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第二十一章 神が降りし国にて神具を探せ
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鬼達と話をつけ、客間に戻ると衝撃的な景色が飛び込んできた。アポロンがエーデル家当主に馬乗りになって首を絞めていたのだ。
「アポロンさん!? 何してるんですが、やめてください! ほら、早く離して! おじいさん死んじゃいますよ!」
僕はアルから飛び降りてアポロンの指を当主の首から引き剥がそうとする。だが彼の力は強く、爪はどんどんと当主の首にくい込んでいく。
「アル! 何とかして!」
アルは僕の呼びかけに応え、アポロンの腕に噛み付く。だが、彼はそれでも怯まない。
『どけ、犬』
ガシャァーン! と、ガラスが割れる音が部屋に響いた。パラパラと緑色のガラス片が床に落ち、アポロンは崩れ落ちる。僕に着いてきた酒呑が酒瓶でアポロンの頭を殴ったらしい。
「おじいさん、大丈夫ですか!」
アルがアポロンの胴に尾を巻いて、ずるずると引きずり当主から引き離す。彼は完全に気絶はしておらず、頭を押さえて「うぅ」と唸っていた。
当主が咳をして僕に水を求める。飲み物は薬入りの紅茶しかないがこれでいいだろうか。
あれこれ考えていると、アポロンが半覚醒のまま呟いた。
「妹と弟には……手を出させん、絶対に、俺がっ……」
当主を狙うように手を伸ばす。
「アポロンさん、なんでそんな……」
僕は当主から目を離して、憐憫の情を込めてアポロンを見つめる。
当主は僕の肩にしがみつき激しい咳を繰り返した。まだ介抱が必要だ。僕がそう思って振り返ろうとした瞬間、身体の中心にドンと鈍い振動が響いた。
視線を下に落とせば、胃がある辺りに鈍く輝く剣が突き刺さっていた。
『…………ヘル!』
赤く濡れて美しく輝く鋼。それは壁に飾られていた模造刀だった。刃物でない細長い金属の塊で僕は身体を貫かれた。
引き抜かれていく赤と銀の棒。走り寄るアル。全てがゆっくりと遅れて見えた。
『ヘル! ヘル、大丈夫か!? あぁ駄目だヘル、起きてくれヘル! 駄目だ……駄目だ、ヘルっ!』
僕はいつの間にか倒れていたらしく、アルは僕の頬を舐めていた。
『……おい赤髪の。どうなっとるんや。あの爺さんは人刺すようなんとちゃうぞ』
「アルテミス……アルテミスに剣を向けたんだ、だから、だから制圧しなければと……アルテミス? アルテミスはどこだ? 無事か?」
『あぁ無事や無事や、無事やからそこで大人しくしとき』
「…………分かった」
錯乱しかけのアポロンを軽くあしらい、酒呑は模造刀を持ったままふらふらと揺れる当主の胸倉を掴む。
『じいさん、自分確か……角生えた妙ちくりんな輩二人を居候させるようなお人好しやったなぁ』
妖鬼の国から流れ流れてこの地に辿り着いた酒呑と茨木はエーデル家の当主に拾われた。
「住むところがないならウチで住み込みで働かないか」と言われたのだ。だから茨木はこの家でメイドをしていた。
『茨木に客を眠らせるよう言うて、その客を眠っとる間に殺す……そんな奴やったか?』
『……どうしたのじゃ? 酒呑や。そんな怖い顔をして……』
歯の抜けた口を動かし、しゃがれ声で酒呑を宥める。
『神具とやらを盗ませたんもじいさんか? いや……自分、誰や』
『酒呑や、どうして気が付かなかったんじゃ? 鼻が鈍ったかの。この家の当主は幾日も前に死んでおる』
酒呑は当主の顎に拳を叩き込む。当主は壁にぶつかり、床に落ち、その姿を美しい獣に変えた。真っ白い顔、金色の体毛、九本の尾。そんな美しい狐に変貌した。
『自分もここ来とったとはなぁ……知らんかったわ、玉藻!』
『使えるかと思うて兜を盗んだのはいいが、私は隠れ生きることは好まぬ。失敗じゃった、別の神具にすべきであったな』
玉藻はこの家の当主に化けて神具を借り受けた。その後神具が自分に合わないと悟り、この家の当主に成り代わって神具を処分させた。
処分を担当した使用人は「勿体ない」とほとぼりが冷めるまで傘下の店に預けた。 使用人は神具を使わせない為に店には大事な物だとしか伝えなかった。
その後ミナミがとある一件から兜の力を知り、ストーキングに使っていたのだ。
『だが、しかし……くくっ、こうして復讐も果たせた。心の臓は外してある。しかし出血は抑えられぬ。苦しんで死ね、ヘル』
そう言うと玉藻は少し前に茨木が割った窓から飛び降り、逃げた。
『犬、追いかけんでええんか』
『……ヘルの手当をしてくれないか、私はこの通り狼で、私には止血をする器用な手が無いんだ。頼む……ヘルを助けてくれ』
『無茶言いな、もう無理や。見てみぃなその血の量。そんなもんもう何したって助かれへんわ』
『頼む、ヘルを助けてくれ。私を喰らっても構わないから……』
『せやから無理なんやって。やるやらへんの話とちゃうんや』
『……そうだ! 私のコア、賢者の石を使ってくれ。そうすればどんな傷でも癒せるはずだ。なぁ頼む、私を裂いて石をヘルに使ってくれ』
僕は朦朧とする意識の中、アルのとんでもない願いを聞いた。やめるように言おうとしても声は出ない。
『そんなけったいな石使い方分からんて』
『な、なら傷口に押し込むだけでいい。コアに私ではなくヘルが身体だと思わせるんだ』
そんな事をしたらアルが死んでしまう。
やめろ、そう言おうとして動いた口から血を吐いた。
『…………せやけどなぁ』
『頼む。お願いだ』
早く動け、早く喋れ、早くやめさせろ。自分の身体に怒鳴りつけても、僕の身体は言うことを聞かない。何度も何度も血を吐いて、ようやく声が出た。
「ア…………ル……」
『ヘル! 大丈夫か、少し待ってくれ。今治してやるからな』
『……ホンマにええんか? こいつ自分のことえらい気に入っとったやん。自分殺したら俺殺されるて』
『早くやってくれ! 私が望んだ事なんだ、貴様に非は無い、ヘルは貴様を責めたりはしない』
『どうやろなぁ』
酒呑が迷っている間にどうにかしないと。
僕が止めてもアルは強要するだろう、ならもっと何か、違う行動を。
珍しくも僕の頭脳は優秀な思い付きをした。僕はそれを達成する為、無理に体を起こした。
『ヘル! やめろ、動くな!』
「アル…………おめでとう。もう、自由だよ」
僕は先日ミナミから奪った折り畳み式のナイフをポケットから取り出し、首筋にあてがった。
「アポロンさん!? 何してるんですが、やめてください! ほら、早く離して! おじいさん死んじゃいますよ!」
僕はアルから飛び降りてアポロンの指を当主の首から引き剥がそうとする。だが彼の力は強く、爪はどんどんと当主の首にくい込んでいく。
「アル! 何とかして!」
アルは僕の呼びかけに応え、アポロンの腕に噛み付く。だが、彼はそれでも怯まない。
『どけ、犬』
ガシャァーン! と、ガラスが割れる音が部屋に響いた。パラパラと緑色のガラス片が床に落ち、アポロンは崩れ落ちる。僕に着いてきた酒呑が酒瓶でアポロンの頭を殴ったらしい。
「おじいさん、大丈夫ですか!」
アルがアポロンの胴に尾を巻いて、ずるずると引きずり当主から引き離す。彼は完全に気絶はしておらず、頭を押さえて「うぅ」と唸っていた。
当主が咳をして僕に水を求める。飲み物は薬入りの紅茶しかないがこれでいいだろうか。
あれこれ考えていると、アポロンが半覚醒のまま呟いた。
「妹と弟には……手を出させん、絶対に、俺がっ……」
当主を狙うように手を伸ばす。
「アポロンさん、なんでそんな……」
僕は当主から目を離して、憐憫の情を込めてアポロンを見つめる。
当主は僕の肩にしがみつき激しい咳を繰り返した。まだ介抱が必要だ。僕がそう思って振り返ろうとした瞬間、身体の中心にドンと鈍い振動が響いた。
視線を下に落とせば、胃がある辺りに鈍く輝く剣が突き刺さっていた。
『…………ヘル!』
赤く濡れて美しく輝く鋼。それは壁に飾られていた模造刀だった。刃物でない細長い金属の塊で僕は身体を貫かれた。
引き抜かれていく赤と銀の棒。走り寄るアル。全てがゆっくりと遅れて見えた。
『ヘル! ヘル、大丈夫か!? あぁ駄目だヘル、起きてくれヘル! 駄目だ……駄目だ、ヘルっ!』
