魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
697 / 909
第三十八章 乱雑なる国家運営と国家防衛

父母との再会

しおりを挟む
僕の視線に笑みを返したマンモンは鞄を床の上に開き、内側の深淵を僕達に見せた。

『国を呪った悪魔の拠点には魔界に近い穴蔵があるものなのよぉ、国を覆うだけの魔力が必要だもの、当然よね。無意識にそこを選んでるのよ、だーかーらー、ここにも当然あるわ』

『はぁ……今魔界関係あるんですか?』

『あるわあるわ、大ありよぉ、だって拡張や改造は魔界の王の十八番よぉ? それもリリンなら殊更、サタン様じゃなきゃね』

背の高い男の姿から発せられる甲高い声にいつまでも慣れず違和感を覚えつつ、メルは魔界最深部の魔力濃度に耐えられるのだろうかと彼女を見る。メルの顔色はもう悪かった。

『サっ……サタン様に、会わなきゃならないの?』

マンモンを前にした今もそうだがメルはベルゼブブなど上級悪魔に会う時は常に緊張している。家にベルフェゴールが居て平気なのか心配なくらいに。頂点であるサタンに会えと言われているのだから当然震えるくらいに緊張してしまっているのだろう、そんな僕の予想は外れた。

『リリス様にも……会うの』

『さーぁ、あの女浮気性だからな。ま、とにかく善は急げ、鞄に入って入ってかわい子ちゃん達ィ』

『……嫌っ、ま、待ってください……ワタシ、あの人達には』

『…………いいっから早く入れやクソアマぁ!』

怒鳴るマンモンを宥めていると、メルは自分を抱き締めるように肩に手を置き、そっと鞄の前に踏み出した。

『行けオラ』

そしてマンモンに突き飛ばされ鞄の内側へ吸い込まれるように落ちて行った。

『ちょっ……メル!? なんてことを……』

魔力濃度に耐えられるか分からないのにいきなり突き飛ばすなんて。抗議しようとした僕はマンモンに蹴られて転んでメルの後を追った。

『よっこら。ったくめんどくせぇ役ばっかだなクソが。これはサタン様に特別手当貰わないとやってられないわねぇ』

荒々しい口調と演技がかった口調を混ぜ、鞄を閉じたマンモンは元アシュ邸の地下の最奥にある魔界に通じる穴へ向かった。

『はぁーいサタン様ぁ! んー……違う。よぉサタン元気かクソ野郎……ぁーダメダメ死ぬわコレ。うっふん……ぁっむり。んー、んー……いい挨拶ないかしら』

真っ暗闇の中に放り込まれたかと思えば突然光が差し込み、ゴツゴツとした手に掴まれて闇から引きずり出され、マンモンが挨拶を考える様子を眺める羽目になった。

『……あの、マンモン? メルは……』

『あの子リリンでしょぉ? こんなとこ放り出したら死んじゃうわよ』

『ここどこ?』

『簡単に言えば魔王城の客間ね』

僕が入れられていたらしい鞄は開いたまま隣にある、中にはまだメルが居るのだろうか。
客間だというこの場所の絢爛豪華な様子には目が回りそうだ。あまり使われているようには見えず、何だかもったいない気までしてきた。

『お待たせ致しましたー、下級悪魔用高濃度魔力遮断装置、お持ち致しました!』

『よぅ久しぶり、そこ置いてけ』

『久しぶりだと言うのに冷たいですね、サタン様の側近であるこのマスティマに媚びを売っておいて損はありませんよ?』

『媚び売る時点で損なんだよクソが』

代車に人が一人入る程度の大きさの鳥籠に似た物を載せて運んで来たのは翼も角も無い金色の短髪の女。

『……マスティマ?』

『お初にお目にかかります魔物使い様! 私はマスティマ、サタン様の側近です、今後よろしくお願いしますね』

よくもまぁ平気で自己紹介が出来るものだ、前世の僕を殺し、悪魔を裏切り続けているくせに。

『…………そう、よろしくマスティマ』

『ええ、ええ! よろしくお願いします! で、下級悪魔の改造でしたっけ? それこれに入れますので出してくださいな』

それ、と言うのはメルのことか。マスティマが裏切り者だと知っているからなのか少しの言葉遣いにも腹が立つ。マンモンは鳥籠の中で鞄を逆さにして振り、メルを落とすと扉を閉めた。

『え……? ここは……ぁ、だーりん! あっ、ちが、えっと、魔物使い様! ここ、まさか』

『魔界だよ。落ち着いて、その中なら大丈夫らしいから』

マスティマも悪魔の前ならサタンの側近のままでいるだろう、メルに危害を加えられる心配はないはずだ。

『おや、リリムですか。いつの子でしょう』

『知らねぇよそんなん。いいからとっとと謁見させろやクソ野郎』

『相変わらず口が悪いですね、泣きますよ』

『……やめろクソが』

マスティマは代車を押して先導する。僕はメルの不安そうな視線も気にせず、じっとマスティマの背を睨んでいた。動きやすそうな黒のドレスには肩甲骨を露出させる穴が開いている、悪魔も翼を持つ者は多いから不自然ではないのだが、そこから生えるであろう天使の翼を想像すると今すぐにでも皮を裂いて骨を抉りたくなる。

