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自由落下による会遇
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※この先欠損描写あり
土曜日の朝、幸福を感じるはずの食事中に俺はとてつもない居心地の悪さを感じていた。
「…………食べる欲しいです」
ぐぅぅ……と腹を鳴らすアキに見つめられているからだ。
「病院、検査終わるする、すぐご飯食べるする、だから今は我慢する。分かるだろ? アキ、そんな目で見ないでくれよ」
検査前十時間は食事をするなと言われているらしく、今朝はアキの分の朝食が用意されていない。見ていても辛いだけだろうに、アキは俺の口から目を離そうとしない。
「にーにぃ、少し……欲しいです」
「ダ、ダメ! そんな可愛い顔してもダメなもんはダメ!」
「にーにー……にーに、にーにぃ、ぼくお腹空くするです、食べる欲しいですぅ……にーにぃ~……」
「ダ! メ!」
心を鬼にして断り続け、急いで朝食を終えてアキを部屋に連れて帰った。
病院に行く時間になるとアキは全身に日焼け止めを塗った上からUVカットの服を着て、手袋とサングラスまで身に付けた。帽子も深く被ってネックウォーマーのようなものまで着けて、肌の露出が極限まで抑えられた。
「行くするです、にーに。早く終わるする、ご飯食べるするです」
「うん、行こうか」
日傘を差したアキの手を引いて駅に向かう。
(視力障害ってどんなもんなんでしょうな、夜中に一人で散歩するぐらいですからそんな重いもんでもないんでしょうが……一応手は離さないようにしましょう)
電車に揺られて総合病院のある駅で降り、また歩く。電車内、駅構内、駅前、人通りの多い場所で俺達は視線を引き付けた。俺が超絶美形だから……と自惚れるのは難しい。
「……ここだな、入口ここでいいんだよな?」
大きな駐車場の脇にある歩道らしき場所を通っていく。これまた大きな玄関に向かってアキと共に歩いていたが、何気なく病棟を見上げた俺は怪しいものを見つけた。
「……にーに? どうするです? 早く行くです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いや、大丈夫だとは思うんだけど、なんか胸騒ぎが」
病室の窓は開かないようになっている、入院中風が欲しくて窓を開けようとしたからよく覚えている。
だが、共用スペースの窓は開けることが出来る。風を浴びるために開けたから覚えている。
「……っそだろ、やばい!」
四階の共用スペースの窓が開いている。その窓の傍に居る人は風を浴びているのではない、今確信した、彼は窓の縁に……膝だろうか? 膝を乗せている。
「……っ、誰かぁー!」
彼の近くに誰か居ないのだろうか? 俺を追ってくるアキの足音を聞きながら大声で叫ぶ。しかし彼の近くには誰も居ないようで、彼は咎められることなく身を乗り出す。
「待って! 待ってください! 早まらないで!」
俺の叫びも虚しく、彼は窓の縁から手も足も離してしまった。全てがスローモーションに見えた、彼を受け止めることが出来ないのは分かっている、俺が彼の真下に走るまで彼は空中に居てくれない、きっと俺の数メートル手前に落ちる。
「……っ!」
分かっていても足は止まらない、必死に突き出した両手も引っ込まない。間に合ってくれと無意味に願いながら走り続ける俺の横を抜ける黒い影、アキだ。アキは傘を捨てて俺よりも速く走った。あの速度なら間に合う、でも──
「ダメだアキ! 止まれ!」
──受け止められるか、ただぶつかるか、分からない。飛び降りた人に当たって死んだ人の話はたまにニュースで見る、それにアキがなったらと思うと今落ちてきている他人の命の価値は俺の中でガクリと下がった。
だがアキは止まらない。俺の想定よりも早く人が落ちてくるだろう場所に着きそうだ、受け止める体勢を取れるだろうか……アキは俺の予想を軽々と超えた。落下予想地点の手前で跳躍したのだ。
「……っ!?」
アキは白い外壁を蹴って斜め上に飛び、頭と身体への直撃を避けつつ落ちてきた男を両腕でしっかりと捕まえた。
「アキ!」
