1,206 / 2,012
ふぐおいしい
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初めて食べる食材だからなのか、自然と味に集中したくなり俺は目を閉じてフグを噛み締めた。
(…………?)
よく分かんない。
(やっべぇわたくし味音痴でわ!? しっかりするのでそ、そんなはずはありませんぞ、ママ上の完璧な料理を食ってきたわたくしが味音痴などありえる訳が……!)
もう一切れ口に運ぶ。
(ポン酢美味ぇですな。あんなに高いのになんか、白身魚って感じ……こんなもんなんですか?)
食べ慣れていないから味が分からないのだろうか。サキヒコがつまみ食いしている訳じゃないよな? リュウの祖父に見つかるとまずいみたいだから隠れているだろうし。
(そのうち舌が慣れてくるはずでそ、フグの出汁を吸ってるだろう白菜とか食べときまそ)
自分への味音痴疑惑に襲われた俺は瞳だけを動かして周囲の様子を伺った。まずは一番近くに座っているアキとセイカからだ。
《これが毒魚の味かぁ……甘ぇな。ニトロとかも甘ぇもんな、危ねぇもんは甘ぇのかもな》
《だから今食べてるとこには毒ないんだって。甘い成分違うだろうし……えっニトロって甘いの?》
《C4は食えるぜ》
《……? ふぅん……?》
何の疑問もなく食べているようだ。美味しさを感じられているのだろうか……リュウの方を見てみよう。
「んん……! 幸せ~」
口角を上げて幸せそうに食べている。味が分かっていそうだ。まぁ、てっちりは大阪では馴染み深いものだそうだし、食べ慣れているのかもな。サン達はどうだ?
「美味し……甘みがいいよねフグは。気分ふわ~ってする。帰ったらフグ描こ」
「フタ、椎茸を私の皿に入れるのをやめてもらえませんか?」
「え~……」
「フグの出汁を吸ったのか、普段より美味しいんですよ。食べなさい」
ヒトとフタはよく分からないけれど、サンは美味しく食べられているようだ。味がよく分かっていないのは俺だけなのか? 俺は味音痴なのか? 母の努力は無駄だったのか?
「ん……?」
落ち込みながらフグをまた一切れ食べる。サンが話していた甘みとやらを探してみると、なるほど確かに他の白身魚よりずっと甘みが強い気がする。これは美味い。だがしかし、あの値段に見合うほどとは……
「…………へへっ」
なんか、気分良くなってきたな。フグ以外の野菜や豆腐もいつもより美味しい気がする。なんだかふわふわする。勝手に口角が上がる。幸せな気分だ。
「なんか勝手にニヤけてくるんだけど……」
「分かる」
だらしない口元を隠しながらの呟きに、セイカが重たく真面目な声色で答えた。
「分かる? だよな。なんだろこれ」
「秋風もだらしねぇ顔してるぞ、美味いもん食べてるからだろ」
色の濃いサングラスをかけたままでも分かる、アキの緩みきった笑顔が更に俺の胸を温める。
「かなぁ。いやもうなんか多幸感が先に来て、ぼんやり他の魚より甘くて美味いなぁってくらいしか分かんないんだけど」
「……味ってそんな、五種類以上の細かい理解必要なのか?」
「え? 言われてみれば……じゃあこれでいいのか」
「食レポ生業にしてる訳でもないんだから、美味しいもんは美味しいでいいだろ」
それもそうだと気が楽になった俺はぐだぐだ悩むことなくてっちりを食べ進めていった。俺が味わっている幸福感はみんな味わっているようで、リュウもセイカもアキもサンもフタもみんな幸せそうに微笑んでいて可愛らしい。
「椎茸を! 俺の皿に入れるな!」
リュウの家族達もふわふわとした幸せの中に居るように見える。例外はヒトだけだ。
「兄貴が椎茸入れるから悪いんじゃん」
「サンちゃんいいこと言う~」
「そもそもなんでてめぇらは自分で入れねぇで俺に取り分けさせてんだよ……!」
「見えないから」
「ヒト兄ぃが入れてくれたから」
まぁ、弟二人があの態度じゃイライラしていても仕方ないか。
(わたくしだったら……)
俺には弟が二人も居ないので、セイカに上の弟役を割り当てて妄想を膨らませる。
(アキきゅんがしいたけをわたくしのお皿に……かわゆいですな~! しいたけ苦手なんでちゅかぁ!? お兄ちゃんが食べてあげまちゅわ~! セイカ様が今みたいに申し訳なさそうに取り分けを頼まず、ふんぞり返って「早く入れてよ」とか言ってくる……イイ! 最高ですな、興奮してきましたぞ)
妄想の結果、ヒトには弟達への愛が足りないということが判明した。
「だから俺の皿に椎茸入れんなって! 三回目だぞてめぇ……!」
「そなの?」
