魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第三十三章 神々の全面戦争

三神性

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バアルの見た目はベルゼブブにそっくりで、それを言えばバアルは怒り狂う。それは「半分」に何か関係があるのだろうか。

『……気になるなら聞けばいいんじゃない? トール』

『何だ』

『電気、流してあげて』

分厚いグローブに包まれた手が結界に触れる。すると結界の内側に電撃が幾度となく走る。

『どう? 自分も持ってる属性で痛めつけられる気分は。やめて欲しかったら質問に答えて?』

『ふざけ、るっ……な…………出せこのウジ虫がぁっ!』

『……トール、出力上げて』

『ぁ……あっ、ぐっ……ま、待て、分かっ──』

『トール、もっと』

『ゃ、やめろ……ぁあぁぁあっ!?』

結界を叩く手、足、頭。のたうち回る壊れた身体は黒く焦げていく。その凄惨な様子、叫び声、そしてそれを眺める兄の表情に周囲に居た者は顔を青くした。

『ふふ……トール、もっと、もっとだ』

トールは表情を変えることなく兄の指示に従っている。

『……ん、強過ぎたかな。もう少し下げて……そう、そのくらい』

叫び声が途切れ途切れになると兄は出力を下げさせ、バアルが反応できるギリギリを探った。そんな兄を呆然と眺めているとアルテミスが僕の腕を強く掴んだ。

「何とかしなさいよ、あれじゃ何も聞き出せない」

「でも……怖い。にいさま止めてきてよ」

「アンタの兄貴でしょ!? アンタが止めなさいよ!」

「にいさまだから怖いんじゃないかぁ! にいさま止めるなんて無理だよ、怖いもん!」

「なっさけない……」

アルテミスの蔑むような目は僕から僕の背後に移り、驚愕と恐怖に見開かれる。僕の腕をすっと離し、アポロンの背に隠れた。

『…………怖いの?』

彼女の行動の理由はすぐに分かった、僕の背後に兄が移動していたのだ。

「ぁ……に、にいさま。違うんだよ、その……」

『………………お兄ちゃん、怖い?』

兄は無表情のまま首を傾げる。

「…………怖い」

僕に暴力を振るわなくなった、それは確かだ。僕を優しく守ってくれている、さっきも助けようとしてくれていた。けれど、それでも、過去は消えない。垣間見える残虐性が恐ろしくてたまらない。

『……ごめんね、ヘル』

君には何もしないから──なんて言い訳をすると思っていたけれど、兄も僕が過去を反芻して怖がっているのだと察して、僕に触れることもなくただ一言謝った。

『…………トール、もういいよ。そろそろ話す気になっただろ』

トールに雷撃を止めさせ、結界を足蹴にする。

『聞こえてたよね? 半分が何とかって……自分のことなら分かるだろ? 僕はどうでもいいんだけど、みんな聞きたいみたいだから話してもらえる?』

兄が他人のために何かをするなんて今まででは考えられなかった。変わったのだ、今度こそ、本当に。性懲りも無くそう確信し、恐る恐る兄の手を握った。

『ヘル……! ふふ……』

ローブの中に隠され、暗闇と温もりに包まれる。微かな隙間から外を覗き、バアルの説明を聞く。

『……そもそも私は創造神の子供なんですよ、そう、この世界における最も正当な神性なんです。でも代替わりはなくただふらふらさまよって、砂漠の国以前にも幾つもの国で崇められて…………そのうち正義の国だとかに敵視されるようになって、そいつらの歪んだ信仰心と嘲りのせいで……バアル・ゼブルは…………ゼブブに歪んだ。そう、ベルゼブブ……あのクソ女、クソ小バエですよ』

黒焦げの指先が結界を引っ掻き、眼球が溶けおちた眼孔が憎悪を孕む。

『それでも何とか砂漠の国の神々の一柱になれたのに、正義の国がうちの信者虐殺したせいで人界への干渉権限を失って……少ない信仰でも何とか喚び戻されてようやくツキが回ってきたと思ったのに!』

黒焦げの拳が結界を叩き、崩れた。

「太陽神筆頭の神々の信仰者はもう随分少ない。元々不完全な神性しか喚べなかった……って訳だな、喜べ、砂漠の国からの神性はもう来ない」

『誰が不完全だぁっ! 小バエ如きがっ……私を見下すな! 私は崇高なる男神だ、私を崇めろ!』

王の言葉に怒り狂って結界を叩き、自らの身体を崩していく。その様は痛々しく、とても見ていられない。

「しかし、面倒だな。属性が追加されたり分かれたりした神性が別々の顕現を持ってるとなると……」

「完全には消せない、ですよね」

「もう片方が捕まえられればいいんだが」

もう片方……ベルゼブブを殺させる訳にはいかない。彼らには言わないでおこう。もう一度人界への干渉権を喪失させるか、封印すればいいだけの話だ、何も完全に消す必要はない。

「待てよ、ベルゼブブ……どこかで聞いたな。そうだ、新支配者殿、あなたに聞いたな」

『僕? 何も言ってないけど?』

「いや、だから新支配者殿……ヘル? だったか。確か、酒色の国の管理者を聞いた時……だったかな」

ローブを捲り、王が僕の顔を覗く。どう言い訳しよう、僕の仲間だと言えば殺すなんて言い出したりはしないだろうか。返答に悩んでいるとベルトに下げたぬいぐるみが震え出した。

「す、すいませんちょっと待ってください」

紐を解き、ぬいぐるみを顔の傍に持っていく。

「ヘルだけど……えっと、誰?」

『──ヘルシャフト様? 今どこです? 雨止んで呪い安定したんですけど……何か山消えてますし先輩は部屋にこもってボーッとしてますし……貴方何かやりました? 早く帰ってきてください──』

なんというタイミング、連絡してきたのはベルゼブブだった。

「ぁ、その、ごめん、もう少しかかるから」

『──はぁ? ああそうですか。行きましょうか? 兄君と一緒みたいですけど、私の方が早く終わらせる自信ありますよ──』

「いや、大丈夫、もうすぐだから……」

「誰と話してるんだ?」

王がじっと僕を睨む。すると突然視界が黒く染まった。兄がローブの前を閉めたらしい。

『人の服の中覗かないで欲しいんだけど?』

「こっちも重要な案件なんだ。男の服の中なんか覗いて何が楽しい、可愛い女の子のスカートなら顔突っ込みたいけどな、上着のくせに文句言うな、新支配者殿を出してくれないか」

『…………新支配者殿ってヘルのことだったの?』

ベルゼブブを何とか納得させ、兄の背後からローブを捲って外に出る。ヘルメスに視線を渡し、王達から少し離れて耳を借りた。

「……ベルゼブブっていうの、僕の仲間なんです。この間の晩餐会で視界を借りてた悪魔なんです」

「え、神様から分かれたのに悪魔になってるの? 何それ……上位存在って訳分かんないなぁ、でも……そっか、とぉの命の恩人ってことだよね?」

「そうなりますね。だから、その……殺すとかは」

ベルゼブブがスープの中に入った呪いに気が付いたから王がそれを飲まずに済んだ。それを言えば王も殺すなんて言い出したりはしないだろう。

「ま、そもそも……殺せる? って話だよね。ヘルシャフト君が連れてた悪魔ってことは、かなり強いんでしょ?」

「あ、はい……多分魔界で二番目くらい……本人は一番だって言ってますけど」

僕はベルゼブブが殺される危険性ではなく、それを言われたベルゼブブが王達に攻撃する危険性を重く見ている。ある意味では信頼だ、神具があってもベルゼブブを殺すのは不可能だろう。魔力切れなら人間でも狙えるかもしれないが、神降の国には人が多い。最悪、この国が喰われる。

「……ま、そもそも完全に消す気はないと思うよ。別に旨みないし……それこそ砂漠の国の神々や信仰者に恨みを買う。どこかで寝首を掻かれるかもしれない」

「ならいいんですけど……」

チラ、と新支配者という呼び名について争う王と兄を見る。そんな尊大なあだ名が自分のものだと信じて疑わないなんて流石は兄だ。しかし、どうして僕にそんな呼び名が付いたのだろう。ナイのせいだったか? よく覚えていないな。過去を見たり生まれ直したりで数百年を過ごしたようなものなのだ、それ以前の記憶が薄れて当然だろう。

「神性さえ抑えれば何とかなるし。砂漠の国は……侵略しても意味ないしなぁ、あんな砂漠だらけの島……まぁ、攻撃しなくなるまでは攻めるって感じかな? 忍び込んで武器食料燃やすとか……今全力を注ぐべきは骸骨とか山の神とか獣人の扱いとか、そっちだよね」

そうだ、バアルとの戦闘で骸骨から魔力を奪う余裕がなくなって再生されてしまっていたのだ。結界があるから中に入ってくることはなくても、対応は必要だ、酒色の国に流れるかもしれない。
兄に相談しようと振り返ると、丁度消えていく結界が目に飛び込んできた。
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