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暗い境内で一人で祈り続ける惣兵衛は、はたから見て奇人と言えよう。よからぬ願いを成就させようと妄念に憑りつかれているのではないかと心配になる。それでも雑念を捨てて祈ることだけに集中していると、源之進の表情も穏やかになって、呼吸も少しずつ強くなってくるのを感じる。
「もうええやろか?」
だが、そう思って祈るのを止めてみると、表情は苦しそうで呼吸も絶え絶えになって来るので、本当に惣兵衛は祈り続けないといけなかった。
そのまま目を閉じれば、漆黒の暗闇にただ一人残されたのである。
○
朝…、
境内を包む靄#____#もやも陽光に照らされ、少しずつ晴れてゆく。
「んんん…、う~ん…」
鳥のさえずりと暖かい空気が朝を知らせる。建物の隙間から日の出が差し込み、朝日に照らされて源之進の意識が起き出してくる。
「イテテ…体が重いったらねえぜ。おっと!こいつは…」
と、その横には惣兵衛が寝転がって寝息を立てているのだった。
「これは…酔い潰れているのかな?いやいや違うな」
昨夜の一段を思い出し、体の中に新たな霊験が満ちているのを感じる。この社の神によって助けられたのは間違いなかったが、惣兵衛がどうやって知恵を回したのかは不明である。
「う~ん」
惣兵衛は体をひねって寝相を変えようとした。
「おい惣兵衛!」
「おお…!なんや、…起きて大丈夫なんか?」
「ああ…、お前さんのお蔭で九死に一生を得たぜ。ぶっ倒れて意識を失う前に、わしが社の力を感じると言ったから、ここの神様に力を分けて貰う事を思いついたのか?」
「…いいや、連れだと言う狼に聞いたのだ」
「何…?」
驚いて聞き返したが、惣兵衛は昨夜の出来事を追って伝えた。
「あいつが?………獲物として狙っている物とばかり思っていたが、倒れているわしを助けるなど何故だろうか?」
「さあな」
惣兵衛から言わせれば、こちらはずっと驚き続きだ。
「そんなことよりも、これは返して貰うからな」
惣兵衛はそう言って、財布に移された路銀を見せつけた。
「おい!わしの銭が!」
「おまえのではないわ!藤川の旦那様から盗んだ八両も返してもらうで!そうや残りは命の恩人である神様の賽銭にしよう」
惣兵衛は巾着の中の銭を賽銭箱に放り込んだ。源之進の体は俊敏には動かず、起き上がるのにも一苦労するようで、それを無理に取り返そうとはしなかった。しかし、とても恨めしそうに惣兵衛を見ている。
「ところで狼の野郎はわしについて何か言っておったか?」
「妖怪風情を助けたのは頼まれたからやと言ってたわ」
「誰にだ?」
「丹海というお坊様だとか」
「…………」
「誰なんや?」
「…わしの育ての父だ」
源之進は腑に落ちないような、それでいて懐かしそうな顔を浮かべている。しばらくすると、見違えるように力を取り戻したようで、しっかりとした足取りで立ち上がった。
「わしは余り人里に長く居るのは良くないようだ」
「そのようだな」
「此度は多大な迷惑をかけて申し訳なかったが、どうかその銭とわしの陳謝に免じて許して頂けるよう願いたい。わしはこれから僧門に入って、また行者として修行の生活を送ろうと思う。次に惣兵衛に相まみえる事あれば、わしは仏性を湛えた人物として現れる事を約束致そう」
「ほんまかな、訝しいな?」
「その時はこの可笑しな縁を思い出話に、また座敷で一杯飲み交わそうではないか?それはきっと惣兵衛殿が立派な商人になっている時であろうな」
「坊主のくせに座敷で飲むんかい」
「さらばだ」
こう言って別れを告げたのだった。惣兵衛にとっては単なる災難であったのか?はたまた人間にとって一生に一度の貴重な経験だったのかは、謎のまま源之進は朝の霧の中に姿を消したのだった。
「もうええやろか?」
だが、そう思って祈るのを止めてみると、表情は苦しそうで呼吸も絶え絶えになって来るので、本当に惣兵衛は祈り続けないといけなかった。
そのまま目を閉じれば、漆黒の暗闇にただ一人残されたのである。
○
朝…、
境内を包む靄#____#もやも陽光に照らされ、少しずつ晴れてゆく。
「んんん…、う~ん…」
鳥のさえずりと暖かい空気が朝を知らせる。建物の隙間から日の出が差し込み、朝日に照らされて源之進の意識が起き出してくる。
「イテテ…体が重いったらねえぜ。おっと!こいつは…」
と、その横には惣兵衛が寝転がって寝息を立てているのだった。
「これは…酔い潰れているのかな?いやいや違うな」
昨夜の一段を思い出し、体の中に新たな霊験が満ちているのを感じる。この社の神によって助けられたのは間違いなかったが、惣兵衛がどうやって知恵を回したのかは不明である。
「う~ん」
惣兵衛は体をひねって寝相を変えようとした。
「おい惣兵衛!」
「おお…!なんや、…起きて大丈夫なんか?」
「ああ…、お前さんのお蔭で九死に一生を得たぜ。ぶっ倒れて意識を失う前に、わしが社の力を感じると言ったから、ここの神様に力を分けて貰う事を思いついたのか?」
「…いいや、連れだと言う狼に聞いたのだ」
「何…?」
驚いて聞き返したが、惣兵衛は昨夜の出来事を追って伝えた。
「あいつが?………獲物として狙っている物とばかり思っていたが、倒れているわしを助けるなど何故だろうか?」
「さあな」
惣兵衛から言わせれば、こちらはずっと驚き続きだ。
「そんなことよりも、これは返して貰うからな」
惣兵衛はそう言って、財布に移された路銀を見せつけた。
「おい!わしの銭が!」
「おまえのではないわ!藤川の旦那様から盗んだ八両も返してもらうで!そうや残りは命の恩人である神様の賽銭にしよう」
惣兵衛は巾着の中の銭を賽銭箱に放り込んだ。源之進の体は俊敏には動かず、起き上がるのにも一苦労するようで、それを無理に取り返そうとはしなかった。しかし、とても恨めしそうに惣兵衛を見ている。
「ところで狼の野郎はわしについて何か言っておったか?」
「妖怪風情を助けたのは頼まれたからやと言ってたわ」
「誰にだ?」
「丹海というお坊様だとか」
「…………」
「誰なんや?」
「…わしの育ての父だ」
源之進は腑に落ちないような、それでいて懐かしそうな顔を浮かべている。しばらくすると、見違えるように力を取り戻したようで、しっかりとした足取りで立ち上がった。
「わしは余り人里に長く居るのは良くないようだ」
「そのようだな」
「此度は多大な迷惑をかけて申し訳なかったが、どうかその銭とわしの陳謝に免じて許して頂けるよう願いたい。わしはこれから僧門に入って、また行者として修行の生活を送ろうと思う。次に惣兵衛に相まみえる事あれば、わしは仏性を湛えた人物として現れる事を約束致そう」
「ほんまかな、訝しいな?」
「その時はこの可笑しな縁を思い出話に、また座敷で一杯飲み交わそうではないか?それはきっと惣兵衛殿が立派な商人になっている時であろうな」
「坊主のくせに座敷で飲むんかい」
「さらばだ」
こう言って別れを告げたのだった。惣兵衛にとっては単なる災難であったのか?はたまた人間にとって一生に一度の貴重な経験だったのかは、謎のまま源之進は朝の霧の中に姿を消したのだった。
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