89 / 909
第八章 堕した明星
各々の日常へ
しおりを挟む
書物の国、国立大図書館。足音が響かぬようにと上等な絨毯が敷かれ、利用者は私語にうつつを抜かさず、紙のすれる心地良い音だけが耳に届く。
ゆったりと時間が流れるこの空間に似つかわしくないモノが一つ。
『それでね……って、ねぇ聞いてる? 聞いてないよね?』
黒いスーツを着た美しい女が司書に話しかけていた、だが司書は相手にせず仕事を続けている。
『ねぇアーちゃん、聞いてよ』
『……図書館では静かにしてください』
『固い事言わないでよ、どれだけ騒いだってだーれも文句言わないよ』
『話なら家で聞きます、葡萄酒と牛肉があればの話ですが』
『ほら、僕この間ヘルシャフト君に呼び出されたろ? あの時の仕事で失敗しちゃって』
司書の要求など聞こえていないかのように女は話を進めた。図書館の利用者達は女を一瞥もせず、ただ手の中の本に視線を落としていた。
集中していて聞こえていないのだ、どれだけ騒ごうと利用者は反応しない、それは女の言う通りだ。
図書館で騒いでいい理由にはならないが。
『ルシフェル相手に……ってのも無茶だけどさ、もっと早くに逃げてれば良かったかなーって、アルギュロスは死んじゃったし……ヘルシャフト君は一応無事みたいだけどさ。グリモワールも結局僕が回収したしね、また渡したいけど顔合わせにくいってのもあるんだよ。どうしようかなぁ、アーちゃんはどうすればいいと思う?』
『そうですね、まずは静かにすればいいと思います』
『グリモワール持ってないと位置も分からないからなぁ、探すの大変だけど探すしかないよね、折角の契約者なんだから』
『先の戦いで聴覚に異常が発生したようですね、早めの治療をお勧めします』
『それ抜きにしてもヘルシャフト君は良い子だし、出来れば側に置いときたいんだよね、美味しいし』
聞く耳を持たない女に呆れながら、司書は作業に戻る。古くなった本の修理だとか、新しく仕入れる本の一覧制作だとか、そんなデスクワークだ。
『まぁしばらく休業するよ、思ったよりもダメージ大きくって、さ』
女は袖を捲り上げて激しい裂傷の痕を司書に見せる……いや、司書は見ていない、女が一人で勝手に袖を捲っただけだ。
『とりあえず今日は帰るね、また話聞いてよ』
『仕事中でなければ喜んで』
出口に向かう女を見もせずに、冷たい声を返した。
だが司書は今日、女の家を訪ねるために仕事を早く切り上げると決めていた。書類整理をしながら手土産を考える司書の顔には、微かな笑みが浮かんでいた。
天界──と言っても神の御前なんて大層な場所ではない。地上に降りていた天使達が天界に報告に上がった際、一時的に待たされる広場。
広場にもいくつか種類はあるが、ここは小さな噴水と粗末なベンチだけの簡素なものだった。
『さて、これから報告に上がるのだが……まずまとめが必要だ。全員がバラバラに秩序なく話す訳にはいかないからな』
乱れた薄紫の髪を整えつつ噴水の周りを回るカマエル。ベンチに座っているのは皆、堕天使との交戦に参加した者だ。
『封印が解けた理由は未だ不明、調査隊も苦戦しているらしい。で、私達が報告すべきなのは主にルシフェルによる被害だな。反省点や改善点も求められるかもしれない、考えておくように。』
頭の中で何度もシュミレーションし、完璧に仕上げる。ふとカマエルが視線を下ろし、集まった天使の数を数えた。
『ん……? 足りないな。えぇと……ゼルクか? おい、ゼルクは何処だ』
見渡しながらカマエルはある天使の前で止まる。ゼルクの相方のような存在、娯楽の国担当、蔑称金の亡者……ラビエルだ。
『ゼルクなら強制労働所に行かせたわよ?』
『………は? 強制……何だって?』
『彼、すぐにスロットに行っちゃうから出られない所で働かせれば良いかなぁって』
柔らかい笑みを浮かべながら、当然のごとく言い放つ。
『ふざけるな! 報告があると言っただろう!? 何故そんな真似を……ああもう! 貴様らは本当に……すぐに連れて来い!』
『年季が明けるまでは地下から出られないわ?』
『なんだと!? 貴様は同僚を何だとおもってるんだ!』
『お金返さない同僚なんてゴミ以下よ? それと、たったの十年で騒がないで欲しいわ』
『十年……はぁ、もういい』
話にならないとカマエルは深く息を吐いて向かい側のベンチに座る。顔を上げると噴水が──凍っていた。
『おい、シャルギエル。もう少し抑えろ、これから報告に上がると言っているだろう』
カマエルから左側のベンチに腰掛けた夏服の少女、いや天使。彼女は薄氷のように冷たい目をカマエルに向けた。
『これ以上は不可能』
『できるできないの話じゃない、やれと言っているんだ』
『無理』
説教が始まると予想したシャルギエルは、カマエルから逃げるように顔を背けた。体勢を変えて右手をベンチについた途端、温かみのある木製のベンチは冷たい氷の中に閉じ込められる。
『……あ』
『何度言ったら加減を覚えるんだ貴様は!』
怒りを顕にして、わざとらしくも大きな足音を立てながらシャルギエルに迫る。
『レリエル、帰ろう』
『了解。報告は一人で十分』
『それもそうねぇ、わたしも帰るわ。じゃあカマエル、後よろしく~』
静かに機を待っていたレリエルは、二人の手を引いて闇の中に紛れて消える。行き場のない指先が氷像と化したベンチに触れ、カマエルは再び深く息を吐いた。
『……なぁオファニエル、貴様は帰らないだろうな』
『いや、加護受者も心配だし、月永石の加工もしたい。一人でいいなら私は帰らせてもらうよ』
小さく手を振って去っていくオファニエルを追うこともせずに、カマエルはただ噴水の前に佇んでいた。薄く張られた氷の膜に亀裂が入り、再び水は流れ出す。それと同時に名も無き陶器製の天使がカマエルを呼んだ。
『……ああ、今行く』
重い足取りで歩を進める、重厚な扉をいくつも抜けて天界の中心部へと。飛び抜けて大きく厚く重い扉……の手前、横道にそれて奥まった部屋を訪ねる。
『失礼する、ルシフェルについての報告をしに来たのだが……』
一般的な天使よりも大きな翼を揺らして、部屋の主は振り返った。社交的な笑顔でカマエルを出迎えるのは子供のような見た目の天使。
『おつかれさま、カマエル』
『あ、ああ。それで……報告、なのだが』
『あ、うん。なに?』
『………ルシフェルについてだ。封印が解けた理由は調査中で、再封印は成功した。
次に被害報告だ。滅びた国は一つで被害は少なかったと言える。オファニエルの加護受者が重傷を負ったが、回復してきているそうだ。
今後は……えぇと、そうだな、見張りが必要だと思うが……ああ、私の個人的な意見だぞ』
『うんうん、それで?』
明るい金色の髪を揺らし、楽しそうに報告を聞いている。カマエルはやりにくいなと思いながらもそれを表に出さないよう努めた。
『それで……と言われても、もう何も無い』
『ほんとうにそれだけ?』
『…………え? こ、これだけ……だ』
にっこりと可愛らしい笑顔を貼り付けたままの質問はカマエルに大きな圧力をかけた。
『たたかったのは、天使と加護受者だけ?』
『い、いや、人間と……魔獣、悪魔も居た』
カマエルは人と魔物の存在は報告する必要なしと判断していた。言い終わった瞬間、カマエルの体はくの字に曲がって吹っ飛んだ。花瓶やら時計やらが落ち、本棚が倒れる。
『ほうこくはせいかくに、ね?』
