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歌に無反応な人魚 (〃)
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ボディウォッシュ越しの荒凪の感触、それは巨大な魚そのもの。だが、興奮する。俺は興奮する。食欲とかじゃなくて舐めたり甘噛みしたりしたい。
「一方向に……逆らわずに……」
煩悩を表に出さないため、鱗を逆撫でしないのを忘れないように、呟きながら手を動かす。
「水月っ、腕、辛い。尻尾……つら、い。はやく……」
苦しそうな声が聞こえてきた。
「あっ、うん急ぐ! もう少し頑張って!」
素早く手を動かし、一気に洗った。泡を流し終えると荒凪は腰を下ろし、息をついた。
「疲れた?」
「きゅるる……」
唇をほとんど動かさず、喉の奥からイルカのような声を漏らす。
「椅子座って、腕お風呂に浸けてごらん?」
「……? うん」
浴槽の横に風呂用の椅子を置き、荒凪に座ってもらう。座るために腰……腰? を持ち上げるのも辛そうだった。
「使い過ぎた時はお風呂でマッサージすると気持ちいいんだよ」
湯に浸けられた二本の右腕を揉んでいく。
「きもちいい……?」
「分かんない?」
「……んー?」
まだよく分からないようだ。二の腕に頭を乗せ、退屈そうにしている。増えた腕は荒凪が気付けば消えると思っていたが、揉んでも消えないな……気付いていないのか? 他人に指摘されるまでは違和感を覚えないとか?
「きゅい……きゅ? 水月、分かってきた」
「気持ちよくなってきた? よかった。もうしばらくしたら左右交代しようね」
常時生えている腕と、時々生える腕の大きさなどに差はない。揉んだ感じ、骨や筋肉なども同じようについている。しかし肩が一組だけの荒凪に、どうやってもう一組の腕が生えているのか……背骨とどう繋がっているのかは分からない。背中は鱗に覆われていて押してもほとんど指が沈まないのだ。
「……ね、荒凪くん。人魚って歌が上手いイメージあるんだけど」
人魚の割には音楽に興味を示さない、と秘書が残した書類には書いてあった。やはり荒凪は人魚ではないのだろうか。
「歌?」
「うん、どうかな。なにか歌える? お風呂と言えば一人カラオケ大会って感じもあるし。今は一人じゃないけど」
「……歌、知らない」
「そっか……今度オススメ教えるよ、ぜひ聞いて」
「今、歌って欲しい」
「え……わ、分かった、あんまり歌には自信ないんだけどな……」
何を歌おう。エロゲーの歌とかダメだよな、もし荒凪が気に入って外で歌ったらまずい。荒凪は見た目より幼いような雰囲気があるから、教育番組で流れていたような歌なんかいいんじゃないか?
「たんたん、たらったたーたん、たんたんたらったたーたん」
伴奏も入れて、マッサージも忘れないで、っと。
「おーきいおーきいねーこが……」
荒凪は歌う俺をじっと見つめている。ヒレ耳がたまにピクピク揺れる。
「……ご清聴ありがとうございました、荒凪くん。どうだった? ビ、ビブラート足りないとかやめてね……頑張ったんだよ俺なりに」
歌い終わったので照れながらも感想を求めてみる。
「よく、分かんない」
「えぇ……そっかぁ」
秘書の調べ通り、音楽に興味がないのかな。
「……水月も、歌好き?」
「人並みかな。もって、荒凪くんも好き?」
「ううん……まひろ。まひろ、色々僕達に聞かせた。ゆったりなの、はげしいの、色々……僕達が興味ないって言うと、難しい顔してた」
人魚なら反応するはずだと考えていたから、無反応な荒凪に疑念を抱いていただけだろう。別にオススメした曲がどれもハマらなかったから落ち込んでた訳じゃないと思う。でも、荒凪はそう感じたのか、申し訳なさそうに眉尻を下げている。
「……仲間、好きなのは、僕達知りたい。でも、きゅるるる……僕達は好きにならなくて、きゅう……同じ気持ち、なれない」
「気にしなくていいんだよそんなこと。俺だってそうだよ、みんなが好きなこと色々教えてもらっても、どうにも興味出なくて覚えらんなかったりする。特にハルはそういうの多くて申し訳なく思ってるよ、ファッション用語とか美容用語とか……全然頭残ってくれなくてさぁ」
「僕達、普通?」
「普通普通」
「まひろ変言った。歌わないの変って」
「そんなこと言われたの?」
「ううん。言ってた」
「ん……? あぁ、独り言聞いちゃっただけ?」
「うん」
「それは荒凪くんが人魚だからだよ、人魚は歌ってるイメージあるんだ。秘書さん……ぁー、まひろさん? と趣味が合わないの変って意味じゃないと思う」
っていうか別に秘書が個人的に好きな曲ばかりを聞かせていた訳じゃないだろう、ジャンルは様々だったみたいだし。
「人魚、歌うの?」
「そのイメージはあるけど……まぁ、鈍臭い猫とか、鼻の鈍い犬だって居るんだし、あんまり気にしなくていいよ。人間は知能が高くて手が器用や生き物って言うけど、俺バカだし。一緒一緒、ちょっとした例外」
「……そっか」
安心したようだ。よかった。だが俺が今言ったのは本心ではない。怪異のスペシャリストだろう秘書がわざわざ調査し、荒凪が人魚ではないのかもと疑う材料の一つとして挙げるような生態なのだ、人魚の歌はそんなちょっとした個性なんかじゃないと思う。
(人魚なのに歌に興味がないというのは多分……思慮深いダチョウとか、じっとしていられないハシビロコウとか、食えるものしか食おうとしないペリカンくらいの……いえ、ホバリング出来ないハチドリや、泳ぎが下手なペンギンくらいの話なのかも)
なんで俺、鳥だけで考えたんだろ。
「そもそも人魚って何百年も目撃情報自体ないんだよ? 歌が上手いなんて、ラプトルは頭がいいくらいの俗説かも」
俗説が真の習性になるのが怪異というものらしいけれど。
「……らぷとる?」
「恐竜、知らない?」
「きょーりゅー……」
「大昔に居たでっかい生き物のこと。カッコイイよ。今度一緒に映画でも見よっか」
「えーが?」
荒凪が持っている知識と持っていない知識の違いは何なのだろう。
「人間がお芝居したものを、カメラで撮ったもの。色んな道具を使って、作り話を盛り上げるんだ」
「作り話……きょーりゅ、居ないの?」
「今は居ないから、昔の記録を頼りに再現して撮るんだよ」
「記録……本とか?」
「そうかも」
本は知っているのか。知識の幅の想定が難しいな、海に無いものは知らないのかと考えていたが、本を知っているなら違うのか……いや、映画のフィルムやディスクとは違って本なら海に捨てられても用途は分かるか? うーん……やめよう、これ以上湯に浸かって考えごとをしていたら熱が出そうだ。
「一方向に……逆らわずに……」
煩悩を表に出さないため、鱗を逆撫でしないのを忘れないように、呟きながら手を動かす。
「水月っ、腕、辛い。尻尾……つら、い。はやく……」
苦しそうな声が聞こえてきた。
「あっ、うん急ぐ! もう少し頑張って!」
素早く手を動かし、一気に洗った。泡を流し終えると荒凪は腰を下ろし、息をついた。
「疲れた?」
「きゅるる……」
唇をほとんど動かさず、喉の奥からイルカのような声を漏らす。
「椅子座って、腕お風呂に浸けてごらん?」
「……? うん」
浴槽の横に風呂用の椅子を置き、荒凪に座ってもらう。座るために腰……腰? を持ち上げるのも辛そうだった。
「使い過ぎた時はお風呂でマッサージすると気持ちいいんだよ」
湯に浸けられた二本の右腕を揉んでいく。
「きもちいい……?」
「分かんない?」
「……んー?」
まだよく分からないようだ。二の腕に頭を乗せ、退屈そうにしている。増えた腕は荒凪が気付けば消えると思っていたが、揉んでも消えないな……気付いていないのか? 他人に指摘されるまでは違和感を覚えないとか?
「きゅい……きゅ? 水月、分かってきた」
「気持ちよくなってきた? よかった。もうしばらくしたら左右交代しようね」
常時生えている腕と、時々生える腕の大きさなどに差はない。揉んだ感じ、骨や筋肉なども同じようについている。しかし肩が一組だけの荒凪に、どうやってもう一組の腕が生えているのか……背骨とどう繋がっているのかは分からない。背中は鱗に覆われていて押してもほとんど指が沈まないのだ。
「……ね、荒凪くん。人魚って歌が上手いイメージあるんだけど」
人魚の割には音楽に興味を示さない、と秘書が残した書類には書いてあった。やはり荒凪は人魚ではないのだろうか。
「歌?」
「うん、どうかな。なにか歌える? お風呂と言えば一人カラオケ大会って感じもあるし。今は一人じゃないけど」
「……歌、知らない」
「そっか……今度オススメ教えるよ、ぜひ聞いて」
「今、歌って欲しい」
「え……わ、分かった、あんまり歌には自信ないんだけどな……」
何を歌おう。エロゲーの歌とかダメだよな、もし荒凪が気に入って外で歌ったらまずい。荒凪は見た目より幼いような雰囲気があるから、教育番組で流れていたような歌なんかいいんじゃないか?
「たんたん、たらったたーたん、たんたんたらったたーたん」
伴奏も入れて、マッサージも忘れないで、っと。
「おーきいおーきいねーこが……」
荒凪は歌う俺をじっと見つめている。ヒレ耳がたまにピクピク揺れる。
「……ご清聴ありがとうございました、荒凪くん。どうだった? ビ、ビブラート足りないとかやめてね……頑張ったんだよ俺なりに」
歌い終わったので照れながらも感想を求めてみる。
「よく、分かんない」
「えぇ……そっかぁ」
秘書の調べ通り、音楽に興味がないのかな。
「……水月も、歌好き?」
「人並みかな。もって、荒凪くんも好き?」
「ううん……まひろ。まひろ、色々僕達に聞かせた。ゆったりなの、はげしいの、色々……僕達が興味ないって言うと、難しい顔してた」
人魚なら反応するはずだと考えていたから、無反応な荒凪に疑念を抱いていただけだろう。別にオススメした曲がどれもハマらなかったから落ち込んでた訳じゃないと思う。でも、荒凪はそう感じたのか、申し訳なさそうに眉尻を下げている。
「……仲間、好きなのは、僕達知りたい。でも、きゅるるる……僕達は好きにならなくて、きゅう……同じ気持ち、なれない」
「気にしなくていいんだよそんなこと。俺だってそうだよ、みんなが好きなこと色々教えてもらっても、どうにも興味出なくて覚えらんなかったりする。特にハルはそういうの多くて申し訳なく思ってるよ、ファッション用語とか美容用語とか……全然頭残ってくれなくてさぁ」
「僕達、普通?」
「普通普通」
「まひろ変言った。歌わないの変って」
「そんなこと言われたの?」
「ううん。言ってた」
「ん……? あぁ、独り言聞いちゃっただけ?」
「うん」
「それは荒凪くんが人魚だからだよ、人魚は歌ってるイメージあるんだ。秘書さん……ぁー、まひろさん? と趣味が合わないの変って意味じゃないと思う」
っていうか別に秘書が個人的に好きな曲ばかりを聞かせていた訳じゃないだろう、ジャンルは様々だったみたいだし。
「人魚、歌うの?」
「そのイメージはあるけど……まぁ、鈍臭い猫とか、鼻の鈍い犬だって居るんだし、あんまり気にしなくていいよ。人間は知能が高くて手が器用や生き物って言うけど、俺バカだし。一緒一緒、ちょっとした例外」
「……そっか」
安心したようだ。よかった。だが俺が今言ったのは本心ではない。怪異のスペシャリストだろう秘書がわざわざ調査し、荒凪が人魚ではないのかもと疑う材料の一つとして挙げるような生態なのだ、人魚の歌はそんなちょっとした個性なんかじゃないと思う。
(人魚なのに歌に興味がないというのは多分……思慮深いダチョウとか、じっとしていられないハシビロコウとか、食えるものしか食おうとしないペリカンくらいの……いえ、ホバリング出来ないハチドリや、泳ぎが下手なペンギンくらいの話なのかも)
なんで俺、鳥だけで考えたんだろ。
「そもそも人魚って何百年も目撃情報自体ないんだよ? 歌が上手いなんて、ラプトルは頭がいいくらいの俗説かも」
俗説が真の習性になるのが怪異というものらしいけれど。
「……らぷとる?」
「恐竜、知らない?」
「きょーりゅー……」
「大昔に居たでっかい生き物のこと。カッコイイよ。今度一緒に映画でも見よっか」
「えーが?」
荒凪が持っている知識と持っていない知識の違いは何なのだろう。
「人間がお芝居したものを、カメラで撮ったもの。色んな道具を使って、作り話を盛り上げるんだ」
「作り話……きょーりゅ、居ないの?」
「今は居ないから、昔の記録を頼りに再現して撮るんだよ」
「記録……本とか?」
「そうかも」
本は知っているのか。知識の幅の想定が難しいな、海に無いものは知らないのかと考えていたが、本を知っているなら違うのか……いや、映画のフィルムやディスクとは違って本なら海に捨てられても用途は分かるか? うーん……やめよう、これ以上湯に浸かって考えごとをしていたら熱が出そうだ。
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