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本編
22話
しおりを挟む【三人称視点】
(※誰の視点でもありません。)
アルマン、クロヴィスの二人を守るリアム。少しずつ押されていく姿に、教皇は笑みを深くしながら徐々に込める魔力を増していった。
いくら桁違いの魔力量を有しているリアムであっても、教皇の圧倒的な魔力量に防戦一方になってしまう。しかしそれももう保たないだろうことは、リアム自身が一番わかっていた。
どうすればこの場から二人の兄を逃げ出させるか、頭の中はそればかりがぐるぐると巡っている。自分だけだったらどうにでもなるし、最悪の場合兄達がいれば良いとさえ思っているリアムに、兄であるクロヴィスが気が付かないわけもなくその端正な顔を顰めた。
リアムが教皇の攻撃を光の防御壁で防いではいるが、リアムの額には玉のような汗がいくつも浮かび、大量の魔力消費がどのような負担を与えているかが現れていた。今この場に一通りの上級ポーションを持ってきておけば良かったと後悔するが、もう遅い。あとは応援の騎士団、そして魔道騎士団がここに来てくれることを待つだけしか出来ない。
リアムは手と足に力を込めた。今踏ん張らなければ全員が命を落とす。それだけは絶対に避けなければならないことだと思ったのだ。
「いつまで保つのだろうなあ?」
「っ……いくらでも?」
「くくっ……威勢が良いのは嫌いではないぞ?」
「……く、っ」
魔力の消費が激しい。リアムは正直な所ここまで魔力を消費するとは思っていなかった。何故ならずっと魔力量が一番だと思っていたので、ここまで消費するような想定をしながら生きてこなかったのだ。実際自分よりも魔力量が多い者を見たことがなかった。戦闘経験がほぼないということも理由に挙げられるかもしれない。今まで半分も減ったことがなかったせいか、身体が少ない魔力に慣れず、余計に体力を消耗してしまっている。
「リアム、もういい……お前だけでも逃げろ」
「……っ、嫌です」
「だが……!」
「俺は、兄様達を守りたいんです」
なぜ、と消え入りそうな声が背後から聞こえ、リアムはふっと笑った。
リアムにとって兄達は憧れそのもの。
だからこそ今その憧れの存在とこうして共に戦えていること、自分が役に立てていることがとても嬉しかったのだ。しかし今それを口にすることはできない。してしまえば、兄達を困らせてしまうのだとわかっていた。
そうして耐えるだけの辛い時間は突然終わりを告げた。急に教皇からの攻撃が止んだのである。見れば教皇は滝のような汗を流しながら呆然と自身の手を見つめている。
何が何だかわからないまま固まっていると、扉の外から複数の慌ただしい足音が聞こえてきた。その音はだんだんと近づき、そして開いていた扉から姿を現した。
それは長い時間待ち侘びた騎士団、そして魔道騎士団の到着だった。
二つの騎士団が到着すると、あとは早かった。
呆然と己の掌を見ながら立ち尽くしている教皇は、何の抵抗もなく拘束され、騎士達に抱えられながら連れて行かれた。あれ程までに苦戦を強いられていたにも関わらず、やけにあっさりとした幕引きに、二人は戸惑いを隠せないでいる。
室内の床に伏していた数人の司教やお付きの者達、そしてアルマンを騎士達が運んでいく様子を眺めながらリアムが呆然と立ち尽くしていると、先に我に返ったクロヴィスがリアムの方を向いた。
「リアム、ありがとう」
「……え?なんです、か……」
「……っと、……ありがとう、ございます」
クロヴィスが立ち上がってリアムの肩に手を置くと、リアムの身体から力が抜けた。慌ててクロヴィスは腕を出して末の弟を抱き止めると、彼は少し表情を緩めて礼を言う。
どうやら魔力が切れかけているようで、クロヴィスの腕の中にいるリアムの顔色は悪い。血の気が引いたような、青を通り越してもはや白い顔色に、直様クロヴィスは教皇の間から出た。そしてぐったりとしているリアムを背負って長い階段を必死で降りていく。
しかし地上に降り立った時には既にリアムは意識を失っていた。記憶にある自分達の母親の姿に今のリアムの姿が重なり、クロヴィスは血の気の引く思いがした。慌てて鼻に手を当て、胸に耳を当てる。弱いことには変わりはないが、それでもリアムが生きていることを実感出来たクロヴィスはようやく詰めていた息を吐き出した。
リアムとアルマンが目を覚ました時、隣には泣きそうにな顔をしている聖女二人の姿があった。ラウルとカミーユだ。彼らはお互いの想い人を抱き抱えながら、必死に治癒魔法をかけている。その温かさにリアムはもう一度目を閉じようとしたが、あることを思い出して飛び起きた。
「……っ?!うわっ……!」
突然リアムが起き上がったので、治癒魔法に集中していたラウルは驚きのあまり体を大きく跳ねさせ、後ろに倒れそうになる。近くで治癒の様子を見守っていたクロヴィスが慌ててラウルの頭を庇うように手を添え、ラウルは倒れるのを何とか回避することが出来た。
「びっ……びっくり、した……」
「す、すまない……じゃなくて!治癒魔法!」
「??……うん?今してる、けど……?」
訳がわからないと言うように頭に疑問符を浮かべ首を傾げるラウルの肩を掴んだラウルは、その綺麗な顔を僅かに歪めながらやめてくれと言った。ますます訳がわからないといった表情のラウルは、未だ後ろで背中を支えてくれているクロヴィスに救援の視線を送るが、クロヴィスもまたよくわからないといった様子で首を傾げている。
そんな二人の様子にだんだんと落ち着いてきたのか、リアムは強張らせていた身体の力を抜いて、だらんと腕を下ろした。
「ええと……どうかした?」
「……治癒魔法を、使わないで欲しい」
「……は?どういうこと?」
眉間に皺を寄せて少し声を低くしたラウルの反応に、リアムはぴくりと身体を揺らす。ラウルが怒るのも致し方のないことだろうとクロヴィスは思ったが、ふとあることを思い出して息を吐き出した。
「……治癒魔法を使ったら、その……」
言いにくそうに言い淀み、俯き加減でそっぽを向くリアム。そんな末弟の姿に、やっぱりと彼は思った。
きっとリアムは、聖女が聖属性魔法を使用した時のリスクを思い出したのだろう。持てる魔力の最大値が減っていく、つまりは聖属性魔法が命と引き換えの魔法だということを。
リアムが言葉を詰まらせる様子に、やっとラウルも彼が言いたいことに気がついたらしい。肺が空っぽになるくらいに長い長い息を吐き出した。そうして眉尻を下げながら困ったように微笑む。
「今更だな。俺は聖属性の魔力を持っていて治癒の魔法が使える。聖女の役目は本当にクソだと思うけど、それでもこの聖属性の魔法だけは使えてよかったと……今は思うよ」
――だって、この力で好きな人を守れるんだから。
心配してくれるのは嬉しいけれどリアムのために使わせて欲しいと苦笑まじりに言うラウルに、リアムは顔を歪めた。胸が苦しい、しかし同時に温かなものが湧いて出てくる。
「俺は……その、リアムが好きだから治したいというか、折角そんな力を貰ったんだから……誰よりも何よりもリアムに使いたいんだよね」
「……でも、命が」
「それはそれ、これはこれ。簡単に死ぬつもりもないけど、でもどうせいつか死ぬんだったら好きな人を助けて死にたいって思うのは、俺の我儘……なんだろうな」
ごめん、と呟くラウルの目は凪いでいた。微かな揺れもなく、ただただ自分だけを見つめる瞳に、リアムは同じように眉尻を下げる。
「……それを言うなら、聖属性魔法を使わないで欲しいって言うのは、俺の我儘だろ」
ゆっくりと瞼を下す。我儘だとしても、愛する人には長く生きて欲しいと思うのだ。リアムはそんな自身の想いを自分の中で反芻しながら、「一秒でも長く一緒に生きて欲しいだけだ」とぽつりと溢した。
対してラウルはというと、リアムの溢した言葉に目をぱちくりとさせていた。好きな人を、愛する人を助けて死ぬのは本望だと言ったが、リアムの言葉を聞いて胸が騒つく。
地獄だった日々が終わりを告げようとしている。こうしてリアムと会い、自分の意思で治癒魔法を使って治すことが出来ている。しかしそんな状況であるにも関わらず、もしかするとラウル自身が生を諦めていたのかもしれない。いつのまにか生きることに疲れていたのかもしれないと、ラウルはふと思った。
「折角番になれたんだから、俺はもっとラウルと一緒にいたいんだ」
「え……あ……」
「……今、ここで言うのも何なんだが……その、俺の……伴侶として、ずっと一緒にいてほしいと、思っている」
「……はん、りょ」
突然のプロポーズのような台詞に顔を真っ赤にして固まるラウル。その背を支えるクロヴィスは、二人から視線を逸らすように斜め上の虚空を見上げながら遠い目をしている。
教皇が騎士に連行されたのみで、まだ何も終わってはいない。しかし彼らにとっては一区切りしたと言ってもいいだろうこの状況に、リアムは気が緩んでいたのかもしれない。茹蛸のようになったラウルの頬をするりと撫でたところで咳払いが聞こえ、ぱっと手を離した。
咳払いをしたのはクロヴィスだった。クロヴィスは視線で、そういうのは落ち着いてからにして欲しいと伝えるとリアムは頬を紅潮させた。
教皇が連行されたとはいえ、まだまだ皇族としてやらなければならない事は沢山ある。まずは全ての大聖堂の関係者――つまり司教以下の人々は勿論、大司教や枢機卿をも捕縛しなければならないのだ。そのためには人手がいる。
現在大聖堂の敷地内にいる関係者達を全員捕縛し終えれば、一部の騎士を残して一旦王城へ移動することとなっている。カミーユとラウルの二人も共に王城へと向かおうとしたのだが、二人の首には未だ金属の首輪がはまっているため、残念ではあるが聖女達は大聖堂の敷地内にある自室で暫く過ごすこととなった。
アルマンもリアムもお互いの番から離れたくないと文句を垂れたが、クロヴィスとディモルフに引きずられるようにして大聖堂敷地を後にした。
それから数日が経ったある日、クロヴィスは城内にある自身の執務室で頭を抱えていた。予想通りというか何というか、大聖堂関係者の捕縛作業は難航していた。騒動に乗じて行方をくらませた関係者が多く、まだ半数も捕縛できていないという報告を受けたクロヴィスは痛む頭を押さえながら溜息を零す。
実はこの国には死刑という方法が存在しない。かつての帝国にはあったのだが、生命力である魔力が多い人間は死刑を実行しても死なないことが多かったため、今は死刑という方法は無駄だとして廃止されているのである。
そのためこの帝国の極刑は終身刑だ。
終身刑の内容には様々なものがあるが、その中でも一番酷いとされる刑がある。それは魔力を吸収する素材で四方を囲まれた牢屋の中でただずっとそこで過ごすだけのものだ。魔力吸収素材には魔法を禁ずるような仕掛けが施されており、牢屋にあるのはトイレの便器とベッドのみ。これの何が酷いのかと言えば、一番は食事等を一切与えららないことだろうか。
魔力を吸い取られながら餓死するその日まで一歩も出る事は叶わず、ただただ己の過ちを悔い改めるしかできない究極の刑。教皇や枢機卿達にこの刑が適用されることが決まったのは今から一時間ほど前のことだった。
クロヴィスはその内容がつらつらと書かれた資料を片手に、はあと一つ息を吐き出した。
「……さて、どうするか」
未だ聖女達の首につけられている首輪が外れる気配はない。何度も外そうと試みてはいるが、一向に外す事はできないでいた。
投獄されている教皇にも外し方を聞いてはみたのだが、外す事はできないと断言された。それが嘘か本当かはわからない。しかしそれが真実なのではないかと言うくらい、全く外れる気配がなかった。
何度も拷問をしたが全く進展しない問題に、クロヴィスは頭を抱えるしかない。俺は何で無能なのだろうかと嘆く日々。
そんなクロヴィスの想いを知ってか知らずか、不意に執務室の扉が叩かれ、彼はその疲れた顔を上にあげた。
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