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殺したい恩人 (水月+荒凪・スイ)
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アキの部屋に人影はなかった。時間帯から考えて、今アキとセイカはリビングでゲーム中、もしくは風呂中だ。
「荒凪くん居るかな……」
前者なら彼も共にゲームをしている可能性が高い。そっとプールへの扉を開くとザバァッと水音がした。
「水月! おかえり!」
「荒凪くん、ただいま」
「こんばんは~。アタシ誰だか分かる?」
黒髪の美青年という本来の姿を晒したスイを荒凪は目を丸くして見つめる。
「きゅ……すいー?」
「あっ覚えてたぁ? あはは可愛いかも。ありがとー。人魚の時ははじめましてよね、キラキラして綺麗~」
「……ねぇ荒凪くん、君に聞きたいことがあるんだ」
俺は早速本題に入るため靴下を脱ぎ、ズボンの裾を捲り上げ、プールサイドに腰を下ろして膝から下を水に浸けた。
「きゅ? なに?」
「……俺の質問で荒凪くんは嫌な思いをするかもしれない。嫌なことを、思い出すかも……それでもいい?」
「きゅるるる……」
荒凪は顔の下半分を水の中に沈め、ぶくぶくと泡を立てた。
「…………聞かなきゃ、水月、嫌?」
「……聞きたいな。ごめんね。でも荒凪くんが本当に嫌ならやめる」
「きゅ~……何、聞くの?」
「……………………君は、夜凪くん?」
「……? きゅ? 誰? 僕達、荒凪」
「荒夜くん?」
「きゅ~、僕達荒凪」
少し怒ったような言い方だ。大した怒りではない、名前を間違えられたことが理由だろう。
「さっき物部天獄に会ったよ」
シャワーを頭から浴びようとも閉じられることのない荒凪の瞼が下りた。一瞬後に開いた目の片方には瞳孔が三つあった。重瞳だ。瞳孔は計四つ、二人分だ。
「物部さん」
「物部天獄」
「そう……君を探してた。君を、返して欲しいって……俺に言ってきた」
荒凪は黙って俺を見つめている。
「…………俺、彼のことも君のこともよく知らないんだけど……もしかしたら保護者さんなのかな? 物部さんとこ、帰る?」
引き攣った笑顔と裏返った声で尋ねた。
「やだ!」
「嫌だ」
「……ど、どうしてかな?」
「物部さん、美味しいご飯くれる。あったかい布団もくれる。なでなでしてくれた。学校にも通わせてくれるって」
「じゃあ、物部さんのとこに帰った方がいいんじゃないのかな。俺じゃ学校には通わせてあげられないし」
「きゅうぅ……やだ、やだぁ」
「どうして? 物部さん、君の話聞いてる感じいい人そうだよ」
こんなこと言いたくない。聞きたくない。荒凪はもう泣きそうじゃないか。もう黙れよ俺。
「きゅ……」
「どうして、嫌なの?」
「きゅぅぅ……きゅるる……きゅう…………分かん、ない。分かんない。きゅうぅ、ご飯美味しかった。おなかいっぱい初めてなった。物部さん優しい……物部さんなでなでしてくれて……きゅ、なんで、やだ、なんで……きゅうぅ」
犬神法、と物部は言った。可愛がって育てて、手酷く裏切って殺すことで恨みの念を呪いに利用する外法を荒夜と夜凪に行ったと──荒凪はその前半しか覚えていないのか? 後半の酷い苦痛を忘れてしまったのか?
「きゅうぅぅ……きゅるるルル……ギィイ…………物部、天獄は……何処に居る?」
声色が変わった。違う。荒凪は相変わらずきゅうきゅうと鳴いている、喉の奥から別の口が話している。
「君は荒夜?」
「違う。俺達は荒凪。物部天獄は何処だ」
「……どうして居場所を知りたいの?」
「殺す。縊り殺す。弄り殺す。虐め殺す」
「…………どうして?」
「俺達の兄と弟に、そうしたから」
「……そっ、か。やっぱり混ざってるんだね……君は兄で弟で、荒夜くんで夜凪くんなんだ。でも、口と目と手は二人分……普段出てないもう一人分のは、荒夜くんなんだと思うなぁ、俺は」
荒凪の頬を撫でる手はそのままに、俺は視線をスイに移した。
「スイさん言ってましたよね、魂の大きさが二人分って……混ざってるけど、中途半端だって」
「うん、綺麗には混ざってなかったけど、分離させるのは無理なくらいには混ざってた」
「…………やっぱりそれってそういうことなんですね。荒凪くんは二人で一人……ちゃんと混ざってないから意見が違う口があるし、別のこと話してくれるけど……自認は一人で荒凪だ、でも確かに互いを想いあって…………ふふ、ややこしい……」
「人格二つあるとかじゃないのね」
「ほぼ繋がってて若干別れてるって感じだと思います。普通がI字なら、荒凪くんはY字……的な?」
荒凪に視線を戻し、頬の端に生えた鱗をカリカリと優しく引っ掻いてみる。荒凪はくすぐったそうに顔を揺らし、可愛らしく鳴いてみせた。
「きゅるるる……」
機嫌良さげな鳴き声だ。俺の手に甘えているのはいつも表に出ている方、大人しく心優しい子。生前夜凪という名前だった子。
「水月」
