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復讐という甘い誘惑 (〃)
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平手打ちを受け、呼びかけられ、熱く痛む頬とは対照的に頭が冷えて冴えていく。
「…………ごめん」
「はぁっ……落ち着いたか、よかった。すまないなミツキ、痛かったろう。今冷やすものを持ってくるからな」
ほっとした表情のサキヒコは冷蔵庫の方へと駆けていった。
「最低だ……」
荒凪を道具として使おうとした。
「俺は、最低……」
リスクのない手軽な復讐が出来るという甘い誘惑。荒凪のガス抜きになる上に、地震を引き起こすような暴発を防ぐという無辜の市民の安全のためでもあるという豪華なオマケ付き。
「ごめんなさい……」
正義に似た大義名分、心の底で焦がし続けた憎悪の寄る辺を見つけて、俺は荒凪を道具として見た。守るべき大切な人を、恋人にしたいと思った人を、可愛い可愛い荒凪を……俺の怒りを晴らす道具にしようとした。
「ミツキ、ほら、頬を冷やせ」
夏場や発熱時の必需品、ひんやりジェル。ハンカチに包まれたそれが頬に押し当てられる。
「みつき、みつきー」
自己嫌悪と罪悪感で荒凪の顔を見れない。俺はサキヒコから受け取ったハンカチで目元を覆った。
「みつき、せーね、きらい?」
ゾク、と、背筋に寒気が走った。荒凪はたまにこうして俺に問いかける。人混みを疎んだ時やキャッチに捕まった時……俺が困っている時に、尋ねてくる。
「なくなて、ほしい?」
俺が頷けば対象がどうなるのか、それを考えると怖かった。でも、今回は──
「……! みつき、うれしい?」
──口角が上がってしまった。俺は今どんな歪んだ笑いを浮かべているんだろう、超絶美形だなんてもう言えないような顔かもしれない。
「みつき」
「水月」
荒凪の声がダブる。荒凪の喉の奥から声が聞こえてきた。いつの間にかまた現れていた三本目四本目の手が俺の頬を包むように撫でた。
「僕達、みつきよろこぶこと、したい」
「狭雲 星煉を呪えば喜ぶのか?」
苗字だけは知っている。でも顔も名前も分からないから、荒凪が言った名前で合っているのか分からない。
「ミツキ……」
多分合っているのだろう。不思議な力で俺が最も憎い人間が分かったのだろう。頷くだけであの女に制裁を与えてやれる、俺のセイカを虐げ続けたあの女に復讐出来る。
「ミツキ、落ち着いたんだろう? 冷静になったんだよな? なぁ……ミツキ、やめよう? な?」
「…………荒凪くん、やめて。ごめんね」
「……? みつきー、せーね、なくなても、よろこばない?」
喜ぶに決まってる。
「ごめん……君は君だ、荒凪くんだ、道具なんかじゃない……ごめんね」
「……? うん……僕達、荒凪……」
「落ち着きました? 話しても?」
「ぁ……はい、すいませんでした……失礼なこと言ったりして」
秘書に深々と頭を下げた。ようやく不安が消えたのかサキヒコは椅子に腰を下ろし、深く深く息を吐いた。
「まぁ、俺は正義の味方って訳じゃありませんし、霊力溜まってるんなら別にあなたが私怨晴らそうといいんですけどね。ただ一つ注意して欲しいのは力加減です、怪異は人を殺すとそれを覚えるって話したの覚えてます?」
「はい。人食った熊みたいな感じなんですよね」
「道具だろうと人格がハッキリしてるならそれは変わりません、荒凪に殺人の旨味を教えてはいけない。水月くん、あなたが嫌いな人間の不幸を願うのは構いませんが……殺してくれと頼み込みそれを荒凪が叶えたその時は、俺が荒凪を殺します」
「きゅ……!?」
「よろしくお願いしますよ、水月くん。引き続き荒凪をいい子に育ててください」
「きゅうぅ~……まひろぉ、僕達……きらい?」
「……まさか」
「でも、ころすって……」
「人を殺したら怪異は殺す、それだけ。俺の好き嫌いは関係ない。俺だって嫌だよ、数日面倒見たんだから……白ピク食わせるくらい嫌」
もっと嫌がれ。
「荒凪は嫌がる俺にお前を殺させたりしないよなぁ?」
「うん……まひろ、いやがること、しない」
荒凪は秘書のことを随分慕っているんだな、闇オークションから救ってくれたんだからそりゃそうか。ちょっと嫉妬するかも。
「誰かを呪う時は気を付けるんだぞ」
「うん……」
「よしよし。じゃ、この話はこれでおしまいだ」
「きゅ!」
「次は俺が土曜か日曜にやろうと思ってたことやっちゃいますね。荒凪、立て」
まだ足が覚束無い荒凪が立つのを手伝ってやると、秘書に何か投げ渡された。手に収まるサイズのこれは……メジャー?
