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水泳の練度
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皮の厚い大きな手を掴み、後ろへ向かって立ち泳ぎ。俺の役目はカンナに泳ぎを教えた時と同じだが、カンナとサンでは泳ぎへの慣れ度が違う。
「サン、バタ足は膝からじゃなくて足の付け根から……水にドボンドボンせずに……水面から出さないくらいに細かく静かにした方がいいかも? 俺別に水泳習ってたりはしないから、体感だけど」
「こう……? ぁ、ホントだ、そんな感じする」
「上手い上手い」
カンナには俺が教えることなんてほとんどなかったけれど、サンにはほとんどのことを教えなければならない。世話のかかる子は可愛い。
「意外と全身運動だね、ぷかぷか浮いてるイメージあったから楽だと思ってたんだけど結構疲れる。今日よく寝れそう」
サンの顔から少し視線を外せば、海面に拡がった黒いものが……髪が目に入る。サンの身体なんて少しも見えない。
「……サン、海入る時くらいは髪結ばない?」
「なんで?」
「あ、嫌ならいいんだけどさ、ハルとかはそうしてるし」
ヘアアレンジに詳しくない俺には分からないけれど、ハルは腰まである長い髪を頭の上へ盛るようにして、毛先がうなじにすら到達しないようにしている。髪が海水に浸かるのを嫌ってのことだろう。
「髪傷むのかな……?」
「ふぅん」
「ロングヘアの子が髪上げてるといつもは隠れてるうなじが見えたりしてさ、なんかイイんだよ。普段と違った一面ってヤツ? だからその……ハルみたいに、サンのそういう姿も見れるのかなーって期待してたんだけど」
「……見たいの?」
「うん。でもサンが嫌なら無理にとは言わないよ」
「明日……やってみようかな」
「ほんとっ? わ、嬉しい。楽しみにしてる!」
「髪型一つでそんなに一喜一憂するなんてね、やっぱり変な子。いや……見えてたら、髪型は大事なものなのかな?」
俺はもう底に足がつかないのに、サンは立ち上がった。俺の手をゆっくりと剥がし、俺の顔を両手で包んだ。見つめ合うように、熱を測るように、顔を近付けて額をコツンとぶつけた。白い瞳はどれだけ近付いても俺を映さない。
「水月……」
存在した瞬間から何も映したことのない瞳は、だからこそ美しい。醜い色も美しい光も認識しないからこそ、彼の眼差しには俺を惹き付ける力がある。
「…………アンタの顔は見てみたかったな」
「触れば分かるんだろ?」
「ま、そうなんだけどね」
触れ合っていた額が離れる。唐突に唇が重なり、呆気に取られている間に唇は離れた。
「アンタの目の色も髪の色も肌の色もボクは知らない。でもアンタの顔の造形は誰よりも深く理解してる、愛してるよ水月……ちょっとした殴り合いならいいけど、頭蓋骨の形が変わるような怪我はしないでね」
「あはは……気を付ける。俺も愛してるよ、サン」
サンが俺から一歩離れる。サンに頭を掴まれて立ち泳ぎをサボっていた俺は慌てて足を動かした。
「……ねぇサン、海久しぶりって言ってたけどさ、前はお兄さんと来たの?」
「あぁ……うん、売れる前は依頼もらって絵描くこと多かったから。海の絵描くためにね。触って、舐めて……でも泳ぎはしなかったんだよね」
海の絵か、サンがどんなふうに海を描くのかは俺も興味があるな。
「……ヒト兄貴は確か海が嫌いでね、その時海まで連れてってくれたのはフタ兄貴なんだよ」
「へぇー……カナヅチなのかな?」
「さぁ、あの人自分の弱みは隠すから嫌いってことしか教えてくんないんだよね」
「ふぅん……? ま、ヒトさんはいいや。フタさん海好き? デートとか誘ったら喜ぶかな」
「どうだろ、まぁ普通に喜ぶのは喜ぶんじゃない? お出かけだいたい大好きだよフタ兄貴は」
確かに、どこに連れて行ってもはしゃぐフタは容易に想像出来る。
「あ、でも映画館とかはダメだよ」
「デートの定番なのに……! よかった知れて。気を付けるよ」
「俺も映画館デートは嫌かな、水月が初恋人だからしたことないんだけどさ」
だろうな、と口には出せないな。
「美術館とかもダメかな、フタさんは何か身体動かす方が好きそう」
「そうだね。ボクもだよ、美術館とか博物館は展示品に触らせてくれるならいいんだけど、見るだけの施設はボクやることないからね。兄貴連れてったとこにはボクも連れてって欲しいな、ボク連れてったとこにも兄貴連れてったげて」
「お揃いデートがいいの? 兄弟なら違いあった方がいいかなって思ってたんだけど……仲良いんだね、可愛い。分かった、そうするよ」
サンは満足気に笑って今度はカンナを抱き寄せた。
「ボクはもういいや、他の彼氏構ったげて。でもカンナちゃんは置いてってね」
「うん……カンナ、いいかな?」
「ぅん。さん……と、遊ぶ」
フード越しに頭を撫で、彼らに背を向ける。彼氏達はみんな近場で遊んでいるから、少し首を回すだけで全員の様子が見られる。
「……楽しいのか? これ」
「楽しいよ、ありがとう歌見さん」
「自分からも感謝を述べさせていただきます、歌見殿。自分では満足に支えられませんでした」
歌見はネザメが跨ったシャチ型フロートを支えてやっている。俺がカンナやサンにやったように立ち泳ぎで引っ張ったりもしている。フロートがシャチの形をしているのもあって、ピッタリ引っ付いているミフユがコバンザメに見えてきた。
「……あれ? シュカ? シュカ! みんなっ、シュカは!?」
シュカの姿が見えない。他の彼氏達も彼の行方は分からないようで、キョロキョロと辺りを見回した後首を傾げたり首を横に振ったりした。
「ハーネス要るのはアイツだったか、クソっ……シュカ! シュカぁーっ!」
どこに居るんだ? 手がかりが全くない。流されたのか? 沈んでいるのか? まだ助けられるよな?
「何ですかぁー!」
シュカの声が聞こえた。てっきり溺れて返事が出来ない状況にあると思い込んでいたから驚いた。
「シュ、シュカ! シュカっ、何してるんだよお前そんなとこで!」
シュカは俺達から随分離れたところに居た、こちらに手を振っている。やはり流されたのだろうか……と思っていたが、彼は泳いであっさり戻ってきた。
「泳いでただけですけど……」
「心配したぞ! 心臓破れるかと思った……もぉ~! 見えないとこに行くな!」
肩を強く掴み、揺さぶる。
「見えはしたでしょ。っていうかいつまでもこんな浅瀬で遊んでるあなた達がおかしいんです」
「足つかないと怖いだろ。せめて浮き輪持ってけ、ミフユさんがネザメさんに用意したけど使ってないのあるから借りとけ」
「えぇー……浮き輪って、カッコ悪い……」
確かにあの浮き輪のファンシーなデザインは元ヤンのシュカには気恥ずかしく思えるだろう。
「じゃあ俺がセイカ用に買ったライフジャケット」
「あのオレンジのダサい……? 嫌ですよ」
「じゃあセイカにライフジャケット着せるからハーネス着けろ」
「え」
傍で話を聞いていたセイカが目を見開き、ハーネスをぎゅっと掴む。
「ん……? セイカ、ハーネス気に入ったのか? 何だよ着ける時はめちゃくちゃ嫌がってたくせに」
「……よく見ると、すごく丁寧に、縫い合わせたりしてあって……鳴雷が、俺のためにしてくれたんだって、嬉しくて……だから、その……外すの、嫌」
「そっか……! 気に入ってくれたんだな! 嬉しいよ! って訳でシュカはライフジャケットだな」
「浮き輪もライフジャケットもハーネスも全部嫌です」
シュカは俺の手を振り払ってまた深い方へと泳いでいく。昨晩の海水浴を楽しみにしている様子は可愛かったけれど、こういう楽しみ方は危険だからちゃんと安全策を取って欲しい。
「待て! シュカ!」
せめて一人で溺れることのないよう、俺はシュカを追った。
「サン、バタ足は膝からじゃなくて足の付け根から……水にドボンドボンせずに……水面から出さないくらいに細かく静かにした方がいいかも? 俺別に水泳習ってたりはしないから、体感だけど」
「こう……? ぁ、ホントだ、そんな感じする」
「上手い上手い」
カンナには俺が教えることなんてほとんどなかったけれど、サンにはほとんどのことを教えなければならない。世話のかかる子は可愛い。
「意外と全身運動だね、ぷかぷか浮いてるイメージあったから楽だと思ってたんだけど結構疲れる。今日よく寝れそう」
サンの顔から少し視線を外せば、海面に拡がった黒いものが……髪が目に入る。サンの身体なんて少しも見えない。
「……サン、海入る時くらいは髪結ばない?」
「なんで?」
「あ、嫌ならいいんだけどさ、ハルとかはそうしてるし」
ヘアアレンジに詳しくない俺には分からないけれど、ハルは腰まである長い髪を頭の上へ盛るようにして、毛先がうなじにすら到達しないようにしている。髪が海水に浸かるのを嫌ってのことだろう。
「髪傷むのかな……?」
「ふぅん」
「ロングヘアの子が髪上げてるといつもは隠れてるうなじが見えたりしてさ、なんかイイんだよ。普段と違った一面ってヤツ? だからその……ハルみたいに、サンのそういう姿も見れるのかなーって期待してたんだけど」
「……見たいの?」
「うん。でもサンが嫌なら無理にとは言わないよ」
「明日……やってみようかな」
「ほんとっ? わ、嬉しい。楽しみにしてる!」
「髪型一つでそんなに一喜一憂するなんてね、やっぱり変な子。いや……見えてたら、髪型は大事なものなのかな?」
俺はもう底に足がつかないのに、サンは立ち上がった。俺の手をゆっくりと剥がし、俺の顔を両手で包んだ。見つめ合うように、熱を測るように、顔を近付けて額をコツンとぶつけた。白い瞳はどれだけ近付いても俺を映さない。
「水月……」
存在した瞬間から何も映したことのない瞳は、だからこそ美しい。醜い色も美しい光も認識しないからこそ、彼の眼差しには俺を惹き付ける力がある。
「…………アンタの顔は見てみたかったな」
「触れば分かるんだろ?」
「ま、そうなんだけどね」
触れ合っていた額が離れる。唐突に唇が重なり、呆気に取られている間に唇は離れた。
「アンタの目の色も髪の色も肌の色もボクは知らない。でもアンタの顔の造形は誰よりも深く理解してる、愛してるよ水月……ちょっとした殴り合いならいいけど、頭蓋骨の形が変わるような怪我はしないでね」
「あはは……気を付ける。俺も愛してるよ、サン」
サンが俺から一歩離れる。サンに頭を掴まれて立ち泳ぎをサボっていた俺は慌てて足を動かした。
「……ねぇサン、海久しぶりって言ってたけどさ、前はお兄さんと来たの?」
「あぁ……うん、売れる前は依頼もらって絵描くこと多かったから。海の絵描くためにね。触って、舐めて……でも泳ぎはしなかったんだよね」
海の絵か、サンがどんなふうに海を描くのかは俺も興味があるな。
「……ヒト兄貴は確か海が嫌いでね、その時海まで連れてってくれたのはフタ兄貴なんだよ」
「へぇー……カナヅチなのかな?」
「さぁ、あの人自分の弱みは隠すから嫌いってことしか教えてくんないんだよね」
「ふぅん……? ま、ヒトさんはいいや。フタさん海好き? デートとか誘ったら喜ぶかな」
「どうだろ、まぁ普通に喜ぶのは喜ぶんじゃない? お出かけだいたい大好きだよフタ兄貴は」
確かに、どこに連れて行ってもはしゃぐフタは容易に想像出来る。
「あ、でも映画館とかはダメだよ」
「デートの定番なのに……! よかった知れて。気を付けるよ」
「俺も映画館デートは嫌かな、水月が初恋人だからしたことないんだけどさ」
だろうな、と口には出せないな。
「美術館とかもダメかな、フタさんは何か身体動かす方が好きそう」
「そうだね。ボクもだよ、美術館とか博物館は展示品に触らせてくれるならいいんだけど、見るだけの施設はボクやることないからね。兄貴連れてったとこにはボクも連れてって欲しいな、ボク連れてったとこにも兄貴連れてったげて」
「お揃いデートがいいの? 兄弟なら違いあった方がいいかなって思ってたんだけど……仲良いんだね、可愛い。分かった、そうするよ」
サンは満足気に笑って今度はカンナを抱き寄せた。
「ボクはもういいや、他の彼氏構ったげて。でもカンナちゃんは置いてってね」
「うん……カンナ、いいかな?」
「ぅん。さん……と、遊ぶ」
フード越しに頭を撫で、彼らに背を向ける。彼氏達はみんな近場で遊んでいるから、少し首を回すだけで全員の様子が見られる。
「……楽しいのか? これ」
「楽しいよ、ありがとう歌見さん」
「自分からも感謝を述べさせていただきます、歌見殿。自分では満足に支えられませんでした」
歌見はネザメが跨ったシャチ型フロートを支えてやっている。俺がカンナやサンにやったように立ち泳ぎで引っ張ったりもしている。フロートがシャチの形をしているのもあって、ピッタリ引っ付いているミフユがコバンザメに見えてきた。
「……あれ? シュカ? シュカ! みんなっ、シュカは!?」
シュカの姿が見えない。他の彼氏達も彼の行方は分からないようで、キョロキョロと辺りを見回した後首を傾げたり首を横に振ったりした。
「ハーネス要るのはアイツだったか、クソっ……シュカ! シュカぁーっ!」
どこに居るんだ? 手がかりが全くない。流されたのか? 沈んでいるのか? まだ助けられるよな?
「何ですかぁー!」
シュカの声が聞こえた。てっきり溺れて返事が出来ない状況にあると思い込んでいたから驚いた。
「シュ、シュカ! シュカっ、何してるんだよお前そんなとこで!」
シュカは俺達から随分離れたところに居た、こちらに手を振っている。やはり流されたのだろうか……と思っていたが、彼は泳いであっさり戻ってきた。
「泳いでただけですけど……」
「心配したぞ! 心臓破れるかと思った……もぉ~! 見えないとこに行くな!」
肩を強く掴み、揺さぶる。
「見えはしたでしょ。っていうかいつまでもこんな浅瀬で遊んでるあなた達がおかしいんです」
「足つかないと怖いだろ。せめて浮き輪持ってけ、ミフユさんがネザメさんに用意したけど使ってないのあるから借りとけ」
「えぇー……浮き輪って、カッコ悪い……」
確かにあの浮き輪のファンシーなデザインは元ヤンのシュカには気恥ずかしく思えるだろう。
「じゃあ俺がセイカ用に買ったライフジャケット」
「あのオレンジのダサい……? 嫌ですよ」
「じゃあセイカにライフジャケット着せるからハーネス着けろ」
「え」
傍で話を聞いていたセイカが目を見開き、ハーネスをぎゅっと掴む。
「ん……? セイカ、ハーネス気に入ったのか? 何だよ着ける時はめちゃくちゃ嫌がってたくせに」
「……よく見ると、すごく丁寧に、縫い合わせたりしてあって……鳴雷が、俺のためにしてくれたんだって、嬉しくて……だから、その……外すの、嫌」
「そっか……! 気に入ってくれたんだな! 嬉しいよ! って訳でシュカはライフジャケットだな」
「浮き輪もライフジャケットもハーネスも全部嫌です」
シュカは俺の手を振り払ってまた深い方へと泳いでいく。昨晩の海水浴を楽しみにしている様子は可愛かったけれど、こういう楽しみ方は危険だからちゃんと安全策を取って欲しい。
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