男ですが聖女になりました

白井由貴

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本編

5話

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 皇族への奉仕をさせられるまで後二日。
 俺は今、大聖堂から逃げ出す準備をしている。

 あのオードリックとかいう枢機卿に犯された後、ドミニクにも犯されてしまった俺はもう我慢の限界だった。オメガは性欲処理の道具なんかじゃないと声を大にして言いたいが、今は我慢だ。

 俺に与えられたこの部屋はどうやら少し高いところにあるらしい。この部屋の窓から見える景色から察するに、下に2階分くらいはありそうだ。それくらいであればカーテンなどを破り繋げていけばなんとか降りられそうである。
 
 しかし問題は、この窓から見える景色だ。
 白い建物が庭園を囲むように建っており、箱庭のようになっているのである。これでは窓から外に出たとしても街に出ることは不可能だ。どうするべきかと考えながら下を覗き込んでみると、一箇所だけ開いている窓が見えた。これはチャンスなのでは?と用意していたカーテンを柱にしっかりと繋ぎ、窓を開けて慎重に下へと降りていく。

 唯一開いていた窓から中に入ると、そこは倉庫のようだった。扉に手をかけるとかちゃりと音を立てて開いたので、素早く廊下へと出て、隠れながら出口を目指していく。

 そうしてようやく辿り着いた出口には衛兵が数人立っていて、どうにもこうにも通れそうにない。俺も魔法は使えるが剣はからっきしだ。危ない橋は渡りたくないなと考えながら辺りを見回してみると、植栽の下部がぽっかりと開いている部分があった。
 どうやら猫の通路になっているらしい。成長途中の細い体は人一人分空いた穴をいとも容易く潜り抜けることができた。貧相な身体でよかったと思う日が来るとは思わなかった。

「……え?」

 そうして出た先は、森だった。
 なんで森なのかはわからないが、これはあれか?もしかして魔獣が出てくる森だったりするのだろうか。

 仮にも一応聖女なので怪我をしても自分で治せるが、死んだら元も子もない。水の攻撃魔法もそんなに数を持っているわけではないので少々心許ないが、それでもここまで来たら進むしかなかった。

 少し歩くと黒色の染料に使われている草を見つけ、目立つ白いローブや服を水魔法と草で黒く染めていく。なかなか綺麗に染められた服に、笑みが溢れた。
 水属性の魔力は生活面で便利だと言われているが、本当にその通りである。一色染めの場合に限るが、染め物も簡単に出来るし、毒を摂取しても効きにくくなるし、なにより飲み水の確保が容易だ。ただ毒だけではなく薬も効きにくくなるので要注意だが。

「これで目立たないだろ……走るか」

 この森がどれほどの広さなのかはわからないが、できれば今日中に抜けてしまいたい。恐らくもう俺が逃げ出したことは知られている頃だろう。だから出来れば少しでも遠くへと逃げたかった。



 どれくらい歩いただろうか。
 漸く街の喧騒が聞こえてきた頃には陽は既に傾いていた。運良く魔物や魔獣に遭遇することもなくここまで来れたことにほっと息をつく。

 着のみ着のまま逃げ出してきたので、現在無一文である。これからどうしようかと街の中をフードを被りながら歩いていると、誰かとぶつかって尻餅をついた。

「い、った……はあ……やっぱりフードを被らない方が良かったか?いやでも髪色でバレそうだよな……」

 そう小声で呟いていると、頭上から下卑た笑いが降ってきて、思わず溜息を吐いてしまう。

「おい」
 
 ごろつき共にぶつかるなんて、なんて運のない。そう思いながらも小さな声で謝って立ち去ろうとすると、強い力で腕を掴まれた。振り解こうにも相手は堅いの良いごろつきだ。俺なんかが振り解けるなんて万に一つもないだろう。

 そう思った時だった。

「がはっ!」
「ぐ、うっ!!」

 突然ごろつき達が俺の横を飛んでいったのだ。
 頭の理解が追いつかずに呆然と立ち尽くしていると、恐らく今ごろつきをぶっ飛ばしただろう人物が目の前に立っていた。

「大丈夫か?怪我は?」
「あ……えっと、大丈夫です」
「そうか、ならよかった。家はどこだ?良ければ送って行くが……」
「えっ……あ、いや、大丈夫です!」

 俺よりも背が高くスラリとしていて、俺と同じような黒のローブに身を包んだその人は、俺に対してすっと手を差し出してきた。多分好意でそう申し出てくれたのだろうが、今の俺には有難迷惑というものである。せっかく逃げ出してきた場所に送ってもらうわけにもいかず、全力で拒否をした。

 すると相手は面食らったように一瞬動きを止め、何がおかしいのかくすくすと笑い出した。一通り笑ったその人は、何故か俺の腕を掴んで近くのお店へと入って行く。俺はされるがままだったが、席に案内されたと同時に自分が無一文であることを思い出して声を上げた。

「あーっと……俺今無一文なので、ここで失礼しますね。さっきは助けてくださってありがとうございました。なにもお礼出来ずにすみません」

 助けてくれた感謝を述べた上で、無一文なのでお店から出るという意思を伝えたのだが、何故か視線を感じる。口許しか見えていないので気のせいかもしれないが、戸惑っているような空気を感じた。

 店を出て行こうとすると、ローブが何かに引っ掛かったのか後ろに倒れそうになったが、既の所でなんとか耐える。引っ掛かった箇所を確認しようと振り向くと、どうやら黒いローブの彼が俺のローブの裾を引っ張っていたようだ。
 止められる理由がわからなくて首を傾げると、相手は焦ったような声音を出しながらローブをツンツンと引っ張ってきた。
 
「あ……あーっと……俺が出すからそのまま一緒に食べないか?流石に一人で食べるのは、その……寂しいからな」
「……俺、本当に無一文ですけど、良いんですか?」

 ご飯代も出せないしお礼も出来ませんけど、と付け加えると彼はこくこくと頭を縦に振りながら俺を元の席に座らせようとしている。かなりの申し訳なさを抱えながらも、渋々元の席に腰を下ろした。
 
「ああ、一緒に食べてくれると嬉しい」

 フードの下を窺い見ることは出来なかったが、恐らくとても綺麗な笑顔なんだろう。見えている口許だけでもそれがわかるくらい、整っていた。初めは困惑していた俺もなんだか嬉しくなって、フードの下でくすくすと笑ってしまう。

 このお店は大衆居酒屋のようなものらしく、目の前の彼は飲み物や食べ物を色々と注文して行く。聞いたことのない料理や飲み物ばかりで、どんなものが来るのか全く想像がつかない。

「君は何にする?お酒は飲めるか?」
「あ、俺16歳だからまだお酒は飲めないんです。料理……はわからないので適当に選んでもらえると嬉しいんですけど」
「……そうか」

 何かを考えるように一拍開けて頷き、その後店員さんに幾つか注文をしてくれた。料理名はさっぱりだけど何がくるかは楽しみだ。

 俺が久々の外での食事に心躍らせていると、名前はと聞かれた。何も考えずに反射的にラウルだと答えたが、言った後で聖女の名前が知られていたらどうしようと少し不安になったが、言ってしまったものは仕方がないと諦めた。俺も答えたのだからと相手にも同じように聞くと、リアムだと返ってきた。

 その名前を最近どこかで聞いたような気がするなと首を捻っていると、熱々の湯気を纏った料理達が机の上に並べられたので思考を中断する。意気揚々と二人でいただきますと言って、フォークとスプーンで取り分けてもらった料理を口に運んでいった。

 美味しい……美味しすぎる!と感激に浸っていると、リアムが俺のことをじっと見ているような気がして首を傾げた。するとすっと視線を逸らされてしまった。気にはなったが、今は湯気の上がる料理達に集中することにしよう。



 全ての料理を食べ終わった俺達は、このお店の2階にある個室で食休みをしていた。
 この2階は飲食をした人間であれば個室を数時間使うことができるようだ。会計の際に、2階を使いたいのだと頼んでくれたお陰で、俺もこうして御相伴に預からせてもらっている。

 部屋はシングルベッドが一つと机と椅子が一つあるだけの簡素なもので、俺は椅子に、リアムはベッドに腰掛けた状態で休んでいる。本当はフードを脱くべきなんだろうけど、聖女だとバレてしまっては元も子もないので、俺は外さずそのままだ。
 しかしリアムはそうではないらしい。黒のローブを脱いだ彼は俺を見て脱がないのかと言ってきた。俺はそのままで良いのだと言うと、興味なさげにふうんと言って窓の外を見ている。

 ローブを脱いだリアムはとても綺麗だった。僅かに赤みや黄色みが掛かったシルバーアッシュの髪にきらりと輝くミルキーブロンドの瞳、そして整った顔立ち。鼻筋はすっと通り、すらりとした体型も相まってどこか御伽話の王子様のような雰囲気を醸し出している。同性にも関わらず思わず見惚れてしまうほど、リアムは綺麗だった。

「ラウルもこっちに座ったらどうだ?」
「えっ、いや俺は椅子で……うわっ」

 ちょいちょいと手招きされるが、リアムのあまりの綺麗さに気が引けてしまって首を横に振ると、手首を掴まれてぐっと引き寄せられた。椅子から強引に引っ張り上げられたものだから、脚がもつれて彼の胸にぶつかるように倒れ込んだ。鼻を思い切り強打し、いたたと鼻をさすっていると何故か手元が明るくなって――あれ?

 どうやら引き寄せられた時にフードが脱げてしまったようで、気付けば俺の顔は全て晒されていた。

「……っ」

 頭の上で息を呑む音が聞こえる。もしかして聖女だとバレたのかと思いながらも恐る恐る顔を上げると、そこには顔を真っ赤にさせたリアムの綺麗な顔があった。

 リアムのミルキーブロンドの瞳と視線が合う。その甘い色は少し潤んでいて、今にも蕩けそうだ。

「あの……リアム?」
「え、ああ……すまない。ラウルが、あまりにも可愛かったものだから……」
「かわっ……?!お、俺男なんですけど……」

 右手を俺の腰に回して支えながら、左手で顔を覆っているリアムの耳は林檎のように赤い。どうかしたのかと覗き込もうとしたところ、リアムの左手が後頭部に移動し、彼の胸に頭を押しつけられた。

 リアムの胸からはとくとくという規則正しい心臓の鼓動が聞こえる。村にいた頃は母さんや妹とハグをした時によくこうやって心臓の音を聞いたなぁと懐かしくなり、鼻の奥がつんとした。

「敬語じゃなく普通に話してくれないか?堅苦しいのは嫌いなんだ。……そういえばどうしてラウルはあの場所にいたんだい?」
「えっ……ええと……」
「言い難いことだったら言わなくても良いよ。その代わり、俺の話をしてもいいか?」
「……え?う、うん、もちろん」

 リアムはぽつりぽつりと話し始める。その内容はかなり大変そうなものだった。

 リアムは良いところの家の三男として生まれたんだって。三男だから跡継ぎ事情なんかは考えなくても良いはずなのに、気付けば周りに色々なことをさせられていて、その全てで兄達よりも優秀な成績を収めてしまったらしい。

「兄様達は俺のことを妬んだりせず、いつも通りに接してくれていたんだが……何というか、俺の方がどうしたら良いのかわからなくなったんだ」
「優しいお兄さん達なんだね」
「……ああ。優しくて強くて格好良くて、自慢の兄様達だよ」

 周りは三男のリアムに何かを期待しているらしいが、リアムにとってそれは正直重荷でしかない。今日はなんだか逃げ出したい気分になったので、こうやって月に一度の自由を満喫していたということらしい。

 俺は貧しい村に生まれた長男だったけれど、オメガだって分かった時からそんなに期待はされなかった。だから期待されるなんて羨ましいと思う反面、重い期待を一身に背負っているこの薄い肩がいつか壊れてしまいそうな気がして不安になる。
 俺にはその期待の大きさも重圧もわからないが、それでも今リアムが辛いと思っていることだけはわかる。だから少しでも助けになれたらいいなと思いながら、ゆっくりとリアムの背中に腕を回した。

「よく頑張ったね」
「……ラウル?」
「俺にはリアムが背負うものの大きさはわからないけど、それでもリアムが辛いんだろうなってことはわかるよ。知り会って間もない俺だけど、それでもリアムが辛いのは嫌だなあ」

 だからせめて少しでもこうして本音を言って、心の休息をとってくれたら嬉しいと伝えると、リアムは驚いたように目を瞬かせたあとふわりと笑った。王子様のような見た目だからか、周りがきらきらと輝いているように見える。

「リアムはそうやって笑っている方が良いよ。俺、リアムの笑顔好きだなあ」
「……っ!」
「リアム?」

 がばっと腕が背中に周り、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。少しばかり力が入り過ぎて苦しいけれど、でも久々に感じた人の温もりに俺の心は温かくなった。

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