「前に言ったでしょう? 血とか色々取って調べるって。まずは身長、端っこ荒凪に踏ませてください」
「はい。荒凪くん、身長測るよ~」
測定結果は178センチ。まぁ、見た目通りだな。
「ついでに肩幅とかウエストも測っておきましょうか。あぁ、足のサイズ忘れちゃいけませんね」
「手際いいですね……服屋さんみたい。そういえば、社長さんのマスクは秘書さんが作ったって聞きました、そういうの好きなんですか?」
「そうですね、革製品は着るのも着ていただくのも好きです。セクシーでいいでしょう」
俺は手芸とかそっち方面の話をしたかったのだが……まぁいいか。
「どこも変わってませんね。保護した時に測ったんですけど、変わってません。次は体重測定……体重計出すんでちょっと待っててください」
「俺のウエスト測っていいですか?」
「好きにすれば……」
「ミツキ、私の身長も測って欲しい」
自己嫌悪と罪悪感に襲われたのなんて遠い昔のように、俺はメジャーを使ってはしゃいで遊んだ。
「…………ごめん」
「はぁっ……落ち着いたか、よかった。すまないなミツキ、痛かったろう。今冷やすものを持ってくるからな」
ほっとした表情のサキヒコは冷蔵庫の方へと駆けていった。
「最低だ……」
荒凪を道具として使おうとした。
「俺は、最低……」
リスクのない手軽な復讐が出来るという甘い誘惑。荒凪のガス抜きになる上に、地震を引き起こすような暴発を防ぐという無辜の市民の安全のためでもあるという豪華なオマケ付き。
「ごめんなさい……」
正義に似た大義名分、心の底で焦がし続けた憎悪の寄る辺を見つけて、俺は荒凪を道具として見た。守るべき大切な人を、恋人にしたいと思った人を、可愛い可愛い荒凪を……俺の怒りを晴らす道具にしようとした。
「ミツキ、ほら、頬を冷やせ」
夏場や発熱時の必需品、ひんやりジェル。ハンカチに包まれたそれが頬に押し当てられる。
「みつき、みつきー」
自己嫌悪と罪悪感で荒凪の顔を見れない。俺はサキヒコから受け取ったハンカチで目元を覆った。
「みつき、せーね、きらい?」
ゾク、と、背筋に寒気が走った。荒凪はたまにこうして俺に問いかける。人混みを疎んだ時やキャッチに捕まった時……俺が困っている時に、尋ねてくる。
「なくなて、ほしい?」
俺が頷けば対象がどうなるのか、それを考えると怖かった。でも、今回は──
「……! みつき、うれしい?」
──口角が上がってしまった。俺は今どんな歪んだ笑いを浮かべているんだろう、超絶美形だなんてもう言えないような顔かもしれない。
「みつき」
「水月」
荒凪の声がダブる。荒凪の喉の奥から声が聞こえてきた。いつの間にかまた現れていた三本目四本目の手が俺の頬を包むように撫でた。
「僕達、みつきよろこぶこと、したい」
「狭雲 星煉を呪えば喜ぶのか?」
苗字だけは知っている。でも顔も名前も分からないから、荒凪が言った名前で合っているのか分からない。
「ミツキ……」
多分合っているのだろう。不思議な力で俺が最も憎い人間が分かったのだろう。頷くだけであの女に制裁を与えてやれる、俺のセイカを虐げ続けたあの女に復讐出来る。
「ミツキ、落ち着いたんだろう? 冷静になったんだよな? なぁ……ミツキ、やめよう? な?」
「…………荒凪くん、やめて。ごめんね」
「……? みつきー、せーね、なくなても、よろこばない?」
喜ぶに決まってる。
「ごめん……君は君だ、荒凪くんだ、道具なんかじゃない……ごめんね」
「……? うん……僕達、荒凪……」
「落ち着きました? 話しても?」
「ぁ……はい、すいませんでした……失礼なこと言ったりして」
秘書に深々と頭を下げた。ようやく不安が消えたのかサキヒコは椅子に腰を下ろし、深く深く息を吐いた。
「まぁ、俺は正義の味方って訳じゃありませんし、霊力溜まってるんなら別にあなたが私怨晴らそうといいんですけどね。ただ一つ注意して欲しいのは力加減です、怪異は人を殺すとそれを覚えるって話したの覚えてます?」
「はい。人食った熊みたいな感じなんですよね」
「道具だろうと人格がハッキリしてるならそれは変わりません、荒凪に殺人の旨味を教えてはいけない。水月くん、あなたが嫌いな人間の不幸を願うのは構いませんが……殺してくれと頼み込みそれを荒凪が叶えたその時は、俺が荒凪を殺します」
「きゅ……!?」
「よろしくお願いしますよ、水月くん。引き続き荒凪をいい子に育ててください」
「きゅうぅ~……まひろぉ、僕達……きらい?」
「……まさか」
「でも、ころすって……」
「人を殺したら怪異は殺す、それだけ。俺の好き嫌いは関係ない。俺だって嫌だよ、数日面倒見たんだから……白ピク食わせるくらい嫌」
もっと嫌がれ。
「荒凪は嫌がる俺にお前を殺させたりしないよなぁ?」
「うん……まひろ、いやがること、しない」
荒凪は秘書のことを随分慕っているんだな、闇オークションから救ってくれたんだからそりゃそうか。ちょっと嫉妬するかも。
「誰かを呪う時は気を付けるんだぞ」
「うん……」
「よしよし。じゃ、この話はこれでおしまいだ」
「きゅ!」
「次は俺が土曜か日曜にやろうと思ってたことやっちゃいますね。荒凪、立て」
まだ足が覚束無い荒凪が立つのを手伝ってやると、秘書に何か投げ渡された。手に収まるサイズのこれは……メジャー?
「前に言ったでしょう? 血とか色々取って調べるって。まずは身長、端っこ荒凪に踏ませてください」
「はい。荒凪くん、身長測るよ~」
測定結果は178センチ。まぁ、見た目通りだな。
「ついでに肩幅とかウエストも測っておきましょうか。あぁ、足のサイズ忘れちゃいけませんね」
「手際いいですね……服屋さんみたい。そういえば、社長さんのマスクは秘書さんが作ったって聞きました、そういうの好きなんですか?」
「そうですね、革製品は着るのも着ていただくのも好きです。セクシーでいいでしょう」
俺は手芸とかそっち方面の話をしたかったのだが……まぁいいか。
「どこも変わってませんね。保護した時に測ったんですけど、変わってません。次は体重測定……体重計出すんでちょっと待っててください」
「俺のウエスト測っていいですか?」
「好きにすれば……」
「ミツキ、私の身長も測って欲しい」
自己嫌悪と罪悪感に襲われたのなんて遠い昔のように、俺はメジャーを使ってはしゃいで遊んだ。
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