「仕方ないじゃんフタ兄貴なんだから。ヒト兄貴もそろそろフタ兄貴の皿に椎茸入れるのやめたら? って言うかそんなに怒るならボクと自分のだけ取り分けりゃいいじゃん」
ヒトの死因、憤死になるんだろうなぁ。
「鳴雷、ごめん……おかわり入れてくれないか?」
おずおずとセイカが皿を渡してくる。
「食べたい物とかあるか?」
「特にないかな……バランスよくお願い」
鍋から皿へと取り分ける際、皿を机に置いたままでは汁が机に落ちてしまったりしやすい。だから左手で皿を鍋に近づけて、右手でお玉などですくって入れるのが基本だ。隻腕のセイカが自分で取り分けたがらないのはそういう理由がある。アキが自分で取り分けたがらないのはただ俺に甘えているだけだ、可愛い。
「聞こえましたかサン、先程のカタワの彼の態度……! アレが他人に取り分けを頼む際の正しい態度です。あなたももう少し申し訳なさそうになさい」
セイカがビクッと身体を跳ねさせる。突然話題に出されたら驚くだろうけど、噎せるほど驚かなくてもいいだろう……可愛いなぁ。
「なんで? 悪いことしてないよボク」
「悪いことはしていませんが、私に余計な手間をかけさせているでしょう?」
「ボクの世話が今日の兄貴の仕事だろ」
「仕事って……あなた、店員にはありがとうとか言うじゃないですか」
「…………店員さんは基本、非障害者の相手をするものと思って仕事をしていて、メニューの読み上げだとかはマニュアル外なものだから……かな?」
「客の世話が店員の仕事でしょう、健常者障害者問わず」
「噛み付いてくるねぇ……何? 心にもない今考えたばっかの理由はお嫌い? 単に兄貴にありがとうとかごめんとか言うのはなんかヤダ、って言うボクの飾らない気持ちが欲しかったのかな?」
他人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、サンはわざとらしく首を傾げた。
「サン、なんてこと言ってるの……ダメだよ」
流石に口を挟まさせてもらおう。サンの恋人として、人間として。
「何かしてもらったらありがとうとかちゃんと言わなきゃダメだよ。どんなに近しい間柄でもさぁ」
兄弟に礼を言うのが恥ずかしい、なんて理由ではないと察しはついている。多分、サンはヒトを嫌っている。だからわざと困らせたり怒らせたりして遊んでいる。でも、俺がそう察していることは隠して、ありがちな注意をした。
「……水月はホント、ヒト兄貴の味方するねぇ」
「そういうのじゃないってば……どうしたのサン、いつもはもっと優しくて、いい人なのに……今日なんかおかしいよ」
「そ? 水月が勝手にそう感じてるだけだよ」
異母とはいえ兄弟なのに、どうしてこんなにも仲が悪いのだろう。悲しくてならない。
(…………?)
よく分かんない。
(やっべぇわたくし味音痴でわ!? しっかりするのでそ、そんなはずはありませんぞ、ママ上の完璧な料理を食ってきたわたくしが味音痴などありえる訳が……!)
もう一切れ口に運ぶ。
(ポン酢美味ぇですな。あんなに高いのになんか、白身魚って感じ……こんなもんなんですか?)
食べ慣れていないから味が分からないのだろうか。サキヒコがつまみ食いしている訳じゃないよな? リュウの祖父に見つかるとまずいみたいだから隠れているだろうし。
(そのうち舌が慣れてくるはずでそ、フグの出汁を吸ってるだろう白菜とか食べときまそ)
自分への味音痴疑惑に襲われた俺は瞳だけを動かして周囲の様子を伺った。まずは一番近くに座っているアキとセイカからだ。
《これが毒魚の味かぁ……甘ぇな。ニトロとかも甘ぇもんな、危ねぇもんは甘ぇのかもな》
《だから今食べてるとこには毒ないんだって。甘い成分違うだろうし……えっニトロって甘いの?》
《C4は食えるぜ》
《……? ふぅん……?》
何の疑問もなく食べているようだ。美味しさを感じられているのだろうか……リュウの方を見てみよう。
「んん……! 幸せ~」
口角を上げて幸せそうに食べている。味が分かっていそうだ。まぁ、てっちりは大阪では馴染み深いものだそうだし、食べ慣れているのかもな。サン達はどうだ?
「美味し……甘みがいいよねフグは。気分ふわ~ってする。帰ったらフグ描こ」
「フタ、椎茸を私の皿に入れるのをやめてもらえませんか?」
「え~……」
「フグの出汁を吸ったのか、普段より美味しいんですよ。食べなさい」
ヒトとフタはよく分からないけれど、サンは美味しく食べられているようだ。味がよく分かっていないのは俺だけなのか? 俺は味音痴なのか? 母の努力は無駄だったのか?