僕はいつの間にか倒れていたらしく、アルは僕の頬を舐めていた。
『……おい赤髪の。どうなっとるんや。あの爺さんは人刺すようなんとちゃうぞ』
「アルテミス……アルテミスに剣を向けたんだ、だから、だから制圧しなければと……アルテミス? アルテミスはどこだ? 無事か?」
『あぁ無事や無事や、無事やからそこで大人しくしとき』
「…………分かった」
錯乱しかけのアポロンを軽くあしらい、酒呑は模造刀を持ったままふらふらと揺れる当主の胸倉を掴む。
『じいさん、自分確か……角生えた妙ちくりんな輩二人を居候させるようなお人好しやったなぁ』
妖鬼の国から流れ流れてこの地に辿り着いた酒呑と茨木はエーデル家の当主に拾われた。
「住むところがないならウチで住み込みで働かないか」と言われたのだ。だから茨木はこの家でメイドをしていた。
『茨木に客を眠らせるよう言うて、その客を眠っとる間に殺す……そんな奴やったか?』
『……どうしたのじゃ? 酒呑や。そんな怖い顔をして……』
歯の抜けた口を動かし、しゃがれ声で酒呑を宥める。
『神具とやらを盗ませたんもじいさんか? いや……自分、誰や』
『酒呑や、どうして気が付かなかったんじゃ? 鼻が鈍ったかの。この家の当主は幾日も前に死んでおる』
酒呑は当主の顎に拳を叩き込む。当主は壁にぶつかり、床に落ち、その姿を美しい獣に変えた。真っ白い顔、金色の体毛、九本の尾。そんな美しい狐に変貌した。
『自分もここ来とったとはなぁ……知らんかったわ、玉藻!』
『使えるかと思うて兜を盗んだのはいいが、私は隠れ生きることは好まぬ。失敗じゃった、別の神具にすべきであったな』
玉藻はこの家の当主に化けて神具を借り受けた。その後神具が自分に合わないと悟り、この家の当主に成り代わって神具を処分させた。
処分を担当した使用人は「勿体ない」とほとぼりが冷めるまで傘下の店に預けた。 使用人は神具を使わせない為に店には大事な物だとしか伝えなかった。
その後ミナミがとある一件から兜の力を知り、ストーキングに使っていたのだ。
『だが、しかし……くくっ、こうして復讐も果たせた。心の臓は外してある。しかし出血は抑えられぬ。苦しんで死ね、ヘル』
そう言うと玉藻は少し前に茨木が割った窓から飛び降り、逃げた。
『犬、追いかけんでええんか』
『……ヘルの手当をしてくれないか、私はこの通り狼で、私には止血をする器用な手が無いんだ。頼む……ヘルを助けてくれ』
『無茶言いな、もう無理や。見てみぃなその血の量。そんなもんもう何したって助かれへんわ』
『頼む、ヘルを助けてくれ。私を喰らっても構わないから……』
『せやから無理なんやって。やるやらへんの話とちゃうんや』
『……そうだ! 私のコア、賢者の石を使ってくれ。そうすればどんな傷でも癒せるはずだ。なぁ頼む、私を裂いて石をヘルに使ってくれ』
僕は朦朧とする意識の中、アルのとんでもない願いを聞いた。やめるように言おうとしても声は出ない。
『そんなけったいな石使い方分からんて』
『な、なら傷口に押し込むだけでいい。コアに私ではなくヘルが身体だと思わせるんだ』
そんな事をしたらアルが死んでしまう。
やめろ、そう言おうとして動いた口から血を吐いた。
『…………せやけどなぁ』
『頼む。お願いだ』
早く動け、早く喋れ、早くやめさせろ。自分の身体に怒鳴りつけても、僕の身体は言うことを聞かない。何度も何度も血を吐いて、ようやく声が出た。
「ア…………ル……」
『ヘル! 大丈夫か、少し待ってくれ。今治してやるからな』
『……ホンマにええんか? こいつ自分のことえらい気に入っとったやん。自分殺したら俺殺されるて』
『早くやってくれ! 私が望んだ事なんだ、貴様に非は無い、ヘルは貴様を責めたりはしない』
『どうやろなぁ』
酒呑が迷っている間にどうにかしないと。
僕が止めてもアルは強要するだろう、ならもっと何か、違う行動を。
珍しくも僕の頭脳は優秀な思い付きをした。僕はそれを達成する為、無理に体を起こした。
『ヘル! やめろ、動くな!』
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