい魔法技術だ。こんな遠くにいるのに情報を伝達できるとは。仕組みが全く想像できない。
やはりウォーロックは素晴らしい魔法使いだ。次に会った時はぜひその魔法を教えてもらいたい。
「すごい魔法だな」
「本当にね。高度な技術が詰め込まれてる」
「それで内容があれか……」
「声が震えてたね」
兄さんと顔を見合わせて苦笑する。あの親子ならきっと大丈夫だろう。
話を聞いたシアンくんが、ある程度怒ってから最後に笑顔で許してくれる姿が目に浮かぶようだ。
「次の目的地はどうする?」
「何も決めてなかったね。東大陸に留まるか西大陸に戻るか」
「とりあえずアファルータ共和国に着いてから決めるか。あと十日もあるしな」
「そうだね」
そんな話をしたのが五日前のことだ。僕は船室内で、ウォーロックに渡された魔紙の活用法を考えていた。船上ではやることがないのでちょうどいい暇つぶしだ。
「あ、できた」
「どうした?」
独り言のつもりだったけど、武器の手入れをしていた兄さんが反応してくれた。
「魔紙の活用法を思いついたから試しにやってみたら再現できちゃった。かなり難しいから誰でも出来るわけではないけど」
兄さんに仕組みを説明して、それによって出来上がった魔紙を見せると目を丸くして驚いていた。
「これは素晴らしいな。ここまで精巧な絵は初めて見る」
「前世では写真って言われてたよ。仕組みが全く違うけどね」
「ウォーロックも喜びそうだ」
「そうだね。でも無属性魔法の技術がいるから、これを再現できそうな人ってかなり限られるんだよね。兄さんならできると思うよ」
「難しそうだからやめておく」
そこまで言ってある人物が頭に浮かんだ。ああ、あれはそういうことだったのか。ずいぶん遠回りな話もあったものだ。
「兄さん。次の行き先僕が決めていい?」
「特に希望もないしルカに任せる」
「ありがとう」
兄さんに希望を告げると「懐かしいな」と快諾してくれた。
こうして次の目的地が、イーザリア王国トリフェの街に決まった。
初めて冒険者登録をした思い出深い街に想いを馳せて、僕は懐かしく微笑んだ。
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