魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第二十六章 貪食者と界を守る魔性共

召喚されるモノ

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「うーん、分からないなぁ」

 森の奥にあるエルピスの実家に、珍しく召使いでもアルへオ家の人間でもない人物がいた。
 小さく唸り声をあげながら、頭を抱えているのは戦闘用の軽装に着替えたニルだ。
 ニルが今回エルピスとの同行をするにあたって、セラからなるべく権能の開放を進められるようにお願いされている。
 姉から同行を許された手前、それに対して答えないわけにもいかず、遥希という人間の修行をしているエルピスの事を観察しながらニルは権能の開放条件を探していた。

「ニル……ちゃん? 何か困りごとでも?」
「好きに呼べばいいよ。エルピスの神の称号の解放条件に付いて調べているんだ。
 彼の性格上はおそらく設定した開放する順番というものがあるはず、それに条件付けされた何かがあるとは思うんだけどそれがね……」

 エルピスの話とニル個人が調べた結果、いまエルピスが使用している三つの称号については解放条件が判明している。
 龍神の称号は耐え難い怒りから、魔神の称号は10年以上魔力を貯め続けること、邪神の称号は本来の解放条件は身近な者の死。
 本来創生神に想定されていた人生とエルピスの人生はおそらくすでに乖離しているのだろうが、創生神がその程度でどうにかなるほどの甘い条件設定をしているとは思えない。

「残念だけれど感情が絡んでくる物だと私にはどうにもできない。それ以外だったらできる限りの手伝いをさせてもらうのだけれど」

 仙桜種は創世の時から現代まで、遥かなる永遠とも呼べる時間をこの世界で過ごしてきている。
 その中で仙桜種達が造物主であるところの創生神の願いを叶えるために拾ったもの、捨てたものは決して少なくはない。
 自らの感情を捨てたことを簡単に吐露するレネスに対して、ニルは少し表情を歪めて嫌そうに口を開く。

「君たち仙桜種は感情を捨てることを良しとしがちだけれど、恋を司る私としては悲しいことだね。
 できる事なら感情は身に宿していてほしいものだ、君たちのような条件反射で答えられる機械のような生命体は愛してあげる事すらままならないよ」

 そう言って溜息を一つ付き、頬杖をつくニルの姿にはエルピスの前にいる時の様な柔らかさはない。

「感情を捨てることが創生神の武器になるべき私たちに最も求められるものだと思いますが、貴方の見解は違うのですか?」
「剣になることを求めているのならば彼の創り出す剣で事足りる。君たちがこの場にいる意味は何なのか。私は全知ではもうなくなってしまったから正確なことは分からないけれど、きっと創生神はこの世界で長く生きた君たちの感情を知りたいのだと思うよ」

 全知でないと前置きをして、とはいえニルが間違えるはずのない事を自信を持って口にする。
 創生神とは言わば知識欲と創作欲の塊から産まれるものだ。
 新しさを求める知性とそれを作り出すことに快感を覚える創作欲、この二面性は未来という不確定性の中に最も強く産まれるものである。
 ニルには理解しがたかった感情だが、ニルの読みが正しければそれが正解のはずだ。

「感情を知りたい……? いったい何のために」
「未来がそこにあるからだよ。動物的な繁殖ではなく、知識と感情をもって繁栄していく生物は創生神からしてみれば新たな未来の形の一つ。最もわくわくしながら日々を過ごしている神らしいよね」

 そう言ってニルは目を細めかつての記憶に意識を傾ける。
 ニルが出会った事のある創生神は戦場に立つ姿だが、戦場においても未知を求めて彼は戦っていた。
 殺意でも義務感でもなく、相手に対しての期待感で戦う創生神はニルからしてみれば初めて出会ったタイプの神でもあった。
 だからこそニルは彼を愛し、彼の為に動いている。

「ですが私達は強くあれと作られました。感情だけで強くなれるものでしょうか?」
「強くなれるよ。最後に全てを決めるのは思いの大きさだ、力も頭脳も運も同じならば後に残るのは生物としての在りどころだけだよ」

 だとするのならば感情を捨てて生きる仙桜種は、創造主の思惑とは違った人生を歩んでいるのだろうか。
 仙桜種最強であるレネスとしてはニルの言葉は信じられない、というより信じたくない言葉である。
 だがこの世界を想像した神と同種の存在であるニルの言葉は嘘ではない。
 伊達にレネスも長い間生きてきたわけでもないし、相手が嘘をついているのかどうかくらいの判断はつく。

「私達は間違っていたと言うのですか」
「それを決めるのは君達だよ。世界の真理はそうだけれど、それが違うと思うのならば世界の真理を覆せばいい。それが許された種族なんじゃないのかな君達は」
「……そうですね」

 まるでこれではこちら側がいじめているようではないか。
 感情はないにしろかつての名残で落ち込んでいるように見えるレネスの表情はニルとしても気まずい。

「そんな事よりも話を戻して大切なのは称号の解放条件だよ。
 エルピスが解放している称号の順番は、創生神が想定している通りに解放していると言うのが僕の見解。
 妖精神を解放しようとしているエルピスの判断は昨今の情勢を鑑みれば間違いではないし、僕もそれが正しいと思うんだけれど、その解放条件が一体なんなのか」
「怒りの龍神、慣れの魔神、哀しみの邪神、魔神を除いて邪神と龍神の二つはエルピス君の激情からくる物です。
 それを考えれば……そうですね、熱烈な愛なんてどうでしょうか。私が見た妖精神はのほほんとしていました、もしかしすれば幸福を感じることがトリガーかもしれませんが、そうだとしても条件はクリアできそうな物です」

 感情との関連性についてはニルも一考していたが、そういわれてみればこの仮説にも現実性が増してくる。
 解放条件さえ満たしてしまえば権能は自然とエルピスの体に馴染み、エルフの国であったような大惨事は避けることができる。
 第二神格に移行する際の負担はあったにしろ、あの時のエルピスの肉体的な被害の殆どが、条件を満たしていない邪神の称号故だ。
 ともすれば呪いとも呼べるそれを、エルピスに宿した創生神の狙いは何なのか。

「なるほど。確かに恋愛的な面で言えば、まだこれといって深い進展も無く、肉体関係も誰かと持ったわけでもない。
 条件つけするとしてもエルピスがこなす可能性も高いし、おかしい判断ではないか」
「そうなったとして誰が彼の相手を?」
「ーーもちろん僕だよ」

 レネスの問いかけに対して、一瞬の間すら開けずにニルは答える。
 その目は黒く、怯えという感情を消し去ったレネスには理解できない身体の震えが言いようのない不快感を口の中に残す。

「もうダメだ。これ以上は許容ができない。彼に関する全ては本来僕の元にあるべき物だ、いやあるべき物だと言うわけでは無くあって然るべき物であるはずだ。
 何故なら僕は狂愛の神だ、狂う恋を、愛をするべき神だ。そんな僕を差し置いてまるでそれが当然かのように肌を重ねるだなんて、許して言い訳が無いじゃないか」

 その目は確実に先程までのニルとは違い、狂ったものしかできない目だ。
 レネスも長い年月をかけて狂ってしまった人物を見たことがある、その時も同じような目をしていたが、ニルの瞳の暗さは比較にならない。

「エルピスの隣に僕以外の女の子が居るのもゆるそう。エルピスが僕を捨て他の女を横に置いてもそれでエルピスが幸せになれるのならば僕はそれを許容する。だけれど僕を恋人にした以上は、もうダメだ。何度も見逃してあげた、姉さんにすら僕の庭である迷宮で愛を囁くことを許した。だけれどもういい加減に待つのは飽きた」

 話は止まる気配もなく、レネスはただ目の前のそれが話終えるのを待つ。
 途中で遮ってもみればどうなるか分かったものでは無い、それに何よりもレネスの感が邪魔をするべきでは無いと訴えかけてきているのだ。

「僕はそもそも我慢強い方じゃないんだよ。恋しくて愛おしくて狂ってしまいそうなんだ、この感情をほんの少し、僕の感情の水を一滴エルピスの胸に垂らしてあげれば称号を解放できるんじゃないかと思えるほどにね」
「ーーそれは結構な事で。それで如何様に?」

 ようやく話が終わってくれたことに安堵しながら、レネスはニルに対して疑問を問いかける。

「仙桜種の最高戦力である君がここに居るのはきっと居なければいけないから居るんだ、その理由も大体僕は察しが付く。
 だから一言、私が手を出すまで手を出すな。それすら守れば僕はまた君の良き相談役にもそれ以外にもなる」

 ニルの目は遠いところを眺めている。
 一体その目が何を見据えているのか、それはレネスには到底思いつかない事だ。
 だがきっと彼女の事だから、エルピスのことでも考えているのだろう。
 他人の気持ちを考えるという共感性、それすら捨ててしまったレネスにはそれ以上考えられることもないがおおよそそれが全てだろう。

「よろしくお願いするよレネス」
「分かりました神の獣よ」

 きっとニルは何かを知っている。
 それは今後のこの世界の行く末すら左右してしまう様なものだろうが、レネスにそれを聞く事はできない。
 きっと聞いてしまえばこのゆったりとした暮らしも終わってしまう、そう思っている事にすら疑問を抱かずにレネスはニルの元を後にするのだった。
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