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第三十章 欲望に満ち満ちた悪魔共
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真実を話しても嘘吐きだからと信じられないなら、その反対を言えば真実と見られるだろうか。兄としての役割が多く出てしまって、嘘吐きとしての役割が上手く果たせない。どうしてヘル君はボクをliarなんて呼んだんだろう。
「この身体を傷付けない方がいいよ? ヘルシャフト君の意識は一応半覚醒くらいにはなってるんだしさ? キミ達に与えられた痛みはボクが身体から出た後も覚えてるよ」
兄として弟に怪我をさせる訳にはいかない、無傷で返さなければ。アルを助けたらすぐに出ていくつもりだったのに、半覚醒状態で上手く外の出来事を認識していない彼が妙な言動をしないようにとタイミングを伺っていたから無用な危機を招いてしまった。
「それに、ボクは悪い邪神じゃないんだ、そう虐めないでよ」
無害をアピールした瞬間、兄がベルゼブブを突き飛ばし、フォークをボクに向かって押し込んだ。尖った先端は硬い壁を容易に進み、折られた二本の突起の断面が首の皮を傷付ける。
流れ出ていく血が見えた、やめろと叫びたかったがフォークを更に押し込まれて声が出せなくなる。酷い血だ、鋭い痛みだ、弟にこんな扱いをするなんて──やはり、この男は兄に相応しくない。
『兄君! 何をするんだ、今すぐ手を離せ、ヘルが死んでしまう!』
アルは兄の──いや、エアの腕に食いつく。あぁ、いじらしい。あの子はペットに相応しいな……え? ペットじゃない? あぁ、そう、ごめん。家族だね、家族。
『聞いただろ! 悪い邪神じゃない……この口癖の神を僕は知ってる!』
『……私も知ってまーす。兄君、撥ねちゃってください。結界張れば魂逃げませんし、魔法なら蘇生出来ますから』
ボクが不審だからだとか、ヘルに早く戻って欲しいだとか、そういう心持ちではなくただ単純にボクという神性への恨みで動いている。ボクが持つボクに関する情報は酷く少ない、多くの顕現を持ちボクもその一つだということ──そして人間に邪神呼ばわりされていること、その二つだけ。何故恨まれているのかも分からないのに、こんな扱いを受けるなんて…………そう、幼い頃からそうなんだね、ヘル君は。
『…………セネカ、まだ、まだ…………今よ!』
『てりゃっ! 狼さん、今のうちに!』
間抜けな掛け声と共にセネカはエアに体当たりを仕掛ける。エアの意識がセネカに逸れた隙を狙って、アルがフォークに噛み付き、引き抜いた。
『ヘル! ヘル……カルコス! 早く治せ!』
丁度いい、逃げるとしようか。石の中に帰ろう。今度出る時はヘルの身体を使わずに──何か人形でもあればいいんだけれど。
ん? あぁ、犬神、キミも石に入る? 休眠状態の方がヘルに負担はかからないよ。
……あぁ、そう。キミは自我が無いんだったね。
ぱっくりと裂けたヘルの喉から血に混じって黒い霧が吹き出す。霧は首にかかったライアーの形見の石に吸い込まれ、その直後にカルコスが傷を完治させた。
『…………間に合った、か?』
アルとカルコスは不安そうにヘルの顔を覗き込む。ヘルが咳き込んで、寝返りをうって静かな寝息を立て始めると二人の顔も緩んだ。
『……間に合ったな』
『あぁ、良かっ……間に合って当然だろう! この神獣カルコスが術をかけたのだからな!』
『ああ、感謝する、兄弟』
『もっと褒め……ぇ? 兄弟? 今兄弟と言ったか?』
アルはヘルを尾で器用に背に乗せるとエアとベルゼブブを睨み付ける。その二人も負けじとアルを睨んでいた。
『……兄君、ベルゼブブ様、今の自分自身の行動を省みて……その結果を後日私に伝えてください』
『…………キマイラが偉そうに……』
『貴様等から反省が伺えるまでヘルに近付く事を許さん。ヴェーン、貴様もだ、いいな』
アルは物陰に隠れていたヴェーンも睨む。酷く消耗していた彼はベルゼブブの気が立っていると感じ取って離れたのだ。
『セネカ、メル、着いてこい。カルコス、クリューソスを呼べ』
ふいとリビングに背を向け、アルはヘルの部屋に向かった。本当にヘルを守る気がある者だけをヘルに近付ける、そう静かに誓った。
気が付けば僕は自室のベッドで眠っていた。ヴェーンの家なのに自室と言ってしまうのもどうかと思うけれど──
「……アル」
隣に伏せていたアルを呼ぶと、そっと胴に絡めた尾の締め付けを強くした。
僕は眠る前何をしていたんだっけ。アシュに襲われて、皆に助けられて何とか逃げて、そうしたら今度はアルが攫われて……兄さんに頼んで取り返してもらった。
そう、ライアー兄さん。優しい優しい僕の兄。豊穣の神に教わった力の使用で疲れた僕の代わりに僕を果たしてくれた兄、そんな僕を一方的に疑って僕を殺そうとした実の兄とは大違いだ。
『……ヘル、兄君には暫く会わせんぞ、いいな』
黒い瞳が僕を射抜く。責められているようにも感じるこの真っ直ぐな視線は本当は僕の瞳に見蕩れているだけ。可愛い子だ。
『独断で済まないが、理由が有るんだ。それを貴方に説明するのは……気が進まない』
「知ってるよ、殺そうとしたからだろ?」
『覚えているのか? 半覚醒だとは言っていたが……本当に?』
「んー……うん、何て言うのかな、ほら、本読んでる感じ。追体験? って言うのかな。感触とか痛みとかは僕にもあったんだけど、話したり動いたりは出来なくて、眠る直前みたいなボーッとした感じがずっと続いててさ」
身体を共有していた間、思考やその時に使った知識も共有した。ベルゼブブや兄が僕にした所業はもちろん、アルがアシュに何をされそうになっていたかも……全て分かっている。
「……アル。アルにこうやって触れていいのは、僕だけだからね」
ふわふわと柔らかい毛並みを撫でて、僕の頭の二、三倍はある大きな頭を抱き寄せて、ぴくぴくと動く耳に囁く。
こうしていると狼としてしか扱えないけれど、その心根は僕に恋してくれている女の子。それなら他の生物に触れさせる訳にはいかない。
『ガキ、我が毛繕いするのも駄目か』
ぼふ、と腹にアルよりも大きな頭が置かれる。
「カルコス……いや、アルを舐め回されるのは、ちょっと」
『駄目か? 毛繕いだぞ?』
『…………今まで貴様にされた覚えは無いぞ、何故気にしているんだ』
いつ部屋に入ったんだ。扉が開く音はしなかったぞ。会話を聞かれていたと思うと先程の発言が恥ずかしくなってくる。
『下等生物の感覚から言えば自分の雌を他の雄に舐め回されるのは耐え難いものだろう。もうその雌を見たくもなくなるような拒絶反応を示すはずだ』
『そうなのか、面倒臭い生き物だな』
『体毛が脆弱だからな。毛繕いなんて愛撫にしか感じんのだろう。まぁ……愛情が無ければせんが、下等生物で言うとスキンシップの範囲だ、ペッティングではないな』
『なぁ、私は貴様等に毛繕いされた記憶もした記憶も無いぞ、何故その話題を出した』
クリューソスも居るのか。部屋に魔獣が三体とはなかなかに暑苦しい。
『……愛情が無ければせんと言っただろ』
『単純に考えても吐く量が倍になるんだ、やりたくない』
『…………ふん、ヘルに整えてもらえば毛玉を吐く必要などないのにな……愚かな猫共だ』
アルは少し拗ねたように僕の胸元に顔を埋め、兄弟達を煽る。クリューソスがアルを妹と呼んだり、アルもカルコスを兄弟と呼んだり、本心では思いあっているようだが何故か彼ら同士は素直ではない。
しかし……アルはいつも自分で整えていないか? 僕が撫でた後を重点的に舐めてはいないか? アルの頭を抱き締めたままそう尋ねるとアルはくぅんと鳴いて前足を腕に添えた。
『貴方が毛並みを乱すから……貴方には最も美しい私を見て欲しいから……別に、貴方の手が汚いなんて思ってはいない』
『ハッ! 聞いたか下品な襟巻き! 犬らしい情けない鳴き声を! なんと無様な……同じ場所で生まれたとは知られたくないな!』
暫しの静寂の後、カルコスはボソッと呟いた。
『…………まさか我に話し掛けたのか?』
『お前以外に襟巻きが居るのか?』
自慢の鬣を下品な襟巻き呼ばわりされて、カルコスが怒らない訳がない。喧嘩の気配を察知した僕は素早く起き上がり、二人を見つめた。
「 仲 良 く 、ね」
妖鬼の国で鬼達と玉藻に使った手だ。牙を剥いていた二人は訓練したように同じ動きをしてカーテンを開き、陽光の元で丸まった。
事前に収められたと安堵の息を吐く──そして、窓の反対側にお菓子を食べるメルとセネカを見つけ、その息を呑み込んだ。
「この身体を傷付けない方がいいよ? ヘルシャフト君の意識は一応半覚醒くらいにはなってるんだしさ? キミ達に与えられた痛みはボクが身体から出た後も覚えてるよ」
兄として弟に怪我をさせる訳にはいかない、無傷で返さなければ。アルを助けたらすぐに出ていくつもりだったのに、半覚醒状態で上手く外の出来事を認識していない彼が妙な言動をしないようにとタイミングを伺っていたから無用な危機を招いてしまった。
「それに、ボクは悪い邪神じゃないんだ、そう虐めないでよ」
無害をアピールした瞬間、兄がベルゼブブを突き飛ばし、フォークをボクに向かって押し込んだ。尖った先端は硬い壁を容易に進み、折られた二本の突起の断面が首の皮を傷付ける。
流れ出ていく血が見えた、やめろと叫びたかったがフォークを更に押し込まれて声が出せなくなる。酷い血だ、鋭い痛みだ、弟にこんな扱いをするなんて──やはり、この男は兄に相応しくない。
『兄君! 何をするんだ、今すぐ手を離せ、ヘルが死んでしまう!』
アルは兄の──いや、エアの腕に食いつく。あぁ、いじらしい。あの子はペットに相応しいな……え? ペットじゃない? あぁ、そう、ごめん。家族だね、家族。
『聞いただろ! 悪い邪神じゃない……この口癖の神を僕は知ってる!』
『……私も知ってまーす。兄君、撥ねちゃってください。結界張れば魂逃げませんし、魔法なら蘇生出来ますから』
ボクが不審だからだとか、ヘルに早く戻って欲しいだとか、そういう心持ちではなくただ単純にボクという神性への恨みで動いている。ボクが持つボクに関する情報は酷く少ない、多くの顕現を持ちボクもその一つだということ──そして人間に邪神呼ばわりされていること、その二つだけ。何故恨まれているのかも分からないのに、こんな扱いを受けるなんて…………そう、幼い頃からそうなんだね、ヘル君は。
『…………セネカ、まだ、まだ…………今よ!』
『てりゃっ! 狼さん、今のうちに!』
間抜けな掛け声と共にセネカはエアに体当たりを仕掛ける。エアの意識がセネカに逸れた隙を狙って、アルがフォークに噛み付き、引き抜いた。
『ヘル! ヘル……カルコス! 早く治せ!』
丁度いい、逃げるとしようか。石の中に帰ろう。今度出る時はヘルの身体を使わずに──何か人形でもあればいいんだけれど。
ん? あぁ、犬神、キミも石に入る? 休眠状態の方がヘルに負担はかからないよ。
……あぁ、そう。キミは自我が無いんだったね。
ぱっくりと裂けたヘルの喉から血に混じって黒い霧が吹き出す。霧は首にかかったライアーの形見の石に吸い込まれ、その直後にカルコスが傷を完治させた。
『…………間に合った、か?』
アルとカルコスは不安そうにヘルの顔を覗き込む。ヘルが咳き込んで、寝返りをうって静かな寝息を立て始めると二人の顔も緩んだ。
『……間に合ったな』
『あぁ、良かっ……間に合って当然だろう! この神獣カルコスが術をかけたのだからな!』
『ああ、感謝する、兄弟』
『もっと褒め……ぇ? 兄弟? 今兄弟と言ったか?』
アルはヘルを尾で器用に背に乗せるとエアとベルゼブブを睨み付ける。その二人も負けじとアルを睨んでいた。
『……兄君、ベルゼブブ様、今の自分自身の行動を省みて……その結果を後日私に伝えてください』
『…………キマイラが偉そうに……』
『貴様等から反省が伺えるまでヘルに近付く事を許さん。ヴェーン、貴様もだ、いいな』
アルは物陰に隠れていたヴェーンも睨む。酷く消耗していた彼はベルゼブブの気が立っていると感じ取って離れたのだ。
『セネカ、メル、着いてこい。カルコス、クリューソスを呼べ』
ふいとリビングに背を向け、アルはヘルの部屋に向かった。本当にヘルを守る気がある者だけをヘルに近付ける、そう静かに誓った。
