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第八章 堕した明星
輪廻
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家主らしい白衣の男に事情を説明する。
アルとの旅の話、先程会ったクリューソスの話、全てを話した。男は思っていたよりも物分りが良く、僕の話を黙って聞いてくれていた。
「クリューソスか、見たかった……」
「見たかったって……見たことないんですか?」
「俺の先祖が造ったとは言え、俺は凡人。あれほどの合成魔獣は造れないし、会えもしない。全く……君が羨ましいね」
「はぁ……そうなんですか」
「ところでさっき話していた石、見せてもらえる?」
アルとの思い出を語る過程で赤い石についても話した。赤い石は厳重に布に巻き、紐でくくって首から下げている。
そうしているとアルを身近に感じられる気がしたからだ。
「間違いないね、賢者の石だ」
「けん……何ですか? それ」
布を外して男の顔の前に石を突き出す。
いくらアルを造った人の子孫とはいえ、この石を渡したくはなかった。
「俺の先祖……じい様は賢者の石を合成魔獣に直接埋め込んだんだと。まさか本当だったとは…いやぁ驚いた驚いた。そもそも錬金術なんて夢物語だと思っていたよ、神様への叛逆行為だしね。まぁその叛逆ってのも神様本人が言った訳じゃなくて──」
妙なスイッチが入ったのか、ペラペラと石についてや先祖についてを語り出す男。
僕は生返事を続け赤い石を眺めた。
アルの鼓動を感じる温かい石、僕の認識はそんな程度だ。
「これを使えば造れるかもしれない」
「…………何を?」
「じい様の遺したメモには賢者の石に直接データを書き込んだとある。それならこの石さえ残っていれば俺にも造れる! ……かも。なぁ、君! この石、俺に預けてくれないか?」
「……すいません、嫌です。この石は、アルが居たって最後の証拠なんです」
手を伸ばしてきた男から隠すように石を握りしめる。暖かい鼓動が手のひらに伝わり、自然と涙が零れた。
「そのアルギュロスをもう一度造れるとしても?」
「……アル、を?」
「考えてみなよ、データの通りに造るんだ。アルギュロス以外のモノになることはありえない。造ると言ってもこの石を培養液に沈めて再生を促すだけ、アルギュロスにしかならない」
「アルに会えるの?」
「ああ、記憶や性格もそのままに……いや、この石ちょっと欠けてるんだよな、そこがどう反映されるか、だな。俺じゃその辺の補填は……うぅん、どうやったら石にデータなんか書き込めるんだよ……」
手のひらの中の石を見る、欠けているように思ったのはやはり間違いではなかった。欠けた部分がアルにどう影響するのか、男はそれを予想し始めたが、僕にはそんな事を気にしていられる心の余裕はなかった。
「お願いします!」
「……いいのか? 完全に元通りに造るのは俺じゃ無理だぞ?」
「お願いします、会いたいんです、お願い、アルに会わせて」
「あ、ああ……ちょっと待っててくれよ」
男は僕を地下室に誘った。微かに光る赤い液体で満たされた瓶が幾つも並んでいる。
赤……少し、目眩がする。
ふらついた僕を片手で支え、男は中心の大きな瓶の前に得意げに立った。
「これが最高傑作が生まれた場所、じい様の遺産だ」
「……ここで、アルが?」
周囲の瓶よりも一際赤く、一際美しく、まるで血で満たされているようだ。
男は瓶の横の梯子を指差し、上の穴から石を入れるように言った。
「よし、電源は入ってる。培養液の濃度も問題無い。大丈夫、俺にも出来る」
コントロールパネルを叩き、何かを呟いている男には少し不安を感じた。
そっと上から液体を覗き込む、今まで見たどんな血よりも血らしい赤色。嫌なことを思い出してしまう前に石をそっと入れる。
とぽんと音を立て、赤い液体の中に赤い石が沈む。
「……あの、そういえばあなたの名前は?」
「ああ、忘れてた。リンでいいよ。リーイン・カーネーションだ」
「……リンさん、大丈夫なんですよね?」
「多分……かな。心配なら見てなよ。ダメでも賢者の石は壊れたりしないから」
リンは後ろを向いたまま僕との会話を終えた。瓶に手を当て、目を閉じて額を当てる。
何もないはずなのにアルがそこにいる気がした。
不意にリンが大声を上げ、僕は現実に引き戻される。
「ど、どうかしましたか?」
「成功だ! 見てろ、すぐに再生が始まるぞ!」
