魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

文字の大きさ
444 / 909
第二十六章 貪食者と界を守る魔性共

退散の呪文

しおりを挟む
リンとフェルもアルに向かって走ってはいたが、後ろに迫る神性から逃れるには遅い。フェルは三人死ぬ未来を防ぐ為、アルに引き返すよう叫んだ。
だが、アルは止まらない。主人と同じ姿をした物を容易くは見捨てられなかった。

「……アルギュロス!  お願い!」

リンはそう叫び、フェルを抱え──アルに向かって投げた。シャバハの刀を受け止めたことで壊れかけてはいたが、彼の義肢もまた高性能で、投げられたフェルはアルに届いた。頭の上に落ちたフェルにアルは立ち止まった。

『前が見えん!  フェル、早く背に乗ってくれ!』

『ちょ、ちょっと待って……乗った!』

フェルが背に移動するまでの間、アルは立ち止まっていた。
立ち止まったから、フェルにもリンにも間に合わず神性に体当たりする未来は避けられた。

『──退散せよ!』

眩い光が街を包み、幾何学模様の焼け跡を残し、神性は退散した。

『やぁやぁお疲れ様、ヘクセンナハト。上手い具合に術は使えたみたいだね』

ぐったりと体を横たえたエアの顔を覗き込むのは数時間前にも現れた預言者。

『……やぁ、ニャル様。ごきげんよう』

『うん、うん。ボクはご機嫌だよ。炎の神性はどうも好みじゃなくてね。まだこの国で遊びたいし、まだ喚んで欲しくなかったんだ』

『…………喚び出し方教えたくせに、よく言うよ』

突然現れた彼に鬼達は共に構え、警戒と同時に戦闘態勢を整えた。

『ボクが嫌いな火の神様はアレじゃない。アレはその神を喚び間違えた時に出てくる外の神様さ。ま、道はもう閉じる。どっちもしばらくはこの星に来れないよ、きっとね』

彼は警戒する鬼達など歯牙にも掛けない、ぷらぷらと手を揺らし、黒い巻髪を揺らし、透け布の向こうで口を歪ませる。

『ボクにとっては良い結果だし、キミ達にとってもそうだろう?  無関係な人や教徒を除けば、キミ達の仲間だけで言えば、犠牲は一人で済んだ。おめでとう』

『……一人?  何言ってるの?』

全員無事だ。エアはそれを確かめる為、立ち上がる。鬼は二人で、あの悪魔──

『蝿女は?  まさかアレが死んだなんて言わないよね?』

茨木はポケットから丸い蝿を取り出し、見せる。手のひらに転がったそれは翅を微かに揺らした。

『……冬眠かなにか?  まぁいいや、それで、えっと……』

鬼達に悪魔、それからヘルのお気に入りの魔獣とヘルの複製。

『アル君もフェルも無事で……』

サクサクと子気味いい音を鳴らし、砂の上を歩いていく。フェルは神性が退散したその場にしゃがみ込み、ぼうっとしている。その隣に座っていたアルはエアの姿を認識して走り寄った。