気が付けば僕は自室のベッドで眠っていた。ヴェーンの家なのに自室と言ってしまうのもどうかと思うけれど──
「……アル」
隣に伏せていたアルを呼ぶと、そっと胴に絡めた尾の締め付けを強くした。
僕は眠る前何をしていたんだっけ。アシュに襲われて、皆に助けられて何とか逃げて、そうしたら今度はアルが攫われて……兄さんに頼んで取り返してもらった。
そう、ライアー兄さん。優しい優しい僕の兄。豊穣の神に教わった力の使用で疲れた僕の代わりに僕を果たしてくれた兄、そんな僕を一方的に疑って僕を殺そうとした実の兄とは大違いだ。
『……ヘル、兄君には暫く会わせんぞ、いいな』
黒い瞳が僕を射抜く。責められているようにも感じるこの真っ直ぐな視線は本当は僕の瞳に見蕩れているだけ。可愛い子だ。
『独断で済まないが、理由が有るんだ。それを貴方に説明するのは……気が進まない』
「知ってるよ、殺そうとしたからだろ?」
『覚えているのか? 半覚醒だとは言っていたが……本当に?』
「んー……うん、何て言うのかな、ほら、本読んでる感じ。追体験? って言うのかな。感触とか痛みとかは僕にもあったんだけど、話したり動いたりは出来なくて、眠る直前みたいなボーッとした感じがずっと続いててさ」
身体を共有していた間、思考やその時に使った知識も共有した。ベルゼブブや兄が僕にした所業はもちろん、アルがアシュに何をされそうになっていたかも……全て分かっている。
「……アル。アルにこうやって触れていいのは、僕だけだからね」
ふわふわと柔らかい毛並みを撫でて、僕の頭の二、三倍はある大きな頭を抱き寄せて、ぴくぴくと動く耳に囁く。
こうしていると狼としてしか扱えないけれど、その心根は僕に恋してくれている女の子。それなら他の生物に触れさせる訳にはいかない。
『ガキ、我が毛繕いするのも駄目か』
ぼふ、と腹にアルよりも大きな頭が置かれる。
「カルコス……いや、アルを舐め回されるのは、ちょっと」
『駄目か? 毛繕いだぞ?』
『…………今まで貴様にされた覚えは無いぞ、何故気にしているんだ』
いつ部屋に入ったんだ。扉が開く音はしなかったぞ。会話を聞かれていたと思うと先程の発言が恥ずかしくなってくる。
『下等生物の感覚から言えば自分の雌を他の雄に舐め回されるのは耐え難いものだろう。もうその雌を見たくもなくなるような拒絶反応を示すはずだ』
『そうなのか、面倒臭い生き物だな』
『体毛が脆弱だからな。毛繕いなんて愛撫にしか感じんのだろう。まぁ……愛情が無ければせんが、下等生物で言うとスキンシップの範囲だ、ペッティングではないな』
『なぁ、私は貴様等に毛繕いされた記憶もした記憶も無いぞ、何故その話題を出した』
クリューソスも居るのか。部屋に魔獣が三体とはなかなかに暑苦しい。
『……愛情が無ければせんと言っただろ』
『単純に考えても吐く量が倍になるんだ、やりたくない』
『…………ふん、ヘルに整えてもらえば毛玉を吐く必要などないのにな……愚かな猫共だ』
アルは少し拗ねたように僕の胸元に顔を埋め、兄弟達を煽る。クリューソスがアルを妹と呼んだり、アルもカルコスを兄弟と呼んだり、本心では思いあっているようだが何故か彼ら同士は素直ではない。
しかし……アルはいつも自分で整えていないか? 僕が撫でた後を重点的に舐めてはいないか? アルの頭を抱き締めたままそう尋ねるとアルはくぅんと鳴いて前足を腕に添えた。
『貴方が毛並みを乱すから……貴方には最も美しい私を見て欲しいから……別に、貴方の手が汚いなんて思ってはいない』
『ハッ! 聞いたか下品な襟巻き! 犬らしい情けない鳴き声を! なんと無様な……同じ場所で生まれたとは知られたくないな!』
暫しの静寂の後、カルコスはボソッと呟いた。
『…………まさか我に話し掛けたのか?』
『お前以外に襟巻きが居るのか?』
自慢の鬣を下品な襟巻き呼ばわりされて、カルコスが怒らない訳がない。喧嘩の気配を察知した僕は素早く起き上がり、二人を見つめた。
「 仲 良 く 、ね」
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