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帰宅すれば一安心 (〃)

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タクシーには俺とミタマとスイだけが乗った。サキヒコは姿を消して俺に憑き、ネイは一人現場に残った。銃弾を回収したいとか、死体を調べたいとか、何とか言っていた。

「……ネイさん一人で大丈夫かな」

一刻も早くミタマを家に帰らせたい一心で俺はタクシーが着いてすぐに乗ってしまい、ネイを止めることが出来なかった。そこまで気が回らなかった。だがタクシーの中で割と平気そうにしているミタマを見ていると、今度はネイが気になり始めた。

「物部が戻ってきたりしたら……」

「大丈夫じゃない? アタシが霊力込めてあげた弾まだまだ残ってるし」

「……です、よね。大丈夫ですよね。警察呼ぶって言ってたし」

怪異の類を警察に見られてはネイの目的は達成出来ない、だが死体に関しては見つけたら警察を呼ばなければならない。それに、あの物部だって大勢の警察の前で俺達を相手にした時みたいに堂々と怪異を放ったりしないはずだ。物部にしてみれば政府と繋がっている霊能力者集団より、霊の見えない警察の無意味な捜査を受けていた方が楽だろう。

「コンちゃん、具合はどう?」

「ぐぶ……ぢょっど、血が、鬱陶じいのぅ……げふっ」

ミタマは顔の下半分をマフラーで覆っている。血まみれの姿をタクシー運転手に見られては面倒だからだ。溢れる血が鼻や口を埋めてしまいそうなのか、ミタマの言葉には泡の音が混じる。

「思いっぎり、咳をじだいが……首、ずっ飛んでぎぞゔじゃし、のぅ」

「よしよし……もうすぐ着くからね、ごめんね、買い置きのいなり寿司すぐお供えするからね」

家に着くまでずっと俺はミタマの首を支え続けた。慎重にタクシーを降り、急いでミタマを庭に建てた狐の像の前へ誘導した。

「はぁ……よし、ひとまず霊力の流出は抑えられるな。じゃが、この傷が開かされたのは痛い……あぁ、傷が痛むという意味ではないぞぃ、もちろんそっちの意味でも痛いが」

像の前に立つとミタマは少し楽になったように見えた。血の噴出は収まり、鼻と口に溜まった血を丁寧に吐き出すと、血腥い息を吐きながら話し始めた。

「ほっとけばくっつく。じゃが、ほっとく時間は少々長い、ふーちゃんに切られた時とは範囲が違う。今の本体がさらぴんなのは不幸中の幸いじゃな……みっちゃん、悪いが明日は憑いててやれん」

「……うん。分かった。寂しいけど……ゆっくり怪我治してね」

「分かっとるのか、ワシは明日憑けんのじゃ。みっちゃんを守れん。加護は可能な限り与えるが……明日あの男がなにか仕掛けてきても守ってやれんのじゃぞ」

「あ……」

「……明日は学校を休んで一日家に居てくれんかの。この結界はほんに強力じゃ、ヤツも手出しが出来んようじゃった。あーちゃんを欲しがっとるのに家に押し入ってきとらんのが証拠じゃ。のう、みっちゃん……明日は家に居てくれ、な?」

「…………でも、俺だけ家に居ても、セイカ狙われるかもだし」

「ならせーちゃんも休ませぇ」

「他の、彼氏だって……いつ家がバレたのか、どこまで俺のこと知られてるのか、分かんない……俺の弱点全部知られてるかも。みんなを人質に取られて、荒凪くん渡せって言われたら……俺、俺っ」

「むぅ……」

「…………コンちゃんは俺のことが心配なんだよね?」

「む? うむ」

「なら、俺にコンちゃんくらい強いボディガードが居れば俺が外に出てても安心してくれる?」

「……うむ」

ミタマは首を縦に振りはしない。繋がっていないからだ。仕草が制限されているからか、いつもより声を張ってくれている。

「スイさんに依頼して、フタさんにも頼むよ。二人に通学路一緒に歩いてもらう。どう?」

「うーむ……」

「スイさんと言ってたじゃん、フタさん超強いかもって。ね?」

「分かった分かった、みなが心配で仕方ないのじゃな」

「うん……今この瞬間だって、無事か分かんない。家知られてるんだよ? 彼氏のことも調べられてて、その家のことも調べついてて、襲われてるかもっ…………電話していい?」

「こんな夜中じゃ出るもん少ないと思うがのぅ」

「……メッセにしとこ」

電話では迷惑かもしれないし、一人一人にかけるには時間がかかる。俺は一斉送信で安否確認のメッセージを送った。

「この結界確か維持費月に数百万かかるんだよね? みんなの家に張ってって秘書さんに頼むのはキツいなぁ……しばらく連泊しててもらいたいとこだけど、っていうかいつまで物部の襲撃の心配してればいいのさ。アイツ遠隔で色々してくるばっかで本体まだ動いてなさそうなんだよね?」

