冴えないオタクでしたが高校デビューに成功したので男子校でハーレムを築こうと思います

ムーン

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譲渡の血判 (〃)

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桃を一欠片口に運ぶ。甘く、頭が冴える。

「あなたが知人に頼んだ霊視の結果、これを信用するならば荒凪は何者かが国落としのために作った呪いの道具ということになります」

「……っていうかあんなに色々アイテムあるのになんで秘書さんの方で霊視してくれなかったんですか?」

「ウチの社長、霊視は不得手なんですよ。先代社長は得意なんですが、今ちょっと日本に居なくて……多忙なんですよね彼」

「なるほど……え、一人だけなんですか? 霊視出来る人」

「信用出来るのは、という意味なら。他の案件ならいざ知らず……紛い物とはいえ人魚の姿をした彼が引き起こす悲劇は容易に想像がつくでしょう」

人魚と聞いて一番に思い浮かぶのは、やはり食えば不老不死になるという伝説だろう。不老不死は人類の夢だ、荒凪を巡って争うのは目に見えている。荒凪が本物の人魚かどうかは問題じゃない、人魚に見えたらもうダメなんだ。

「それに荒凪の気配が禍々しいことは霊視しなくとも分かることで、それを視る行為がどれほど危険か……信用出来るかどうかとは、人間性や口の硬さだけじゃなく実力の話でもあります」

「霊視って危険なんですか?」

実際スイは一度吹っ飛ばされたが、アレは荒凪の製作者が荒凪を霊視する者に対し罠を仕掛けていたから、つまりイレギュラーであって、秘書の想定する危険とは別だ。

「そもそも見るというのは無礼な行為です、あなただってジロジロ見られていい気はしないでしょう?」

「……まぁ」

「勝手に写真を撮るなんて以ての外、だから心霊写真撮ってから霊障が起こって……なんて話が出る訳です。霊視は肉眼でパッと見る以上に深く見る行為、観察、当然気に障る」

「分かってきました……荒凪くんも霊視されてる間、嫌そうにしてましたし」

「我慢したんですね。褒めてあげました?」

褒めた……だろうか。覚えていない、最中に宥めはしたが褒めていないかもしれない。

「霊視による不快感に耐えるのは協力的な怪異でもなかなか難しいので、強力な怪異を視るのには実力のある霊能力者じゃないとダメなんですよ。水月くん、あなたには鼻に綿棒突っ込んでくる医者の手を掴んだり、足つぼマッサージ中に施術者を蹴ってしまったり、そんな経験はありませんか? 制御出来ない反射の抵抗……強力な怪異ならそれで人が死ぬ」

「そんなっ……」

「我慢したとのことですが、本当に我慢出来たんですか? 霊視した者に向かなかっただけで、シーツを引っ掻いたり床を蹴ったりするように、他に向けたのでは? 地震を起こしたのは対象を絞らず呪いをぶちまけた結果では?」

「荒凪くんはそんなことっ! れ、霊視した……結構後だし、地震あったの……違いますよ、八つ当たりで地震起こしたなんて、そんなこと、荒凪くんは」

「ふむ……では地震が起こる前、何かありましたか?」

「えっと、霊視してもらって、何か変な、罠とかいうのが発動して……帰ろうと、してて」

「ええ、罠とやらの報告はメッセージにて受けました。その後ですね、帰ろうとして? 荒凪に普段と違うことが?」

「…………正直に言ったら、荒凪くん処分するとか、俺から取り上げるとか……しますか? しないって約束してください、なら言います」

「しますよ」

即答だ。早過ぎる答えに対応出来ず、返事が出来ないでいると秘書はため息をついた。

「紙とペンあります?」

「こ、これでよければ……」

サキヒコが埃を被った電話機の横に置かれたメモ帳とボールペンを取り、埃を払って秘書に渡した。

「えー、わたくし真尋は荒凪に関する一切の権利を放棄し、鳴雷 水月に譲渡するものとする……こんなとこでいいですかね、あんまりこういう文書かないから言葉遣い合ってるか分かりませんが」

サラサラと文字を書き終えると秘書はボールペンを置き、右手親指の皮膚を歯で食い裂いた。

「……ぇ」

躊躇のない自傷に戸惑う俺を一瞥もせず、秘書はメモに血判を押した。

「これで信用いただけますかね」

垂れる血をちゅっと吸い、唇を濡らした赤を舌で舐め取り、妙に艶かしい仕草を見せた秘書にサキヒコが絆創膏を渡した。

「……どうも」

「い、いえ……ミツキ、早く何とか言ったらどうだ。ここまでやっていただいて返事もしないのは無礼にも程がある」

「……ぁ、う、うん。えっと……ご、ごめんなさい、こんな、ここまで……しなくても、ぁ、いや………………話します。全部話しますから、もう」

秘書はにっこりと微笑んで俺を見つめた。

(こっえぇ~! そりゃ即答胡散臭っとは思いましたが、次が血判て! うぅ、もう話すしかないじゃないですかこんなの……)

説得するより血を見せた方が早いってか? なんだよそのイカれた時短テクは。指痛くないの?

