40 / 109
其の参 甘いも、酸いも
十一
しおりを挟む
また、会話が途切れてしまいそうになった。初名はどうしてか、それが惜しいことのように思えて、何か別の話題を探した。
「そ、そういえば、あの後どうなったんですか? あの女の人たちとか……」
いきなりの話題転換にしては振れ幅が大きすぎたかと初名は心配したが、辰三は「ああ」と呟いて、何か思い出そうとしていた。
「うん、なかなか大変やったで。周りから白い目で見られるし、こそこそ帰らなあかんし、キミ全然起きへんし……おんぶせなアカンかったし」
「もう本当にすみません! 多大なるご迷惑をおかけしてしまいまして……!」
「いや、ええよ。さっきも言うたけど、さすがにアレは僕も責任あるし」
「怨念……ですか?」
「そう。火山の噴火みたいに噴き出とったやつ。あれはあの女の子の怨念。彼氏盗った友達……隣におった子な。あの子への恨みつらみが溜まっとったもん」
「え」
「あの二人は、僕が怨念吸い上げたらサッパリしたんか、お互い我慢せんと思とることぶつけ合って大胆にケンカして、その後は浮気した彼氏が一番悪いて意気投合して帰ったで」
「え??」
「つまり、無事やなかったんはキミだけ、ゆうことや。あと、その彼氏も無事やないかもしれんけど」
「その彼氏さんは、まぁ置いといて……無事なら、良かったです」
初名がそう言うと、辰三は何やら不思議そうに初名の顔をのぞきこんできた。
「な、何ですか?」
「いや、随分人のええこと言うなぁ思て」
「人がいい……ですか?」
辰三は頷きながら、串に刺さっていた団子を一つかじりとった。
「だってなぁ、あんなに真っ黒いもん見てそう思えるて……凄いで。普通はもっと怖がるやろ」
言われてみれば、あの光景を見ていたその時は確かに怖かった。だが時間が経った今、辰三の飄々とした語り口調で聞いてしまえば、不思議と怖く感じないのだった。どうしてか、初名にもわからなかった。
「よくわからないんですけど……あの女の人二人も最後は意気投合できたんですよね。じゃあ問題はないかなって……」
先ほどの女性二人について、初名は何も知らない。だから抱く思いがあるとすれば、怪我もなく仲良くできるなら、それに越したことはない、ということだけだった。
初名がそう考えながら一つ一つ口にした言葉を、辰三は瞬きしながらじっと聞いていた。そして、何やら考え込んだかと思ったら唸り声と共に初名の顔を再び覗き込んだ。
「きみ、ええ子やな」
「え? いやいや、そんな……」
「そんなええ子が、何でさっきから僕からちょこっとずつ視線逸らして話すんか、ようわからんわぁ……なんで?」
「う……!」
初名はせっかく食べようと思って手にした団子の串を取り落とした。包帯の奥の辰三の視線が、尖った団子の串のごとく真っ直ぐに初名を貫こうとしている。
初名は観念して話し始めた。
「じ、実は……昔、家族で遊園地に行った時のことで……」
「……うん?」
怪訝な顔をしながらも、辰三は先を促した。
「その時に、お兄ちゃんと二人でお化け屋敷に入りまして」
「ほぉ、お兄ちゃんね」
「そのお化け屋敷というのが、大人でも失神者続出と定評のあるところでして……お兄ちゃんは果敢にも子供二人で挑むと言って聞かなかったんです」
「はぁ。勇敢やな」
「入ってみたら、お化け役の人たちがそれはもう気合の入った演技で……入り口からずっと泣きそうで……」
「でも泣かへんかったんや。すごいな」
「でも……でも出口が見えたかと思ったその時に、行く手に立ちふさがるようにお化け役の人が現れたんです。それが他のおばけより何倍も怖くて……お兄ちゃんは逃げちゃったんです。一人で」
「……ほぉ」
「最悪でした。私の手を振り払って、叫ぶだけ叫んで、さっさとお化けの脇をすり抜けて出口に向かったんです。無理やり引き込んだ妹を置いて……! 残された私は完全に腰が抜けて、その場でただただひたすら泣き叫んでました。その、お化けの役柄が……」
「ミイラやったんか」
初名は、こくりと頷いた。目の前で瞬きを繰り返す辰三の顔は、その時のミイラ男役の人と、同じような面持ちだった。かける言葉がないといった風だ。
「……まぁ、なんや……それは、お兄ちゃん酷いな。それでキミの方もトラウマになったっちゅうわけか」
初名は、再び深く頷いた。
辰三はその様子を見て、しばし考え込んだ。
「ほな、これならええか?」
辰三はそう言うと、するすると顔に巻いていた包帯を外し始めた。一気に緩めて顔からずらすと、先ほども見た美男が顔を出した。
「はい。ぜひ、そのままで」
仕方ないといった顔をしつつ、辰三は包帯をしまった。
「人がせっかく隠しとった顔出したんや、今度はちゃんと顔見て話してや」
「はい」
初名はそう言うと、隣の席に座った。辰三の、真正面の席だ。
「この顔の方がええて、変わってるなぁキミ」
「そうですか?」
「うん。変わってるわ、キミ」