「ん……?」
落ち込みながらフグをまた一切れ食べる。サンが話していた甘みとやらを探してみると、なるほど確かに他の白身魚よりずっと甘みが強い気がする。これは美味い。だがしかし、あの値段に見合うほどとは……
「…………へへっ」
なんか、気分良くなってきたな。フグ以外の野菜や豆腐もいつもより美味しい気がする。なんだかふわふわする。勝手に口角が上がる。幸せな気分だ。
「なんか勝手にニヤけてくるんだけど……」
「分かる」
だらしない口元を隠しながらの呟きに、セイカが重たく真面目な声色で答えた。
「分かる? だよな。なんだろこれ」
「秋風もだらしねぇ顔してるぞ、美味いもん食べてるからだろ」
色の濃いサングラスをかけたままでも分かる、アキの緩みきった笑顔が更に俺の胸を温める。
「かなぁ。いやもうなんか多幸感が先に来て、ぼんやり他の魚より甘くて美味いなぁってくらいしか分かんないんだけど」
「……味ってそんな、五種類以上の細かい理解必要なのか?」
「え? 言われてみれば……じゃあこれでいいのか」
「食レポ生業にしてる訳でもないんだから、美味しいもんは美味しいでいいだろ」
それもそうだと気が楽になった俺はぐだぐだ悩むことなくてっちりを食べ進めていった。俺が味わっている幸福感はみんな味わっているようで、リュウもセイカもアキもサンもフタもみんな幸せそうに微笑んでいて可愛らしい。
「椎茸を! 俺の皿に入れるな!」
リュウの家族達もふわふわとした幸せの中に居るように見える。例外はヒトだけだ。
「兄貴が椎茸入れるから悪いんじゃん」
「サンちゃんいいこと言う~」
「そもそもなんでてめぇらは自分で入れねぇで俺に取り分けさせてんだよ……!」
「見えないから」
「ヒト兄ぃが入れてくれたから」
まぁ、弟二人があの態度じゃイライラしていても仕方ないか。
(わたくしだったら……)
俺には弟が二人も居ないので、セイカに上の弟役を割り当てて妄想を膨らませる。
(アキきゅんがしいたけをわたくしのお皿に……かわゆいですな~! しいたけ苦手なんでちゅかぁ!? お兄ちゃんが食べてあげまちゅわ~! セイカ様が今みたいに申し訳なさそうに取り分けを頼まず、ふんぞり返って「早く入れてよ」とか言ってくる……イイ! 最高ですな、興奮してきましたぞ)
妄想の結果、ヒトには弟達への愛が足りないということが判明した。
「だから俺の皿に椎茸入れんなって! 三回目だぞてめぇ……!」
「そなの?」
「仕方ないじゃんフタ兄貴なんだから。ヒト兄貴もそろそろフタ兄貴の皿に椎茸入れるのやめたら? って言うかそんなに怒るならボクと自分のだけ取り分けりゃいいじゃん」
ヒトの死因、憤死になるんだろうなぁ。
「鳴雷、ごめん……おかわり入れてくれないか?」
おずおずとセイカが皿を渡してくる。
「食べたい物とかあるか?」
「特にないかな……バランスよくお願い」
鍋から皿へと取り分ける際、皿を机に置いたままでは汁が机に落ちてしまったりしやすい。だから左手で皿を鍋に近づけて、右手でお玉などですくって入れるのが基本だ。隻腕のセイカが自分で取り分けたがらないのはそういう理由がある。アキが自分で取り分けたがらないのはただ俺に甘えているだけだ、可愛い。
「聞こえましたかサン、先程のカタワの彼の態度……! アレが他人に取り分けを頼む際の正しい態度です。あなたももう少し申し訳なさそうになさい」
セイカがビクッと身体を跳ねさせる。突然話題に出されたら驚くだろうけど、噎せるほど驚かなくてもいいだろう……可愛いなぁ。
「なんで? 悪いことしてないよボク」
「悪いことはしていませんが、私に余計な手間をかけさせているでしょう?」
「ボクの世話が今日の兄貴の仕事だろ」
「仕事って……あなた、店員にはありがとうとか言うじゃないですか」
「…………店員さんは基本、非障害者の相手をするものと思って仕事をしていて、メニューの読み上げだとかはマニュアル外なものだから……かな?」
「客の世話が店員の仕事でしょう、健常者障害者問わず」
「噛み付いてくるねぇ……何? 心にもない今考えたばっかの理由はお嫌い? 単に兄貴にありがとうとかごめんとか言うのはなんかヤダ、って言うボクの飾らない気持ちが欲しかったのかな?」
他人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、サンはわざとらしく首を傾げた。
「サン、なんてこと言ってるの……ダメだよ」
流石に口を挟まさせてもらおう。サンの恋人として、人間として。
「何かしてもらったらありがとうとかちゃんと言わなきゃダメだよ。どんなに近しい間柄でもさぁ」
兄弟に礼を言うのが恥ずかしい、なんて理由ではないと察しはついている。多分、サンはヒトを嫌っている。だからわざと困らせたり怒らせたりして遊んでいる。でも、俺がそう察していることは隠して、ありがちな注意をした。
「……水月はホント、ヒト兄貴の味方するねぇ」
「そういうのじゃないってば……どうしたのサン、いつもはもっと優しくて、いい人なのに……今日なんかおかしいよ」
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