22 / 63
本編
21話
しおりを挟む【Side:リアム】
教皇の間への入り口の前まで辿り着いた俺達は、扉が少し開いていることに気がついた。開いた扉の隙間から覗き込むように中の様子を伺うと、そこにはクロヴィス兄様が膝をついている姿があり、俺は思わず飛び出しそうになる。しかしそれは俺の肩を掴んだアルマン兄様によって止められてしまった。
「待て。クロヴィス兄上が見ている先……あの人物が教皇なのではないか?」
耳元でそう囁かれ、俺はアルマン兄様が指差した方に視線を向ける。そこにはクロヴィス兄様よりも少し上くらいだろうか、想像よりも大分若い美丈夫が立っていた。その美丈夫と向き合うようにクロヴィス兄様ともう一人、ローブを纏った女性が立っている。三人以外は床に伏している状態かつローブを纏った女性が兄様の隣にいることから、恐らくあの美丈夫が教皇なのだろうと推測した。
教皇というからもっと年老いた老人なのかと思っていたのだが、どうやら今の教皇は若いのかもしれない。しかし彼の纏う魔力の量や質が異常なので、もしかするとあの姿は魔法をかけた状態なのかもしれないとも思う。
専用の魔道具を使わなければ魔力量を正確に測ることは出来ないが、見れば大体どれ程のものかくらいはわかる。あの教皇の魔力量は今の俺の三倍くらいだろうか。俺の魔力量も大概なので、その三倍というだけでも途轍もない魔力量であることがわかるだろう。
「いつ入りますか?」
攻撃音が聞こえて来た為に少し焦りながらそう言うと、アルマン兄様が俺の肩に手を置いた。まるで焦るなと言うように置かれた手に俺は動きを止める。
その時、ドォンッと大きな爆発したかのような音が聞こえた。反射的に扉の隙間を見ると、白いローブを纏った知らない女性が吹っ飛ばされる瞬間だった。女性は壁に身体を打ちつけた後はぴくりとも動かない。クロヴィス兄様も火魔法で攻撃をしているようだが、全て教皇に防がれてしまっていた。
はらはらとする状況が繰り広げられている中、アルマン兄様は冷静に中の様子を伺っている。俺も冷静にならないと、と思いながら同じように窺っていると不意に視線がかち合った。
「……っ」
教皇と思しき人がこちらを向き、その瞳が俺を射抜いている。俺は目を離すことができずにじっと視線を合わせていると、突然扉が開いた。俺たちは咄嗟に立ち上がって後ろに下がる。
「鼠が入り込んだのかと思うたわ」
「っ……アルマン、リアム?」
どうやらバレていたようだ。
驚くクロヴィス兄様とは違って、余裕そうな表情を崩さない教皇に、隣にいたアルマン兄様がごくりと唾を飲む。アルマン兄様は兄弟の中でも一番魔力量が低く、そこまで多くない。なので恐らく、この魔力による圧力は肉体的にも精神的にも辛いに違いない。
しかし俺は魔力量が多いからか、実はそこまででもなかった。まあ自分の光属性の魔力を全身に纏っているからかもしれないけれど。
教皇は杖をくるくると回し、とどめを刺そうとクロヴィス兄様の頭上にいくつもの光と闇の氷柱のような塊を出現させた。息を呑む二人の兄様。
教皇が杖をすっと下に下ろすような仕草をした瞬間、俺は走りながら魔法の詠唱をしていた。
――ガガガッ、ガンッ!
硬いものが硬いものにあたるような衝撃音がいくつも響き渡る。音が止む頃にはカランカランと教皇の放った氷柱もどきが床のあちこちに散らばっており、俺はふうと息を吐いた。
「ほお……これを防ぐとは中々だな。魔力量が多いだけのことはある」
「……そっちの魔力の量は、少しおかしいんじゃないのか?」
額から汗がつう、と流れた。こうして間近で対峙するとよくわかる。この教皇の魔力量は本当に異常だ。人間が持てる魔力の量を超えているのではないだろうか。その証拠に自然に放出される魔力の量が多いような気がする。
魔力は自ら魔力を放出したり、魔法として利用したりすることで消費するが、実は普通に暮らしていく中でも魔力は少量ずつではあるが消費していく。例えば運動をしたりら勿論、呼吸という生命活動だけでも魔力は消費していくのだが、目の前にいる教皇からはそれがかなり多いように感じた。
魔力量が多いからとも思ったが、それならば桁外れの魔力量を持つと言われている俺も多くなくてはおかしい。しかし俺は兄様達と同じくらいしか消費していない。一体どういうことなのだろうか。
兎も角、騎士達が到着するまで、俺達直系の皇族を殺そうとしている教皇からクロヴィス兄様を守らなければならない。アルマン兄様はまだピンピンしているし、さっき俺が掛けた光属性の防御魔法が残っているので自分の身は自分で守れるだろうが、今のクロヴィス兄様ではそうもいかない。
体がぼろぼろなのは、相手の魔力による圧力に自力で耐えていた所為だろう。その上顔色が悪い。魔力の量も相当減っているはずだ。
「クロヴィス兄様、俺の後ろにいてくださいね」
「リアム……それではお前が」
「大丈夫です。俺が、兄様達を守ります。……俺だってもう17ですよ」
クロヴィス兄様ともアルマン兄様とも幼い頃はあまり話したことがなかった。いつも遊んでくれるのはソフィア姉上だけだった俺にとって、たまにしか会うことができない優秀な兄様達は憧れだった。
そんな常に遊んでくれた姉上は幼い頃からかなりやんちゃをしていて、俺はいつもそれに付き合わされていた。兄様達は知らないだろうけれど、そのやんちゃや無茶振りのお陰なのか何なのか、幼い頃からこの多量の魔力をそれなりに扱うことができた。