辰三のそう言って浮かべた笑みは、苦笑いでもなく、屈託のない笑みでもなく、どこか自虐的な、皮肉めいた笑みであった。
「そ、そういえば、あの後どうなったんですか? あの女の人たちとか……」
いきなりの話題転換にしては振れ幅が大きすぎたかと初名は心配したが、辰三は「ああ」と呟いて、何か思い出そうとしていた。
「うん、なかなか大変やったで。周りから白い目で見られるし、こそこそ帰らなあかんし、キミ全然起きへんし……おんぶせなアカンかったし」
「もう本当にすみません! 多大なるご迷惑をおかけしてしまいまして……!」
「いや、ええよ。さっきも言うたけど、さすがにアレは僕も責任あるし」
「怨念……ですか?」
「そう。火山の噴火みたいに噴き出とったやつ。あれはあの女の子の怨念。彼氏盗った友達……隣におった子な。あの子への恨みつらみが溜まっとったもん」
「え」
「あの二人は、僕が怨念吸い上げたらサッパリしたんか、お互い我慢せんと思とることぶつけ合って大胆にケンカして、その後は浮気した彼氏が一番悪いて意気投合して帰ったで」
「え??」
「つまり、無事やなかったんはキミだけ、ゆうことや。あと、その彼氏も無事やないかもしれんけど」
「その彼氏さんは、まぁ置いといて……無事なら、良かったです」
初名がそう言うと、辰三は何やら不思議そうに初名の顔をのぞきこんできた。
「な、何ですか?」
「いや、随分人のええこと言うなぁ思て」
「人がいい……ですか?」
辰三は頷きながら、串に刺さっていた団子を一つかじりとった。
「だってなぁ、あんなに真っ黒いもん見てそう思えるて……凄いで。普通はもっと怖がるやろ」
言われてみれば、あの光景を見ていたその時は確かに怖かった。だが時間が経った今、辰三の飄々とした語り口調で聞いてしまえば、不思議と怖く感じないのだった。どうしてか、初名にもわからなかった。
「よくわからないんですけど……あの女の人二人も最後は意気投合できたんですよね。じゃあ問題はないかなって……」
先ほどの女性二人について、初名は何も知らない。だから抱く思いがあるとすれば、怪我もなく仲良くできるなら、それに越したことはない、ということだけだった。
初名がそう考えながら一つ一つ口にした言葉を、辰三は瞬きしながらじっと聞いていた。そして、何やら考え込んだかと思ったら唸り声と共に初名の顔を再び覗き込んだ。
「きみ、ええ子やな」
「え? いやいや、そんな……」
「そんなええ子が、何でさっきから僕からちょこっとずつ視線逸らして話すんか、ようわからんわぁ……なんで?」
「う……!」
初名はせっかく食べようと思って手にした団子の串を取り落とした。包帯の奥の辰三の視線が、尖った団子の串のごとく真っ直ぐに初名を貫こうとしている。
初名は観念して話し始めた。
「じ、実は……昔、家族で遊園地に行った時のことで……」
「……うん?」
怪訝な顔をしながらも、辰三は先を促した。
「その時に、お兄ちゃんと二人でお化け屋敷に入りまして」
「ほぉ、お兄ちゃんね」
「そのお化け屋敷というのが、大人でも失神者続出と定評のあるところでして……お兄ちゃんは果敢にも子供二人で挑むと言って聞かなかったんです」
「はぁ。勇敢やな」
「入ってみたら、お化け役の人たちがそれはもう気合の入った演技で……入り口からずっと泣きそうで……」
「でも泣かへんかったんや。すごいな」
「でも……でも出口が見えたかと思ったその時に、行く手に立ちふさがるようにお化け役の人が現れたんです。それが他のおばけより何倍も怖くて……お兄ちゃんは逃げちゃったんです。一人で」
「……ほぉ」
「最悪でした。私の手を振り払って、叫ぶだけ叫んで、さっさとお化けの脇をすり抜けて出口に向かったんです。無理やり引き込んだ妹を置いて……! 残された私は完全に腰が抜けて、その場でただただひたすら泣き叫んでました。その、お化けの役柄が……」
「ミイラやったんか」
初名は、こくりと頷いた。目の前で瞬きを繰り返す辰三の顔は、その時のミイラ男役の人と、同じような面持ちだった。かける言葉がないといった風だ。
「……まぁ、なんや……それは、お兄ちゃん酷いな。それでキミの方もトラウマになったっちゅうわけか」
初名は、再び深く頷いた。
辰三はその様子を見て、しばし考え込んだ。
「ほな、これならええか?」
辰三はそう言うと、するすると顔に巻いていた包帯を外し始めた。一気に緩めて顔からずらすと、先ほども見た美男が顔を出した。
「はい。ぜひ、そのままで」
仕方ないといった顔をしつつ、辰三は包帯をしまった。
「人がせっかく隠しとった顔出したんや、今度はちゃんと顔見て話してや」
「はい」
初名はそう言うと、隣の席に座った。辰三の、真正面の席だ。
「この顔の方がええて、変わってるなぁキミ」
「そうですか?」
「うん。変わってるわ、キミ」
辰三のそう言って浮かべた笑みは、苦笑いでもなく、屈託のない笑みでもなく、どこか自虐的な、皮肉めいた笑みであった。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
