魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第四十五章 消えていく少年だった証拠

魂を狩るモノ

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科学の国に集結した神降の国の王とその子供達。彼らは雷帝と名付けられた竜の額に乗り、醜く言い争っていた。

「アルテミスがまだ居たというのになんて攻撃をするんですか!」

「そうよ! アタシ達が軍に乗り込んでたらどうする気だったのよ!」

アポロンとアルテミスの怒りは自分達の位置を確認せず、竜に軍事施設を攻撃させたことだ。

「うっせーなー……お前らが軍の動き止めてりゃ基地破壊なんかやる必要なかった、誘導弾の回避に手間かけることもなかったんだ」

「誘導弾……そうだ、誘導弾は……来てませんね」

「市街地ど真ん中よ、避難完了もしてないのに撃つわけないでしょ」

竜がちょこんと座っている高層ビルの屋上まで車のクラクションが聞こえてくる。避難命令が出たことで渋滞が起こっているのだ。

「あの丸っこい飛んでくのは何なの?」

「アレはヘリコプターって言うんだ、大方金持ち連中だろうよ。落としてやろうか」

「……別にいい。兵器さえ破壊すればいいんでしょ、無駄な殺しはやめて」

「喧嘩売ったら一族郎党赤子まで皆殺しにすべきなんだよな、復讐されるかもしんねーんだからよ」

アルテミスは国王の考え方に一理あると思ってしまった自分ごと「最低」と罵り、そっぽを向いた。そしてその視線の先に向かってくるミサイルを捉えた。

「ちょ、ちょっと! まだ全然避難完了してないじゃない!」

「……重要人物が逃げられりゃそれでいいって訳ね。いい性格してるなー……雷帝どの、頼むぜ」

竜が横目で見ると真っ直ぐに飛んでいたミサイルは突然向きを変え、一帯で最も背の高いビルの中程に突き刺さった。

「ぅ、わっ……すごい爆風……!」

「崩れるんじゃないか……?」

「んー……刺さりが悪かったな。雷帝どの、太い柱とか狙えねぇか?」

二発目のミサイルも同じビルに突き刺さった。国王の狙いは竜には伝わらなかったが、ビルは崩壊を始めた。その瓦礫は渋滞の列の上に降り注ぎ、無数の車とその中の人間を潰してしまった。

「…………今、何人死んだの?」

「さぁな、ビルん中にも居ただろうし相当だろうよ」

「……同じ人間なのに、どうしてこんなこと」

「違う。アルテミス、同じ人間じゃない。思想も、信念も、何もかも違う」

「そういうことじゃなくて……」

「違わなきゃ戦争なんて起きねぇよ、同じじゃ進歩なんてしねぇけどな」

国王はふうとため息をつくと竜の角に縛って固定してあった三又の槍を手に取った。

「とぉ? 今度は何するの?」

「……言ったろ、喧嘩売ったら一族郎党赤子まで皆殺しだ。でなきゃ平和は永遠に来ない」

「…………そんな平和に価値なんかあるの?」

「俺らはともかく、子々孫々にはあるだろうよ」

天高く掲げられた槍の穂先を睨み、神力を集中させていく。そうしているうちに国王は目眩を起こしたが、槍を杖のようにして竜の角にもたれていた彼はふらつくことなく立っていて、子供達には気付かれなかった。

海神わだつみの槍……本領発揮、進歩し過ぎた文面を洗い流せ……!」

力を込めて槍を握った手はぶるぶると震えていた。槍から放たれた神力は海鳴りを起こし、海抜が低い科学の国に死の宣告として聞かせた。

「…………津波か……すごい、神具はこんなことまで……これは本当に人間がやっていいことなんでしょうか」

「少なくとも……この槍の神は許してる」

国王は竜の角にもたれたままズルズルと座り込む。

「とぉ? 大丈夫?」

「……あぁ、平気だ」

「気を付けなさいよね、もう歳なんだから、こんな無茶な神具の使い方したらぶっ倒れるに決まってるじゃない」

「…………あぁ、そうだな」

懐に隠していた煙草に火をつけ、曇天を見上げて煙を吐く──そんな国王の目に雲が割れるのが見えた。直後、真っ白い何かが高速で目の前を通り過ぎ、ビルの屋上に座っていた竜の身体がゆっくりと傾いていく。

「なっ、何!?」

「アルテミス、こっちに!」

アポロンはアルテミスを横抱きにして竜から飛び降り、ビルの屋上に着地し、足をくじいた。頑丈な神具使いだからその程度で済んだが、並の人間なら足を折っていただろう。

「雷帝どの? 雷帝どの、どうした!」

国王は額に乗ったまま竜に声をかけるが、返事はない。当然だ、もう死んでいるのだから。国王はギリギリまで粘ってから屋上に跳び、地面に吸い込まれていく竜を眉を顰めて見送った。竜は複数の車とその中の人間を潰し、角や鱗にヒビを入れた。