今俺の名前を呼んだのは普段表に出ていない方、誰かを呪うかどうか俺に許可を求めてくる方、あまり信用したくないが物部いわく苛烈な性格の子。生前荒夜という名前だった子。
「ん?」
「物部居なくなったら、嬉しいか?」
「嬉しいし助かる……でも殺しちゃダメだよ。秘書さんが言ってたろ、人を殺した怪異は殺さなきゃいけなくなるって。俺は荒凪くんを失いたくない」
「殺さなければ、いい?」
「……呪いたいの?」
「俺達は水月の物。水月が望まなければ出来ない」
「…………スイさんどう思う?」
「んー、荒凪くんが本体を直接呪えるんならその霊力の流れを追って本体の居場所突き止められるかもしんないし、いいかもだけど……呪詛返しってあるのよねぇ。分かる?」
多少のオカルト知識はオタクの嗜みだ。
「分かりますけど、俺が知ってるのフィクションのそういうのなので……合ってるかは」
「多分一緒だと思うわ。字の通り呪いを跳ね返すのよ。そもそも人を呪わば穴二つなんて言うのが呪い、自分にもリスクがあるものなのに呪詛返しなんてかまされたらこっちのダメージは二倍よ」
「……荒凪くん、ダメかも」
「でも跳ね返そうと一度はそいつのとこに行くんだから、居場所の特定は出来るかもなのよね。威力の調整って出来る? なんか……足の指をドアで挟むくらいの」
「それ返されたら荒凪くん両足挟んじゃうんですかね、可哀想……」
「うーん、でもそれで物部の居場所特定出来るならいいんじゃない? どうせこっちの場所は特定されてるんだし」
「……それもそうかもですね。荒凪くん、自動ドアが反応しなくなるくらいの呪いかけれる?」
「待って待って、霊力の流れ追うのって二日か三日以内でしょ。今やっちゃっていいの?」
「あ……そう、ですね。コンちゃん回復するまでは待たなきゃ」
「フタちゃん誘えない?」
「そうですね、フタさんにも協力頼んで……」
「乗り込むなら体勢整えないと。ナルちゃん心配だしアタシも行くからね」
「……ありがとうございます」
「次一緒にお茶するのは全部解決した後かな」
「告白のお返事をいただけるのは……」
「ぁ……ぅ…………こ、今度、それはまた今度ねっ。ちゃんと考えるから……今日のところはもう帰るわねっ?」
「はい……あ、でもスイさん事務所バレてるし、危なくないですか? 家別にあります?」
「事務所に住んでるわ。そっかぁ、寝てる間とかに来られたらちょっと……危ないかも」
「…………泊まっていかれます?」
「え、でも……」
「俺弟の部屋で寝させてもらうので、俺の部屋使ってください。安心してください、鍵かけられるんで」
「べっ、別にナルちゃんを警戒はしてないのよ!?」
「……そうですか? 自分に惚れてる男の家に泊まるのに無警戒はちょっと心配ですよ。俺のこと信頼してくれてるなら嬉しいですけど……子供扱いされてるとかなら、ちょっと嫌かも……です。すいません我儘で」
「…………意識してないって訳じゃ……ない、けど……警戒は、ほんとに、そんな……ナメてるとかじゃなくて……その…………えっと……お、お言葉に甘えて、泊まらせてもらうわねっ」
「はい! じゃ、晩ご飯食べましょ」
「食べた」
「荒凪くんはもう食べた? 俺達まだだから食べてくるね。また後でね」
荒凪の頭を撫で、プールを離れる。もちろん、アキの部屋に入る前に足を拭くのを忘れずに。
「荒凪くん居るかな……」
前者なら彼も共にゲームをしている可能性が高い。そっとプールへの扉を開くとザバァッと水音がした。
「水月! おかえり!」
「荒凪くん、ただいま」
「こんばんは~。アタシ誰だか分かる?」
黒髪の美青年という本来の姿を晒したスイを荒凪は目を丸くして見つめる。
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「……ねぇ荒凪くん、君に聞きたいことがあるんだ」
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「きゅ? なに?」
「……俺の質問で荒凪くんは嫌な思いをするかもしれない。嫌なことを、思い出すかも……それでもいい?」
「きゅるるる……」
荒凪は顔の下半分を水の中に沈め、ぶくぶくと泡を立てた。
「…………聞かなきゃ、水月、嫌?」
「……聞きたいな。ごめんね。でも荒凪くんが本当に嫌ならやめる」
「きゅ~……何、聞くの?」
「……………………君は、夜凪くん?」
「……? きゅ? 誰? 僕達、荒凪」
「荒夜くん?」
「きゅ~、僕達荒凪」
少し怒ったような言い方だ。大した怒りではない、名前を間違えられたことが理由だろう。
「さっき物部天獄に会ったよ」
シャワーを頭から浴びようとも閉じられることのない荒凪の瞼が下りた。一瞬後に開いた目の片方には瞳孔が三つあった。重瞳だ。瞳孔は計四つ、二人分だ。
「物部さん」
「物部天獄」
「そう……君を探してた。君を、返して欲しいって……俺に言ってきた」
荒凪は黙って俺を見つめている。
「…………俺、彼のことも君のこともよく知らないんだけど……もしかしたら保護者さんなのかな? 物部さんとこ、帰る?」
