上 下
246 / 909
第十九章 植物の国と奴隷商

久しぶりの料理

しおりを挟む
部屋の隅に置かれた大きな飲食店にでもありそうな冷蔵庫。肉も魚も野菜も、なんでも揃っているように思える。これならいいものが作れそうだ。

『料理ができたのか、知らなかったぞ』

「母さんも父さんもすっごく忙しくなった時期があってさ、作り置きもしてくれなくて、お金だけ渡されたんだよ。僕外に出たくなかったから、にいさまに頼んで材料買ってきてもらって作ってたんだ」

『理由が想像以上にくだらない、まぁ技術が上達するのならきっかけなど何でもいいのですがね』

「だって……外に出ると微妙に聞こえる声で悪口言われたし、酷い時は足引っ掛けられたし、もっと酷い時は路地裏で殴られてお金盗られたし」

『…………そうですか』

僕を馬鹿にしたように見つめていたベルゼブブの顔が呆れに変わる。当然だ、主人の情けない話を聞けば幻滅するだろう。

「にいさまが取り返してくれたんだけどね」

『それはよかった』

「よかったのかなぁ、あの時は普通に喜んで、憧れてたけどさ、今考えると……何したんだろって怖くなるんだよね、お金増えてたし」

兄の性格からして、自分の玩具で勝手に遊んだ人間を後遺症無しで済ますとは思えない。殺していなければ上出来だ。

『よかったと思いますよ?』

「うーん……うん、そうだね」

肉だけを見ても何の肉か分からなければ使いたくはない、種類によって調理法は変わるのだ。野菜は見た目に分かりやすいが、ここには見覚えのないものも多い。魚はもっと分からない。

「アル、何食べたい?」

『生肉』

「料理で」

『何が作れるのか言った方がいいのでは?』

ベルゼブブは僕の肩に顎置いて、僕の顔と冷蔵庫を覗き込む。

「何がって……んー、家庭料理?」

『ハンバーグとか好きですよ、私。よく焼いてください』

ベルゼブブの好きなハンバーグ、材料は人なのだろう。お菓子の国で見た調理風景を思い出して食欲が減退した。

「アルに聞いてるんだけど、それに僕ハンバーグとか作ったことないし」

『それでよく料理するとか言いましたね。ハンバーグ作れないくせに料理が出来るとか舐めてるんですか?  家庭料理って知ってます?』

「厳しいなぁ。ほら、作ってたの小さい頃だし……煮込むのなら得意だよ」

ハンバーグは全ての料理の祖でも無ければ、基礎でもない。もちろん家庭料理の代名詞でもない。
僕はそう考えるから、ベルゼブブとは大したことのない齟齬が生じる。

『なら煮込みハンバーグですね』

『ヘル、私は生肉が好きだ。特に牛だな』

二人には僕に料理させる気はないのか。久しぶりに作ってみたかったし、出来ることもあるのだと見せたかったのだが。いや、ここは諦めず強引に行こう。

『ボクは食べてみたいな、普通のご飯やっぱり恋しいよ。血だけだとなんか、ねぇ』

図らずの援護射撃を行ってくれたセネカを心の中で賞賛し、うんうんと首を振る。

『咀嚼って大事ですよね。私はハンバーグが食べたい』

「アル、好きな味付けとかある?」

『生はそのままに限る』

「じゃあ僕の得意なやつにするね」

肉を取り出して観察する。手のひらほどの大きさにカットされた肉は見ただけでは何の動物か分からない。気乗りはしないが肉が無ければアルを喜ばせられない。まぁ、煮込んで不味くなることはないだろう。

「まずはダシだよね」

『本格的ですね、なら私はこちらの肉の解凍を』

「あ、コウモリないか見てくれない?」

『そんな物は無いだろう、冷蔵庫だぞ』

確かに、コウモリは干物が多い。冷蔵庫や冷凍庫には入っていないか。棚の奥にしまい込んだ桐箱から古くなった干物が見つかるのは魔法の国の一般的な家庭風景だ。

「えー……あっ」

『なっ、何?  嫌な予感するんだけど』

視線をやっただけでセネカはびくりとその身を跳ねさせる。

「セネカさん、ちょっと鍋に浸かってくれませんか?」

『嫌だよ!  死んじゃうよ!  ひとごろ……悪魔殺し!』

「強そうですね」

言ってみただけだと付け加えても、セネカは物陰に隠れて出てこない。

『ダシなら魚からとるのが定石では?』

「……魔法の国ってね、周りに海ないんだ」

『川はあっただろう』

「そうなんだけどさ、調理面倒って聞いてたから」

鱗を取り、頭を切り、背骨を外し──ほかの食材に比べて工程が多い。だからずっと避けていて、僕に魚の調理経験は無い。

「ヤモリとかある?」

『……ベルゼブブ様、嫌な予感がしてきました』

『魔法料理ですよね、これ。しかも効能しか気にしていないもの』

僕には魔法料理は作れない、魔法が使えないのだから当然だ。食べさせればベルゼブブも勘違いだと気付くだろう。

『へ、ヘル?  やはり私は生肉が……』

「アルは僕の料理食べたくないの?」

『そんな事は無いぞ!』

食べたいと言ってもらえるのはやはり嬉しい、自然と口角が上がる。あとは美味しいと言ってもらえれば最高だ。

『……貴方、押しに弱いんですか?』

『ヘルがあんな無邪気な笑顔を見せるのは珍しいのです……すみません』

『まぁいいですよ、ヘルシャフト様は貴方に食べさせたいみたいですから、私はハンバーグ以外食べたくないと駄々をこねます』

『それは……品が無いのでは』

『ハンバーグと駄々、どちらもこねる。と言葉遊びをすれば品性は保たれます』

保たれているとは思えない、アルはそう言えないまま調理風景を眺めた。

『ヘル?  その、野菜がまるごとに見えるのだが』

スープのようなものを作る為に鍋に野菜を放り込んでいると、アルが不安そうに見つめてくる。

「大丈夫だよ、ちゃんと煮込むから。アルも食べられるって」

『根菜は切ってほしいですね、芯が硬いと目立ちますよ』

「ちゃんと煮込むって」

『何で切らないんですか?』

「包丁使っちゃ危ないって言われてたから使い方わからないんだ」

お菓子の国で使ったのは人に対してだし、と思い出して嫌な気分になる。刺したくて刺したんじゃない、なんて言い訳を心の中で意味もなく唱えた。

『……皮も剥かないんですか』

「皮剥き危ないって言ってた、指に掠ったらめちゃくちゃ痛いらしいよ」

『せめて……芋の芽は、取った方が』

「後でスプーンとかで抉って」

ベルゼブブは黙って首を振り、アルの横に移動する。口出しは諦めたらしい。
解凍が終わった肉をそのまま鍋に放り込み、かき混ぜる。あとは味付けだけだ、ろくにダシを取れていないので、これには力を入れなければ。

「キノコ……これでいいか。あれ、マンドラゴラないの?  仕方ないか……目玉、爬虫類なら何でもいいから目玉……」

『あの、ベルゼブブ様。魔法料理とはどのようなものなのでしょうか』

『他国からすればゲテモノばかりですよ、それを集めて煮込むんです。鍋に描いた魔法陣やかき混ぜる時の動き、煮込みながら唱える呪文によって食材が持つ魔力を引き出すのです。病気や怪我に効くものから、記憶力が良くなるものや筋力が増すもの、若返りや催淫の効果なども。しかし、ヘルシャフト様は魔法使いとしての力はないので食材の魔力は引き出せないでしょう。ただのゲテモノ鍋です』

『ゲテモノ…………そ、それは珍しくて見た目が悪い、という意味ですよね?  味が悪くては魔法使いも食べませんよね?』

『まぁ、魔法使いも人間ですし。味覚に問題はないと思いますよ。ですが効果が期待できる薬草ほど不味いもの、多少は我慢しているところもあるのでしょう』

『味覚……』

『そもそも魔法料理は主食ではありませんよ。効果が欲しい時にだけ食べるもので、魔法使いも普通にただの料理を食べます』

味、それを考えていたアルは今までのヘルの食事を思い出していた。調味料を料理が隠れるまで振りかけ、味が薄いと様々な調味料を混ぜたりもしていた事を。

『あの、ベルゼブブ様。ヘルの味覚は独特でして』

『そうですか、なら私は駄々をこねます。もう決めました』

ヘルが鍋をかき混ぜる光景が、グツグツという音が、アルに恐怖を感じさせた。本来なら微笑ましいはずの手料理。だが、少し先の未来を思い描いたアルは耳を垂らした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

御機嫌ようそしてさようなら  ~王太子妃の選んだ最悪の結末

Hinaki
恋愛
令嬢の名はエリザベス。 生まれた瞬間より両親達が創る公爵邸と言う名の箱庭の中で生きていた。 全てがその箱庭の中でなされ、そして彼女は箱庭より外へは出される事はなかった。 ただ一つ月に一度彼女を訪ねる5歳年上の少年を除いては……。 時は流れエリザベスが15歳の乙女へと成長し未来の王太子妃として半年後の結婚を控えたある日に彼女を包み込んでいた世界は崩壊していく。 ゆるふわ設定の短編です。 完結済みなので予約投稿しています。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...