瓶の中の液体が透明になる。
いや、違う。瓶の中の液体から赤だけが石に凝縮されたのだ。
石を取り囲むモヤのような赤は、急速にその形を変えていく。モヤの中から白い何かが現れた、あれは……骨だ。
犬、いや狼の骨格。尾の部分は普通の物よりも長い、背にも細い骨が二本……翼だろうか。
「……アル?」
「俺だって、俺だってやれば出来るんだ!」
モヤは少しずつ減っていき、その度にアルの姿に近づいていく。肉がつき、皮が張られる、銀色の毛が体を包み、黒い翼が広がる。
よくよく探してみたが、黒蛇に僕の名の刻印は見当たらない。
アルの姿が完全に再生され、僕とリンは共に歓声をあげた。
「さて、ここからが長いんだよ。明日まで、いや明後日までかかるかもしれないから、一度戻ろう」
後ろ髪を引かれる思いだが、リンに引っ張られて仕方なく地下室を出る。
「インスタントラーメンしかないや、悪いね」
戸棚を漁りながら謝罪する、聞き慣れない言葉に生返事をして椅子のホコリを払った。
大きな器に固まった麺を入れ、リンは湯を沸かし始める。
「このポットで……えー、お湯が二分で湧くとして、あと五分くらい待ってもらうよ」
「はぁ……なんなんですか? これ」
「あ、知らない? そうか……魔法の国は科学技術を忌み嫌ってたんだったか。まぁ見てなよ、面白い事になるからさ」
リンは沸騰したお湯を器に注ぎ、蓋をした。腕時計と僕の顔を交互に見ながらニヤニヤと笑っている。
「もういいかな? はい、お箸は使える?」
「原始人扱いしないでくださいよ、一通りの食器は扱えますから」
蓋を開けると湯気が溢れ、視界が一瞬白く染まる。
器には先程とは違い普通のラーメンが入っていた。
「いやーいい顔するね、当たり前になってたから気にしていなかったけど、よく考えたらお湯注いで三 分で出来るラーメンって意味分かんないよね、何でなのか詳しくは知らないし、考えたこともない。俺も慣れてなかったらそんな顔するかもな」
「そ、そんな変な顔してました 」
「純真な子供っていいよねぇ。羨ましいって言うか、自分が恥ずかしくなるって言うか、穢した……なんでもない。早く食べないと伸びちゃうよ? それが好きって人もいるけどね。あぁ……ホント、子供って最高だよ、本っ当に。子供……特に童顔の男の子、好きだなぁ……」
味は至って普通のラーメン。いや、そこらの物よりも良いくらいだ。余程僕の表情が面白かったのだろう、僕を眺めているうちに麺が伸びてしまったことにリンは気がつかなかった。
風呂は長い間掃除していないからと言うので銭湯に行った。行き道に服屋によって着替えを買ってもらい、帰り道にはその服を着た。
それとは別に僕の知らない間に買われたパステルカラーの寝間着。フリルのついたそれを渋々着て、写真撮影は断ってベッドに潜り込む。
明日か、明後日か、アルにまた会える。
僕は今、それだけを楽しみに生きている。
アルとの旅の話、先程会ったクリューソスの話、全てを話した。男は思っていたよりも物分りが良く、僕の話を黙って聞いてくれていた。
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アルとの思い出を語る過程で赤い石についても話した。赤い石は厳重に布に巻き、紐でくくって首から下げている。
そうしているとアルを身近に感じられる気がしたからだ。
「間違いないね、賢者の石だ」
「けん……何ですか? それ」
布を外して男の顔の前に石を突き出す。
いくらアルを造った人の子孫とはいえ、この石を渡したくはなかった。
「俺の先祖……じい様は賢者の石を合成魔獣に直接埋め込んだんだと。まさか本当だったとは…いやぁ驚いた驚いた。そもそも錬金術なんて夢物語だと思っていたよ、神様への叛逆行為だしね。まぁその叛逆ってのも神様本人が言った訳じゃなくて──」
妙なスイッチが入ったのか、ペラペラと石についてや先祖についてを語り出す男。
僕は生返事を続け赤い石を眺めた。
アルの鼓動を感じる温かい石、僕の認識はそんな程度だ。
「これを使えば造れるかもしれない」
「…………何を?」
「じい様の遺したメモには賢者の石に直接データを書き込んだとある。それならこの石さえ残っていれば俺にも造れる! ……かも。なぁ、君! この石、俺に預けてくれないか?」
「……すいません、嫌です。この石は、アルが居たって最後の証拠なんです」