「そうじゃな」

「ネイさんと秘書さんが動いてくれてるけど、物部自身が逮捕されるには相当かかりそうだなぁ……その間ずっと警戒してろは、正直無理だよ」

「うむ……む? 待てみっちゃん、みっちゃんは彼氏の心配んしとるんじゃよな。その心配は要らぬのではないか? あーちゃんが地震を起こしたから、あーちゃんがこの辺りに居ると分かった……死体を操ってヤツが調べたのはあーちゃんが地震を起こした地点、すーちゃんの事務所前と……あーちゃんが留まるこの家だけじゃ。あーちゃんの気配を感じたところに派遣しただけ、まだみっちゃんのことなど何も調べとらん可能性のが高そうじゃ」

「え……? あれ、そう……なの? 頭こんがらがってきた……じゃあみんなの心配はしなくていいのかな」

「顔が割れたとしたら今日じゃな……そのイケメンヅラが欲しいっちゅうとったし」

「メンとツラは同じ意味だよ……あーぁ、やっぱり追跡しない方がよかったのかなぁ、罠だったよね完璧に……化け物揃えて待ち構えてたし」

「あーちゃんクラスのをゴロゴロ持っとるっちゅう訳じゃなさそうなのは助かったな、雑魚ばっかりじゃった。あぁそうそう、みっちゃんはあの妖怪共元は人間じゃないかと心配しとったが、人間を材料にしてあの弱さは有り得ん。生物ですらないじゃろうて」

「……ほんと?」

「ほんとほんと」

俺を安心させるための嘘、ではなさそうだ。俺はほっと胸を撫で下ろした。

「よかった、コンちゃんは誰も殺しちゃってないんだね」

「……くふふっ、そういうことじゃ」

「そっか……よかった。うん、でさ、顔が割れたのは今日かもってなら……俺は」

「む?」

「…………明日から、誰とも話しちゃダメだ。だよね?」

「……そうじゃな。みっちゃんが誰かを大事にしとると分かったら、その誰かを人質にあーちゃんを寄越せと言うてくるじゃろう」

「俺は俺が捕まって拷問されても荒凪くんを差し出したりしない、でも捕まったのが他の彼氏だったら……正直分からない。いつでもどこでも見られてるって思おう、みんなにはメッセージで事情を説明して…………分かってもらえるかなぁ?」

「……さぁな」

「やっぱり学校は休んだ方がいいかな……今日だいぶ夜更かししてるし、朝起きるの辛いかも。明日までの課題まだやってないし」

「後者の理由のが大きそうじゃのぅ。ま、みんなを巻き込まんための説明も大事じゃがのぅ、まずはゆーちゃんに報告、そしてあの初対面でワシをぶん殴りよったおっとろしい小僧に情報共有すべきじゃ」

「……それもそうだね。秘書さんには言わなきゃ……母さんには内緒に出来ないかなぁ、また怒られそうだし……片付くまで家引き込もれとか言うよきっと」

「ワシも篭っといた方がええ思う。ゆーちゃんに言わんで、もしゆーちゃんがあーちゃん連れて外出でもしたらどうするんじゃ。あーちゃんを外に出せんことは言うとかなあかんじゃろ」

「あー、そっか、荒凪くん連れ出されるとまずい……しょうがないなぁ。話さなきゃかぁ…………お祭りとか今考えるとやばかったんだね? よかった、荒凪くん見つかる前で」

「あーちゃんにもしばらく出せんと言うとかんとな。前話した感じ、みっちゃんが休みの日にお出かけをねだるつもりじゃぞ、あの子」

「え、そうなの? うわー、申し訳ないなぁ……アイツが捕まったら絶対どっか連れてってあげなきゃ」

母への報告、秘書への情報共有、荒凪への警告、彼氏達への接触禁止の通達、どれからすべきかと悩みながら安否確認のメッセージへの返信を眺めていた俺の肩をスイが叩いた。

「お話終わった? ナルちゃん」

「びっくりした……あっスイさん、タクシー代払わせちゃいましたよねっ、すいませんさっさと降りて、コンちゃんが……あ、おいくらでしたか?」

「いいのいいの、後でネイちゃんにせしめるから。捜査帰りのタクシー代なんて経費で落ちるでしょ」

「そ、そうですかね……上に隠れてコソコソやってるのに……」

「それよりナルちゃん、荒凪くんと話さなくていいの? なんか、名前のこととか? 色々……動揺して霊力ぶちまけちゃったら危ないから、荒凪くんと話すんならアタシまだここ居るわよ」

「あ……」

荒夜と夜凪、おそらく荒凪の材料になった子供達の名前。物部の口ぶりでは生まれたての荒凪の人格は夜凪のものだった。だが秘書には荒凪は荒凪と名乗り、物部いわく撒き散らすだけだった霊力の扱いが上手くなっている。体重の増加や体長の伸び具合も気になる、成長しているのだ、怪異として。

「…………お願いします」

荒凪の人格は今荒夜なのか、夜凪なのか、それとも──……それを知るため俺はスイに頭を下げた。
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