壁を蹴ったことで手前に向かって落ちてくるアキなら下敷きになれる。そう判断した俺はサッカーのスライディングのように足から滑り込み、アキに胸を踏みつけられた。
「ぐっ……! ぅ…………壁キックした上で人をキャッチして着地も出来るのか……すごい、な……アキ」
俺を踏んだアキはバランスを崩したものの転ぶことなく芝生に降り、落下してきた男を地面に置いて俺を助け起こした。
「にーにっ、どうするです、踏むするしたですぅ! にーに来るするしない、よかったです!」
だってまさか落ちてきた人を三角飛びでキャッチしつつ着地もこなせるなんて思わないじゃん。アキの身体能力どうなってんだよ。もはや怖いわ。
「胸クッソ痛い……その人大丈夫か?」
アキに踏まれた箇所を押さえつつ起き上がり、落ちてきた男を見る。全身に包帯をぐるぐる巻きにされたその男の足の先端には血が滲んでいた。
「……足、だけじゃなくて……手、も」
足の先端、それは爪先という意味ではない。彼の左足の先端は膝よりも上にあった。おそらく先天的なものではない、包帯の様子から見て事故か何かで足を切断しなければならなかったのだ。それは腕も同じだ、右腕は肘下数センチから先がなかった。切断された手足に巻かれた包帯がほどけかけていることから、飛び降りのために塞がりきっていない切断面を床や壁や窓の縁に擦ったために出血しているのだろうと予想出来る。
「…………」
俺は正しいことをしたのだろうか、そりゃ倫理や法律や常識や良心に当てはめれば正しいことしたのだろう。
でも、この人にとっては?
彼は大怪我による激痛に耐えながら窓まで移動し、身を投げ出したのだ。まさに血が滲むほどの努力をして……俺はその努力を否定した。するべきだったとは思う、でも、自殺を考えた彼の心は俺への恨みと俺に感謝しなければならない空気に耐えられるだろうか。
「君達! 大丈夫か!」
「……! 早く来るです! にーに踏むするしたですぅ!」
いつかどこか俺の知らないところで知らないうちに死ぬんじゃないだろうか。俺の行動は無駄だったんじゃないだろうか。
「にーに怪我するしたです、早く治すです!」
ズキズキと胸が痛むのはアキの着地点に割り込んだからなのだろうか。
土曜日の朝、幸福を感じるはずの食事中に俺はとてつもない居心地の悪さを感じていた。
「…………食べる欲しいです」
ぐぅぅ……と腹を鳴らすアキに見つめられているからだ。
「病院、検査終わるする、すぐご飯食べるする、だから今は我慢する。分かるだろ? アキ、そんな目で見ないでくれよ」
検査前十時間は食事をするなと言われているらしく、今朝はアキの分の朝食が用意されていない。見ていても辛いだけだろうに、アキは俺の口から目を離そうとしない。
「にーにぃ、少し……欲しいです」
「ダ、ダメ! そんな可愛い顔してもダメなもんはダメ!」
「にーにー……にーに、にーにぃ、ぼくお腹空くするです、食べる欲しいですぅ……にーにぃ~……」
「ダ! メ!」
心を鬼にして断り続け、急いで朝食を終えてアキを部屋に連れて帰った。
病院に行く時間になるとアキは全身に日焼け止めを塗った上からUVカットの服を着て、手袋とサングラスまで身に付けた。帽子も深く被ってネックウォーマーのようなものまで着けて、肌の露出が極限まで抑えられた。
「行くするです、にーに。早く終わるする、ご飯食べるするです」
「うん、行こうか」
日傘を差したアキの手を引いて駅に向かう。
(視力障害ってどんなもんなんでしょうな、夜中に一人で散歩するぐらいですからそんな重いもんでもないんでしょうが……一応手は離さないようにしましょう)
電車に揺られて総合病院のある駅で降り、また歩く。電車内、駅構内、駅前、人通りの多い場所で俺達は視線を引き付けた。俺が超絶美形だから……と自惚れるのは難しい。
「……ここだな、入口ここでいいんだよな?」
大きな駐車場の脇にある歩道らしき場所を通っていく。これまた大きな玄関に向かってアキと共に歩いていたが、何気なく病棟を見上げた俺は怪しいものを見つけた。
「……にーに? どうするです? 早く行くです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。いや、大丈夫だとは思うんだけど、なんか胸騒ぎが」
病室の窓は開かないようになっている、入院中風が欲しくて窓を開けようとしたからよく覚えている。
だが、共用スペースの窓は開けることが出来る。風を浴びるために開けたから覚えている。
「……っそだろ、やばい!」
四階の共用スペースの窓が開いている。その窓の傍に居る人は風を浴びているのではない、今確信した、彼は窓の縁に……膝だろうか? 膝を乗せている。
「……っ、誰かぁー!」
彼の近くに誰か居ないのだろうか? 俺を追ってくるアキの足音を聞きながら大声で叫ぶ。しかし彼の近くには誰も居ないようで、彼は咎められることなく身を乗り出す。
「待って! 待ってください! 早まらないで!」
俺の叫びも虚しく、彼は窓の縁から手も足も離してしまった。全てがスローモーションに見えた、彼を受け止めることが出来ないのは分かっている、俺が彼の真下に走るまで彼は空中に居てくれない、きっと俺の数メートル手前に落ちる。
「……っ!」
分かっていても足は止まらない、必死に突き出した両手も引っ込まない。間に合ってくれと無意味に願いながら走り続ける俺の横を抜ける黒い影、アキだ。アキは傘を捨てて俺よりも速く走った。あの速度なら間に合う、でも──
「ダメだアキ! 止まれ!」
──受け止められるか、ただぶつかるか、分からない。飛び降りた人に当たって死んだ人の話はたまにニュースで見る、それにアキがなったらと思うと今落ちてきている他人の命の価値は俺の中でガクリと下がった。
だがアキは止まらない。俺の想定よりも早く人が落ちてくるだろう場所に着きそうだ、受け止める体勢を取れるだろうか……アキは俺の予想を軽々と超えた。落下予想地点の手前で跳躍したのだ。
「……っ!?」
アキは白い外壁を蹴って斜め上に飛び、頭と身体への直撃を避けつつ落ちてきた男を両腕でしっかりと捕まえた。
「アキ!」
壁を蹴ったことで手前に向かって落ちてくるアキなら下敷きになれる。そう判断した俺はサッカーのスライディングのように足から滑り込み、アキに胸を踏みつけられた。
「ぐっ……! ぅ…………壁キックした上で人をキャッチして着地も出来るのか……すごい、な……アキ」
俺を踏んだアキはバランスを崩したものの転ぶことなく芝生に降り、落下してきた男を地面に置いて俺を助け起こした。
「にーにっ、どうするです、踏むするしたですぅ! にーに来るするしない、よかったです!」
だってまさか落ちてきた人を三角飛びでキャッチしつつ着地もこなせるなんて思わないじゃん。アキの身体能力どうなってんだよ。もはや怖いわ。
「胸クッソ痛い……その人大丈夫か?」
アキに踏まれた箇所を押さえつつ起き上がり、落ちてきた男を見る。全身に包帯をぐるぐる巻きにされたその男の足の先端には血が滲んでいた。
「……足、だけじゃなくて……手、も」
足の先端、それは爪先という意味ではない。彼の左足の先端は膝よりも上にあった。おそらく先天的なものではない、包帯の様子から見て事故か何かで足を切断しなければならなかったのだ。それは腕も同じだ、右腕は肘下数センチから先がなかった。切断された手足に巻かれた包帯がほどけかけていることから、飛び降りのために塞がりきっていない切断面を床や壁や窓の縁に擦ったために出血しているのだろうと予想出来る。
「…………」
俺は正しいことをしたのだろうか、そりゃ倫理や法律や常識や良心に当てはめれば正しいことしたのだろう。
でも、この人にとっては?
彼は大怪我による激痛に耐えながら窓まで移動し、身を投げ出したのだ。まさに血が滲むほどの努力をして……俺はその努力を否定した。するべきだったとは思う、でも、自殺を考えた彼の心は俺への恨みと俺に感謝しなければならない空気に耐えられるだろうか。
「君達! 大丈夫か!」
「……! 早く来るです! にーに踏むするしたですぅ!」
いつかどこか俺の知らないところで知らないうちに死ぬんじゃないだろうか。俺の行動は無駄だったんじゃないだろうか。
「にーに怪我するしたです、早く治すです!」
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