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其の参 甘いも、酸いも
十二
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初名が苦手なのはミイラのみ。そうではなくなった辰三なら、真正面から見つめても平気だし、声をかけるのも簡単だった。
「辰三さん、甘いものがお好きなんですか?」
「はぁ?」
返答は予想に反して渋いものだった。辰三は、整った眉を眉間に寄せている。それほど怒らせるようなことでもなかったと思うので、初名は戸惑った。
「だ、だってこんなに美味しそうなメニューがいっぱい並んでるのに、迷わずお団子を頼んだから……さっきも、オムレツのお店とかカレーのお店があったのに、迷わずにジェラート屋さんを選びましたよね。好きじゃないんですか」
辰三は、考え込んでしまった。初名の問いに対する答えを慎重に選んでいるようだった。
「そうやな。僕は、別に好きやない……味なんて、わからへんからな」
「……へ?」
言っている意味が理解できない初名に対し、辰三はぐいっと顔を近づけた。初名は後じさる……ことはなく、じっとその顔を見つめ返していた。
「キミ、今は僕のこと怖くないん?」
「え、何でですか?」
初名の目の前にいるのは、大学構内でもこれまでの人生でもちょっとお目にかかったことのない美男だ。風見や弥次郎は除くが。感心してぼんやりしてしまうことはあっても、怖いことなどなかった。
「ただの死体のミイラは怖くて、僕は全然怖くないって?」
動く時点でただの死体ではないと思われるが……言っていることはその通りだった。初名は、うんうんと頷いた。すると、辰三はまた皮肉めいた笑みを浮かべていた。
「たぶん、僕の方がずっと怖いで」
「どこが、ですか?」
初名にしてみれば、ジェラートを奢れだの団子を奢れだの言っている姿しか思い浮かばない。思い浮かばなくなっていた。その脳天気な顔と声に、辰三は諦めたようにため息をついた。
「はぁ……大物やな、キミ」
「え、そうですか?」
「照れるな。貶しとるねん」
「貶してる!? 何故!?」
「まぁ半分は感心しとるけど」
「う……甘いものが好きかどうか聞いただけで何でこんなことに……?」
たじろぐ初名に、辰三は再び団子を勧めた。初名が一つかじると、辰三は残った自分の団子のうち、上にかかっている蜜をそろりと舐めとった。
「うん、甘くて美味しいです」
初名がそう言うと、辰三は自分の持っていた串を、皿に置いた。
「うん。僕は、そういう顔を見たいねん」
「どういうことですか?」
初名は何気なく尋ね返したつもりだったが、辰三は思いのほか答えに困っていた。初名は、その答えを待った。
「僕は味なんかようわからんようになってしもたけど、家族がな……皆甘いもんが好きやった」
”家族”…… その言葉で、初名の脳裏に先ほど見た光景が浮かんだ。他の人形たちとは分けて飾っていた、木彫りの”家族”だ。女性と、小さな子供がいた。飾ってあった中でもっとも拙い出来であったが、もっとも心惹かれる、温もりを感じる人形だった。
「もしかして……あの、飾ってたお人形ですか? 仲が良かったんですね」
「そうやな。仲は良かった。裕福ではないけども、収入があるとちょっとだけ贅沢して桜餅とか買うたりしてな。あの日もそうやった」
辰三は、遠い目をしてどこか虚空を見つめていた。
「あの日って?」
「この体の主が、死んでしもうた日や」
「……え?」
不穏な言葉に、初名は目を見張った。その瞳を、辰三は視線だけを動かして、捉えた。
初名は、ようやく思い出した。辰三も、ようやく思い出したか、と言いたげな視線を向けていた。
「前も言うたやろ、僕は鬼やって。この男が死んで、その体を横から掠め取った、鬼なんや」
「辰三さん、甘いものがお好きなんですか?」
「はぁ?」
返答は予想に反して渋いものだった。辰三は、整った眉を眉間に寄せている。それほど怒らせるようなことでもなかったと思うので、初名は戸惑った。
「だ、だってこんなに美味しそうなメニューがいっぱい並んでるのに、迷わずお団子を頼んだから……さっきも、オムレツのお店とかカレーのお店があったのに、迷わずにジェラート屋さんを選びましたよね。好きじゃないんですか」
辰三は、考え込んでしまった。初名の問いに対する答えを慎重に選んでいるようだった。
「そうやな。僕は、別に好きやない……味なんて、わからへんからな」
「……へ?」
言っている意味が理解できない初名に対し、辰三はぐいっと顔を近づけた。初名は後じさる……ことはなく、じっとその顔を見つめ返していた。
「キミ、今は僕のこと怖くないん?」
「え、何でですか?」
初名の目の前にいるのは、大学構内でもこれまでの人生でもちょっとお目にかかったことのない美男だ。風見や弥次郎は除くが。感心してぼんやりしてしまうことはあっても、怖いことなどなかった。
「ただの死体のミイラは怖くて、僕は全然怖くないって?」
動く時点でただの死体ではないと思われるが……言っていることはその通りだった。初名は、うんうんと頷いた。すると、辰三はまた皮肉めいた笑みを浮かべていた。
「たぶん、僕の方がずっと怖いで」
「どこが、ですか?」
初名にしてみれば、ジェラートを奢れだの団子を奢れだの言っている姿しか思い浮かばない。思い浮かばなくなっていた。その脳天気な顔と声に、辰三は諦めたようにため息をついた。
「はぁ……大物やな、キミ」
「え、そうですか?」
「照れるな。貶しとるねん」
「貶してる!? 何故!?」
「まぁ半分は感心しとるけど」
「う……甘いものが好きかどうか聞いただけで何でこんなことに……?」
たじろぐ初名に、辰三は再び団子を勧めた。初名が一つかじると、辰三は残った自分の団子のうち、上にかかっている蜜をそろりと舐めとった。
「うん、甘くて美味しいです」
初名がそう言うと、辰三は自分の持っていた串を、皿に置いた。
「うん。僕は、そういう顔を見たいねん」
「どういうことですか?」
初名は何気なく尋ね返したつもりだったが、辰三は思いのほか答えに困っていた。初名は、その答えを待った。
「僕は味なんかようわからんようになってしもたけど、家族がな……皆甘いもんが好きやった」
”家族”…… その言葉で、初名の脳裏に先ほど見た光景が浮かんだ。他の人形たちとは分けて飾っていた、木彫りの”家族”だ。女性と、小さな子供がいた。飾ってあった中でもっとも拙い出来であったが、もっとも心惹かれる、温もりを感じる人形だった。
「もしかして……あの、飾ってたお人形ですか? 仲が良かったんですね」
「そうやな。仲は良かった。裕福ではないけども、収入があるとちょっとだけ贅沢して桜餅とか買うたりしてな。あの日もそうやった」
辰三は、遠い目をしてどこか虚空を見つめていた。
「あの日って?」
「この体の主が、死んでしもうた日や」
「……え?」
不穏な言葉に、初名は目を見張った。その瞳を、辰三は視線だけを動かして、捉えた。
初名は、ようやく思い出した。辰三も、ようやく思い出したか、と言いたげな視線を向けていた。
「前も言うたやろ、僕は鬼やって。この男が死んで、その体を横から掠め取った、鬼なんや」
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