引き攣った笑顔と裏返った声で尋ねた。
「やだ!」
「嫌だ」
「……ど、どうしてかな?」
「物部さん、美味しいご飯くれる。あったかい布団もくれる。なでなでしてくれた。学校にも通わせてくれるって」
「じゃあ、物部さんのとこに帰った方がいいんじゃないのかな。俺じゃ学校には通わせてあげられないし」
「きゅうぅ……やだ、やだぁ」
「どうして? 物部さん、君の話聞いてる感じいい人そうだよ」
こんなこと言いたくない。聞きたくない。荒凪はもう泣きそうじゃないか。もう黙れよ俺。
「きゅ……」
「どうして、嫌なの?」
「きゅぅぅ……きゅるる……きゅう…………分かん、ない。分かんない。きゅうぅ、ご飯美味しかった。おなかいっぱい初めてなった。物部さん優しい……物部さんなでなでしてくれて……きゅ、なんで、やだ、なんで……きゅうぅ」
犬神法、と物部は言った。可愛がって育てて、手酷く裏切って殺すことで恨みの念を呪いに利用する外法を荒夜と夜凪に行ったと──荒凪はその前半しか覚えていないのか? 後半の酷い苦痛を忘れてしまったのか?
「きゅうぅぅ……きゅるるルル……ギィイ…………物部、天獄は……何処に居る?」
声色が変わった。違う。荒凪は相変わらずきゅうきゅうと鳴いている、喉の奥から別の口が話している。
「君は荒夜?」
「違う。俺達は荒凪。物部天獄は何処だ」
「……どうして居場所を知りたいの?」
「殺す。縊り殺す。弄り殺す。虐め殺す」
「…………どうして?」
「俺達の兄と弟に、そうしたから」
「……そっ、か。やっぱり混ざってるんだね……君は兄で弟で、荒夜くんで夜凪くんなんだ。でも、口と目と手は二人分……普段出てないもう一人分のは、荒夜くんなんだと思うなぁ、俺は」
荒凪の頬を撫でる手はそのままに、俺は視線をスイに移した。
「スイさん言ってましたよね、魂の大きさが二人分って……混ざってるけど、中途半端だって」
「うん、綺麗には混ざってなかったけど、分離させるのは無理なくらいには混ざってた」
「…………やっぱりそれってそういうことなんですね。荒凪くんは二人で一人……ちゃんと混ざってないから意見が違う口があるし、別のこと話してくれるけど……自認は一人で荒凪だ、でも確かに互いを想いあって…………ふふ、ややこしい……」
「人格二つあるとかじゃないのね」
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荒凪に視線を戻し、頬の端に生えた鱗をカリカリと優しく引っ掻いてみる。荒凪はくすぐったそうに顔を揺らし、可愛らしく鳴いてみせた。
「きゅるるる……」
機嫌良さげな鳴き声だ。俺の手に甘えているのはいつも表に出ている方、大人しく心優しい子。生前夜凪という名前だった子。
「水月」
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「殺さなければ、いい?」
「……呪いたいの?」
「俺達は水月の物。水月が望まなければ出来ない」
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「それ返されたら荒凪くん両足挟んじゃうんですかね、可哀想……」
「うーん、でもそれで物部の居場所特定出来るならいいんじゃない? どうせこっちの場所は特定されてるんだし」
「……それもそうかもですね。荒凪くん、自動ドアが反応しなくなるくらいの呪いかけれる?」
「待って待って、霊力の流れ追うのって二日か三日以内でしょ。今やっちゃっていいの?」
「あ……そう、ですね。コンちゃん回復するまでは待たなきゃ」
「フタちゃん誘えない?」
「そうですね、フタさんにも協力頼んで……」
「乗り込むなら体勢整えないと。ナルちゃん心配だしアタシも行くからね」
「……ありがとうございます」
「次一緒にお茶するのは全部解決した後かな」
「告白のお返事をいただけるのは……」
「ぁ……ぅ…………こ、今度、それはまた今度ねっ。ちゃんと考えるから……今日のところはもう帰るわねっ?」
「はい……あ、でもスイさん事務所バレてるし、危なくないですか? 家別にあります?」
「事務所に住んでるわ。そっかぁ、寝てる間とかに来られたらちょっと……危ないかも」
「…………泊まっていかれます?」
「え、でも……」
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「……そうですか? 自分に惚れてる男の家に泊まるのに無警戒はちょっと心配ですよ。俺のこと信頼してくれてるなら嬉しいですけど……子供扱いされてるとかなら、ちょっと嫌かも……です。すいません我儘で」
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「はい! じゃ、晩ご飯食べましょ」
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