魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十八章 乱雑なる国家運営と国家防衛

酒色というもの

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食べ終わったクラールの体は濡れタオルで吹いてやる必要がある、アルに似たのか口周りだけでなく額や前足まで汚してしまうからだ。今日はひっくり返ったから特に汚れた、背中までべっとりだ。

『よし、綺麗になった。元通りの美人さんだよークラールぅー、もう本当美人~、アルに似て美人~、かーわーいーぃー』

『きゃうぅ……わぅっ! や!』

湿った毛皮に頬擦りをすると後ろ足で顔を蹴られてしまった。

『……欲目だとは思うんだけどさ、狼の美醜って人間が見て分かるものなの? っていうか感覚同じなの?』

『私は人間に造られ人の中で育ったからな、感覚は人と同じだと思う。美醜は……まぁ、私は美しいぞ』

『お姉ちゃん何気にナルシストなんだよねー……』

濡れタオルと食器を片付け、愛しい家族の会話を眺める。

『お兄ちゃんお兄ちゃん、狼ってどういうのが美しいってなるの? 具体的にお願いね』

アルを指そうとした手を押さえられ、仕方なくその手をクラールの背を撫でるのに戻した。満腹になったら眠るを繰り返すクラールは今回の寝床を僕の膝に決めたようだ。

『んー、まずここの鼻筋? が真っ直ぐ通ってること。重要なのは目かな、目の周りの筋肉。この辺が垂れてると情けない感じになる。口の締まりも重要だね、普通にしてたら分からないけど歯並びとかも。耳も立ってるのがいいかな、折れてるのも可愛いけど美しいのはってなったらやっぱりピンとしてるのがいいよね。あと鼻の形と色……ぁ、先っぽね。あとは全体的なバランス、スタイルだね、足の長さ胴の細さ尻尾の角度姿勢全部に最良のバランスがあって──』

『あ、ありがとうお兄ちゃん……なるほど、って感じ……うん』

『弟君、話が長い上に中身が無く何が言いたいのかすら伝わらないと思ったらそう伝えてやってくれ』

『いや僕そこまでは思ってないよ!』

そうだそうだ、確かに話は長かったが中身は詰め込んだし「アル最高」と言いたいだけなのだから伝わるはずだ。
そんな楽しい昼下がり、ダイニングの扉が開いたかと思えばメルが入ってきた。

『メル、おかえり。今昼休み?』

『ええ、ちょっと用事があって……』

メルは僕の膝の上のクラールに一瞬視線を移し、ぎゅっと目を閉じた後仕切り直しとでも言わんばかりの笑みを浮かべた。

『用事の前にとりあえず、おめでとう! だーり………えっと、魔物使い様、の方が……いいかしら』

散々呼んできたくせに何を急に気遣っているのだろう。

『別に僕は何でもいいけど』

そっとアルの頭を撫で、アルに聞けと無言で伝える。メルはアルに視線を移した後、また微笑みを作り直した。

『……お、お祝いはまた今度送らせてもらうわ。えっと、用事ね。マンモン様が魔物使い様に会いたいって言ってるの。すぐにでも来てくれって』

『マンモンが……? 分かった。じゃあ、えっと……うーん、アル、クラールお願い出来る? 手が空いてたらフェルにもお願いしたいんだけど』

『任せて、僕、並行作業は得意だから』

そう言いながらフェルは足を溶かして体積を増やし、僕の背の高さにまで黒く粘着質な液体を盛り上がらせると更にそれを二つに分裂させた。玉虫のような輝きを見せていた黒い塊の形が少しずつ整い、フェルが三人に増えた。

『僕風呂とトイレ』
『じゃあ僕窓と廊下』

そして増えた二人は掃除の役割分担を宣言する。

『僕は姪っ子見てるから、お願いね僕達』

『……僕もそっちがいいな』
『あ、僕も』

『わがまま言わないでよコピー達』

『はぁ? 君もコピーだろ』
『僕達の立場は同じはずだろ』

家事を分担出来るのは便利そうだと思っていたが、喧嘩が始まった。フェルにとってのコアは脳だけれど、その脳ごと増えているのならもうオリジナルの区別は付かない。何気に恐ろしい事のような……

『助けてお兄ちゃぁん! 僕達が僕を虐めるんだ!』
『あっずるい! お兄ちゃん、この僕は一番ずるい奴だよ!』
『僕がオリジナルなのにぃ……何とか言ってやってよお兄ちゃん!』

もう初めから居たフェルがどれなのか見分けがつかない。

『こ、交代でやれば……?』

『……なるほど!』
『流石お兄ちゃん!』
『ありがとう! 家のことは任せて!』

今はかなり見た目は変わったとはいえかつての自分が三人に増えて手を振っているのは感想に困る光景だ。アルも難しい表情をしている。僕は混沌とした光景から逃げるようにメルと共にマンモンの元へ向かった。彼は元アシュ邸に居るらしい。

『そういえばさ、ベルゼブブはどうなったの?』

『出ていかれたんじゃないの? 見てないわよ』

『あれ、来てない? そっか……』

僕を気味悪がって離れたのなら僕が居ない間は居るのではとの予想は外れた。それならこの国の呪いを管理するものはマンモン一人になる。兄もしばらく居なかったしマンモンも娯楽の国があるから間隔があるだろうし……もしやその件だろうか。
その予想は大当たり、元アシュ邸に着いてマンモンに再会した僕は考えていた通りの話を聞いた。

『にいさまが帰って来たからとりあえず呪術陣とかのサポートはいいけど……』

『属性の変質が出来たとしても、元になる『欲望の呪』がなけりゃどうしようもないわよねぇ』

『……ぁ、ベルフェゴール連れて来ましたけど』

『欲望の呪』というのは八つの呪いのことだろう、そんな僕の予想は外れた。

『彼女はむしろ相殺しちゃうわよぉ。欲望よ欲望、寝たいとかじゃない、物が必要になってくる欲望。性欲には道具や他者が必要、食欲には食物が必要、強欲には物が必要……ベルフェゴールのなんざ寝るだけのスペースありゃいいんだろ? 高級布団が欲しくなるー、とかならまだ良かったんだがなぁあの約立たず』

ベルフェゴールの力が逆効果なら、彼女の魔力が漏れ出さないよう食事や献血は減らそう。

『嫉妬は微妙なとこだが居ねぇし憤怒はやべぇ、傲慢は割といい線行くかもだがありゃ協力しねぇ。ねぇ魔物使いくぅん、何か心当たりのある悪魔居ないのぉ? このままじゃこの国廃れちゃうわよぉ』

欲を煽って性風俗店に誘い込むのはどうかと思う手法だけれど、それをしなければこの国は保てない。この国が廃れていくのは僕も困る。別の拠点を……なんて真似はしたくない、アシュが居なくなったのは僕の責任なのかもしれないのだし。

『酒呑もセネカさんもそんな感じじゃないし……アル達も違う、兄さん……は何かやばそうだし、うーん……メル、君の魅了の術ってどうなの?』

『え? ワ、ワタシ?』

『ァん? そうか、お前リリンか。ならイイかもな』

淫魔……と言う呼び方をメルは嫌っているけれど、近い種族なのは確かだ。アシュは最上級の淫魔のようなものだろう、知らないけど。メルならアシュの代わりを果たせるのではないか、そんな単純な予想は大当たり。

『けど魔力が弱いわねぇ、量も濃度も質も国を任せるには足りないわ』

『そこはにいさまが……』

『それを鑑みても足りないのよぉ。そうそう……貴女細かい作業は得意? 魔術回路とかどう?』

『え、えっと……ま、魔術回路を組むのは好きで……よくやってました』

僕が貰った角飾りもその作品の一つなのだろうか。

『それはイイわ。じゃあ器を拡張して絶対量を増やして、濃度に耐えれるように改造すれば完璧ね。イケそうよ魔物使いくぅん』

しっかりとは理解出来なかったが何か恐ろしい言葉が並べられた気がする。

『大丈夫なんですか? 拡張とか改造とか……怖いんですけど』

『平気よぉ、サタン様よくやってるから。むしろ彼の本業はそっちよねぇ』

『……メル、どうする? 嫌ならやめてもいいけど』

『…………やるわ。このまま約立たずで終わりたくないもの。それに……国を丸ごと誘惑出来るようになれば世界征服も間近じゃない』

その微笑みはどこか痛々しい。だが、本人がやると言うなら仕方ない。無理に止めれば心の方に深い傷を残すだろう。それに酒色の国の繁栄を保つには他にいい手が思い付かない。
僕は覚悟を決めたメルの瞳に気圧され、拡張だか改造だかを促す視線をマンモンへやった。
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