クリスタルの封印

大林 朔也

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勇者と封印解除の魔法 2

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 朝の光と、芳しい草の香り、冷え冷えとした空気で一行は目を覚ました。朝露に濡れた大樹は、とても美しかった。
 一行は軽めの朝食をとったが、マーニャとルークは食べ物が全く喉を通らなかった。
 マーニャの顔はすっかり青ざめ、杖を両手で握りしめて目を瞑り、ブツブツと独り言を言っていたので、エマは魔法使いたちを心配そうな目で見つめていた。

 勇者は魔法使いの心の準備ができるまで待つことにした。 
 フィオンは立ち上がって歩き出し、大樹の下まで来ると、眩しい目をしながら顔を上げた。

 風によって舞い散る葉が、ただただ美しく茶色の瞳には映った。

「フィオン、飲まないか?」
 アーロンはフィオンの隣に立ち、川から汲んできた水をいれた水筒を持ちながら言った。

 アーロンは水筒の蓋を開けると、フィオンの目の前に差し出した。フィオンは水筒を見つめたが、透き通る水を見ても受け取ろうとしなかった。
 アーロンは少し笑い、水筒の蓋を開けて水を飲んだ。口角から滴り落ちる水を拭き取ってから、フィオンの手を強引にとると、微笑みながら水筒を握らせた。

「美味い。何も心配することはないよ」
 と、アーロンは言った。

「お前は、本当に強引だよな。水ばっかり飲ませんな」
 フィオンは悪態をつくように言うと、透き通る水を見つめた。太陽の光で、水はきらりと輝いた。

「ちがう、酒だ。君が望む酒だよ」
 と、アーロンは言った。

「川で汲んでた水だろうが。
 どう見ても色も格別な味もない、ただの水だよ」

「いや、ちがう。心の持ちようで、いくらでも変わる。
 これは勝利の美酒だ。
 もう既に僕たちが勝利を手にすることは決まっている。先に勝利に酔いしれそう。格別な味だよ」
 と、アーロンは言った。

 フィオンは呆れたような顔をしながら、ようやく一口飲んだ。その水は冷たくてまろやかで、渇いた喉をこれ以上はないほどに潤した。

「昨日は、ありがとう。自分を見失っていた。
 やはり支えてくれる友とはいいものだな。
 僕の酒もまた飲んでくれたし、これで君と同じ道を歩める」

「何を言ってるんだか…。俺は同じ道を歩むとは、まだ言ってないぞ。別の道かもしれん」

「ならば、僕が君を連れ戻す。僕には君が必要だ。
 約束だ」
 と、アーロンは力強く言った。

 フィオンは約束という言葉を聞くと、空を見上げながら笑った。青い空に美しい鳥が飛んでいるのが見えたが、その鳥には気付かずに顔を顰めたのだった。

「そんなに俺のことが、すきとはな。強引な奴に捕まりやすいんだよな。
 まったく困ったもんだぜ…あぁ…そうだった。お前に一つ言いたい事があったんだわ。忘れないうちに言っとくわ」
 フィオンは何度か目を瞬かせてから、アーロンを見た。

「あれからしばらく考えてたんだ。お前の恋人のことなんだけどさ、やっぱり迎えに行ってやれ。
 お前、自分は彼女に相応しくないって言ってたよな?
 それな、間違ってる。
 相応しくないかを決めるのは、お前じゃない、彼女だ。
 その答えは、出てる。
 彼女はお前以外は自分に相応しくないと思ったから、修道女になったんだ。貴族の身分を捨てても、他の男の妻になるのが嫌だった。
 お前が選んだ女性は、そういう女性だ。
 余計な事を考える必要なんてない。
 それでも迎えに行かないのなら、俺が両腕で抱きかかえて、お前の元に連れて行ってやるよ」
 と、フィオンは言った。

「そんな事を考えていたのか。
 君がどう言おうと、僕では彼女を幸せにできない」
 アーロンは険しい顔で答えた。

「幸せにできないんじゃなくて、幸せにしてやれ。
 それに女の一人も幸せにできないような男が、国民を幸せになんかできんのか?」
 と、フィオンも厳しい顔で言った。

 アーロンはしばらくフィオンの顔を見つめてから、厳しい顔で口を開いた。

「愛してると認めない男に言われたくない」


 するとフィオンは少し黙り込み、小さく溜息をついた。

「もしも…もしも俺に愛する女がいるとしたら…愛してやまない女がいるとしたら、その女の前でしか愛してるという言葉は口にしない。
 その女に跪き、愛していると言える日がくるのならば、いつか言うさ」
 と、フィオンは言った。

「女性の足元に跪くのは嫌なんだと思っていたよ」

「惚れた女なら、話は別だ」
 と、フィオンは言った。

 アーロンは少し黙り込み、遠くを眺めた。ふと視界に入った手の届かない場所に咲く美しい花を見ると、小さく笑った。

「君にそこまで言わせたのだから、僕も前向きに考えておこう。フィオンであっても、他の男が彼女の体に触れると思うと不愉快だ」
 アーロンは表情を緩めながら言った。

「お前、自分から離れておきながら、よくそんな事が言えるな。まぁ…俺も、友達の女を抱きかかえるなんて出来ないしな」
 フィオンも表情を緩めて、少しニヤつきながら言った。

「なんだ。フィオンも僕のことを友達だと思ってくれていたのか」
 アーロンが嬉しそうに言うと、フィオンはさっと顔を背けた。

「お前も、ちゃんと男だったんだな」
 フィオンはそう言うと、表情を隠すかのように赤い髪をかきあげた。

「君が、僕の考えを変えさせた。
 忘れようとしていた彼女の温もりを思い出させたんだ」
 アーロンがそう言うと、フィオンは愉快そうに笑った。

「なんだ?」
 と、アーロンは言った。

「お前、けっこう凄そうだなと思ってな」
 と、フィオンは言った。

 アーロンはその言葉には何も答えなかった。フィオンはケラケラと笑いながら目を擦った。

「フィオン、どうしたんだ?目の調子でも悪いのか?」
 と、アーロンは言った。

「いや…大丈夫だ。一時的なもんだろう。
 ここに来てから、妙に目があつくてな。空を見上げた時に、ゴミでも入ったのかもな」
 フィオンはそう言うと、また目を擦った。

「擦ると良くない。僕に見せてみろ」
 アーロンがフィオンの頬に触れながら茶色の瞳を見つめると、フィオンも彼の瞳を見つめた。
 あつくなった目であらためて見るアーロンの瞳の色は悲しみと深い憎しみに満ちていた。

「お前の瞳の色…グレーなんだな」
 と、フィオンは呟いた。

「今更、そんな事を…」
 アーロンはそう言うと、フィオンから離れた。

「そうだ。僕の瞳の色は、グレーだ」
 アーロンは、それだけを答えた。そして、フィオンから目を逸らした。

 辺りは、急に静かになった。
 大樹の葉を舞い散らす微かな風の音だけが、2人の耳に響いた。下を向いているアーロンの瞳が仄暗く燃え上がり、押し寄せる憎しみの波にのまれようとしていたが、彼はそれを鎮めるように息を吐いた。

「黒にも白にもなれない薄汚いグレーだ」
 と、アーロンは呟いた。

「いや、綺麗な色だ。
 黒にも白にも通ずる両方の大切さが分かる色だ。
 お前は何らかの可能性でも背負ってるのかもな。俺に、それを見せてくれるんだろう?」
 フィオンが笑うと、アーロンも小さく笑った。

「その為に、ここに来た。
 そんな風に思ったことはなかったよ。嫌いなグレーを好きになれそうだ」

「だろ?俺みたいな、いい男に言われたんだ。
 すきにならないわけがない。
 いい色だ。お前の恋人も、そう思ってるだろう。
 考え方を変えたら、いくらでも変わるんだ。自分の色に誇りを持てよ」

「ありがとう、フィオン」
 アーロンがそう言うと、フィオンは少し笑った。

「男にありがとうなんか言われても嬉しくねぇよ。
 ちゃんとした酒でも奢ってもらった方が、まだましだ」

「そうだな。
 では君の屋敷に樽でも持って行こう。腰に剣を下げることなく」

「あぁ、武器を持ってる奴は屋敷には入れないことにしている。それに…先に酔ったら、寒空の下、外に放り出してやるからな」
 と、フィオンは言った。

「僕の事を信用してくれる気になったんだな?」  

「いや、まだだ。お前は俺に証明してないからな。
 それよりも、なんか分かったのか?やっぱり目にゴミでも入ってたか?」

「いや、さっぱり分からない」
 と、アーロンは言った。

「なんだそれ、見せ損じゃないか」
 フィオンがそう言うと、アーロンもようやく楽しそうに笑ったのだった。
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