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第十三話

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 滞在初日の夜、夕食後にベレンガリオはジョヴァンナの言葉を思い出しました。

 出立の直前、故郷のカスタニャッチョが食べたいとジョヴァンナが嘆いていた、と老執事長ドナートから聞いています。ベレンガリオは食べたことのないものですが、ダーナテスカ伯爵邸の料理人なら作れるでしょう。厨房へ向かい、料理人と相談しようとベレンガリオが薄暗い廊下を歩いていた時のことです。

「どうして止めるのよ!」

 甲高い少女の声が、背後の廊下から聞こえてきます。

 フランシアの声です。ベレンガリオは厨房へ向かう足を止め、何かあったのではないかと心配になって引き返します。

 廊下をしばし戻ると、吹き抜けの螺旋階段のホールで、フランシアがメイドの一人と口論していました。

「お嬢様、なりません。そのようなこと、伯爵夫人が嘆かれます」
「いつもいつも、あなたたちはお母様の顔色を窺ってばかりね! つまらないわ!」

 ベレンガリオは、できるだけ優しく声をかけます。 

「どうかしたのか?」

 ぷんすかと憤りをあらわにしていたフランシアは、姿を見せたベレンガリオを見つけるなり、驚いた様子で笑顔を取り繕います。

「何でもありませんわ! お義兄様はどちらへ?」
「ああ、厨房へ行こうと」
「それなら、案内しますわ。こちらよ」

 まるで何事もなかったかのように、フランシアはベレンガリオを連れて、廊下の先にある厨房へと先導します。

 他家の機微な話題に触れてしまうかもしれず、ベレンガリオが黙っていると、フランシアは先ほどまでのことを誤魔化すかのように声を弾ませて問います。

「でも、お夜食でも作らせるの? 美味しいものが残っているかしら」
「いや、食べるのは私ではない」
「というと?」
「ジョヴァンナが、故郷のカスタニャッチョを食べたいと言っていたから、土産にと思ってな。ここの料理人なら作れるだろうから、頼みに行くんだ」

 ジョヴァンナの名を聞いた途端、ふっ、とフランシアの顔から笑みが薄くなりました。

 ベレンガリオは気付いていましたが、指摘しません。姉ジョヴァンナについて、フランシアには『何か』があるのだろうと察しましたが、指摘すべき時期ではない、と判断しました。

「そう。お姉様も喜ぶと思うわ」
「好物なのか?」
「多分、そうじゃないかしら。ええ、きっとそう」

 歯切れ悪くフランシアは肯定します。

 違和感を覚えたものの、今のベレンガリオにできることはないでしょう。せいぜいがフランシアの言動や動向に目を光らせておくくらいです。

 ほんの少しの不安を抱いて、ベレンガリオのダーナテスカ伯爵領滞在初日は過ぎていきました。
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