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増える悩みと相談相手

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泣き叫んで俺の帰宅を嫌がったセイカのことを気にしつつもレイの家に帰る──途中、母から電話が入った。

「はいもすもす。ええ、泊まれてますぞ、一人暮らしの成人済み彼氏が居ますのでそちらに。アキきゅんもちゃんと……」

レイの家に泊まって二日目にようやく寝床を見つけられたか電話をかけてくるなんて、親としてどうかと思う。

『カロリー計算はしっかりね、あと筋トレも』

「ほいほい」

『それと、アンタの肋骨折った飛び降り野郎なんだけど……連絡ついたから治療費諸々請求しとくわ』

「ママ上……あの、わたくし大した怪我ではござらんし、お情けを」

『アイツにかける情けなんかない』

母はもう知っているのだろう、俺が助けたのがセイカだと。母にとってセイカは俺を三年間虐めた上に俺の善意を利用して怪我を負わせた悪辣な人間なのだろう。

『アンタは飛び降りたヤツと話したんだっけ?』

セイカは俺へのイジメを後悔していた。結局よく分からなかったけれど、イジメにも深い理由がありそうだった。それに何より彼は俺に依存する可愛い美少年なのだ、しかも欠損という唯一無二の個性! 俺にとっては萌え要素! 逃す訳にはいかない。

「い、いえ、名前も知りませんが」

『じゃあいいわ、病院からの電話とかも取らなくていい。全部私がやるからアンタは学校と彼氏にだけ集中しなさい』

「……分かりました」

セイカが退院したとしても、リフォームが終わったとしても、彼を家に連れていくのは難しいだろう。だが、まぁいい、恋愛なんてのは親に隠れてやるものだ、だからこそ背徳的な旨みもあるというもの。

「それでは……ええ、おやすみなさい」

母が賠償金を請求した結果、セイカとの関係が悪くならないかだけが心配だ。



マンションに帰宅する奇妙な高揚感と優越感、俺を出迎える可愛い美少年達との抱擁、接吻──俺は人生の勝者だ。

「おかえりなさいっすせんぱい、今日の晩ご飯はカレーっすよ。koko壱のヤツっす!」

「またカレーかぁ……昼も出前だったのか?」

「はいっす。俺この街ウロウロ出来ないっすから」

「……明日、学校の帰りに食材買ってくるよ。晩飯までに帰れるかは微妙だから、明日まで出前で明後日からは自炊にしよう。そっちのが安上がりだし健康的だよ」

この家のキッチンは新築のように綺麗で、冷蔵庫には酒ばかり入っている。冷凍庫は辛うじてアイスがあるものの、野菜室に野菜は皆無。生活感のある冷蔵庫にするとなれば、明日は大荷物になりそうだ。



木曜日の朝、今日は朝の見回り当番なので早めに登校しなければならない。レイの家に朝食になるものがないため朝からコンビニに寄らなければならないし、俺の家よりも学校から遠いから更に早めに出発──つまり眠い。

「ふぁぁ……」

駅のホームの隅っこで菓子パンを食べ終えて欠伸をしていると、白煙が俺を包んだ。タバコの煙だ。喫煙所に行けよ迷惑親父と思いながら煙の元を睨み付けると、まず分厚い胸板があった。

「…………よぉ、男前」

「あっ、お、おはようございますぅ~……へへへっ」

俺は184センチと長身に分類される男だ、なのに目の前の彼は頭一つ分は俺よりも大きい。二メートルは優に超えているだろう……レイの元カレだ。

「……今から登校か? 早いな」

「え、えぇ、そちらは?」

「…………さっき降りたところだ、今から帰って寝る。ホームでパンを貪ってる男前が面白くて見に来た」

彼は俺の一歳年上と聞いている、高校生のはずだが今日は休みのようだ。自主的になのか休校日なのかは知る気もないが。

「……レイ。いや、前に見せた男を見かけていないか」

「はい~……残念ながら」

「……………………そうか」

落ち込んだように目を伏せるその仕草からは確かなレイへの想いが読み取れる。けれど、その想いがレイに合わないのなら仕方ない。たとえ正しい別れ方が出来ていなかろうとレイの今カレは俺だ。諦めて欲しい。