優しく笑って、剣を収めた。天使の腕の倍はある剣……アレの腹で殴られたらしい。カマエルは折れた腕を修復し、立ち上がる。
『……あ、ああ、悪い』
『ほかにはない?』
『無い……と思う』
聞かれると不安になってくる、カマエルは視線から逃れるために俯いた。長い沈黙が続く、カマエルは必死に戦いを思い出していた。
『そっか、わかった。ありがとねカマエル』
『………はっ、あ、ああ。失礼する』
『あ、まって、ききたいことあるんだ』
『な、何だ?』
扉に向かったカマエルは甘ったるい声に止められる。
『その人間、叛逆するかのうせいは?』
『………え? いや、分からない。無いと思うが』
『ぜんかいの魔物使いは叛逆した、魔物をすべて魔王となった』
『そう……だったな。まぁ平気だと思うぞ? あの子は』
『めは、どうするのがただしいのかな』
『芽は……摘む? いや、だが……まだあの子は何もしていない』
人間を庇う気などないのだが、協力的な人間なら話は別だ。ましてや魔物使い、彼をこちらに引き入れ悪魔を統治することが出来れば神魔戦争の心配はなくなる。
『ルシフェルのときもそうだったけど、きみたちってあまいよね。ぼくはずうっといっていたよ? ルシフェルのしそうはあぶないって』
『………彼の思想はまだ分からない、神への信仰心だってあるかもしれない』
『悪魔とけいやくするようなやつに、しんこうしんがあるの?』
カマエルは言葉に詰まる、だがあの少年が神にとって害となるとは思えないのだ。それは長年神の敵対者を排除してきたカマエルだけの勘だった。
『ルシフェルがいちばんさいしょにこうげきしたのはだれかしってる?』
『……いや、知らない』
人間界に降りていることの多いカマエルは、ルシフェルが堕天した瞬間も封印された瞬間も見ていない。神が即座に封印したために戦いは起こらなかったと聞いていた、天使にも被害は無かったはずだ。
『おとうとのぼくだよ』
『………え?』
『とうぜんだよね、じぶんのてのうちをしっているやつをねらうのは。なかのよさにはじしんがあったんだけど……ま、そういうことだよ、天使ですら神をうらぎりにくしんをこうげきするんだ、人間なんてしんようできないよ』
そんな話をしながらも人懐っこい笑顔を貼り付けたままだ、カマエルはそんな天使に寒気を覚えた。
『きみのぶかにいっておいて、魔物使い ヘルシャフト・ルーラーをころせって。あ、たましいはちゃんともってきてね、こっちでかこうできないかためしてみるから。"まえ"みたいに、にがしててんせいさせたら……ちょっとしたばつをあたえるからね』
『………了解』
『うん、じゃあもういっていいよ。ほうこくありがとう、おつかれさま』
舌っ足らずの見送りを受け、カマエルは重い足取りで部下の元へ向かった。
あの少年に恩がある訳でもなければ、思い入れもない。神に敵対感情を抱く者の排除は自分の使命であるし、疑わしきは罰せよという考え方にも賛成だ。
だが、何故だろうか。どうにも気分が悪い。
『……命令だ。魔物使いを探して殺せ、魂は持ち帰れ。取り逃した者は磔刑だ』
短く部下に命令を伝えると、カマエルは体調が優れないからと休憩室に向かった。
部下達は何も疑わず、新しい使命に燃えた。
ゆったりと時間が流れるこの空間に似つかわしくないモノが一つ。
『それでね……って、ねぇ聞いてる? 聞いてないよね?』
黒いスーツを着た美しい女が司書に話しかけていた、だが司書は相手にせず仕事を続けている。
『ねぇアーちゃん、聞いてよ』
『……図書館では静かにしてください』
『固い事言わないでよ、どれだけ騒いだってだーれも文句言わないよ』
『話なら家で聞きます、葡萄酒と牛肉があればの話ですが』
