呪いのせいで太ったら離婚宣告されました!どうしましょう!

ルーシャオ

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第十四話

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 ベレンガリオが出立した翌日のことです。

 午前の庭内の走り込みを這々ほうほうていで終え、風呂と着替えを終えたジョヴァンナが食堂で昼食を今か今かと心待ちにしていたら、老執事長ドナートが突然の来客を知らせました。

 その来客の名を聞いて、ジョヴァンナは青ざめます。

「え!? お、叔父様がいらっしゃった……!?」

 こくり、と老執事長は確かに頷きます。

 ベレンガリオの叔父、つまり先代グレーゼ侯爵の弟に当たるセネラ子爵が、はるばる王都からグレーゼ侯爵領へやってきた——まさかの義理の叔父に、太った姿を見られることになってしまうのか、とジョヴァンナは激しく落ち込みます。

 しかし、当主たるベレンガリオ不在の間は、来客には侯爵夫人が対応すべきです。それに、一概に悪いことでもないのです。

「セネラ子爵には、坊っちゃまに呪いをかけるような人物に心当たりはないかと尋ねておりましたので、その報告かと。ただ、わざわざいらしたということは」
「何か、重要な話があるかもしれません。そこに私が同席しなくてはならないのは……はい、諦めました……」
「心中、お察しいたします。しかし、呪いについて知識が足りない我々では、話をきちんと理解できないやもしれませんので、どうか」

 呪いについて、ジョヴァンナも詳しいわけではありません。しかし、何の知識もないわけではなく、ダーナテスカ出身者のほうが何かと古にあった魔法や呪いについて耳にする機会もあり、金のブローチや指輪を持っている、つまりその伝手であるダーナテスカ伯爵夫人と問題なく情報を交換できるのは、ジョヴァンナだけです。

 ならば、やはりジョヴァンナが直接セネラ子爵から話を聞いたほうが、正確かつ迅速に次の行動へ繋げられるでしょう。そこに反対すべき理由はないのです。

 老執事長ドナートに、セネラ子爵を食堂へ招くよう伝え、ジョヴァンナは楕円形の食卓に突っ伏して盛大にため息を吐きました。ジョヴァンナは太った姿をあまり多くの人々、とりわけ親族に見られたくはないのですが、致し方ありません。このごろは何かあるたびため息を吐いている気がします。

 そうして、セネラ子爵が食堂に姿を現しました。

 短く揃えた銀髪もさることながら、グレーゼ侯爵家の血筋らしく端正な顔立ちの中年男性です。髭を揃え、年相応に深みのあるダンディな伊達男なのですが、どことなく胡散臭いのは気のせいでしょうか。王都公官庁に勤める文官の礼服を着崩したせいでもあり、首元の金色のショールのせいでもあるでしょう。

 そのセネラ子爵は、ジョヴァンナを見て一瞬顔を引きつらせましたが、すぐに笑顔を繕いました。

「お、おお、ジョヴァンナか? ずいぶん、その、変わったな」
「申し訳ございません、呪いを受けましたので……こうなってしまいました。できれば、他言無用でお願いいたします」
「うむ、君を愛するベレンガリオが怒るからな」

 そう言われると、ジョヴァンナは胸がちくりと痛みます。果たしてベレンガリオとの関係は、元どおりになるのでしょうか。いえ、呪いが治まり、ジョヴァンナが痩せれば、きっとベレンガリオは受け入れてくれるはずです。そう信じて、ジョヴァンナは少しでも呪いを何とかするヒントを得るために、対面の席に座ったセネラ子爵の話へ真剣に耳を傾けます。

「まず、ベレンガリオが出征していた今回の戦は、王都でもそれなりに関心があった。地方の小競り合いとはいえ、何せ総大将は王弟殿下とジェラルディ侯爵の争いだ。そこに隣国の領地を隣接する貴族たちが自らの権益堅守を主張しての横槍で大混乱、それが大規模な戦に発展しないよう上手く治めることがベレンガリオの使命だった」
「はい。半年にもわたる遠征、それに機微な外交問題の解決も含まれていましたから、きっと私には想像もできないほど大変だったのでしょう」
「うむ。宮廷でも何度となく戦と交渉の経緯報告に接したが、よくもまああれを半年で無事調停したものだ。日増しにベレンガリオの手腕を評価する声が高まって、王弟殿下もジェラルディ侯爵も停戦の王命を無視できなくなった。両者納得のいく落とし所があるなら、とやっと剣を下ろしたわけだ」

 諸侯の戦争を止め、停戦交渉を成功させる、というベレンガリオの活躍は、ジョヴァンナの予想以上に世間へ派手に鳴り響いているようです。ジョヴァンナも新聞に目を通しますから多少は知っています、しかし実際に王都の中枢で仕事をしているセネラ子爵が活躍を認めるほどですから、これはもう間違いなくすごいことです。

 であればこそ、呪いを受けるには十分すぎるほど、ベレンガリオは悪い注目を集めてしまったのかもしれません。

 セネラ子爵も、その点を懸念していたようです。

「だが、戦とは当事者たちだけのものではない。戦地から遠く離れた王都にも、戦を止めようとする者、続けさせようとする者、己の利益のために立場はさまざまだ。それゆえに、ベレンガリオを疎む……一見、無関係のような輩もいる。例えば、戦で稼ぐ商人や勝ち馬に乗ろうとした貴族だけでなく、それらの親戚、もしくは戦に送り込んだ本家の跡取りを亡き者にしようと企んでいた者なども、な」
「……複雑、ですね」
「ああ。まさか一人一人に、ベレンガリオへ呪いをかけたかと尋ね回るわけにもいかない。であれば、まずは呪いを扱う者を押さえて、接触した人間を洗いざらい調べていくしかない。魔法使いや呪術師を名乗る連中を、友人の協力もあって片っ端から当たっていった結果」
「結果、どうだったのでしょう?」
「残念ながら、重要人物には逃げられたよ。まあ、これ以上呪いをかけようとはしないだろう。それは安心していい」
「では、あとは私が痩せるだけですね。何とかなるといいのですけれども」

 レディの機微な話題だけに、セネラ子爵は曖昧に苦笑いをしていました。これが頭の固いご老人であれば「家にいるだけの女のくせに、夫の役に立って光栄と思え」とか、「太って見栄えがいいだろう。これで他の男も寄りつかず、夫は安心するに違いない」だとかデリカシーのないことを言って、ジョヴァンナをより悲しませるところでしょう。

 そう考えれば、その類のことを言わないセネラ子爵はいい人なのです。

 セネラ子爵は、思い出したように話題を変えました。
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