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第三十九章 君臨する支配者は決定事項に咽ぶ

式の準備

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とある休日の昼間、アルは不機嫌だった。王城で服を着せられていたからだ。

『マンモン様……もう宜しいのでは?』

『ダーメ、サタン様からの言い付けなのよ』

突然マンモンに呼び出されたかと思えば無地の白布を被せられ、仮縫いのための採寸が始まった。僕も初めは訳が分からなかったが、王城に住み着いて働いている淫魔達に僕もサイズを測られ初めてしばらく、ようやく理解した。
これはウエディングドレスの制作準備だ、僕のは……スーツか何かだろう。順当なようなつまらないような、いや別にドレスが着たい訳でも華やかさが欲しいわけでもないけれど、ドレスに比べて色気がない。

『さぁ若君、私と一緒にお歌の練習です。いーろーはー……はいどうぞ』

『ぴー、ぴりー、ぴぴー……』

『わぅ……? ぁおぉーん……』

やはりドッペルは音感がいい、ハルプもだ。喉に位置するところはちゃんと分かれているようだし、ハーモニーにも期待出来る。しかしクラールは音痴のようだ、長い音を聞くと反射的に遠吠えで返してしまうようで、音程を合わせるという発想すらなさそうだ。

『はーいろは、ろいろー……はいどうぞ』

小烏もなかなか歌が上手い。流石は鳥と言うべきか、カラスは汚くがなるだけなんて言説は間違いだとよく分かる。

『ヘルぅ……窮屈だ、まだなのか?』

『んー……マンモンさん?』

『もうちょっと待ってねぇー』

蝶を模した仮面の下の瞳がギラっと僕を睨んだ気がした、口を出すな鬱陶しい……と言ったところか、温和な口調だろうと悪魔は悪魔だ。

『ゔぅー……わぅ、おとーたぁ、おとーたぁ、わぅわぅ』

『どうしたの、クラール』

『王様、動かないで……』
『手は上げたままで……』

『ご、ごめん……』

足に縋るクラールを抱き上げようとして、僕に巻尺を巻き付けている淫魔の青年達に止められる。アルが時間がかかるのは仕方ないにしても僕はそろそろ終わってもいいだろうに。

『若君、お歌を……』

『わぅ! いや!』

『ですが、妹様方はしっかりと……』

『やぁー! おとーた、おとーたぁ、ぁっこー!』

クラールが後ろ足で立ち上がって前足で僕の足を引っ掻く。採寸の青年達に目配せし、一時的に自由になった手でクラールを抱き上げる。

『歌は嫌い?』

『んーん』

ぷるぷると小さな頭が揺れる。

『嫌いじゃないの?』

『れん、しゅ……やぁー』

歌は嫌いではないが小烏に習うのは嫌だ、そんなところだろう。妹の方が上手いのも理由かもしれない。拙いだけでなく気持ちの言語化も不慣れなクラールの心を察するのは難しいけれど、小烏に任せるのが悪手だとは分かった。

『そっかそっか、じゃあ……うーん、何が好き?』

『おとーたぁ!』

『…………っと、危ない意識が……』

愛娘に好きな暇潰しを聞こうとして予期せぬ愛情表現を食らって昏倒しない親が居るだろうか、いや居るな、僕の親はきっとそうだ。アルなら居ないと言い張るんだろうな。
自分の両親や自分とアルの常識の違いを思い返して憂鬱になり、何とか意識を保つ。話せる程度に戻ったところでクラールに向けて笑顔を作る。

『そうじゃなくて、何して遊びたい?』

『おとーたとぉ、ひっぱぃー!』

『………………はっ! やばい意識無かった……えっとね、クラール、小烏と遊んでて欲しいんだ』

『……おとーた、ぁめ?』

『…………っ、ふぅ綺麗な川が見えた。えっとね、お父さんはしばらく動けないからね……』

『もう大丈夫ですよ王様』
『測り終わりましたー』

『……遊ぼっか!』

可愛さで僕の意識どころか生死すら危うくさせるクラールと遊ぶなんて自殺行為だ。だが何より甘美な死だ……なんて、冗談はここまでにして遊ぼうか。

『ロープ持って来てないなぁ……あ、メジャー貰っていい? ありがと』

巻尺を伸ばして四つ折りにしてキツく結び、輪にした方をクラールの前に。

『ドッペル、ハルプ、君達は──』

『ぴっ、ぴりちょ、ぴりり、ぴりりりりりぴっ……』

『──歌、好きなんだね。小烏、お願いね』

『はい、忠鳥小烏にお任せを!』

クラールと遊びながら横目でアルの様子を確認する。もう少しで終わりそうだ、終わったら機嫌を治すために何かしないと──ぼうっと考えている間ずっと聞こえていたドッペル達の歌声が途切れて、次いで聞こえた小烏の叫び声に巻尺を離した。

『しゅ、しゅ、主君ーっ! 主君! た、たっ、たた、大変です! 若君が、若君がぁ……』

勝ちに喜ぶクラールを放って小烏の方へ向かえば、ドッペルがぐったりと頭を垂らしていた。床には赤い斑点がある。

『と、突然血を吐いて……本当に、何の予兆もなくて』

『ドッペル、ハルプ! 聞こえる? 大丈夫?』

手のひらを広げて二つ首を乗せさせ、返事をしようとしたのかそれともただ咳き込んだのか口から溢れた血を受け止める。首に下げた石を引っ張り出して振り、ライアーが来ますようにと願った。

『ヘル、何があった』

『ぁ、アル……ドッペルとハルプが、何か……血、吐いたって……』

アルなら何か分かるかもしれない。手を突き出して二人を見せた。

『……ハルプ、ドッペル、どうした』

『ぴー……』

弱々しく鳴いて、また血を吐く。アルにも原因は分からないようだ。
我が子の血を見てまともに頭を働かせられない僕はただただ見つめていることしか出来なくて、ただ慌てているうちに隣に黒い青年が現れた。

『兄さんっ! 兄さん、この子……』

『待って、今治す……』

小さな魔法陣がライアーの指先に浮かび、魔法の輝きが消えるとドッペル達は元気になった様子で僕の指に身体を絡めた。

『ぁ……ありがとう、兄さん。本当に……ありがと』

『感謝する、兄君。原因は分からないか?』

『…………霊体の劣化に伴う肉体の衰弱、ってとこだね』

その言葉の意味は僕には理解出来なかったが、アルは硬直してしまった。

『ど、どういう意味?』

『霊体は分かる? 魂を包む魔力や神力の塊だよ。それの劣化……つまり、寿命』

『……………………は?』

意味は分かったけれど、原因も分かったけれど、納得出来ない。だって──

『この子、まだ……一ヶ月も』

──ドッペルとハルプは生まれたてじゃないか。それで寿命? 寿命は老体になるまで来ないものだろう?

『普通、寿命は種によって違うと言われるけれど、それはあくまでも肉体の限界に過ぎない。この子達に訪れようとしているのは霊体の限界。それが来る前に肉体が壊れたら死ぬけど、肉体が弱る前に霊体が崩れても死ぬ』

『……意味、分かんない』

『魂を持たない合成魔獣や魂を別のモノと入れ替えたキミには、そりゃ感覚的な理解は不可能だろうさ。ボクにも無理だね』

『…………何とか出来るの?』

『……可能な限り伸ばす、ってところかな。霊体を魔力でコーティングして肉体との繋ぎを代行、魂保護のための消費も抑えさせて……』

『やって!』

延命治療と言ったところか、やれることはやらなければ。一ヶ月も生きていないで寿命だなんて納得できる訳がない、老衰以外で死ぬなんて許せない。

『…………いいの?』

『何が! いいからやってよ!』

『……かなり苦しいよ。肉体で例えるなら全身拘束されて大量の投薬、呼吸制限をされ続けるようなものだ。歌えなくなるどころかまともに動けなくなる、五感を働かせるので精一杯、それでいいの?』

感情を込めずに伝えられた言葉に心が揺らぐ。僕自身がそんな状況になったら間違いなく死を選ぶけれど、それでも生きたいと思う人は居るだろうし、それはドッペル達かもしれない。

『……クラールは、クラールは……大丈夫?』

『ちょっと待って……んー…………まぁ、この蛇の子よりは長いね。でも……うーん、余命測るのは難しいけど、一週間から半年の間ってところかな』

『……そう』

僕の元に来なければ、違う者の子供だったなら、何年も何十年も生きていられたのだろうか。

『早いところ無理矢理延命させるか残り時間を精一杯楽しむか決めないとね』

子供達を撫でながら呟くライアーを横目に僕は未だに硬直しているアルを見て、不老不死について考え込む。
寿命を克服する術は時折聞く、アルは不死身だ。それを子供達に与えられないか、それを考える。知識が少なく回転も鈍い頭だが、今くらいは働いてもらわなければ困る。
僕は自身を必死に鼓舞し、絶望を押しのけて思考を進めた。
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