『ほら、僕この間ヘルシャフト君に呼び出されたろ? あの時の仕事で失敗しちゃって』
司書の要求など聞こえていないかのように女は話を進めた。図書館の利用者達は女を一瞥もせず、ただ手の中の本に視線を落としていた。
集中していて聞こえていないのだ、どれだけ騒ごうと利用者は反応しない、それは女の言う通りだ。
図書館で騒いでいい理由にはならないが。
『ルシフェル相手に……ってのも無茶だけどさ、もっと早くに逃げてれば良かったかなーって、アルギュロスは死んじゃったし……ヘルシャフト君は一応無事みたいだけどさ。グリモワールも結局僕が回収したしね、また渡したいけど顔合わせにくいってのもあるんだよ。どうしようかなぁ、アーちゃんはどうすればいいと思う?』
『そうですね、まずは静かにすればいいと思います』
『グリモワール持ってないと位置も分からないからなぁ、探すの大変だけど探すしかないよね、折角の契約者なんだから』
『先の戦いで聴覚に異常が発生したようですね、早めの治療をお勧めします』
『それ抜きにしてもヘルシャフト君は良い子だし、出来れば側に置いときたいんだよね、美味しいし』
聞く耳を持たない女に呆れながら、司書は作業に戻る。古くなった本の修理だとか、新しく仕入れる本の一覧制作だとか、そんなデスクワークだ。
『まぁしばらく休業するよ、思ったよりもダメージ大きくって、さ』
女は袖を捲り上げて激しい裂傷の痕を司書に見せる……いや、司書は見ていない、女が一人で勝手に袖を捲っただけだ。
『とりあえず今日は帰るね、また話聞いてよ』
『仕事中でなければ喜んで』
出口に向かう女を見もせずに、冷たい声を返した。
だが司書は今日、女の家を訪ねるために仕事を早く切り上げると決めていた。書類整理をしながら手土産を考える司書の顔には、微かな笑みが浮かんでいた。
天界──と言っても神の御前なんて大層な場所ではない。地上に降りていた天使達が天界に報告に上がった際、一時的に待たされる広場。
広場にもいくつか種類はあるが、ここは小さな噴水と粗末なベンチだけの簡素なものだった。
『さて、これから報告に上がるのだが……まずまとめが必要だ。全員がバラバラに秩序なく話す訳にはいかないからな』
乱れた薄紫の髪を整えつつ噴水の周りを回るカマエル。ベンチに座っているのは皆、堕天使との交戦に参加した者だ。
『封印が解けた理由は未だ不明、調査隊も苦戦しているらしい。で、私達が報告すべきなのは主にルシフェルによる被害だな。反省点や改善点も求められるかもしれない、考えておくように。』
頭の中で何度もシュミレーションし、完璧に仕上げる。ふとカマエルが視線を下ろし、集まった天使の数を数えた。
『ん……? 足りないな。えぇと……ゼルクか? おい、ゼルクは何処だ』
見渡しながらカマエルはある天使の前で止まる。ゼルクの相方のような存在、娯楽の国担当、蔑称金の亡者……ラビエルだ。
『ゼルクなら強制労働所に行かせたわよ?』
『………は? 強制……何だって?』
『彼、すぐにスロットに行っちゃうから出られない所で働かせれば良いかなぁって』
柔らかい笑みを浮かべながら、当然のごとく言い放つ。
『ふざけるな! 報告があると言っただろう!? 何故そんな真似を……ああもう! 貴様らは本当に……すぐに連れて来い!』
『年季が明けるまでは地下から出られないわ?』
『なんだと!? 貴様は同僚を何だとおもってるんだ!』
『お金返さない同僚なんてゴミ以下よ? それと、たったの十年で騒がないで欲しいわ』
『十年……はぁ、もういい』
話にならないとカマエルは深く息を吐いて向かい側のベンチに座る。顔を上げると噴水が──凍っていた。
『おい、シャルギエル。もう少し抑えろ、これから報告に上がると言っているだろう』
