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第三十九章 君臨する支配者は決定事項に咽ぶ
歌う子供
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とある日の早朝、僕は街を歩いていた。昨晩は珍しく忙しかったのだ。
神降の国が管理する港に鯨型の海洋魔獣が座礁したと要請を受け、慌てて向かって治療を施し海に戻し、群れとはぐれたと泣くその子の群れを探して届けて──今帰ってきたところだ。
『ぁー……服が磯臭い』
翼にも臭いが染み付いてしまっただろうか、街中で天使の翼をみだりに晒す訳にもいかないから今は確認出来ないけれど。
『あ、王様~!』
『王様だぁ、朝帰りー?』
歩いていると淫魔の少女達に声をかけられた。
『座礁鯨の救助でね……』
『ホントは風俗帰りだったりして~』
『えーやだホントだ海みたいな匂いするー!』
王になんてなってしまったからだろうか、街を歩くと絡まれるようになった。
『ねぇねぇ王様今度ウチの店来てよ~』
『あたしシフト夕方からなのー』
『子供産まれたばっかなの』
『なら尚更必要じゃない~?』
『奥さん相手してくれないでしょー』
『子育て中の浮気とか浮気の中でも最上級に罪重いよ』
『お店は浮気じゃないってぇ~』
『息抜きしなきゃあ』
『別のものも抜かなきゃね』
『やだー! 下品ー! あははっ!』
腕に絡み付かれてしまった。やはり飛んで帰るべきだったか。対策を考える僕をフラッシュが襲う。
『…………ええもん撮れたわ』
輸入品のカメラを確認して笑う長い黒髪を後ろでまとめたスーツ姿の男──いや、仕事の為に男装した茨木。
『ローズ様!?』
『ひぁあカッコイイ……』
『……お姫さんらまた来てな』
『きゃー! 私!? 私!?』
『違う! あたし! あたしよ!』
実は同性だというのにこのはしゃぎ様……人気があるようで何よりだ。いや、関心している場合ではない。
『茨木! 今のは違うって分かってるだろ、カメラ返して』
『嫌やわぁ頭領はん、何がちゃうん、うち何も言うてへんで?』
『イバラキ……?』
『え、本名? 本名?』
走って逃げないことから考えるに以前のように写真を晒して面白がるのではなく、僕を脅して遊ぼうとしている。仕方ない、乗ってやろう。彼女の口の上手さなら全員敵に回ってしまうだろう。
『…………何かして欲しいことでも?』
『ふふ……ふふふ、嫌やわぁ、頭領はん。そない怖い顔して。そんなまずい写真なん?』
『……君が撮ったんじゃなきゃ何にもまずくないんだけどね。何か要求あるなら言って』
『ふふ……要求やてそんなうちが脅してるみたいな……嫌やわぁ。せや……うちなぁ、お寿司食べれるようなったらえぇなぁってずーっと思ててん』
『………………妖鬼の国から職人引っこ抜いて来る』
『頭領はんはええ子やねぇ。お寿司屋さん出来たら写真消したるわ』
仕事が増えてしまった。しかし、こんな手まで使って食べたくなる物なのか。生魚と聞いて気乗りしなかったが興味が湧いてきた、クラールは魚好きだし物珍しさで人気店になるかもしれないしそうなったら僕にも多少は金が入るし──真面目に考えるべきだな。
『……にしてもキャーキャー言われてたね、すごい人気じゃん』
『ふふ、照れるわぁ』
少しも照れた様子のない、むしろ誇らしげな顔で言われても上手く反応出来ない。
『やっぱり女心分かってると強い、みたいな?』
『そない分かってへん思うけどなぁ』
『女の人なのに……?』
『へぇ……? ふふふ……』
他愛のない、少し嫌味を混じらせた会話を楽しみ、帰宅。
まだ誰も起きていない家は静か──いや、包丁がまな板にぶつかる音がする。フェルは朝食の準備中のようだ、近頃は平和だし子供達も連れてダイニングで食べようか。
そんなことを考えながら茨木と別れて自室に入ると、早朝とは思えない程の大騒ぎだった。
『クラール! シーツを破るなと……あぁ待て隙間に逃げるな! はっ、ドッペル、ハルプ……ま、待て! 飛ぶな! 危ない!』
『……ただいま』
『ヘルっ……ようやく帰ったか、助けてくれ!』