手を伸ばしてきた男から隠すように石を握りしめる。暖かい鼓動が手のひらに伝わり、自然と涙が零れた。
「そのアルギュロスをもう一度造れるとしても?」
「……アル、を?」
「考えてみなよ、データの通りに造るんだ。アルギュロス以外のモノになることはありえない。造ると言ってもこの石を培養液に沈めて再生を促すだけ、アルギュロスにしかならない」
「アルに会えるの?」
「ああ、記憶や性格もそのままに……いや、この石ちょっと欠けてるんだよな、そこがどう反映されるか、だな。俺じゃその辺の補填は……うぅん、どうやったら石にデータなんか書き込めるんだよ……」
手のひらの中の石を見る、欠けているように思ったのはやはり間違いではなかった。欠けた部分がアルにどう影響するのか、男はそれを予想し始めたが、僕にはそんな事を気にしていられる心の余裕はなかった。
「お願いします!」
「……いいのか? 完全に元通りに造るのは俺じゃ無理だぞ?」
「お願いします、会いたいんです、お願い、アルに会わせて」
「あ、ああ……ちょっと待っててくれよ」
男は僕を地下室に誘った。微かに光る赤い液体で満たされた瓶が幾つも並んでいる。
赤……少し、目眩がする。
ふらついた僕を片手で支え、男は中心の大きな瓶の前に得意げに立った。
「これが最高傑作が生まれた場所、じい様の遺産だ」
「……ここで、アルが?」
周囲の瓶よりも一際赤く、一際美しく、まるで血で満たされているようだ。
男は瓶の横の梯子を指差し、上の穴から石を入れるように言った。
「よし、電源は入ってる。培養液の濃度も問題無い。大丈夫、俺にも出来る」
コントロールパネルを叩き、何かを呟いている男には少し不安を感じた。
そっと上から液体を覗き込む、今まで見たどんな血よりも血らしい赤色。嫌なことを思い出してしまう前に石をそっと入れる。
とぽんと音を立て、赤い液体の中に赤い石が沈む。
「……あの、そういえばあなたの名前は?」
「ああ、忘れてた。リンでいいよ。リーイン・カーネーションだ」
「……リンさん、大丈夫なんですよね?」
「多分……かな。心配なら見てなよ。ダメでも賢者の石は壊れたりしないから」
リンは後ろを向いたまま僕との会話を終えた。瓶に手を当て、目を閉じて額を当てる。
何もないはずなのにアルがそこにいる気がした。
不意にリンが大声を上げ、僕は現実に引き戻される。
「ど、どうかしましたか?」
「成功だ! 見てろ、すぐに再生が始まるぞ!」
瓶の中の液体が透明になる。
いや、違う。瓶の中の液体から赤だけが石に凝縮されたのだ。
石を取り囲むモヤのような赤は、急速にその形を変えていく。モヤの中から白い何かが現れた、あれは……骨だ。
犬、いや狼の骨格。尾の部分は普通の物よりも長い、背にも細い骨が二本……翼だろうか。
「……アル?」
「俺だって、俺だってやれば出来るんだ!」
モヤは少しずつ減っていき、その度にアルの姿に近づいていく。肉がつき、皮が張られる、銀色の毛が体を包み、黒い翼が広がる。
よくよく探してみたが、黒蛇に僕の名の刻印は見当たらない。
アルの姿が完全に再生され、僕とリンは共に歓声をあげた。
「さて、ここからが長いんだよ。明日まで、いや明後日までかかるかもしれないから、一度戻ろう」
後ろ髪を引かれる思いだが、リンに引っ張られて仕方なく地下室を出る。
「インスタントラーメンしかないや、悪いね」
戸棚を漁りながら謝罪する、聞き慣れない言葉に生返事をして椅子のホコリを払った。
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「あ、知らない? そうか……魔法の国は科学技術を忌み嫌ってたんだったか。まぁ見てなよ、面白い事になるからさ」
リンは沸騰したお湯を器に注ぎ、蓋をした。腕時計と僕の顔を交互に見ながらニヤニヤと笑っている。
「もういいかな? はい、お箸は使える?」
「原始人扱いしないでくださいよ、一通りの食器は扱えますから」
蓋を開けると湯気が溢れ、視界が一瞬白く染まる。
器には先程とは違い普通のラーメンが入っていた。
「いやーいい顔するね、当たり前になってたから気にしていなかったけど、よく考えたらお湯注いで三 分で出来るラーメンって意味分かんないよね、何でなのか詳しくは知らないし、考えたこともない。俺も慣れてなかったらそんな顔するかもな」
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