カマエルから左側のベンチに腰掛けた夏服の少女、いや天使。彼女は薄氷のように冷たい目をカマエルに向けた。
『これ以上は不可能』
『できるできないの話じゃない、やれと言っているんだ』
『無理』
説教が始まると予想したシャルギエルは、カマエルから逃げるように顔を背けた。体勢を変えて右手をベンチについた途端、温かみのある木製のベンチは冷たい氷の中に閉じ込められる。
『……あ』
『何度言ったら加減を覚えるんだ貴様は!』
怒りを顕にして、わざとらしくも大きな足音を立てながらシャルギエルに迫る。
『レリエル、帰ろう』
『了解。報告は一人で十分』
『それもそうねぇ、わたしも帰るわ。じゃあカマエル、後よろしく~』
静かに機を待っていたレリエルは、二人の手を引いて闇の中に紛れて消える。行き場のない指先が氷像と化したベンチに触れ、カマエルは再び深く息を吐いた。
『……なぁオファニエル、貴様は帰らないだろうな』
『いや、加護受者も心配だし、月永石の加工もしたい。一人でいいなら私は帰らせてもらうよ』
小さく手を振って去っていくオファニエルを追うこともせずに、カマエルはただ噴水の前に佇んでいた。薄く張られた氷の膜に亀裂が入り、再び水は流れ出す。それと同時に名も無き陶器製の天使がカマエルを呼んだ。
『……ああ、今行く』
重い足取りで歩を進める、重厚な扉をいくつも抜けて天界の中心部へと。飛び抜けて大きく厚く重い扉……の手前、横道にそれて奥まった部屋を訪ねる。
『失礼する、ルシフェルについての報告をしに来たのだが……』
一般的な天使よりも大きな翼を揺らして、部屋の主は振り返った。社交的な笑顔でカマエルを出迎えるのは子供のような見た目の天使。
『おつかれさま、カマエル』
『あ、ああ。それで……報告、なのだが』
『あ、うん。なに?』
『………ルシフェルについてだ。封印が解けた理由は調査中で、再封印は成功した。
次に被害報告だ。滅びた国は一つで被害は少なかったと言える。オファニエルの加護受者が重傷を負ったが、回復してきているそうだ。
今後は……えぇと、そうだな、見張りが必要だと思うが……ああ、私の個人的な意見だぞ』
『うんうん、それで?』
明るい金色の髪を揺らし、楽しそうに報告を聞いている。カマエルはやりにくいなと思いながらもそれを表に出さないよう努めた。
『それで……と言われても、もう何も無い』
『ほんとうにそれだけ?』
『…………え? こ、これだけ……だ』
にっこりと可愛らしい笑顔を貼り付けたままの質問はカマエルに大きな圧力をかけた。
『たたかったのは、天使と加護受者だけ?』
『い、いや、人間と……魔獣、悪魔も居た』
カマエルは人と魔物の存在は報告する必要なしと判断していた。言い終わった瞬間、カマエルの体はくの字に曲がって吹っ飛んだ。花瓶やら時計やらが落ち、本棚が倒れる。
『ほうこくはせいかくに、ね?』
優しく笑って、剣を収めた。天使の腕の倍はある剣……アレの腹で殴られたらしい。カマエルは折れた腕を修復し、立ち上がる。
『……あ、ああ、悪い』
『ほかにはない?』
『無い……と思う』
聞かれると不安になってくる、カマエルは視線から逃れるために俯いた。長い沈黙が続く、カマエルは必死に戦いを思い出していた。
『そっか、わかった。ありがとねカマエル』
『………はっ、あ、ああ。失礼する』
『あ、まって、ききたいことあるんだ』
『な、何だ?』
扉に向かったカマエルは甘ったるい声に止められる。
『その人間、叛逆するかのうせいは?』
『………え? いや、分からない。無いと思うが』
『ぜんかいの魔物使いは叛逆した、魔物をすべて魔王となった』