推理小説家の今日の献立
東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。
その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。
翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて?
「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」
ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。
.。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+
第一話『豚汁』
第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』
第三話『みんな大好きなお弁当』
第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』
第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』
Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。
仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-
橘花やよい
キャラ文芸
スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。
心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。
pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。
「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。
神の居る島〜逃げた女子大生は見えないものを信じない〜
(旧32)光延ミトジ
キャラ文芸
月島一風(つきしまいちか)、ニ十歳、女子大生。
一か月ほど前から彼女のバイト先である喫茶店に、目を惹く男が足を運んでくるようになった。四十代半ばほどだと思われる彼は、大人の男性が読むファッション雑誌の“イケオジ”特集から抜け出してきたような風貌だ。そんな彼を意識しつつあった、ある日……。
「一風ちゃん、運命って信じる?」
彼はそう言って急激に距離をつめてきた。
男の名前は神々廻慈郎(ししばじろう)。彼は何故か、一風が捨てたはずの過去を知っていた。
「君は神の居る島で生まれ育ったんだろう?」
彼女の故郷、環音螺島(かんねらじま)、別名――神の居る島。
島民は、神を崇めている。怪異を恐れている。呪いを信じている。あやかしと共に在ると謳っている。島に住む人間は、目に見えない、フィクションのような世界に生きていた。
なんて不気味なのだろう。そんな島に生まれ、十五年も生きていたことが、一風はおぞましくて仕方がない。馬鹿げた祭事も、小学校で覚えさせられた祝詞も、環音螺島で身についた全てのものが、気持ち悪かった。
だから彼女は、過去を捨てて島を出た。そんな一風に、『探偵』を名乗った神々廻がある取引を持ち掛ける。
「閉鎖的な島に足を踏み入れるには、中の人間に招き入れてもらうのが一番なんだよ。僕をつれて行ってくれない? 渋くて格好いい、年上の婚約者として」
断ろうとした一風だが、続いた言葉に固まる。
「一緒に行ってくれるなら、君のお父さんの死の真相、教えてあげるよ」
――二十歳の夏、月島一風は神の居る島に戻ることにした。
(第6回キャラ文芸大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった方、ありがとうございました!)
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
未亡人クローディアが夫を亡くした理由
臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。
しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。
うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。
クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。
※ 表紙はニジジャーニーで生成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる