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第四十五章 消えていく少年だった証拠

一歩早い開戦

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赤い竜の額に乗ったセレナは眼下に広がる雲海を見て自分で空を飛んでいるような錯覚に陥っていた。

「すっげぇ……! 最高っ、めっちゃくちゃ気持ちいい!」

国王のようにベルトを着ける発想を持たなかった彼女は角にしがみついていた。魔力による肉体強化を生まれつき習得している武芸の国の民である彼女には容易なことだった。

『くるるるっ!』

竜はセレナの言葉を理解してはいなかったが、喜んでいるのは分かっていた。異種族の初めての友人を喜ばせられた喜びに満ちた竜は飛行速度を上げた。

「うぉっ……やべぇ、すっげぇ! すっげぇなお前! 最高! っと、そろそろだな、右に曲がって下降してくれ」

瞼の上あたりに生えている短めの角、二本あるその右側を掴み、右下に向かって押す。そうすると竜に要求が伝わり、竜とセレナは雲海に潜った。

「ひゃっふーっ! 冷てぇ! 雲って触ると濡れるんだなー、お、見えてきた見えてきた……アレだ」

濡れた赤い鱗は太陽光を反射して輝き、縦長の瞳孔は正義の国を捉えて膨らんだ。

「あの街の真ん中に降りてくれ、分かるか?」

瞼の上の角を掴んで細かく引っ張り、竜を正義の国の中心地に下ろした。竜は初めて見る建造物の様式に興味津々で、自分を恐れる人々に気付かなかった。

「よし…………聞け! 正義の国のボンクラ共!」

セレナは竜の額に立ち上がり、大剣を掲げて叫んだ。

「アタシはセレナ、セレナーデ・シュナイデン! 武芸の国の生き残り、てめぇらに復讐するドラゴンライダーだ!」

竜はサタンの憤怒が生んだ魔物、正義の国にとっては忌むべき怪物だ。そんな竜が現れては逃げ惑うばかりでセレナの口上を聞く者など居ない──いや、口上に応えるように演奏があった。エレクトリックギターの速弾きだ。

『くるる? くぅーるるぅっ!』

竜はその演奏に惹かれて頭を下げ、セレナは竜の頭から飛び降りてギターを弾く男に大剣を突きつけた。

「てめぇ……見覚えあるぞ」

太陽光を反射して白金に輝くブロンドは整髪料でも使っているのか刺々しい。耳どころか鼻や口にまでぶら下がったピアス、指輪に腕輪、服の装飾として垂れ下がった鎖、全ては銀製品のようでこれもまた太陽光を反射して眩く輝いていた。

「アタシの国でもそうやって急に路上ライブ始めてたよな、スターのくせによ……」

演奏が止み、髪と同じ色の瞳がセレナを射抜く。

『俺様知ってんのか? なら分かんだろ、ゲリラライブ中だ、復讐は明日にしな』

「余裕ぶっこいてられんのも今のうちだ!」

もはや鉄塊と呼んだ方が正しいだろう大剣が振られるが、男に当たることはなかった。竜が大剣の先端を噛んで止めたのだ。

「なっ、何すんだよ!」

『くるる!』

「鳴き声じゃ分かんねぇよ喋れよ!」

セレナがこの国に来た理由を理解していない竜は、戦争や敵味方の概念すら持っていない竜は、突然暴力的になったセレナを叱っているつもりで鳴いていた。

『……伝わったぜ、お前の魂の叫び』

「てめぇギター弾いてんじゃねぇぞ……クソっ、剣離せよ!」

再び始まった演奏に苛立ったセレナは大剣を力任せに引っ張るが、いくら肉体強化を日常的に発動させている彼女とはいえ竜の顎の力には適わない。

『平和主義者の純粋無垢な竜の心、この俺様が……神の雷霆、ラミエル様が受け取った。任せな、神憑り的なシャウトさせてやるからよ!』

男の──いや、ラミエルの頭上に光輪が浮かぶ。静電気を蓄えて広がった翼も現れ、彼の輝きが増す、紫電が彼を飾り立てる。

「やべっ……竜、剣離せ! 離せって……クソっ!」

セレナは大剣から手を離して跳躍してラミエルの翼から放たれた雷撃を避けた。雷撃は鉄塊である大剣へと一直線に進み、大剣を咥えていた竜を感電させた。

『きゅっ……!? ぎゅるるるぅっ!』

雲を突き抜けて鱗を濡らしていた竜の体表を無数の紫電の筋が走る。数秒と経たずに竜は地面にぐったりと横たわった。

『イーィねぇ、なかなかの断末魔だったぜ』

「てめぇ……よくもっ! コイツはお前に剣を当てないようにしたんだぞ!? なんで、なんでだよっ、なんでお前ら天使はいつもそう裏切るんだよ!」

『俺様の演奏に聴き入るような才能ある竜にシャウトを教えてやったんだよ、なんか文句でもあんのか?』

セレナは爪先で大剣を蹴り上げ、片手で掴んだ。

「……武芸の国は亜種人類を庇って滅びた。亜種人類の大半は創造神を信仰していた! てめぇらが来た時だってようやく差別から解放されるって喜んでたんだ! てめぇらそれを嬉嬉として殺していきやがった!」

『ははっ……よく覚えてるぜぇ、ザフィと組んで最大で最高のライブができるはずだったのによぉ、あのバカが蜘蛛ごときに手こずりやがってよ……おかげで大勢逃げおおせて……大失敗だった!』

ザフィの力で雨を降らし、そこに雷を落として大多数を感電させる。もしその作戦が成功していたら今の植物の国はなかっただろう。

「いちいちいちいちギター鳴らしてんじゃねぇよド下手くそがっ!」

ラミエルは自分のセリフや心境に合わせて即興で鳴らしていた。

『………………は?』

仕事をサボって弾き続けてきた彼のギターの腕前は人間では到達できない域に達していた。積み重ねられる年数、身体の性能からして当然とも言える。

「……んだよ、ムカッときたか? 何度でも言ってやるよド下手くそ! うるせぇだけ、速いだけ、自己満足のド下手くそ!」

ラミエルの翼が大きく広げられる。風で僅かに羽根同士が擦れ合う度にバチバチと音を立て、輝きを増していく。セレナは咄嗟に横たわっている竜を足場に跳躍した。雷撃が直線的にセレナに向かうが、悪運が強いのか彼女はそれを紙一重で躱し、三階建ての屋上に着地した。

『下手くそ? 下手くそだと、下手くそ……んな訳ねぇ、そんな訳ねぇ…………あの子が褒めてくれたんだ、下手くそな訳がねぇっ……!』

血走った目を見開いてセレナが逃げた方向を睨み、怒りを放出するように速弾きを始める。もはや人間には目で追うことすら適わない指は的確に弦を弾く。
冷静になれるまで弾き続けて、終わりを迎えてジャーンと長い音を鳴らし、弾きながら振っていた首を手前にだらりと垂れさせた。

『へへっ……タブリス、あの時よりずっとずっと上手くなったぞ……もういっぺん聞きに来いよ、お前の顔思い出せねぇんだよ……』

ラミエルの脳裏には初めて弦楽器を持った日のことが思い出されていた。
真面目な天使だった彼はタブリスに──『黒』に仕事をするよう注意しに行った。しかし彼女はちょうど飽きたからと楽器を渡し、弾いてみろと煽った。上手く弾けたら仕事をしてもいいと言って。楽器の持ち方も知らない初心者の演奏は酷いもので、『黒』は腹を抱えて笑い、満足して仕事を少しだけ進めた。
ラミエルの脳裏にはあの時の『黒』の笑顔があるはずだった、涙まで浮かべて顔を真っ赤にし、苦しそうに笑う可愛らしい彼女が居るはずだった。だが、存在が消えてしまった『黒』の姿を思い出すことはできない。しかしタブリスという存在は魔物使いに引き継がれたため、思い出だけは残っていた。

『さ、て……一回限りの新楽器のゲリラライブ、開催だぁ!』

彼女の顔を思い出すため、再び笑顔を見るため、いつかの再会を夢見てギターの腕を磨いてきた。そんなラミエルは帯電する翼で空を駆け、セレナの目の前に現れ、勢いそのままにギターを振り下ろした。

「クっ……ソ野郎がぁっ!」

頭部を狙ったギターを大剣で防ぎ、弾き飛ばす。

「それが大事な楽器の扱いかよ!」

『へっ、このギターがこの程度で壊れるかよ。これよりてめぇの剣の方がやべぇんじゃねぇのか?』

大剣にはヒビが入っており、ラミエルが指を鳴らすと四散した。しかし落ちることはなく空中に浮遊している。

「よくもアタシの剣を!」

大剣の破片の表面に紫電が走る。雷に近い速度に人間が対応できる訳もなく、雷を宿した剣の破片は顔を守ったセレナの左腕を貫いた。

「ぁああっ! いっ、てぇっ……クソっ!」

切れ味なんてなかった鉄塊だが、破片の先は尖っており、容易に刺さった。セレナは次に飛んでくるだろう破片を警戒して後ずさり、左右どちらにも跳躍できるよう足に力を込めた。しかし浮遊した破片が向かってくるよりも先に既に腕を貫いていた破片が動く。

『知ってるか? 電気流した鉄は磁石になるんだぜ』

セレナは適当な説明に苛立つ暇もなく、自身の腕に刺さった破片が磁力で屋上の柵に引っ付いたのを剥がそうと必死になっていた。しかし破片を掴んだ右手にも破片が刺さり、彼女は屋上の柵に標本のように留められてしまった。
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