魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十八章 神降の国にて晩餐会を

紹介

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空間転移特有の浮遊感が終わり、靴が地面と音を鳴らす。音と踏み心地からして石畳だろう。神降の国に着いたのだ、国のどこかは分からないけれど。

『……えっと、お城行けばいいの?』

「うん、王族の人と知り合いだから……頼んでみる」

『ダメだったら勝手に持って帰ろっか』

「う、うん……」

コツコツと革靴の音を鳴らし、兄は通りを進んでいく。

「ちょ、ちょっと待ってよ!  見えないんだって……手、引いてよ……」

『え、あぁ……ごめん、忘れてた。ほら』

手首に何かが巻き付く。まさか──紐でも巻かれたのか?  そんな犬の散歩みたいな。
巻き付いた紐らしき物をもう片方の手で調べる。柔らかく弾力があり、湿っていて、蛞蝓でも撫でているかのような不快感がある。

「何これ……」

『触手。髪伸ばしたやつ』

「手繋いでよぉ!」

兄は僕の懇願を無視し、何の遠慮もなく進んでいく。手を気遣いなく引っ張られ、僕はふらふらと進む。城が見えてきたと兄が言った直後、僕は何かにつまづいて転んだ。

『何してんの?』

手を地面につき、周りの音を聞き、理解する。ここは噴水がある広場のようなもので、噴水の近くは一段高く作られているのだ。

『行くよ』

手首を引っ張られて立ち上がり、進む。街の喧騒が遠ざかり、静かな道を歩く。しばらくするとまた何かにつまづく。階段があったらしい。

『……どんくさいなぁ』

目が見えていない弟に対して気遣いが足りない、いや、無い。

『…………上り切ったら治してあげるから、引き摺っていい?』

「ダメだよ!?」

『はぁ……じゃあどうすればいいの?』

面倒臭そうに声を低くして吐き捨てる。
どうして兄の方が機嫌を悪くするのか甚だ疑問だ。

「おぶってよ……」

『えぇ……』

「僕目が見えてないんだよ!?  なのに何も言わず行こうとしたり手ぐいぐい引っ張ったり、段差とか階段とか教えてくれなかったり、それで転けたら何してるのとか鈍臭いとか……酷いよ!」

『………………酷い?』

兄の手が階段に座り込んでいた僕の頬に触れる。途端に肘や膝に感じていた痛みが消える。

『酷い、の?  僕…………ヘル、お兄ちゃん嫌い?』

意地悪だとかではなく、本当に僕の状態を頭に入れていなかっただけなのか?  それはそれで怖い。

「……おぶってよ」

『それしたら懐いてくれる?』

「…………下ろす時に投げたりしなかったらね。他にも色々、もうちょっと僕を丁寧に扱ってよ」

『分かった……乗って』

兄に背負われ、階段を上る。幼い頃を思い出すような──そんな心地好い揺れだ。しかし、僕の体を支えているのは腕ではなく触手らしい。安定感はあるが、不快感もある。

『着いた、下ろすよ』

「うん……っ!?」

パッと全ての触手を離し、背筋を伸ばす。
僕は座っているような体勢のまま落とされて尾骶骨と石畳に打った。

『もうちょっとで着く……何してんの?』

「丁寧に、してって……言ったよね?」

『……丁寧じゃなかった?』

「なかったよ!  痛い……もう、早く治して!  治したら手を繋いで僕を連れてって、いい、手だよ、手!  触手はしまって!  人間らしく振舞って!」

常識がないなんてものではない。やはり二人で来たのは失敗だった。このままでは悪魔や天使より先に兄の無遠慮に殺される。

『触手便利なのに……ま、仕方ないね。ほら、手』

「う、うん……あんまり引っ張らないでね、歩幅合わせてね。僕も出来るだけちゃんと歩こうとはするから、努力は汲み取って欲しいな」

魔物使いと言うだけあって魔性以外との視界共有は出来ないらしい。牢獄の国では兄の魔力を奪ったり封印していたりしたそうだから、兄の視界を借りられてもよさそうなのだが──魔眼がなければ干渉出来ないのだろうか。
歩きながらそんな話をした。

『魔物使いの魔眼は支配の魔眼。魔力支配の性質を持つ魔力で、魔物以外……人間にも使えるみたいだけど、魔力が少ない人間では魔物ほど絶対的な命令は下せない、らしいよ。だからまぁ、魔眼があって君が怒って我を失ってる時くらいかな?  だってさ』

「……誰かに聞いてるの?」

『ん?  あぁ……これ。蝿さん』

蝿?  まさかベルゼブブか?  瓶ごと持ってきていたのか。兄らしいというか何と言うか、反応に困る。

「つ、連れてきたの?」

『石のこと知ってるのは彼女だけだし、僕を少し喰わせれば戦力にもなるだろうし』

「……見せないようにね?」

『瓶大きくて持ち運びにくいからお腹に入れてる。多分見えないよ』

もう少し人間らしくして欲しい。スライムなのだから体内に収納するのはお手の物だろうけど、元人間としてやらないで欲しい。

『着いたね。どうするの?  門勝手に開けていいの?』

「ダメだと思うよ、呼び鈴とかないの?」

ガシャガシャと金属の擦れ合う大きな音が鳴る。

「なっ、何?」

『鈴なんか見つからないから門揺らしてる』

「やめてよ!  ねぇ、待って!  やめてってば!  怒られるよ……やめてって!」

兄の腕を引っ張る。すると音が止んだ。僕の言うことを聞いてくれたのかと思ったが、どうやら違うらしい。

『誰?』

「……いや、こっちの台詞なんだけど。何、王城の門揺らす不審者って……見たことないんだけど」

『あ、説明しておくね、ヘル。門の上に変な人が立ってる』

この城の門はそんな分厚くなかったと思うし、先端は槍のように尖っていたはずだが、乗れるものなのか?  乗れたとしても乗るものなのか?

「…………あれ?  君、もしかしてヘル君?」

「えっ?  ぁ……ヘルさん?」

よくよく聞けば覚えのある声だ。

「やぁ久しぶりだね……の前に、このやばそうな黒髪ボブのイケメンは誰?  顔良くてムカつくんだけど」

「あ、兄です……」

「えっ……あぁ、似てる…………って、にぃに射殺されるよ?」

「今日はそういうんじゃなくて、ちょっとお願いがあって……」

「お願い?  いいよいいよ、君は恩人だからね。出来ることなら何でも協力する。とりあえず入って」

キィィ、と甲高い不愉快な音が鳴る。門が開かれたらしい。ヘルメスの先導で兄に手を引かれ、歩く。
前にもお茶会をした中庭で、規模は小さいが似たような茶会を開きながら話を聞くとの事だ。

「……ところでさ、ヘル君。目の色変わった?  刺青?  カラコン?」

「あ……義眼です。色々あって目が無くなっちゃって」

「はっ……!?  ぁ、そ、そう?  お大事に……」

まぁ、しばらくぶりに会った顔見知りが目を無くしていたら驚くか。

「見えてるの?」

「何も見えてないですよ」

「……大丈夫?」

「あんまり、ですね」

アルやヴェーンが居ればある程度平気なのだが、兄だけだと危険だ。段差も壁も教えてくれない。

「……まぁ、それはまた今度。えっと、ボブさん」

『ボブって呼ぶのやめてくれない?  何なのそれ』

「え、ボブじゃん」

『ボブじゃない。っていうかボブって何』

「髪型……」

そんな名前があったのか。単に短くも長くもない中途半端な髪型だとだけ思っていた。

「じゃあ、ヘル君かっこ大かっことじる」

『……ヘルが小で僕は中だろ。エアでいいよ、様付けね』

「ん、じゃあエア」

『様を付けなよグラデーション頭』

「で、ヘル君。お願いって何?」

ようやく本題に入れる。髪型だの身長だの髪の色だの、心底どうでもいい。
僕は移身石を貰えないかと直球で尋ねてみた。まだ王族になって日が浅いヘルメスならそう忌避感もないだろうとの判断だ。最初に彼に会えたのは僥倖だった。

「あー、あったねそんな石。使うよりかなり多く採れるし……別にいいと思うよ」

「本当ですか!?  ありがとうございます!」

「何で石のこと知ってるの?  あれ、王族だけに伝わってる物だよ?  国民も知らないはずだけど」

そんなに秘匿性の高い物だったのか。さて、どう言い訳しよう。

『……恋人に送る宝石何がいいかなって魔法使ってみたらそれが出てね』

「魔法……あぁ、そう……そういう術からは隠せないよね。ま、隠す必要もそんなにないと思うけど」

流石は僕の兄と言うべきか、適当な誤魔化しは得意らしい。

「採掘場所とかは知らないんだよねー。にぃに聞いてみるね」

「あ、お願いします……」

「うん。後さ、ちょっと近々舞踏会があって……ゴタゴタしてるから、手間取っちゃうかも。待ってもらってもいいかな?」

『出来るだけ早くして欲しい』

「にいさま!  あ、えっと……大丈夫ですよ、待ちます待ちます」

そうしてお茶会は終わり、僕達は客室に通された。ヘルメスは相談してくると去って行き、僕はソファの上でクッションを抱き締める。

『……やっぱり勝手に持って行った方が楽だったんじゃないかなー』

そんな呟きを聞きながら、兄の肩に頭を置き、仮眠を取った。
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