「……何者だ」

アポロンは片足に体重をかけて弓を番え、アルテミスはその隣で両足に体重をかけて弓を番えた。

『……死を司る天使、サリエル』

真っ白い長い髪を揺らし、同じく白い翼を広げ、大鎌を構えた。
サリエルの鎌は肉体ではなく霊体を切り、殺す。抜け出た魂は彼女の持つ小瓶に詰められて天界に運ばれる。雷帝と名付けられた竜の魂も瓶の中にあった。

「死……か、そうか」

サリエルは目に巻いていた白い布を解く。それを見た国王は慌てて不可視化の兜を被り、叫んだ。

「視認できない距離まで逃げろ!」

それを聞いたアポロンはアルテミスの手を掴み、建物内への階段へ繋がる扉の中に飛び込んだ。

『……どこかでお会いしましたか?』

眼窩のごとく光を反射しない漆黒の瞳は国王を探すが、兜の力で不可視となった国王を見ることはできない。

「いいや? ただ、目を隠してるってこたぁ目になんかあるんだろうなって思っただけだ」

『……そうですか』

居場所が分かっていようと視覚で認識できなければサリエルの『死与の魔眼』は発動しない。国王はそれをサリエルが鎌を構えたことで確信した。
クルクルと回転し、舞い踊るように鎌を振るうサリエル。鎌は正確に国王の急所を狙っていたが、国王は槍でそれを防いでいた。本来は物質をすり抜けるサリエルの鎌だが、神具である槍は神力の凝縮体であるため、簡単に弾かれてしまっていた。

『……このまま続けても長引くだけです、大人しく切られてください』

「ごめんっ……だね!」

キィンッ……! と高い金属音が鳴り、組み合った鎌と槍で同時に相手を押し、二人は離れる。サリエルは残念そうに「そうですか」と呟いた後、自身の羽根を毟り、翼をはためかせて風を起こし、屋上に羽根を舞わせた。

「……っ!?」

国王は何か羽根による攻撃があるのかと構えるが、ヒラヒラと舞う羽根は視界を邪魔するだけで何も起こさない。羽根に気を取られるうち、戦法を変えて足首を狙った鎌を防ぎ切れず、サリエルの鎌は国王の足首をすり抜けた。

「ぐぁあっ!? ぁ、な、何が……クソ、足の感覚が……」

肉体に損傷はないが、霊体の足首から下は切り落とされた。それによって国王には激痛と足の消失の感覚だけが与えられる。膝をついた国王の前に立つサリエルはそっと兜があるだろう辺りに手を伸ばした。

「くっ……全能神の雷霆!」

槍を振って兜に伸びてきた手を叩き、ふらつき、目の前に落ちた雷に本能的な恐怖を抱く。雷に打たれたサリエルは数秒間停止したが、再生を終えると抵抗する手も落とそうと鎌を振り上げた。しかし、それが振り下ろされるよりも先に銀色の矢が彼女の胸を貫いた。

「……遅いぞ、あのバカ共」

サリエルは声を上げることもなく再び停止した。彼女と国王が戦っていた屋上、その一階下では割った窓に向けて矢を放ったアルテミスがふぅっと息をついた。

「窓割るのに手間取っちゃったけど……とぉ、生きてる……よね?」

「当たったのか?」

「アルテミスの銀弓は必中即死、女に対してはね」

アルテミスの弓は女に痛みのない死を、アポロンの弓は男に痛みのない死を、それぞれ与える。一本ずつはその即死の効果で、無数に放てば疫病をばら撒く。

「しかし天使に効くかどうか……」

「あーもうじゃあもう一発やればいいでしょ!」

アルテミスは不機嫌に任せて再び矢を放つ。先に見てくるから待っていろと言うアポロンを突き飛ばし、屋上に向かった。
屋上では二射目を受けて倒れたサリエルと、彼女身体に鎌を何度もすり抜けさせている国王が座り込んでいた。

「……と、とぉ? 何してるの?」

「新支配者どのが天使の魂集めてたなーと……取れないかと思って」

霊体は細切れになっただろう頃、国王は鎌を捨てて槍を拾い、今度は胸辺りの皮と肉を裂いた。

「…………ぉ? これじゃないか?」

国王は細切れの霊体では包み込めなくなった魂を発見した、温かく優しい暗闇を宿した真球だ。国王は子供達が眉をひそめているのも気にせず、サリエルが太腿にベルトで取り付けていた小瓶をひとつ取り、彼女の魂を中に押し込んだ。
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