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第一章 フランチェスカ

第一話

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 とある王都の夜、秋風が吹いて銀杏が色づきはじめた秋のことだった。

 川辺のベンチで、結い上げた金髪を乱したマレフツカ伯爵令嬢フランチェスカは、刺繍入りのシルクハンカチで涙を拭きながらぐずぐずと泣いていた。貴族令嬢のプライドにかけて、大声で喚いて泣いたりしない。しかし、今この状況さえも彼女にとってはプライドがズタボロだった。

「うぅぅ~……ありえませんわ、私が悪女だなんて……!」

 心にしこたまダメージを負ったフランチェスカは、無関心を装って道行く人々さえも呪いたくてしょうがない。泣いているレディがいるのに慰めにも来ないなんて、それでも殿方の端くれなのかしら! と罵りたい気持ちを何とか踏ん張って抑えている。

 そもそも今の状況、泣いている貴族令嬢フランチェスカに声をかけては面倒ごとに巻き込まれる、と一般的には考えつくものだ。わざわざ声をかけてくるのは屋敷に送り届けての謝礼目当ての不届者か、身代金目的の誘拐を企む犯罪者くらいなもので、胸ぐりの開いた屋内用ドレスを着たフランチェスカにとってはここにいること自体が間違っている。

 しかし、どうしようもない。ずびずび鼻が垂れるのを湿ったシルクハンカチで拭いて、ふとフランチェスカは顔を上げた。

 チリンチリン、と自転車の甲高い鈴の音が耳に届いたのだ。まだまだ自転車が発明されて間もない現在、珍しいと思わず視線を見回し、その鈴の音の持ち主を探す。

 すると、滑り込んでくるかのように、颯爽とフランチェスカの前に現れた。

 それは、自転車で押すタイプのコンパクトな水色の屋台だ。折りたたみ式の木製カウンターが前方と両側面に、自転車の前輪上、カゴ部分には炭か何かで熱源があり、その上に網と金属製の優雅な口のポットが鎖で固定されている。

 カウンター下の二つの前輪を隠す水色の看板には見事なカリグラフィで描かれた文字が踊り、メニュー表らしき木版もあった。肝心の乗り手は自転車のブレーキを踏み、重々しい移動式屋台を揺らして自転車の車輪止めを蹴った。

 ぽかん、とフランチェスカははしたなくも呆然として、その人物を見た。

 金縁の丸眼鏡にリゾート帰りのようなカンカン帽キャノチエ、刈り上げた短髪は暗い色で、黒か茶色だ。ライトブラウンのチェック柄フランネルシャツを腕まくりして、アスコットタイのようなふくらんだ水色のチーフを首に巻いている。この王都では珍しい鉱山労働者のジーンズパンツと、同じ生地で作ったエプロンを着け、靴は——飴色の牛革のサンダルだ。

 フランチェスカは鼻水が垂れていることに気付いて慌てて拭き、何だか胡散臭い自転車の乗り手の男性が近づいてきたので警戒して身を引いた。

 男性は、やれやれと肩をすくめてフランチェスカに話しかけてくる。

「お嬢さん、こんな寒いのにどうしたんだい? そのドレス、舞踏会帰り? 馬車やお目付役は?」
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