『…………リン……だっけ?  彼は?』

あの騒がしい人間が──鬱陶しいボサボサ頭の男が居ない。

『兄君……リンが、消えた』

『はぁ?  なんで?  退散の呪文は人間には効果ないよ?』

エアは心からの疑問を呟きながらフェルの肩を叩く。だが、フェルは一点を見つめたまま動かない。

『……フェル?  どうしたの?  お兄ちゃんだよ?』

髪を掴み、無理矢理に視線を奪う。
フェルはそれでも返事をせず、見つめていた場所を指差す。そこには幾何学模様と同じように黒く焼け焦げた砂が残っていた。

『えっと……?  何が言いたいの?  ちゃんと喋ってよ、口があるんだから』

ばしばしと頭を叩きながらフェルに問い掛ける、その手を止めたのはアルの尾だった。

『乱暴過ぎる』

『……喋らない方が悪いでしょ。それとも何?  君にはフェルが何を言いたいか分かったの?』

『…………あぁ、分かった。そこの焦げと灰を調べてくれ』

エアは不愉快な思いをしながらも放心したフェルから何かを聞き出すのは不可能だと判断し、フェルが指差しアルが示した焦げた砂を摘み上げた。

『……人?  それに、布。金属も…………何が燃えたの、これ。ここ何かあった?  劇場の周りの屋台は引っ込んでたはずだよね?』

『……………………リンさん』

『あぁ、ようやく喋ったねフェル。それで?  何が言いたいの?』

『……リンさん、が…………燃えちゃった』

『…………燃えた?』

フェルはよろよろと膝立ちで進み、焦げた砂に両手を埋める。

『見た。一瞬で、黒くなって、崩れて、こんなのに……なっちゃった』

黒い砂を掬い上げ、その上に涙を落とす。
エアはその仕草と言葉でようやく理解した。

『……そ。まぁ、人間だし……そんなものだよ』

『酷いねぇヘクセンナハト。キミのせいなのに』

分身おとうとの心を理解出来ず、慰めもせず立ち上がったエアの懐に預言者は忍び込む。エアは「いつの間に」なんて驚く事もなく、従順に次の言葉を待った。

『キミが退散の呪文を何度も失敗しなければ、彼は死ななかった』

『……あなたがしっかり教えなかったからですよ』

預言者は踊るように移動し、今度はアルの首に腕を絡める。

『キミが逃げる時に彼らを連れて行ってたら、こんな事にはならなかった』

『…………私は、何人も運べない。それにっ……弟君は彼を抱えて走れると……』

アルの言い訳は聞かず、肩を震わせるフェルの顔を覗き込む。

『キミがしっかり逃げていれば彼は死ななかった、キミが子供のふりをして彼の同情誘わなければ彼は死ななかった、キミが彼に甘えたいと願わなければ彼はここまで着いてくることはなかった、彼はここで死ぬ運命にはなかった、彼はここで死ぬ必要はなかった、彼を殺したのは君だ、存在価値の無い偽物が、唯一無二の、キミと違って替えのきかない人間を殺した』

早口でそう囁き、無表情のまま深淵の如き瞳を近付ける。

『無意味なキミが……無限の未来を持つ人間を殺した』

額を触れ合わせ、目を細める。嘲るように、慰めるように、憐れむように、慈しむように──どんな感情とも取れる瞳はフェルの心にトドメを刺した。

『しかも彼はキミのオリジナルであるヘルの恩人。ヘルのお気に入りの獣を作った人の子孫。ヘルにとって大切な人。ダメなコピーだねぇ、オリジナルの親愛なる恩人を殺すなんて!』

『……貴様、それ以上口を開くな。死にたくなければな』

『あっははは、いいよ?  殺してくれても!  その代わりにこの大陸に住む人間全ての精神を犯してあげる!』

アルの脅しにフェルから離れ、ケラケラと笑いながら闇に紛れ、消えた。アルは人間だとしか思えなかった彼のその神出鬼没さに驚いたが、エアは眉一つ動かさなかった。

『フェル、帰るよ。空間転移するから近くに寄っておいで』

『…………蘇生、魔法……を』

『無理だよ。神の炎だ、魂ごと焼き尽くされてる』

エアはフェルに背を向け、アルの尾を腕に絡めて鬼達の所に戻った。地面に魔法陣を描くとフェルを呼んだ。
フェルは虚ろな瞳のまま、黒い砂を弛ませたローブに掬い、エアの元へ走った。


空間転移はいつも通り完璧に始まり、完璧に終わる。一行は娯楽の国のヴェーンの館に帰って来た。
時差を考慮してもヘルはまだ眠っているだろう、そう予想した鬼達とアルは風呂に走った。
エアは自室に戻り、フェルは玄関に立ち尽くしていた。

「おー、おかえりガキ……の弟、スライム。お前のせいで酷い目に遭ったぞ」

昼間に不本意ながら眠ってしまっていたヴェーンは一人キッチンでトマトジャムを作っていた。帰って来た連中を出迎えようと出てきたが、気の早い彼らはもう居らず、フェルしか残っていなかった。

『…………瓶、下さい。大切なものを入れる、瓶を……持ってますよね。目、集めるくらいなんですから』

「あ?  なんだよ急に……瓶、なぁ……ま、あるにはあるけど。それより留守中の愚痴聞け」

『……瓶』

「…………はぁー……分かった分かった。ついて来い、サブコレクションルームにある。道中愚痴聞けよ」

ヴェーンはフェルが話を聞く気がないと察し、地下にある部屋に案内する。その道中にフェルの分身である『椅子』が暴走し大変な目に遭ったという話をしたが、ヴェーンは聞かせる気はなかったしフェルも聞く余裕はなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜

あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」 貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。 しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった! 失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する! 辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。 これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!

猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める

遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】 猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。 そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。 まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。

追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)

わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。 対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。 剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。 よろしくお願いします! (7/15追記  一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!  (9/9追記  三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン (11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。 追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~

テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。 しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。 ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。 「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」 彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ―― 目が覚めると未知の洞窟にいた。 貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。 その中から現れたモノは…… 「えっ? 女の子???」 これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

処理中です...