魔法使いの国で無能だった少年は、魔物使いとして世界を救う旅に出る

ムーン

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第八章 堕した明星

君と訪れたかった国

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科学の国。
世界で最も''進んだ''国とも呼ばれており、正義の国に次ぐ発言力を持っている。
その科学力は凄まじく、あらゆる物が機械化されているという。
……僕の生まれた国とは正反対だ。


牢獄の国から科学の国までは船が出ている、つい最近までは魔王の影響で便が減っていたらしい。魔王が現れる前と同じにはまだ戻れないけれど。

二日ほどかかる船旅、一人では酷く寂しい。
誰かと話すことも誰かに触れることも出来ない。
寂しい。
今までの人生、一人の時間の方が圧倒的に長かったのに。

「寂しい……な」

甲板から水平線を眺め、一人呟く。

『なら僕と話でもする?  それとも殴りたいかな、殺したいかな。どちらも無理だけどね』

柵に体を預けてぼうっと潮風を浴びていると、目の前に黒い影。
柵の向こう側に浮いており、その体は透けていた。
『黒』だ。

『ねぇ、僕のせいで最愛のモノを亡くしたんだよ?  憎くないの?』

「……君は、知ってたの?」

『何を?』

「天使長が……堕天使になってたって」

『……知らなかった、僕は長い間閉じ篭っていたからね。驚いたよ、まさかあの人が堕とされたなんてさ。遠くから眺めていたら城を突き破って飛んで行ったから追いかけようとしたんだけど、速くってさ』

トン、と『黒』は船に降り立った。
その体は先程までとは違ってはっきりしており、影もある。
実体化したという事なのだろう。

「……無賃乗船だよ」

『固い事言わないでよ。ねぇ、憎くないの?』

「知らなかったなら、いいよ。仕方ない。それに君だって辛いだろうし」

『辛い?』

「会いたかった人が堕天して……知ってる人じゃなくなっちゃってるなんて、僕だったら泣き喚いてうずくまってる」

『僕は君にとっての狼ほどあの人を愛してはいないよ。多分ね。あまり記憶もないし、もう何の感情も僕には存在しないから、分からない。何もかもを分けてしまった残りカスだからね』

「……そう」

事情はよく分からないし、きっと聞いても理解できない。
それに大した興味もなかった。
アルを失ったのは『黒』のせいだなんて思いたくなかったから、何も考えないようにしていた。

『……ね、僕、君に頼んだよね?  その時に何か変なとこなかった?』

「え?  いや、別に……なかった、と思うけど」

突然の質問は、意図も意味も分からない。

『あの顔無し野郎……あ、いや、何でもない』

「そう?  ならいいけどさ」

『うん、ごめんね。それだけ、じゃあまた今度。君が生きていて僕が消えていなかったらまた会おうよ』

そう言って『黒』の体は再び透けて消えていく。霧のように白昼夢のように、痕跡など何もない。
独り言でも言っていたんじゃないか、なんて考えも浮かぶほどに。
それでも『黒』は確かに居た、僕の方からも別れの言葉くらいは言いたかったな、なんて思いながら船を降りた。


今まで見たどの国よりも機械が多い。
立ち並んだ家々は全て真四角で、道を行く人は機械に乗っている。
淡い光を放ち、地面を滑るそれは僕には恐怖の対象だ。
勇気を振り絞って待ち合わせをしているらしい男に話しかける。男はメモ帳のような機械から顔を上げ、軽く屈んで僕に目線を合わせてくれた。
いい人そうだと安心した僕は彼に尋ねた。合成魔獣について何か知りませんか、と。

「キマイラ?  ペットショップなら向こうにあるよ?」

「そうじゃなくて……その、最上級の合成魔獣が造られた所って、知りませんか?」

「うーん、分からないなぁ」

「……そうですか。お声かけしてすみませんでした」

軽い会釈をし、その場を立ち去る。このまま聞き込みを続けるのは良い手とは言えない、だからといって他に策もない。
途方に暮れる僕の耳に人々の歓声が届く。人混みに向かって進み、人の隙間を縫って中心に向かった。
騒ぎの中心に居たのは虎だ。真っ白な翼と光輪、金に輝く美しい虎。
その虎は僕を見つけると忌々しそうに吠えた。

『いつぞやの魔物使いではないか』

「えっと……確か、クリューソス?」

『様をつけろ!  この下等生物が!』

下等生物というのは人間という意味か?  それとも僕が下等だと言いたいのか?
確かに僕は最低な人間だろうけど、面と向かって事実を言われると腹が立つ。

「クリューソス……様、何してるの?」

『故郷に帰って何が悪い、何か文句があるのか下等生物……ん?  おい、あの雌犬はどこだ?  今日は居ないのか?』

人々は僕から距離を取り、薄っぺらい何かを向けた。
あの光、あの音……カメラだろうか。僕の知るカメラとは随分形が違う、撮られているというのは気分が悪い。

「アル……は、その」

僕のせいで死んだ。
たった一文が声になってくれない、喉に貼り付いて出てこない。
僕が黙ったのを見てクリューソスはため息をつく。

『まぁいい、居ないのなら好都合だ。お前も来い』

僕の腕に尻尾を絡ませて引っ張る。その仕草にアルを思い出し、勝手に涙が零れた。
クリューソスはそんなこと露ほども気にせず人気のない方へと僕を誘う。
喰われてしまうのではないか、と心配になってきた。

『ここだ、変わっていないな』

「……何?  廃墟?」

連れてこられたのはこの国では珍しく雑草が生えた廃墟だ。他の建物のように真四角でもなく、ここだけが取り残されたように思える。

『俺の生まれた場所だ、久しぶりに顔を出そうと思ってな』

「アルもここで生まれたの?」

『そうなるな……ん?』

廃墟にしか見えないその建物の前に、天使が降り立つ。
赤髪のその天使には見覚えが──ああ、そうだ。書物の国で襲ってきた天使達の片割れ、逃げていった方だ。

『シャム、何か用か?』

『何か用か?  じゃない!  仕事放ったらかしで何してんの!?』

『貴様の仕事だろう、自分でやれ。何でもかんでも俺に押し付けるな』

『クリューソスに頼んだんじゃん!  いいよって言ってたもん!  ほらさっさと来る!』

『我が家に帰ると言っていたはずだ……おい、引っ張るな……分かった分かった、仕方ないな。
じゃあな、下等生物。お前の息の根が止まっていなければまた会おう』

呆然とする僕を置いて、クリューソスはシャムに引っ張られて飛び去った。僕はクリューソスの姿が見えなくなっても空を見上げていたが、ふと我に返り目の前の廃墟を見つめた。
アルが生まれた場所……今は人が住んでいるとは思えない、忍び込むとしようか。
人気のない道を警戒して進み、廃墟の門をそっと開く。鉄製のそれは甲高い音を鳴らして開き、僕の神経を逆なでしていった。

中は思っていたよりも綺麗だ。
ホコリは少なく、物は散乱していたが通路は確保されている。
奥へ進むと不気味な部屋を見つけた。僕の背よりも大きな瓶に蛍光グリーンの液体が満たされ、それが幾つも並んでいる。
その部屋の机には大量の本や紙束が散乱し、コードが床を這っていた。

「誰だ!」

そんな部屋でアルとの思い出に浸る僕を現実に引き戻したのは、ボサボサ頭の白衣の男だった。
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