『そう……だったな。まぁ平気だと思うぞ? あの子は』
『めは、どうするのがただしいのかな』
『芽は……摘む? いや、だが……まだあの子は何もしていない』
人間を庇う気などないのだが、協力的な人間なら話は別だ。ましてや魔物使い、彼をこちらに引き入れ悪魔を統治することが出来れば神魔戦争の心配はなくなる。
『ルシフェルのときもそうだったけど、きみたちってあまいよね。ぼくはずうっといっていたよ? ルシフェルのしそうはあぶないって』
『………彼の思想はまだ分からない、神への信仰心だってあるかもしれない』
『悪魔とけいやくするようなやつに、しんこうしんがあるの?』
カマエルは言葉に詰まる、だがあの少年が神にとって害となるとは思えないのだ。それは長年神の敵対者を排除してきたカマエルだけの勘だった。
『ルシフェルがいちばんさいしょにこうげきしたのはだれかしってる?』
『……いや、知らない』
人間界に降りていることの多いカマエルは、ルシフェルが堕天した瞬間も封印された瞬間も見ていない。神が即座に封印したために戦いは起こらなかったと聞いていた、天使にも被害は無かったはずだ。
『おとうとのぼくだよ』
『………え?』
『とうぜんだよね、じぶんのてのうちをしっているやつをねらうのは。なかのよさにはじしんがあったんだけど……ま、そういうことだよ、天使ですら神をうらぎりにくしんをこうげきするんだ、人間なんてしんようできないよ』
そんな話をしながらも人懐っこい笑顔を貼り付けたままだ、カマエルはそんな天使に寒気を覚えた。
『きみのぶかにいっておいて、魔物使い ヘルシャフト・ルーラーをころせって。あ、たましいはちゃんともってきてね、こっちでかこうできないかためしてみるから。"まえ"みたいに、にがしててんせいさせたら……ちょっとしたばつをあたえるからね』
『………了解』
『うん、じゃあもういっていいよ。ほうこくありがとう、おつかれさま』
舌っ足らずの見送りを受け、カマエルは重い足取りで部下の元へ向かった。
あの少年に恩がある訳でもなければ、思い入れもない。神に敵対感情を抱く者の排除は自分の使命であるし、疑わしきは罰せよという考え方にも賛成だ。
だが、何故だろうか。どうにも気分が悪い。
『……命令だ。魔物使いを探して殺せ、魂は持ち帰れ。取り逃した者は磔刑だ』
短く部下に命令を伝えると、カマエルは体調が優れないからと休憩室に向かった。
部下達は何も疑わず、新しい使命に燃えた。
0
あなたにおすすめの小説
【収納∞】スキルがゴミだと追放された俺、実は次元収納に加えて“経験値貯蓄”も可能でした~追放先で出会ったもふもふスライムと伝説の竜を育成〜
あーる
ファンタジー
「役立たずの荷物持ちはもういらない」
貢献してきた勇者パーティーから、スキル【収納∞】を「大した量も入らないゴミスキル」だと誤解されたまま追放されたレント。
しかし、彼のスキルは文字通り『無限』の容量を持つ次元収納に加え、得た経験値を貯蓄し、仲間へ『分配』できる超チート能力だった!
失意の中、追放先の森で出会ったのは、もふもふで可愛いスライムの「プル」と、古代の祭壇で孵化した伝説の竜の幼体「リンド」。レントは隠していたスキルを解放し、唯一無二の仲間たちを最強へと育成することを決意する!
辺境の村を拠点に、薬草採取から魔物討伐まで、スキルを駆使して依頼をこなし、着実に経験値と信頼を稼いでいくレントたち。プルは多彩なスキルを覚え、リンドは驚異的な速度で成長を遂げる。
これは、ゴミスキルだと蔑まれた少年が、最強の仲間たちと共にどん底から成り上がり、やがて自分を捨てたパーティーや国に「もう遅い」と告げることになる、追放から始まる育成&ざまぁファンタジー!
猫好きのぼっちおじさん、招かれた異世界で気ままに【亜空間倉庫】で移動販売を始める
遥風 かずら
ファンタジー
【HOTランキング1位作品(9月2週目)】
猫好きを公言する独身おじさん麦山湯治(49)は商売で使っているキッチンカーを車検に出し、常連カードの更新も兼ねていつもの猫カフェに来ていた。猫カフェの一番人気かつ美人トラ猫のコムギに特に好かれており、湯治が声をかけなくても、自発的に膝に乗ってきては抱っこを要求されるほどの猫好き上級者でもあった。
そんないつものもふもふタイム中、スタッフに信頼されている湯治は他の客がいないこともあって、数分ほど猫たちの見守りを頼まれる。二つ返事で猫たちに温かい眼差しを向ける湯治。そんな時、コムギに手招きをされた湯治は細長い廊下をついて歩く。おかしいと感じながら延々と続く長い廊下を進んだ湯治だったが、コムギが突然湯治の顔をめがけて引き返してくる。怒ることのない湯治がコムギを顔から離して目を開けると、そこは猫カフェではなくのどかな厩舎の中。
まるで招かれるように異世界に降り立った湯治は、好きな猫と一緒に生きることを目指して外に向かうのだった。
追放された俺のスキル【整理整頓】が覚醒!もふもふフェンリルと訳あり令嬢と辺境で最強ギルドはじめます
黒崎隼人
ファンタジー
「お前の【整理整頓】なんてゴミスキル、もういらない」――勇者パーティーの雑用係だったカイは、ダンジョンの最深部で無一文で追放された。死を覚悟したその時、彼のスキルは真の能力に覚醒する。鑑定、無限収納、状態異常回復、スキル強化……森羅万象を“整理”するその力は、まさに規格外の万能チートだった! 呪われたもふもふ聖獣と、没落寸前の騎士令嬢。心優しき仲間と出会ったカイは、辺境の街で小さなギルド『クローゼット』を立ち上げる。一方、カイという“本当の勇者”を失ったパーティーは崩壊寸前に。これは、地味なスキル一つで世界を“整理整頓”していく、一人の青年の爽快成り上がり英雄譚!
ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る
黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。
森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。
一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。
これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。
屑スキルが覚醒したら追放されたので、手伝い屋を営みながら、のんびりしてたのに~なんか色々たいへんです(完結)
わたなべ ゆたか
ファンタジー
タムール大陸の南よりにあるインムナーマ王国。王都タイミョンの軍事訓練場で、ランド・コールは軍に入るための最終試験に挑む。対戦相手は、《ダブルスキル》の異名を持つゴガルン。
対するランドの持つ《スキル》は、左手から棘が一本出るだけのもの。
剣技だけならゴガルン以上を自負するランドだったが、ゴガルンの《スキル》である〈筋力増強〉と〈遠当て〉に翻弄されてしまう。敗北する寸前にランドの《スキル》が真の力を発揮し、ゴガルンに勝つことができた。だが、それが原因で、ランドは王都を追い出されてしまった。移住した村で、〝手伝い屋〟として、のんびりとした生活を送っていた。だが、村に来た領地の騎士団に所属する騎馬が、ランドの生活が一変する切っ掛けとなる――。チート系スキル持ちの主人公のファンタジーです。楽しんで頂けたら、幸いです。
よろしくお願いします!
(7/15追記
一晩でお気に入りが一気に増えておりました。24Hポイントが2683! ありがとうございます!
(9/9追記
三部の一章-6、ルビ修正しました。スイマセン
(11/13追記 一章-7 神様の名前修正しました。
追記 異能(イレギュラー)タグを追加しました。これで検索しやすくなるかな……。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~
テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。
しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。
ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。
「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」
彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ――
目が覚めると未知の洞窟にいた。
貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。
その中から現れたモノは……
「えっ? 女の子???」
これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。
最強の異世界やりすぎ旅行記
萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。
そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。
「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」
バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!?
最強が無双する異世界ファンタジー開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる