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それぞれの髪の切り方
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義足を履いたセイカが部屋に戻ってきた。濡れた頭にタオルを被せた彼は機嫌を伺うように俺を見ている。
「おかえり、セイカ。頭拭いてやるからこっちおいで」
コンセントの傍で胡座をかき、自分の足をポンポンと叩く。セイカは酷く安心した顔をして頷き、俺の足の上に座った。
「パーマかけたんだよな? 髪、クルクルして可愛いよ」
暗い赤色の髪はまだ見慣れない。タオルで強く拭えばタオルが赤くなり、セイカの髪が黒に戻るのではと妄想してしまう。
「パーマの彼氏居なかったんじゃないか? だから木芽はパーマ当てさせたのかもな」
「カミアが天パですよ。後、新しく出来たサンさんも毛先はくりんってなってます、フタさんは外ハネがエっグいです。それと、ハルがたまに巻き髪やります」
「そうか……結構居るなぁ」
「セイカが初めてなのは……ここっ!」
「ひぁあっ!?」
刈り上げた部分を下から上へと撫でるとジョリジョリと刈りたての髪の心地いい感触がした。
「あー……そういえば坊主もツーブロも居なかったな。しかしすごい声だったな」
《何今のエロい声》
「す、すっごいゾワっとした……」
「こういうとこはすぐ伸びちゃうからこまめに美容院行かないとな」
「へっ……?」
無駄な金を使わせてしまう、とか思ったのかな? どう慰めよう。
「バリカンくらいあるだろ? アレでやっちゃえばいいんじゃないか」
「ウチにバリカンはないですよ」
「俺持ってるぞ、美容院行く金なんかないからな……伸びてきたら言え、貸してやる」
「じゃあお願いしましょうかね。つーか先輩バリカンだったんですね。オシャレな感じですけど」
「あぁ、アタッチメント細かく変えてな。一番長いとこで50ミリ……? だったかな。で、自分で染めた」
「意外と器用なんですね」
「意外とは余計だ。ところで、お前口調……」
俺はベッド脇の棚に置いたテディベアに視線を移した。
「……あぁ、そうか。見てるんだな。お前はしょっちゅう美容院に行ってるのか? この上流階級が」
「中学卒業した辺りで一回美容院行きましたけど、それ以降は母さんがちょいちょいちょっとだけ切って整えてくれてます」
「お前のお母さん何なんだ、万能か? 怖くなってきたぞ。秋風くんもあの人に? 狭雲、聞いてみてくれ」
俺に頭を拭かれながらウトウトしていたセイカはハッとして頷き、ロシア語を操った。
《そういや日本来てから切ってねぇな……向こう居た頃は伸びてきたら引っ掴んで、ナイフでバサッと》
「ナイフで切ってたってさ。日本来てからはまだ切ってないらしい」
「ナイフで切れるものなのか……?」
「漫画で見ますよ、髪掴まれてナイフとか刀で切るやつ」
「見るけど……」
アキの髪は自然に切られているように見える。一箇所にまとめて一気に切れば案外とパッツン髪にならないものなのだろうか。
「ドライヤーかけるぞ、セイカ」
「ん」
温風をセイカの髪にかけていく。刈り上げた部分に手が触れる度セイカはビクンと身体を跳ねさせ、甲高い声を上げることすらあった。
「……な、鳴雷? あの……なんか、硬いの当たってるんだけど」
「服の金具だね~」
「寝間着に金具あんの……?」
勃ってしまったが、セイカの髪が乾くまで「抜こうか」と言わせることなく誤魔化し続けた。ドライヤーを片付けてタオルを洗濯機に入れ、トイレで抜き、アキの部屋に戻った。
「先輩こっちで寝ます? 俺の部屋で寝ます?」
「んー……お前はどっちで寝るんだ?」
「俺と寝たい人~」
《秋風、鳴雷と寝たいか?》
《もちよ》
全員が手を挙げた。俺は部屋の冷房の温度を上げ、毛布を床に敷いて歌見と共に寝転がった。
眠るまでは修学旅行の夜のように楽しく話し──俺にそんな青春の思い出はまだないのだけれど──翌朝目を覚まし、母達に元気に挨拶をした。
「……おはよう」
しかし母の機嫌は昨日と同様悪く、溌剌とした気分が一気に落ち込んだ。
「すいません、俺の分まで用意してもらっちゃって」
「いいのよ。あなたお昼はどうするの?」
「今日は一限から行くので学食ですね」
「そ。じゃあ昼飯代は三人分でいいか……水月、旅行行くんだっけ? セイカは昨日水着とか買ったのよね、アキは……」
「病院の帰りに買ってあげたよ、唯乃。ね、アキ。旅行鞄とかも色々……私の部屋に置いちゃってるから、今日の昼にでも取って準備しておきなさいね」
アキも水着などを手に入れていたのか……じゃあ今日は俺一人で水着買いに行くってこと?
《……ババアなんて?》
《水着とか旅行鞄とか部屋に置いてあるから取って旅行の準備今日のうちにしとけよって》
《あっごめん、ロシア語で言うの忘れてた。アキそろそろ日本語マスターしてよぉ》
《無茶言うなクソババア、めちゃくちゃ難しいんだぞこのクソ言語。敬語だの男っぽい話し方だの女っぽい話し方だの子供っぽい話し方だの、ひらがなカタカナ漢字……ふざけんなっての!》
《難易度は中国語、日本語、アラビア語でスリートップよね。次辺りにロシア語来たかしら? 昔付き合ってた言語オタクのイギリス人に聞いた個人的なランキングだけど》
俺と歌見が完全に蚊帳の外だ。
「……頻繁にこうして別の国の言葉が飛び交ってる訳だが、聞いてるうちに覚えたりしないのか?」
「それが可能なのはママ上やセイカ様のようなIQ五億超えだけでそ……」
「俺昔測った時は104だったぞ」
俺にはその数値がいいのか悪いのかすら分からない。
「……サボテンは3らしいんですけど本当ですかね」
「俺はサボテンの約三十五倍賢いのか」
「IQって倍になったら倍賢いってことなんですか? 倍賢いって何……?」
「倍賢いと計算速度とかが二分の一になるんじゃないか……?」
めちゃくちゃ頭が悪い会話をしている気がする。もうやめよう、なんか虚しくなってきた。
母を見送り、歌見を見送り、義母も見送った俺は財布を持った。
「俺ちゃちゃっと旅行用の水着買ってくる。すぐ帰るから二人仲良く待ってろよ、何かあったらすぐ連絡すること。いいな?」
「分かった」
「にーに、行ってらっしゃい、です!」
旅行は明日からだ、他の彼氏達ももう荷造りを終えている頃だろう。誘っても来てくれるとは思えない、素早く買い物を終わらせて二人とイチャつこう。そう考えて俺は一人で家を出た。
「旅行用の歯ブラシは家にある……シュノーケルとか買っちゃおうかな~。あ、アキのプレゼント……うわぁどうしよう未だにアキのことが分からない……」
ぶつぶつ呟きながら家の前の通りを歩いてく。どこからかカランコロンと下駄の音が聞こえて、珍しいなと顔を上げるとそれを履いている人物と目が合った。
「……おはようございます」
「あっ、お、おはようございます……えっと」
レイの元カレの従兄弟、母と同じ会社に勤める色気のある男性だ。そういえば名前は知らない。
「あなたもお出かけですか?」
「へっ? は、はい」
「そうですか、やりやすい……」
「……あの、もしかして母に用事ですか? もう出社しましたけど」
「いえいえ、何……会社に関係ないほんの野暮用です。お気になさらず、それでは」
連絡もせずに家を訪問するなんておかしな話だ。母に用事の訳がなかった。たまたまこの辺りに用事があっただけだろう。
「あ、はい……それじゃ」
俺は特に深く考えることなく会釈をして駅へ急いだ。
「おかえり、セイカ。頭拭いてやるからこっちおいで」
コンセントの傍で胡座をかき、自分の足をポンポンと叩く。セイカは酷く安心した顔をして頷き、俺の足の上に座った。
「パーマかけたんだよな? 髪、クルクルして可愛いよ」
暗い赤色の髪はまだ見慣れない。タオルで強く拭えばタオルが赤くなり、セイカの髪が黒に戻るのではと妄想してしまう。
「パーマの彼氏居なかったんじゃないか? だから木芽はパーマ当てさせたのかもな」
「カミアが天パですよ。後、新しく出来たサンさんも毛先はくりんってなってます、フタさんは外ハネがエっグいです。それと、ハルがたまに巻き髪やります」
「そうか……結構居るなぁ」
「セイカが初めてなのは……ここっ!」
「ひぁあっ!?」
刈り上げた部分を下から上へと撫でるとジョリジョリと刈りたての髪の心地いい感触がした。
「あー……そういえば坊主もツーブロも居なかったな。しかしすごい声だったな」
《何今のエロい声》
「す、すっごいゾワっとした……」
「こういうとこはすぐ伸びちゃうからこまめに美容院行かないとな」
「へっ……?」
無駄な金を使わせてしまう、とか思ったのかな? どう慰めよう。
「バリカンくらいあるだろ? アレでやっちゃえばいいんじゃないか」
「ウチにバリカンはないですよ」
「俺持ってるぞ、美容院行く金なんかないからな……伸びてきたら言え、貸してやる」
「じゃあお願いしましょうかね。つーか先輩バリカンだったんですね。オシャレな感じですけど」
「あぁ、アタッチメント細かく変えてな。一番長いとこで50ミリ……? だったかな。で、自分で染めた」
「意外と器用なんですね」
「意外とは余計だ。ところで、お前口調……」
俺はベッド脇の棚に置いたテディベアに視線を移した。
「……あぁ、そうか。見てるんだな。お前はしょっちゅう美容院に行ってるのか? この上流階級が」
「中学卒業した辺りで一回美容院行きましたけど、それ以降は母さんがちょいちょいちょっとだけ切って整えてくれてます」
「お前のお母さん何なんだ、万能か? 怖くなってきたぞ。秋風くんもあの人に? 狭雲、聞いてみてくれ」
俺に頭を拭かれながらウトウトしていたセイカはハッとして頷き、ロシア語を操った。
《そういや日本来てから切ってねぇな……向こう居た頃は伸びてきたら引っ掴んで、ナイフでバサッと》
「ナイフで切ってたってさ。日本来てからはまだ切ってないらしい」
「ナイフで切れるものなのか……?」
「漫画で見ますよ、髪掴まれてナイフとか刀で切るやつ」
「見るけど……」
アキの髪は自然に切られているように見える。一箇所にまとめて一気に切れば案外とパッツン髪にならないものなのだろうか。
「ドライヤーかけるぞ、セイカ」
「ん」
温風をセイカの髪にかけていく。刈り上げた部分に手が触れる度セイカはビクンと身体を跳ねさせ、甲高い声を上げることすらあった。
「……な、鳴雷? あの……なんか、硬いの当たってるんだけど」
「服の金具だね~」
「寝間着に金具あんの……?」
勃ってしまったが、セイカの髪が乾くまで「抜こうか」と言わせることなく誤魔化し続けた。ドライヤーを片付けてタオルを洗濯機に入れ、トイレで抜き、アキの部屋に戻った。
「先輩こっちで寝ます? 俺の部屋で寝ます?」
「んー……お前はどっちで寝るんだ?」
「俺と寝たい人~」
《秋風、鳴雷と寝たいか?》
《もちよ》
全員が手を挙げた。俺は部屋の冷房の温度を上げ、毛布を床に敷いて歌見と共に寝転がった。
眠るまでは修学旅行の夜のように楽しく話し──俺にそんな青春の思い出はまだないのだけれど──翌朝目を覚まし、母達に元気に挨拶をした。
「……おはよう」
しかし母の機嫌は昨日と同様悪く、溌剌とした気分が一気に落ち込んだ。
「すいません、俺の分まで用意してもらっちゃって」
「いいのよ。あなたお昼はどうするの?」
「今日は一限から行くので学食ですね」
「そ。じゃあ昼飯代は三人分でいいか……水月、旅行行くんだっけ? セイカは昨日水着とか買ったのよね、アキは……」
「病院の帰りに買ってあげたよ、唯乃。ね、アキ。旅行鞄とかも色々……私の部屋に置いちゃってるから、今日の昼にでも取って準備しておきなさいね」
アキも水着などを手に入れていたのか……じゃあ今日は俺一人で水着買いに行くってこと?
《……ババアなんて?》
《水着とか旅行鞄とか部屋に置いてあるから取って旅行の準備今日のうちにしとけよって》
《あっごめん、ロシア語で言うの忘れてた。アキそろそろ日本語マスターしてよぉ》
《無茶言うなクソババア、めちゃくちゃ難しいんだぞこのクソ言語。敬語だの男っぽい話し方だの女っぽい話し方だの子供っぽい話し方だの、ひらがなカタカナ漢字……ふざけんなっての!》
《難易度は中国語、日本語、アラビア語でスリートップよね。次辺りにロシア語来たかしら? 昔付き合ってた言語オタクのイギリス人に聞いた個人的なランキングだけど》
俺と歌見が完全に蚊帳の外だ。
「……頻繁にこうして別の国の言葉が飛び交ってる訳だが、聞いてるうちに覚えたりしないのか?」
「それが可能なのはママ上やセイカ様のようなIQ五億超えだけでそ……」
「俺昔測った時は104だったぞ」
俺にはその数値がいいのか悪いのかすら分からない。
「……サボテンは3らしいんですけど本当ですかね」
「俺はサボテンの約三十五倍賢いのか」
「IQって倍になったら倍賢いってことなんですか? 倍賢いって何……?」
「倍賢いと計算速度とかが二分の一になるんじゃないか……?」
めちゃくちゃ頭が悪い会話をしている気がする。もうやめよう、なんか虚しくなってきた。
母を見送り、歌見を見送り、義母も見送った俺は財布を持った。
「俺ちゃちゃっと旅行用の水着買ってくる。すぐ帰るから二人仲良く待ってろよ、何かあったらすぐ連絡すること。いいな?」
「分かった」
「にーに、行ってらっしゃい、です!」
旅行は明日からだ、他の彼氏達ももう荷造りを終えている頃だろう。誘っても来てくれるとは思えない、素早く買い物を終わらせて二人とイチャつこう。そう考えて俺は一人で家を出た。
「旅行用の歯ブラシは家にある……シュノーケルとか買っちゃおうかな~。あ、アキのプレゼント……うわぁどうしよう未だにアキのことが分からない……」
ぶつぶつ呟きながら家の前の通りを歩いてく。どこからかカランコロンと下駄の音が聞こえて、珍しいなと顔を上げるとそれを履いている人物と目が合った。
「……おはようございます」
「あっ、お、おはようございます……えっと」
レイの元カレの従兄弟、母と同じ会社に勤める色気のある男性だ。そういえば名前は知らない。
「あなたもお出かけですか?」
「へっ? は、はい」
「そうですか、やりやすい……」
「……あの、もしかして母に用事ですか? もう出社しましたけど」
「いえいえ、何……会社に関係ないほんの野暮用です。お気になさらず、それでは」
連絡もせずに家を訪問するなんておかしな話だ。母に用事の訳がなかった。たまたまこの辺りに用事があっただけだろう。
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