『リアムは魔力量が多いのだから、しっかりとコントロール出来るようにならないといざという時役に立たないよ?』
常々姉上は、俺にそう言い聞かせていた。姉上だって多いのにと言えば「嫌味か」と言われたが、俺が生まれるまでは多いと言われ続けた姉上も、いつか必要になる時に備えるためにとこっそり訓練していたのかもしれない。
俺はクロヴィス兄様を守るように教皇との間に立った。いつでも攻撃出来るように、そして受けられるように掌に魔力を少し溜める。父が騎士団を引き連れてここに来るまで何とか持ち堪えねばと、ぐっと足に力を入れた。
「お前達は聖女がどのようになれば代替わりとなるか、知っているか?」
唐突に教皇から発せられた質問に、俺達は一瞬思考が止まった。お前の質問に答える義理はないとアルマン兄様が言うと、教皇は何が面白いのかくつくつと笑う。俺はすぐに何かを言うことが出来ず、教皇がこの質問をした意図を図りかねていた。
「……本当に何も知らぬのだな」
教皇はすっと表情を消して、俺を指差す。何かの攻撃の前行動かと思い、咄嗟に防御壁を展開するために手を前に差し出すが、一向に攻撃が来ない。眉を顰めながら目の前の教皇を見据えると、彼は俺を指差しながらじっと見つめていた。
その瞳は仄暗く、俺を通して何かを見ているような錯覚を起こす。心臓がどくんどくんと忙しなく鼓動し、冷たいものが背筋に走った。
聖女が代替わりする理由は『落命』だと聞いている。聖属性の魔法を使う度に魔力保有量の最大値が減っていき、その減少した分は二度と回復することがないのだと聞いた。
例えば元々最大500の液体が入る器を持っていたとする。普通の属性魔法の場合は使用した魔力分の液体が減っていく。つまり魔法による魔力消費が100の液体だとすると、最大500入る器から使用した分の100が減った400の液体が入っているようなイメージとなるのである。この減った分の100は睡眠や食事、魔力回復ポーションによって回復することが可能だ。
しかし聖属性魔法は違う。聖魔法による魔力消費が100の液体だとすると、最大500入る器から使用した分の液体100が減り、さらに最大値が20ほど減るのである。最大値が減るとどうなるかというと、睡眠や食事、魔力回復ポーションを用いても80しか回復しないのである。元々最大500入る器だったものが最大480に減る――つまり、元々生まれつき持っている器の大きさが変わってしまうということなのだ。
これは例えやイメージだが、聖女の身体では常にこういった変化が起きているのだとクロヴィス兄様から見せてもらった資料には書いていた。
「……落命だろ?」
一々こちらを見下したような発言と視線に、自然と眉間に皺がよる。俺がただ一言答えると、教皇は未だ俺に指を指したままで大きな大きな溜息をついた。
「本当にそれだけだと思うか?……お前は聖女と寝たのであろう?聖女の様子はどうであった?」
「……教えると思うか?」
誰が愛しいラウルの可愛い姿や様子をこいつに語るというのだろうか。そう睨みつければ、教皇は俺に指差していた手を下ろしてさらに大きなため息をこぼした。今度のため息には呆れが多分に含まれていたような気がして、さらに眉間の皺が濃くなる。
「……まあいい、わからぬならそれで。では、死ね」
ふっと嘲笑を浮かべた教皇は、俺達に向かって巨大な魔力の塊を投げつけてきた。狙いは俺二人と、少し離れたところで立っているアルマん兄様だ。
俺は咄嗟に防御壁を展開するが、先ほどよりも大きな魔力の塊は俺の光属性の防御壁にひびを入れていく。ピキ、ピキと徐々に広がっていくひび割れを補強するように追加で魔力を込めるが、それでもひび割れは止まらない。
アルマン兄様を見れば火属性の魔法を使ってなんとか相殺しようとはしているが、かなり押されているようだ。教皇との魔力量の差から見てもアルマン兄様はかなり不利だった。
俺は放出する魔力量を増やして何とか防御壁を保つが、そうしている間にもアルマン兄様の限界は近づいていて、俺が何とか相殺した時には床に伏していた。急いで駆け寄りたい気持ちでいっぱいだったが、俺も俺でここを離れるわけにはいかない。魔力量も今ので随分と減ってしまった。やはり魔力量が多い者を相手にするとこちらの消費量も必然的に多くなってしまう。
「……私がアルマンのところまで走るから、サポートをお願いできるかい?」
どうするべきか頭の中でぐるぐると悩んでいた時、背後にいたクロヴィス兄様が小声でぽそりと呟いた。俺はその言葉に振り向いて視線だけで肯定を示すと、教皇の隙をついてアルマン兄様の元に駆け出す。
案の定教皇はが兄様達目掛けて攻撃魔法を放ったので、俺は先程よりも分厚い光の防御壁を作って防いでいく。
クロヴィス兄様がアルマン兄様の元に到着した時には、俺の魔力量もそこそこ減っていた。回復手段もなく、防戦一方のこの状態に、応援の騎士団が早く到着することを願うしかなかった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
627
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる