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勇者と封印解除の魔法 3
しおりを挟む2人がそのまま大樹を見ていると、エマと魔法使いが緊張した面持ちで歩いてきた。
空は急に暗くなり、鳥たちは囀るのをやめて遠くに飛び去っていった。木の枝が風で揺れる音もしなくなった。
不気味なほどの静寂に包まれ、その場で聞こえるのは魔法使いの緊張した息遣いだけになった。
「あの…お待たせしました。もう…大丈夫です」
と、マーニャは弱々しい声で言った。
マーニャは深呼吸をしてから魔法陣を地面に描き出したが、細い腕は小刻みに震えて途中で何度も手を止めた。
空に赤い色が広がっても魔法陣は完成せず、大樹の枝の隙間から月の光が見えるようになる頃に、ようやく完成した。
マーニャは小さな声で詠唱を始めたが、額の汗を拭って息を吐くと、勇者の方を見た。
「ダンジョンはしっかりと閉ざされています。
あの…上手くは言えませんが、とても恐ろしい事が起こるような気がしてなりません。
無事に終わるまで、勇者様はもう少し後ろで待っていてもらえないでしょうか?」
と、マーニャは言った。
勇者が後ろに下がると、マーニャは杖を高く掲げて、今度は大きな声で詠唱を始めた。
呪文は魔法使いの言葉であり、フィオンは何を言っているのか分からず、エマもはじめて聞く魔法使いの言葉に驚いていた。
月からおぼろな光が射し、月の光に照らされた魔法陣は銀色の光を放った。放つ光が強くなると、魔法陣の中央部分から別の黄金に輝く光が現れた。
マーニャが驚いて一歩後退りをすると、黄金の光は至る方向に向かって飛び散り、魔法陣が放つ銀色の光をかき消し始めた。
杖を持つマーニャの手はガタガタと震えたが、真っ青な顔をしながら詠唱を続けた。
ルークも彼女を支えようと詠唱を始め、銀色の光に力を注いだが、黄金の光はますます強くなり何かの形を成そうとしていた。
マーニャは銀色の光をこれ以上かき消されないように、もう一度杖を高く掲げた。
彼女の手は激しく震え、無理な魔力をつかうことで体は締め付けられるように痛んだ。栗色の髪の毛は逆立ったが、掲げた杖の先の赤い宝石を食い入るように見つめた。
すると杖の宝石は、彼女の魔力と生命を搾り取ろうとするかのように残忍な色を放った。
その残忍な色から、マーニャはソニオの国王の顔を思い出した。国王の命令は絶対であり、自らの生命が粉々に砕け散ったとしても従わなければならない。
自分の生命は本来は何の価値もないのだから。国王の役に立てれば、マガイモノの自分でも生まれてきた価値がある。
それでこそ「マガイモノの誉れ」だと刷り込まされた恐怖が強烈に蘇った。
従わなければ仲間が酷い目に遭わされると知っているマーニャは一心不乱に詠唱を続け、ルークも壮絶な体の痛みに耐えながら杖の先の宝石を同じように見つめた。
「もういい!今日はもうやめろ!」
と、フィオンは大きな声で叫んだ。
「まだ、やれます!まだ、やれますから!