『サタン様ー、マンモンと魔物使いとあとなんかリリムです!』

長い廊下を抜け、何枚も扉を抜け、見覚えのある玉座の間に。サタンは玉座に腰掛けていて、僕達を見てため息をついた。

『……何用だ』

『はぁーいサタン様ぁ、お久しぶりですぅ、お元気でしたか? 手間を取らせて申し訳ないのですがぁ、今日はこのリリンを改造して頂けないかと』

『…………何故』

妖鬼の国で会ったサタンとは威圧感が全く違う、真っ直ぐ見ることすら難しい。サタンほど強い悪魔にも慣れてきたと思っていたのはただの勘違いだった、分身だから弱く感じていただけだ。

『アシュメダイが失踪したのはご存知かと思います、サタン様はアレの制作に難儀しているとか。ですのでコレを改造し、似たようなモノになればと。この者はかつてお菓子の国を治めていた者ですし、手腕はあるかと』

『……ほぅ?』

気だるげだったサタンが眉を少し上げた。興味を惹かれたのはお菓子の国の件だろうか。

『…………ふむ、マスティマ、もっと近くに』

マスティマは代車を押してメルをサタンの傍にやった。メルは鳥籠の壁に背を預け、後ろ手に柵を掴み、震えている。

『……こっちへおいで、愛娘よ』

サタンは優しい声色でメルに──待て、愛娘だって?

『……マ、マンモン、マンモンっ……ねぇ、メル、いやリリムって種族……』

『サタン様とリリスの娘よ?』

『…………うわ』

サタンは娘を産ませては人界に捨てていると言っていた。リリムは最も人間に近い悪魔で、他の悪魔や人間にまで殺されることも多いと聞く。生き辛い人界に捨てられたメルは親を恨んでいたし、それ故に世界征服なんて言い出したようなものだし……あぁどうしよう、相性が悪いぞ。

『よく生きていたな、ほらおいで、もっと強くしてやろう。そうすればもう貴様を脅かすモノなど居なくなる』

『ま、な……娘?』

『……どうした? リリム、余の愛娘よ、もっと近くへ』

サタンは鳥籠の扉を開け、手招きをした。

『籠の中ではやりにくいのでな、一時的に余の周りの魔力濃度を下げた。抑えるのは放つより面倒だ、早くこちらへおいで、手間取らせるな』

メルは覚束無い足取りで籠を出てサタンの前に立つ。手も足も全身が震えていた。サタンがメルから目を離し、その手に黒い炎を揺めかせたその時、パァンと破裂音にも似た音が鳴った。

『……っそだろあのリリン』

『私逃げますね!』

『待てクソ野郎! 俺もっ……魔物使い、お前もだよ!』

メルがサタンの頬を平手で打った。マスティマが扉に体当たりをして逃げ、マンモンは僕の腕を掴んだ。僕はその手を振り解いてメルの元へ走った。

『ふざけないでっ……愛娘? 嘘言わないで、ワタシ、アナタの顔も知らなかったっ……捨てたくせに、今更、使えそうになったからって……そんな優しいこと言って、どうせ、また……』

メルの言葉を止めるような真似は僕には出来ない。僕がやるべきなのはサタンが逆上してメルに手を上げた時に盾になることだけだ。僕はそっとメルの斜め前に立ち、叩かれて顔を斜めに俯かせたまま動かないサタンを見つめた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

【薬師向けスキルで世界最強!】追放された闘神の息子は、戦闘能力マイナスのゴミスキル《植物王》を究極進化させて史上最強の英雄に成り上がる!

こはるんるん
ファンタジー
「アッシュ、お前には完全に失望した。もう俺の跡目を継ぐ資格は無い。追放だ!」  主人公アッシュは、世界最強の冒険者ギルド【神喰らう蛇】のギルドマスターの息子として活躍していた。しかし、筋力のステータスが80%も低下する外れスキル【植物王(ドルイドキング)】に覚醒したことから、理不尽にも父親から追放を宣言される。  しかし、アッシュは襲われていたエルフの王女を助けたことから、史上最強の武器【世界樹の剣】を手に入れる。この剣は天界にある世界樹から作られた武器であり、『植物を支配する神スキル』【植物王】を持つアッシュにしか使いこなすことができなかった。 「エルフの王女コレットは、掟により、こ、これよりアッシュ様のつ、つつつ、妻として、お仕えさせていただきます。どうかエルフ王となり、王家にアッシュ様の血を取り入れる栄誉をお与えください!」  さらにエルフの王女から結婚して欲しい、エルフ王になって欲しいと追いかけまわされ、エルフ王国の内乱を治めることになる。さらには神獣フェンリルから忠誠を誓われる。  そんな彼の前には、父親やかつての仲間が敵として立ちはだかる。(だが【神喰らう蛇】はやがてアッシュに敗れて、あえなく没落する)  かくして、後に闘神と呼ばれることになる少年の戦いが幕を開けた……!

処理中です...