ベッドの下に潜り込んだクラールを捕まえてアルに引き渡し、ベッドの上──天蓋の支柱に絡まったドッペルを確保。
『きゃうぅ……おとーたぁ、たしゅー……け、てぇ』
『シーツもクッションも破っちゃダメでしょ? オモチャじゃないんだよ』
ドッペルを籠に入れ、アルに咥えられたクラールの頭を撫でて言い聞かせる。反省した様子を見せて解放されたクラールは僕の膝に飛び乗り、きゅんきゅんと甲高い声を上げる。
『ふん……そんなに強く噛んでいないだろう』
『す、拗ねないで、アル……』
『貴方に甘えたいだけだ。私は嫌われたようだな』
『好きって言ってたよ? ねぇクラールー? お母さん好きだよねー?』
クッションに顔を埋めるアルの頭を撫で、傍にクラールを降ろす。さて、ドッペルは──居ない。
『ドッペル!? ハルプ! どこ!?』
『またか! ヘル、上も下も見ろよ、隙間にも気を付けろ……ゆっくり動け、踏むなよ。窓は絶対に開けるな……』
慌てる僕達の背後でカチャンと窓の鍵が開く音がする。振り向けばカーテンの隙間から尾羽と翼がはみ出しており、それもすぐにするんと消えた。
慌ててカーテンを開け放ち窓の隙間から外に落ちていくドッペルを捕まえた。
『鍵をどうにか固めておけないか? ハルプが解けないように紐か何かで結わっておけばいいと思う』
『うーん……窓たまには開けたいけど、仕方ないね』
『それと、風切り羽を切ると言うのはどうだろう』
『それはちょっと可哀想かな……飛ぶ練習は要るだろうし。僕達が見てない間は飛んじゃ危ないって教えないと』
教える前に飛び回って怪我をするかもしれないし、ハーネスか何かを……いや、紐が絡まったら絡まったで危ないし……
『……とりあえず、ご飯食べよっか』
こんなことでは危険の多いダイニングでは食べられない。今日も食事は部屋に持って来よう。
肉が食べられるようになったアル用の生肉数キロ、クラール用のチキンスープ、ドッペルとハルプ用のゆでたまご、そして僕のハムサンド。一度に運ぶのは結構大変だ、トレイを使っても不安定。
少しだけ開けておいた扉の隙間に爪先を差し込み、足で開ける。部屋にはご飯と聞いてはしゃぐクラールとぽかんとした顔のアルが居た。
『アル、どうしたの口開けて。頭悪そうだよ』
口を閉じて視線で示す。その方を見ればドッペルがくねくねと……踊っている? 上手く動けないだけか? 何をそんなに驚くことがあるのだろう。とりあえず食事の時間だと伝えるために傍に寄る──何か聞こえる。
『ぴ、ぴ、ぴりりっ、ぴりっ、ぴり……』
『…………鳴いてる!?』
『あぁ……そうだ、急に鳴き出したんだ』
『えっ……え!? え……蛇……!』
蛇というものは甲高い声で歌うものだったかと伝えたかったのだが上手く言葉にならなかった。
『……ド、ドッペルー? ご飯だよ……?』
『ぴりり……ぴ?』
『…………ご飯、だよ?』
ドッペルとハルプは揃って首を左に傾げ、それから右にも傾げた。二つ頭が揃って傾く様は何だか面白いし、何より可愛らしい。
『……ぱ、ぱー』
『………………アル……! パッ、パ……パ……!』
『言いたいことは分かった、叫ぶなよ』
振り返った僕をしばらく見つめたアルは深いため息をつき、黒蛇で咥えてクッションを渡した。僕はそのクッションに顔を埋め、叫んだ。
『ハルプ、ドッペル、おいで。お父さんが食事を持って来てくれたよ』
『……ままー』
翼を軽く動かしながら身体をくねらせてアルの元に向かうドッペル。進行方向を決めているのはドッペルとハルプのどちらなのだろう。
『可愛いいっ……可愛いよねぇっ……! アルぅ……僕の子めっっちゃ可愛いぃ……』
『同じ気持ちなのだが、貴方がそうまで身悶えていると冷静になってしまうな』
子供達の食事の邪魔にならないようアルの背後に回り、我が子への愛を共有させる。
『パパって言ったよ? ママって言ったよ? 教えた? 教えてないよね……どこで覚えたのかなぁあぁもう可愛いよぉ……』
『……そういえば貴方の留守中に食事を持って来てくれた兄君が「パパとママは──」と何やら話していたような……済まないな、しっかりとは聞いていなかった』
肉に夢中だったと肉を貪りながら言うアルも可愛らしい。相変わらず顔を皿に突っ込むクラールも、詰まらないのかと心配になる食べ方をするドッペルとハルプも愛おしい。
強いて言うならば──ベッドの上で食べないで欲しい、それだけだ。
神降の国が管理する港に鯨型の海洋魔獣が座礁したと要請を受け、慌てて向かって治療を施し海に戻し、群れとはぐれたと泣くその子の群れを探して届けて──今帰ってきたところだ。
『ぁー……服が磯臭い』
翼にも臭いが染み付いてしまっただろうか、街中で天使の翼をみだりに晒す訳にもいかないから今は確認出来ないけれど。
『あ、王様~!』
『王様だぁ、朝帰りー?』
歩いていると淫魔の少女達に声をかけられた。
『座礁鯨の救助でね……』
『ホントは風俗帰りだったりして~』
『えーやだホントだ海みたいな匂いするー!』
王になんてなってしまったからだろうか、街を歩くと絡まれるようになった。
『ねぇねぇ王様今度ウチの店来てよ~』
『あたしシフト夕方からなのー』
『子供産まれたばっかなの』
『なら尚更必要じゃない~?』
『奥さん相手してくれないでしょー』
『子育て中の浮気とか浮気の中でも最上級に罪重いよ』
『お店は浮気じゃないってぇ~』
『息抜きしなきゃあ』
『別のものも抜かなきゃね』
『やだー! 下品ー! あははっ!』
腕に絡み付かれてしまった。やはり飛んで帰るべきだったか。対策を考える僕をフラッシュが襲う。
『…………ええもん撮れたわ』
輸入品のカメラを確認して笑う長い黒髪を後ろでまとめたスーツ姿の男──いや、仕事の為に男装した茨木。
『ローズ様!?』
『ひぁあカッコイイ……』
『……お姫さんらまた来てな』
『きゃー! 私!? 私!?』
『違う! あたし! あたしよ!』
実は同性だというのにこのはしゃぎ様……人気があるようで何よりだ。いや、関心している場合ではない。
『茨木! 今のは違うって分かってるだろ、カメラ返して』
『嫌やわぁ頭領はん、何がちゃうん、うち何も言うてへんで?』
『イバラキ……?』
『え、本名? 本名?』
走って逃げないことから考えるに以前のように写真を晒して面白がるのではなく、僕を脅して遊ぼうとしている。仕方ない、乗ってやろう。彼女の口の上手さなら全員敵に回ってしまうだろう。
『…………何かして欲しいことでも?』
『ふふ……ふふふ、嫌やわぁ、頭領はん。そない怖い顔して。そんなまずい写真なん?』
『……君が撮ったんじゃなきゃ何にもまずくないんだけどね。何か要求あるなら言って』
『ふふ……要求やてそんなうちが脅してるみたいな……嫌やわぁ。せや……うちなぁ、お寿司食べれるようなったらえぇなぁってずーっと思ててん』
『………………妖鬼の国から職人引っこ抜いて来る』
『頭領はんはええ子やねぇ。お寿司屋さん出来たら写真消したるわ』
仕事が増えてしまった。しかし、こんな手まで使って食べたくなる物なのか。生魚と聞いて気乗りしなかったが興味が湧いてきた、クラールは魚好きだし物珍しさで人気店になるかもしれないしそうなったら僕にも多少は金が入るし──真面目に考えるべきだな。
『……にしてもキャーキャー言われてたね、すごい人気じゃん』
『ふふ、照れるわぁ』
少しも照れた様子のない、むしろ誇らしげな顔で言われても上手く反応出来ない。
『やっぱり女心分かってると強い、みたいな?』
『そない分かってへん思うけどなぁ』
『女の人なのに……?』
『へぇ……? ふふふ……』
他愛のない、少し嫌味を混じらせた会話を楽しみ、帰宅。
まだ誰も起きていない家は静か──いや、包丁がまな板にぶつかる音がする。フェルは朝食の準備中のようだ、近頃は平和だし子供達も連れてダイニングで食べようか。
そんなことを考えながら茨木と別れて自室に入ると、早朝とは思えない程の大騒ぎだった。
『クラール! シーツを破るなと……あぁ待て隙間に逃げるな! はっ、ドッペル、ハルプ……ま、待て! 飛ぶな! 危ない!』
『……ただいま』
『ヘルっ……ようやく帰ったか、助けてくれ!』
ベッドの下に潜り込んだクラールを捕まえてアルに引き渡し、ベッドの上──天蓋の支柱に絡まったドッペルを確保。
『きゃうぅ……おとーたぁ、たしゅー……け、てぇ』
『シーツもクッションも破っちゃダメでしょ? オモチャじゃないんだよ』
ドッペルを籠に入れ、アルに咥えられたクラールの頭を撫でて言い聞かせる。反省した様子を見せて解放されたクラールは僕の膝に飛び乗り、きゅんきゅんと甲高い声を上げる。
『ふん……そんなに強く噛んでいないだろう』
『す、拗ねないで、アル……』
『貴方に甘えたいだけだ。私は嫌われたようだな』
『好きって言ってたよ? ねぇクラールー? お母さん好きだよねー?』
クッションに顔を埋めるアルの頭を撫で、傍にクラールを降ろす。さて、ドッペルは──居ない。
『ドッペル!? ハルプ! どこ!?』
『またか! ヘル、上も下も見ろよ、隙間にも気を付けろ……ゆっくり動け、踏むなよ。窓は絶対に開けるな……』
慌てる僕達の背後でカチャンと窓の鍵が開く音がする。振り向けばカーテンの隙間から尾羽と翼がはみ出しており、それもすぐにするんと消えた。
慌ててカーテンを開け放ち窓の隙間から外に落ちていくドッペルを捕まえた。
『鍵をどうにか固めておけないか? ハルプが解けないように紐か何かで結わっておけばいいと思う』
『うーん……窓たまには開けたいけど、仕方ないね』
『それと、風切り羽を切ると言うのはどうだろう』
『それはちょっと可哀想かな……飛ぶ練習は要るだろうし。僕達が見てない間は飛んじゃ危ないって教えないと』
教える前に飛び回って怪我をするかもしれないし、ハーネスか何かを……いや、紐が絡まったら絡まったで危ないし……
『……とりあえず、ご飯食べよっか』
こんなことでは危険の多いダイニングでは食べられない。今日も食事は部屋に持って来よう。
肉が食べられるようになったアル用の生肉数キロ、クラール用のチキンスープ、ドッペルとハルプ用のゆでたまご、そして僕のハムサンド。一度に運ぶのは結構大変だ、トレイを使っても不安定。
少しだけ開けておいた扉の隙間に爪先を差し込み、足で開ける。部屋にはご飯と聞いてはしゃぐクラールとぽかんとした顔のアルが居た。
『アル、どうしたの口開けて。頭悪そうだよ』
口を閉じて視線で示す。その方を見ればドッペルがくねくねと……踊っている? 上手く動けないだけか? 何をそんなに驚くことがあるのだろう。とりあえず食事の時間だと伝えるために傍に寄る──何か聞こえる。
『ぴ、ぴ、ぴりりっ、ぴりっ、ぴり……』
『…………鳴いてる!?』
『あぁ……そうだ、急に鳴き出したんだ』
『えっ……え!? え……蛇……!』
蛇というものは甲高い声で歌うものだったかと伝えたかったのだが上手く言葉にならなかった。
『……ド、ドッペルー? ご飯だよ……?』
『ぴりり……ぴ?』
『…………ご飯、だよ?』
ドッペルとハルプは揃って首を左に傾げ、それから右にも傾げた。二つ頭が揃って傾く様は何だか面白いし、何より可愛らしい。
『……ぱ、ぱー』
『………………アル……! パッ、パ……パ……!』
『言いたいことは分かった、叫ぶなよ』
振り返った僕をしばらく見つめたアルは深いため息をつき、黒蛇で咥えてクッションを渡した。僕はそのクッションに顔を埋め、叫んだ。
『ハルプ、ドッペル、おいで。お父さんが食事を持って来てくれたよ』
『……ままー』
翼を軽く動かしながら身体をくねらせてアルの元に向かうドッペル。進行方向を決めているのはドッペルとハルプのどちらなのだろう。
『可愛いいっ……可愛いよねぇっ……! アルぅ……僕の子めっっちゃ可愛いぃ……』
『同じ気持ちなのだが、貴方がそうまで身悶えていると冷静になってしまうな』
子供達の食事の邪魔にならないようアルの背後に回り、我が子への愛を共有させる。
『パパって言ったよ? ママって言ったよ? 教えた? 教えてないよね……どこで覚えたのかなぁあぁもう可愛いよぉ……』
『……そういえば貴方の留守中に食事を持って来てくれた兄君が「パパとママは──」と何やら話していたような……済まないな、しっかりとは聞いていなかった』
肉に夢中だったと肉を貪りながら言うアルも可愛らしい。相変わらず顔を皿に突っ込むクラールも、詰まらないのかと心配になる食べ方をするドッペルとハルプも愛おしい。
強いて言うならば──ベッドの上で食べないで欲しい、それだけだ。
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