魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十二章 鬼の義肢と襲いくる災難

粗暴な嘘

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警官は酒呑の頭に巻かれた布を不思議そうに眺めながら、他の客にもしていた質問を始めた。

「お名前は?」

『……ジャハチ』

「ジャハチさん?  そちらの合成魔獣は……」

『タロや。あー、ほら、この国の最高傑作のん居ますやろ。アレのパチモン。頭も身体もよっわいけど可愛らしやろ』

「はぁ、えぇと、先程事件があったのですが──」

適当な偽名と嘘にアルは少し混乱していたが、頭が痛いので大人しく抱かれていた。

「監視カメラありましたー」
「映像まわしまーす」

埃をかぶったカメラを警官がパソコンに繋ぐ。その映像は警官一人一人が持った端末に転送される。
酒呑に話しかけていた警官はその映像──ヘルが男に腕を掴まれている場面を見せた。

「この少年に見覚えは?」

『ヘルだ!』

アルはその映像を視界の端に捉え、叫んだ。

「…………ヘル?  お知り合いで?」

酒呑が頭の中で立てていた計画が崩れていく、自覚なく失言をしたアルの頭を抑え、酒呑は不審に思われないギリギリの長さで言い訳を考え、酒を一口飲んで答えた。

『隣座っとったガキンチョですわ。ここに来る途中一緒なって……ちょっと話しとっただけやけどタロはえらい懐いとったなぁ』

「そうですか……何か覚えていることはありませんか?」

『あぁ?  せやなぁ、確か今日の夜に船乗るゆーっとったかな』

警官はそれを聞き、慌てて他の警官に伝え、無線で本部にも伝えた。
酒呑は警官が離れた今のうちにアルに念押ししておこうとする──が、別の警官に肩を叩かれた。

「これ、あの男の子と同じ子だと思うんだけど」

年配の警官は酒呑に数枚の画像を見せた。それはヘルが過去にこの国に来た時、アルを珍しがった市民に撮られた写真だった。

「この子のそばに居るの、その合成魔獣と同じ子だと思うんだけど」

『……タロは一点物やありませんからなぁ』

「その子、データがない。アルギュロスのコピー商品なんて発売されてない……みたいなんだよね」

優しい声色のまま嘘を暴いていく警官を酒呑はじっと睨みつける。警官はまた違う画像を見せる。それは空港の監視カメラに映ったヘル達だった。

「それとね、これは空港の写真なんだけど、君彼と一緒に来てるんだね」

『あぁせやった、船も一緒で……』

「まだあるよ、君のパスポートは神降の国出身ってなってるんだけど」

警官は端末を操作し、酒呑のパスポートのデータを表示させる。機械に詳しくない酒呑もあっという間に身元が割れたという事実の恐ろしさは分かった。

「君の言葉、妖鬼の国の古い言葉だと思うけど、若そうなのに知ってるんだね、妖鬼の国に渡航履歴はないのにね」

『あー、ぁー、ほら、本で読んで……気に入って……』

「君、名前シュテンっていうんだね。部下にはジャハチ名乗ってたと思うけど」

嘘が乱雑過ぎた、もう少し練るべきだった。酒呑はそう後悔し、次回に活かすと決め、警官に叩き込む為の拳を握った。だが、その拳が振るわれるよりも早く、他の警官が発砲した。

「……彼はまだ旅行者」
「すっ、すいません。で、でもスタンガンですから!」
「怒ってないよ、助けてもらったから公務執行妨害で報告しておく」
「あっ、あ、ありがとうございます!」

酒呑は電撃を喰らい、気絶した──ように見せかけた。椅子から崩れ落ち、床を殴った反動で警官に頭突きを仕掛けた。周囲の警官からも銃が向けられ、電撃に交じって実弾も受けた。

『……っ、走るぞ!』

それでも酒呑には警官の包囲を抜け酒場の扉を蹴破る程度の余力があった。
跳躍して室外機に足を掛け、さらに跳んで壁を蹴り、四階建てのビルの屋上までたどり着いた。
少し遅れてアルも続き、屋上に作られた畑に着地する。

『はぁーっ、はぁーっ、はぁ…………っんのダボが……』

『……おい、全く状況が理解出来んのだが』

『あぁ?  待ちぃな、ドテッ腹に穴空いとんねん』

『その程度直ぐに治せ、貴様とて魔物だろう』

酒呑の腹や肩から流れた赤い血は肌から離れ土に触れると、毒々しい紫混じりの黒に変色する。血は土に染み込み、豊かに実っていた果実を一瞬で腐らせた。

『無茶言いな、俺ぁそないな魔物とちゃうわ』

アルは鉄柵に前足を引っ掛け、下の様子を見る。警官隊が続々と集まり、このビルを包囲しているようだった。

『ここに居るとは分かっているらしい。どうするんだ、ヘルは何処だ』

『待ち……って言うとるやろ。はぁ……ちょっと休ませてぇな』

『こうしている間にもヘルに危険が迫っているかも知れん、早く立て』

『犬神憑いとるんやから平気やろ……ったく』

アルの耳がピンと立つ。階段を上ってくる足音を捉えたのだ。酒呑も音に気付き、面倒臭そうに人差し指を伸ばした。

『……臨兵闘者皆陣烈在前』

檻を描くように指を動かすと、酒呑を包むように光の箱が現れる。

『……何だこれは。結界か?』

『こっち見ぃ。じっとしとれよ…………六根清浄、急急如律令』

今度はアルに指先を向け、呪文を唱える。

『ん……頭痛が治まったな』

『ほんまやったら酔い醒ましに使うようなんとちゃうねん。今やったら鼻も目ぇもようなっとるわ、頭領探し行ってき』

『貴様はどうする』

『術使うて疲れたし……体調戻るまでここ居るわ。後で行くさかい堪忍してぇな』

『…………早く来いよ』

傷を心配しつつもアルはそれを声に出さなかった。酒呑は気の抜けた顔でアルを見送り、ふらふらと手を振った。



酒呑とアルが逃げた後、酒場では年配の警官が手当されていた。
酒呑の頭突きによって角が腹部に刺さっていたのだ。

「防弾チョッキ貫いてますね……」
「何持ってたんだ?」

手当をしている新米警官は不可思議な傷跡に首を傾げた。

「……鬼、だね。妖鬼の国に古くから伝わる伝承の生き物」

年配の警官は本で読んだ知識を披露する。

「鬼は人肉と酒を好物とする快楽主義の生き物とされている。種族なのか人間の変異体なのかは定かではないけどね、何せ伝承の生き物だったから……今までは、ね」

「それって…………研究者連中に売れば」
「とんでもない額になる、と」

年配の警官はニヤリと口元を歪ませる。言葉はなかったが若い警官達はそれで理解した。

「腕を落とした子供よりこっち追いかけた方が良さそうですね、容疑固まる前に俺達で売り飛ばしましょ」
「でもこのガキも……変だよなぁ、映像には凶器映ってねぇし」

「カメラはコマ撮り、それもこのタイプは間隔が長い。その隙間を縫えば凶器は映らないよ」

「確かにこのカメラは古そうですけど……」
「違法義肢ならありえるかもな」
「あ、なるほど」
「別の隊にヤバそうな義肢店当たるよう言っとくか」

若い警官達は明らかな容疑者を別の警官に押し付け、金になりそうな希少生物を追うことを選んだ。
それは科学の国では当然の思考回路だった。
他国に住む非科学的とされている生物は研究者や政府が言い値で買ってくれる。それも非合法に、だ。上手く行けばその売買の証拠すらも金になる。
若い警官達はどこに別荘を建てるか笑い混じりに相談しながら鬼を追った。
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