まだ精一杯頑張れます!」
ルークは青白い顔をしながら叫んだ。そうせねばならないと意識を操作されているようだった。
魔法使いの姿はどう見ても異様であり、フィオンが走って止めに入ろうとすると、先に別の騎士が動いた。
「やめろ!」
と、アーロンが叫んだ。その場の空気が震えるほどに凄まじい声だった。
マーニャの詠唱がぴたりと止まり、ルークは膝から崩れ落ちた。
アーロンが魔法使いが握る杖を順番に奪い取っていくと、銀色の光が消え、黄金の光も同じように消え失せていった。
「今日は、もうやめよう。
すっかり夜になってしまったし、封印が解除できたとしても、今からダンジョンに入るのは危険だ。
日の光が、必要だ。
それに、今宵の月は不気味だからね。
燦然と輝く太陽の光が、僕たちの味方をしてくれるだろう」
アーロンはそう言うと、優しく微笑んだ。
「すみません。
明日は、もっと早く…もっと上手にできると思います。
明日は…もっともっと精一杯…精一杯頑張ります」
マーニャは泣き出しそうな顔で言った。
アーロンはその言葉を聞くと、目を大きく見開いた。
マーニャが疲れ切った顔でその場にしゃがみ込んで体を震わせると、エマが慌てて駆け寄った。
フィオンは、まだ怒りの色が消えていないアーロンの瞳を黙ったまま見つめていた。
*
次の日は朝から不思議な霧がかかり、遠くから新たな朝を告げる鳥の鳴き声が響いていたが、マーニャとルークには死の訪れを告げる声のように聞こえていた。体は今も強く痺れていたが、2人は震える手で杖を握り締めた。
エマとフィオンは心配そうな顔で魔法使いを見たが、どうする事も出来なかった。
ダンジョンの封印の魔法を解かねば、この旅は終わらないのだから。
一行は大樹の下まですごすごと歩いて行くと、勇者は昨日と同様に魔法使いを後方で見守ることにしたが、アーロンは見慣れない剣を握っていた。
「その剣は、どうしたの?」
と、エマが言った。
フィオンもアーロンの剣を見た。その長くて美しい剣は、フィオンがアーロンに渡した剣だった。
「魔物が出てくるかもしれないからね。昨日は、妙な黄金の光が何かの形を成そうとしていたし。
獰猛な魔物が向かってきたら、いつもの剣だと心許ない。この剣の方が長くて安心できるから」
と、アーロンは答えた。フィオンはアーロンの顔をじっと見たが、アーロンは目を合わせなかった。
マーニャが魔法陣を描いて詠唱を始めると、霧を消し去るかのように風が吹いた。その風は彼女の体を優しく包み込み、栗色の巻き髪を靡かせた。
風が大樹の葉を散らし、彼女の髪に大樹の葉が舞い落ちると、大きな黒い瞳が色濃く妖しく輝いた。
魔法陣から煙が立ち上ると、魔法陣は銀色に輝いた。太陽の光を浴びると銀色の光は神々しく輝き、魔法陣の中央からは軋むような音が上がった。
その音と共に、黄金の光も輝き出した。
黄金の光は、昨日よりも強い力を感じとったのだろう。すぐさま燃え盛る音を出して火花となり、黄金の火花の噴出は真っ直ぐに空へと伸びていった。大樹よりも遙かに高く、空に達するかと思われるほど高く高く昇っていった。
火花は空中でぐるぐると渦を巻くと、ある形を作り出し、凄まじい声を上げながら、翼を広げた恐ろしい生き物が急降下してきた。
「ドラゴンだ!」
と、リアムが叫んだ。
ドラゴンは大きな音を立てながら魔法陣の上に降り立った。
ブナのような木々はガサガサと揺れ動き、立ってもいられないほどに大地が揺れ動いた。
黄金のドラゴンは大きな口を開けながら、魔法使いを威嚇した。ダンジョンに施された封印の魔法を守る、守主だった。
ドラゴンは立派な両翼を広げると、鋭利な爪で魔法陣を攻撃し出し、封印を破ろうとする者を威嚇する恐ろしい声を何度も発した。
その身の毛もよだつような低くて恐ろしい声は耳に慣れることはなく、マーニャとルークの体が固まっていき詠唱する声も止まってしまった。
ドラゴンと戦おうと勇者が武器を持って駆けつけようとすると、リアムが大声で叫んだ。
「下がってください!
このドラゴンは魔法で生み出されています!
僕たちが戦いますので、勇者様は下がってください!」
その言葉を嘲笑うかのようにドラゴンは大きな声を上げた。太くて恐ろしい尾を動かして魔法陣を何度も叩くと、灰のような嫌な臭いが辺りに充満していった。
銀色の光が薄らいでいくと、壊れていく魔法陣に力を注ぎ込もうと、マーニャが再び杖を強く握り締めた。また詠唱を始めると、杖の先の赤い宝石が輝いて彼女の力を搾りとり、顔色はどんどん真っ白になっていった。ルークも立ち上がり杖の先を見つめ、震えながら詠唱を始めたのだった。
リアムはその様子を見ると、杖を高く掲げた。黒い瞳が輝き、漆黒の魔法使いの体が風に包まれた。
銀色に輝く魔法陣が、新たな生命を生み出すかのように蠢いた。
するとドラゴンが大急ぎで魔法陣から飛びのいた。
魔法陣は神々しい銀の光に包まれ、ついに新たな生き物を作り出した。銀色に輝く、凛々しくも美しい一角獣が姿を現したのだった。
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