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第二十一章 神が降りし国にて神具を探せ

平和を齎した後は邪魔者

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僕が思い付いたアルを死なせない方法は、酒呑がアルを殺す前に自殺する事だ。
アルにナイフを取り上げられる前に早く喉を掻っ切らないと。そう考えていても手は思い通りに動かない。
アルがナイフに気が付き、僕の手首を甘く噛み、潤んだ瞳で僕を見つめる。

「……はな、して」

『…………あぁもうしゃーないのぉ!  どけ犬!』

酒呑は痺れを切らしたとアルを押しのけ、僕の手からナイフを奪い取って捨てる。腰に下げた瓢箪の酒を飲み干すと、人差し指を立てて空中に模様を描き、聞き慣れない呪文を唱えた。

『全ての根源なる海よ、我の父なる水神よ、今此処に八つの知恵を讃える……癒しの奇跡を起こし給え!』

唱え終わると僕の胸に掌底を打ち込む。僕の体は僅かに宙に浮いた。

『……何をしたんだ?』

『…………疲れるんやこれ。しばらく話しかけんといて』

酒呑はその場に座り込んで頭をソファの肘掛けに預ける。ぐったりとしたその姿は鬼の頭領には相応しくない。

「…………アル」

『ヘル!  傷は?  傷はどうなった』

服には穴が空いていたが、身体の傷は癒えていた。といっても穴が塞がっただけで、まだ僅かに痛みはある。

『治っている……素晴らしいぞ鬼!  どうして早くやらなかった!』

『うっさいのぉ……疲れる言うたやろ。後で茨木に使お思とったんや。そう簡単にポンポン打てるもんちゃうねん、ほんま疲れたから休ませて』

「…………なのにしてくれたの?」

『……ちゃんとは治らんからな。穴塞いだだけや、あんま動いたらまた破れんで』

話したり動いたりは出来る、出来るが、まだ痛い。
酒呑自身に色々とデメリットがあるのにも関わらず、効き目はそう高くもない。魔法以外の術というのはこんな不完全なものなのか。

「……ありがとう。お礼になるかどうか分かんないけどさ、科学の国紹介してあげる。あそこなら良い義手作れると思うから」

『科学の国……義手?』

「恩人がいてさ、その人も両腕失くしてて義手なんだよ」

鬼だと言っても形は人と変わらない。人の義手で問題ないだろう。問題は鬼の筋力と同等のものが作れるかどうかだ。作れないのなら彼女には大人しくしてもらわなければ。

『ほーん……まぁ、行ってみてもよさそうやな。じいさん死んでもうたならもうこの国おられへんし』

「…………ごめんね、色々と」

腕に関しては報復だから謝罪の必要は無い。けれど、平穏な彼らの暮らしを勘違いで壊したことは謝らなければ。

『あぁ構へん構へん。湿っぽくなるなや鬱陶しい』

科学の国は国連で第二位の地位に居座っている。そんな国に上等な魔物である鬼が入れるわけがない。となると不法入国しかない。彼らは空を飛べはしないようだから、アルに運んでもらわなければ。

「あ、そういえば科学の国ってナイ君が……うぅん、大丈夫かな」

ナイが別の姿を現して暴れていた。国や都市としての機能が失われてなければいいのだが。

『自分、そんなんよりこの寝坊助共の心配した方がえぇんとちゃう』

「薬のせいなら叩いても起きないでしょ?」

『何飲んだんか知らんけど……起きた後俺狙わへんようしっかり説明してや』

酒呑はおぼつかない足取りのまま部屋を出ていく。茨木の手当も不十分だし、彼に僕と仲良くする理由はない。僕もアルを傷付けた者と友人関係は築きたくない。
科学の国まで送ったら彼らとの縁は切れてしまうのだろうか。鬼という生き物についてはよく分からないが、強い力を持つ彼らには是非仲間になってもらいたい。
腕を吹き飛ばしあった仲では、そう上手くもいかないだろうけれど。



エーデル家当主の遺体は幻術で隠されていたらしい。玉藻の幻術は彼女が去ってすぐに解け、庭木の影からごろんと出てきたのだと。

「……色々あったけど、全部解決だね」

「解決、ね。エーデル家当主が知らないうちに死んで、その犯人の魔物は国外逃亡。アタシ達に薬を盛った連中も国外逃亡。これで解決って言えるなんて、アンタ将来大物になるかもね」

楽天的なヘルメスにアルテミスは呆れた目を向ける。

「今の俺は第二王子!  にぃがどうにかなれば俺が次の王様。大物だよ!」

「どうにかなるってなんだ、私はもう調子を戻したぞ」

ハイリッヒ家の庭でまた茶会が開かれ、僕も呼ばれた。鬼達は色々と法を犯していたので、神具使い達が目を覚ます前に国の外へ逃げていった。
エーデル家の一件から二日経ち、アポロンは完全に正気を取り戻していた。

「ほんっとどうなることかって思ったね、何度も」

「アンタは死にかけるし眠らされるし、にぃはおかしくなるし、アタシも眠らされたし……オオカミは撃たれたんだって?  んでアンタは刺されたのよね」

「私は全く覚えていないな」

「馬鹿にぃってホンットに頼りになんないのね。知ってたつもりだったけど今回は流石のアタシも驚いちゃった」

アルテミスはわざとらしくため息をつき、驚いたと言うよりは呆れたと言うふうにアポロンを見つめる。

「アポロンさん、本当にもう大丈夫なんですか?」

「ああ、なんともない」

「……腕の中の茶色いのは何ですか?」

「これはメズといってな、この国で昔流行ったアニメの主人公のぬいぐるみだ」

僕の感性では可愛らしい部分が見当たらないぬいぐるみを愛おしそうに抱いている。

「…………アルテミスさん、これは正常なんですか?」

「普段も部屋では抱いてるけど……部屋の外では見たことないのよね。弟が帰ってきたり神具の問題がひと段落して気が抜けてる、とかならいいんだけど」

「なんかすいません……」

アポロンの錯乱は僕が持っている形見の石のせいらしい。
死人を、ましてや兄と慕った人を疑いたくはないが、この石が危険を孕む物だという事は念頭に置いておかなければ。

「ヘル君は今回大活躍じゃない?  俺は命拾いしたし、魔物追っ払ったのも君だろ?」

「追っ払ったっていうか……まぁ」

「何より俺は、こうしてまた三人で暮らせるのが一番嬉しい!」

「……兄弟仲が良いみたいで羨ましいです」

彼らの事をどれだけ好ましく思っていても、どうしても心に翳りが生まれる。羨ましい、妬ましい、彼らは上手くいっているのにどうして僕達は──

「ま、にぃはウザいしキモいし頼りないし……」

「妹が酷い……弟、弟はどうだ?」

「え、俺?  まぁ正直鬱陶しいしちょっと気持ち悪いとは思うし肝心な時に頼りないけど……でも、自慢の兄ってやつだよ」

「前半は聞かなかったことにする!  ありがとう弟よ!」

「自慢の兄っていうか恥晒しっていうか……」

「自慢の兄の言葉だけ覚えておこう妹よ!」

「改竄し放題ね。流石次期国王」

楽しそうでなにより。こうなれば僕は邪魔者。もうこの国にいる理由もない、早く鬼達との約束を果たすとしよう。
幸せを象徴するような賑やかなお茶会でも、僕の暗い考え方は変わらない。そんな自分が嫌になって、僕の精神の陰鬱さは悪化する。全く酷い悪循環だ。
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