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第八章 堕した明星

拾い集める希望の欠片

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傷を癒しても十六夜は目を覚まさない、オファニエルは微かな呼吸だけを希望にしていた。

『相変わらず決断力のない子だ、昔そのせいで大切な者を失ったというのに……なぁんにも学習していない』

『黙れ!』

『ふふふっ、あの子ももう死んでるだろうね。君のせいで』

『あの子は生きている!  だから枷を作ったんだ!』

ルシフェルの嘲りが止まる、赤い瞳が微かに驚きに見開かれたが、すぐに元の微笑に戻る。

『へぇ……あの飽き性がまだ生きてるって?  羨ましい限りだね。自由意志を司る、なんて。天使に必要のないものを司るなんて、全く訳の分からない子だったよ。
堕とされる少し前、神に直談判に行く前、あの子が羨ましくて羨ましくて仕方がなかった。そうしなければ消えてしまうという理由だけで何もかもを許されたあの子が憎かった』

ルシフェルの瞳が憎悪と狂気に染まる、オファニエルは十六夜を後ろ手に庇い、後ずさる。
苛立ちを隠すこともなくルシフェルは翼を広げた。
何もかもを塗り潰すような黒い翼が光を帯びる。

『気が変わった、君達全員殺してやる』

『なっ……ふ、ふざけるな!  枷は外しただろう!』

『気が変わった、って言ったよね。取引なんてどうでもいいんだよ。君はいつまでも過去に囚われてるからダメなんだよ』

オファニエルは僕の元に駆け寄り、僕に十六夜を支えさせた。
僕達を後ろに庇ったオファニエルは空中に魔法陣のようなものを描く。
あの光を耐え切ろうとしているのだろう、だが僕にはそれは不可能に思えた。
岩山や草木を吹き飛ばした時や、闇を消し去った時とは訳が違う。
ルシフェルは光を一箇所に集めている、撃ち抜こうというのだ、それを防ぐなんて不可能だ。

『じゃあばいばい。まぁまぁ楽しかったよ、オファニエル』

ルシフェルの手のひらに光が集まる。それが放たれるまさにその時、ルシフェルの前に新たな天使が現れた。
儚げな美しさの、今にも消え入りそうな線の細い天使だ。
僕から見えるのは黒と白と灰の交じった髪と、白い翼と光輪だけだ。
どんな顔をしているのかさえ分からない。

『君は……!  本当に生きてたんだ、丁度良かった』

ルシフェルは手のひらの光をその天使へと向ける。

『君への憎しみを思い出していたところなんだよ、消えてくれる?』

目を眩ませる閃光、直接当たってはいないのに結界にヒビが入った。きっとあの天使は跡形もなく消されてしまっただろう、次は僕達だ。
ほんの少し伸びた寿命を何にも使えないうちにその時は来る……かと思われた。

『久しぶりだね、ルシフェル。ちょっと色々あって……記憶が曖昧なんだよね。君の封印を解かせたのは僕らしいけど……』

天使は消えてはいない、それどころか傷一つない。光が放たれる前と寸分変わらずそこに居た。
ルシフェルが腕を振るう、天使の胸が貫かれる。
いや、違う。
すり抜けている。

『僕が君からの干渉を願わなければ、君は僕に触れられない。僕の全ては僕の自由だ。生きるも死ぬも僕が決める』

『……ふざけるな。私に消せないものなどない!  あってはならないんだ!』

余裕をなくし、声を荒らげる。
そんなルシフェルの元に純白の槍が落ちる。
次々に空から降り注ぐそれは全てルシフェルに突き刺さり、地へ縫いつけた。

『神よ……私は、私こそが、最も優秀だというのに!  貴方はまだ分からないのか!  まだ人を愛するというのか!』

『……またね、ルシフェル。気が向いたら顔を見に来てあげるから』

蛍光グリーンの光を放つ巨大な機械が降ってくる、牢獄の国の地下にあった物と同じだ。
新たに設置された魔力変換装置はルシフェルの魔力を吸い上げ、それを破壊された自然の修復に当てた。

『人の為に天使を作ったんだだから、人の方が愛されているのは当然だろ?  天使は忠実な下僕であって、人のような愛玩動物じゃないんだよ。そろそろ分かりなよ、超優秀な天使長様』

ルシフェルの言葉にならない絶叫をかき消すように空から無数の鉄塊が降り注ぐ。
それは正方形の鉄箱へと姿を変え、ルシフェルを閉じ込めて地の底へと沈んでいった。

『さて、どうにか人格を安定させないと……このままだといつ消えるか分からない』

天使が振り返り、僕に歩み寄る。天使……?  いや、違う。
額に短い角がある。色の違う瞳の片方には魔を感じる。

「君は……誰?」

『天使にして鬼にして守護神にして精霊、そしてそのどれでもないモノ。面倒だから『黒』でいいよ、君はそう呼んでいただろう?』

『黒』……だって?  確かに顔や雰囲気は似通っている、だけど髪や目はこんな色じゃなかったはずだ。

『この子は貰っていくよ、オファニエル』

『……好きにしろ』

『君に僕は捕まえられないし、捕まるわけにもいかないんだよね。せいぜい頑張りなよ、僕の力を全て封じることが出来たのならその時は君に飼われてあげる』

どうせ無理だろうけど、と吐き捨て僕の手を握る。
直後、浮遊感。『黒』は翼も動かさずに空を飛んでいる。

『君には色々迷惑をかけちゃったし、手伝うよ』

「……何を?」

『賢者の石の再生』

「出来るの?  そうしたらアルにまた会えるの?」

『錬金術師ならね、探すのを手伝ってあげる』

「錬金術はもう廃れたって聞いたよ」

浮遊感が終わる。
ルシフェルと天使達が戦っていたあの赤茶けた大地に戻ってきた。そこにはもう天使も何も居ない、血の跡すら残っていない。
赤茶けた大地には少しずつ背の低い草が生え始めていた、魔力変換装置の影響だろう。

『廃れた?  千年くらい前までは盛んだっただろう?  熱心な信者が邪魔してたけど神自身は割とどうでも良さそうだったし』

「千年も前なら……もうとっくになくなってるよ」

人間とそれ以外のモノとの価値観、時間感覚の違いは僕の想像を遥かに超える。彼らは数百年なら最近と言うのだろう。

『賢者の石は不老不死も与えるはずだ、千年でどうにかなるとは思えないね』

「でも、アルを作った人は死んだって」

『黒』は拾い上げた赤い欠片を僕に見せる。アルのものだ、ルシフェルに壊された賢者の石の欠片。

『……紛い物だね』

「どういうこと?  本物じゃないの?  なら……アルは?」

『賢者の石を使って造られる魔獣にしては弱いと思ってたよ』

辺りに散らばった欠片を拾い集める。全てとはいかないが、八割くらいは集まっただろうか。

『賢者の石なんて並の人間に作れるものじゃない。天界の記録では……確か、セツナとか言ったかな』

「え……っと、その人だけが作れるの?  アルを戻してくれるの?」

『人なのかな?  よく分からない、だけどまだ生きているってことは確かだ』

「……だったら!  その人を見つければ!」

『蘇るかもね、石は大事に持っておきなよ。天界にも居場所の記録はなかったから地道に探すしかないけどね』

緑の戻った大地に黒いカバンを見つけた。
ボロボロになって中身もほとんどが壊れていて、中に入れていたはずの本も弓もなくなっていた。

『それには入れられないね、どこかで新しいのを買ってあげるよ。石はポケットにでも……破れてる?  なら僕が持っていてあげる。そんな不安そうな顔しないでよ、落としたりしないって』

渋々石の欠片を渡すと、『黒』は僕の手を取って再び浮き上がろうとする。そんな『黒』を止め、二体の獣について話す。

『どこにあるのさ、欠片もある程度ないと元に戻せないよ? せめて半分はないと』

「この辺りにあるはずなんだけど……あ、諦めないでよ?」

『分かった分かった、ちゃんと探すよ』

欠片の捜索に飽きたと言う『黒』を励ましながら、アルのものよりも細かく砕けた石を拾い集める。
僕は久しぶりに希望を見つけられた。
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