「あ……お、俺、最近この街引っ越して来たんですよ。スーパーとか安いとこ……知ってます?」

「…………俺は行かないから安いかどうかは知らんが、兄ちゃんがいつも行ってるところなら分かる」

マップにピンを刺してもらうためスマホを取り出す。

「お兄さん居るんですね」

「……俺は一人っ子だが? えっと……確かここだ」

「えっ? あっ、ありがとうございます」

「…………電車が来たぞ、乗るのか? じゃあな」

「あっ、はい、さようなら!」

スマホをポケットに戻して電車に乗り込み、吊り革を掴んだ俺は安堵のため息をついた。話の通じない怪物のように思ってしまっていたが、案外と普通の人のようだった。

(ま、わたくしがレイどのの今カレだと知ったらどうなるか分かりませんがな)

学校に到着後すぐ各候補者を見て回ったが、選挙活動に慣れてきたのか誰にも注意すべきことはなかった。年積にはやはり無視されてしまったけれど、ネザメには微笑みかけられた。

「お疲れ様、鳴雷くん。そういえば不眠症は治ったかい?」

「あの日だけですよ、不眠症ってほどでもありません。ご心配ありがとうございます」

「僕のおまじないが効いたかな?」

「かもしれませんね」

ネザメの手が肩に乗る。ぐいっと引き下げられて身体が傾くと、頬にネザメの唇が触れた。

「……今日も鳴雷くんが健やかでありますように」

「あ、ありがとうございます……」

気がないフリをしてネザメの熱を煽ろうとしていたのだが、キスやボディタッチにはすぐに赤面してしまう。俺は素直な男だ。

「ふふ……可愛いね、選挙の日が楽しみだよ」

「あなたのものになるって決まってませんけど」

「おや、そうだったかな。でも僕がそう言ったと覚えていたということはだ、それなりに意識はしているみたいだね」

勝てない。その四文字が頭に浮かぶ。駆け引きなんてやめた方がいいのかもしれない、愚直に美少年への欲望のままに走る方が俺には似合っているのだろう。

「……あの、先輩としてのあなたに相談があります」

「なんだい?」

「親戚の子の話なんですけど……俺に懐いてて、懐きすぎてて、俺が帰ろうとするとすごく泣くんです。嫌だ嫌だって、帰り道で事故にでもあったらどうするのって、ずっと一緒に居てって……」

「分離不安だね、幼い子供や犬猫なんかによく見られる不安障害さ。子供なら時が経てば自然と解決することが多いから気楽に……と言いたいところだけど、嘔吐などの不調を起こしたり物を破壊したりするほど酷い場合は医者にかかった方がいいかもしれないね」

まだ関係性が薄いネザメにならとセイカのことを相談してみると、予想以上にしっかりした返答があった。

「……今大怪我してて入院中で、学校帰りにお見舞いに行ってるんです。今日も行く予定で……だから、医者にはもう」

「おや、大怪我……お気の毒に。そうだねぇ、君が出来そうなことと言ったら…………犬猫の不安障害は二匹目を飼うと治ることもあると聞くよ、もちろん二匹の相性によるところが大きいんだけれど。同じく入院している子と交流させてあげたり、ぬいぐるみをプレゼントするだけでも少しは楽になるんじゃないかな」

親戚の子と嘘をついたせいでアドバイスが子供向けになってしまっている。ベッド拘束されているセイカに他人との交流は難しい、となるとぬいぐるみ……男子高校生にぬいぐるみかぁ。

「特にテディベアがお勧めだよ。最もポピュラーな座っている形のものがね。アレは手足がしっかりしているから抱き締めると抱き返されるような感覚になるんだ」

「へぇ……」

「産まれた時に母様に大きなテディベアをプレゼントしていただいてね、幼い頃は常に一緒に居たよ」

「あ、ネザメさん持ってたんですね」

「抱き締めることはなくなったけれど、部屋には置いてあるよ。持っている、が正しいね。現在進行形だ」

絶対に可愛かったと断言出来るネザメの幼少期を勝手に想像し、テディベアを抱かせて脳内で楽しむ。

(カンナたそはウサギのぬいぐるみのが似合いますな、リュウどのは……)

彼氏達の幼少期でも妄想を始めたその時、予鈴が鳴った。

「おっと……話し込み過ぎたね。それじゃあまた、親戚さんのいい報告を待ってるよ」

「あっ……はい、ありがとうございました!」

ネザメとは一歳しか違わないはずなのに、レイや歌見より頼りになる大人の雰囲気があった。
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