「……荒凪くんは、罠の発動とか……自分が呪いの道具だって聞いたこととかもあって、自分が俺にとって危険だって……思い詰めて、俺から逃げたんです。それで、追いかけようとしたら地震が起こって」

「なるほど。荒凪、水月くん好きか?」

「すき! だいすき!」

「……追跡の妨害のため、いや……単に多大なストレスがかかったことによる暴発と見た方がよさそうですね」

「暴発……ですか」

「大好きな人を傷付けてしまう可能性、大好きな人から離れなければならない苦痛…………荒凪が憎悪により霊力を生成するタイプ、というのはあの付喪神さんの予想でしたっけ? それが正しいのなら、霊力の生成が加速しダムが決壊するように霊力が溢れた……で、荒凪は呪いの道具である訳だから、霊力を放つ行為それ即ち呪い発動……って感じですかね~」

きゅ、と人差し指を握られた感触に視線をやると、荒凪が俺を見つめて指を握っていた。相変わらず表情は変わらないし、感情を読み取れない目つきをしているけれど、不安なのだと仕草で分かった。俺はただ彼を抱き締めた。

「その場合、おそらくそれが最適解。道具としての役目を果たさせないように、霊力を外に漏らさせない……憎悪を抱かせないことは大切です。ストレスフリーなリラックス出来る環境を提供してあげてくださいね」

「……はい」

「でもそれは生成の抑制に過ぎないので、生成されてしまった霊力を消費させる必要はありますよね。今回みたいに暴発して、地震起こされたり無作為に人を呪殺されては困りますし、ちょっとずつ呪っていきましょう。死なない程度にね。ガス抜きは大切です」

「そんな……呪うなんて。安全に霊力抜く方法はないんですか?」

「荒凪がただの妖怪なら何とかなったでしょうけど、呪うための道具となると難しいですね。銃に込めた弾を抜きましょうって話じゃなく、古くなった火薬は誤作動起こさないうちに演習とかで使っちゃいましょうって話なんで」

きゅー……と可愛らしい鳴き声が腕の中から聞こえてくる。こんなに大人しくて可愛いのに、どうして、どうして荒凪がこんな……

「そう気に病むことはないでしょう。たとえばほら、逃走中の犯人を呪ったりしたら逃走車両がパンクして動けなくなったり……逃げてる途中で転んで捕まえやすくなったりする訳で、いいことにも使えますよ」

「なるほど……悪い人に使えばいいんですね。マイナス×マイナス=プラス、ってことですか」

「ちょっとずつ呪うなら日常の不運程度で片付きますし、囚人でも呪わせますか。リストもらってきますよ」

「荒凪くん、名前とか顔写真とか要る?」

「わかんない……」

「水月くん? なんか急にノリノリですね……どうしたんです」

「名前も顔も分かんないんヤツは呪えないかな……あの女のことを。許しちゃいけないんだあの女っ……生まれたことを後悔するくらい酷い目に遭わせてやってよ、あぁ殺しちゃダメだよ、死んで終わりなんてダメなヤツなんだ……」

「みつき?」

「最低でも手足一本ずつは持っていくくらいの呪いで頼むよ荒凪くん。あぁでも一気にやるのはなぁ……もっとちょっとずつ、ちょっとずつ、毎日毎日虐めてやらないと復讐にならないか。目には目を歯には歯をって言うだろ?」

「ちょっと水月くん、待ってください。地震を起こしたばっかりでガス抜きはまだ必要ないはずですし、素人のあなたが対象を私怨で決めるなんて」

「荒凪に関する一切の権利を放棄するんだろアンタは!」

「ミツキ……! 許せ!」

パァンっ! と部屋に響いた音の方が、頬の痛みより先に来た。サキヒコに平手打ちをされた、頬がじんわりと痛い。

「…………落ち着いたか?」

俺の様子を見て二発目を入れるつもりなのか、サキヒコは平手打ちの構えを取ったまま俺の顔を覗き込んだ。
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