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第1章
昨日の敵は今日の友
しおりを挟む(また来たよ……)
今朝方届いた、王城からの呼び出しの手紙を受け取りアイシャは、大きなため息をつく。
(それにしても王城も招待状、手を抜き過ぎじゃないかしらねぇ)
アイシャは、二枚の招待状を机に並べつぶやく。『全部文言、同じですけど』と。
そんなどうでもいい事を考え、現実逃避していなければやっていられない。
一枚はノア王太子の招待状。そして、もう一枚の招待状にデカデカと書かれた『クレア・エイデン』の文字にゲンナリしてくる。
確かにクレア王女には、ひどい事をしたと反省している。謝罪をする機会が出来たと考えれば、今回のお茶会への誘いは願ったり叶ったりだ。しかし、平穏を望み、自身の趣味を満喫したいアイシャにとっては、王族との関わりは避けたいところだ。
(まぁ、今回だけよ。さすがに紅茶をぶっ掛け、平手打ちした女と親しくなりたいとは思わないでしょうしね! 潔く謝って、さっさと退散しよう)
アイシャは、クレア王女からの手紙を握りしめ、王城という名の魔窟に再び飛び込む決意をした。
そして、数日後。
王城の門扉の前に到着したアイシャは、ノア王太子とのお茶会時に彼女を案内した侍従と再び再開した。
「リンベル伯爵家のアイシャ様ですね。クレア王女殿下がお待ちです。ご案内致しますので此方へお越しください」
(あれ? 前回より私を見る目が違うような気がする。気のせいかしら?)
相変わらずの無表情は変わらないが、アイシャへと送られる視線が熱を帯びてるような気がするのだ。直ぐに背を向け歩き出してしまった侍従の真意は不明だ。しかし、その後が違った。
アイシャのペースに合わせゆっくりと進む侍従の後ろ姿に、彼女の脳内は『??』となる。
(王妃様から叱責でも受けたのかしらねぇ~? 私、チクってないけど)
早足になることもなく、城内をゆっくりと進む。
(素敵……、さすが、王族が住まう場所よね)
ピカピカに磨かれた廊下に、飾られた絵画や彫刻、そして、大きくとられた窓から見える美しい庭園。
(ふふふ、あの庭園の生垣からひょっこり美少年なんか現れたら最高なのに――――)
「えっ!?」
軽く脳内妄想を繰り広げていたアイシャは、突然目に飛び込んできた光景に思わず足を止めた。
青髪の美少年とリアムが生垣から出てくるではないか!
(うわぁぁぁ、リアムと……、なにあの子。めっちゃ綺麗な子)
脳内の妄想がそのまま飛び出して来たかのような美麗な光景に、アイシャは釘づけになっていた。しかも、あのリアムが親しげに笑いながら会話をしている。
「アイシャ様、どうなさいましたか?」
突然歩みを止めたアイシャに気づいた侍従が声をかける。
「ほほほ、何でもありませんのよ。ただ、庭に知り合いがおりまして驚いただけですわ。さぁ、参りましょう」
アイシャの返答に、侍従がうなづき、再び歩き出す。
(危ない、危ない。私の趣味がバレた日には、お母さまから大目玉を食らってしまう)
安堵のため息をコソッとこぼしたアイシャは、侍従の後に続き歩みを進める。
(リアムでもあんな風に笑うことがあるのね……)
心の中に広がったモヤモヤに、なんだか釈然としないが、それが何なのかがわからない。
そんな気持ちを抱え、アイシャはクレア王女の待つ茶会席へと、侍従に続き大理石の廊下を歩いて行った。
♢
「リンベル伯爵家、アイシャ様をお連れ致しました」
アイシャが通された部屋は、可愛らしい家具に煌びやかな調度品が置かれた、ファンシーなピンク色の部屋だった。今も視線を窓へと移せば、フリフリのレースのカーテンが風で揺れている。
(なんとも目がチカチカする部屋だわ。クレア王女の私室だったら笑えるわね)
「ありがとう。もう、下がっていいわ」
クレア王女の命令に、一礼し、部屋を退室していく侍従が無情にも扉を閉める。クレア王女と二人きりとなった室内を見つめ、『私も回れ右して退室してもいいかしら』と、本気で思う。そんなアイシャの考えなどお見通しなのか、無慈悲な声がかかった。
「アイシャ、そこに座って」
花柄のソファで寛ぎ、お茶を飲んでいたクレア王女に目の前のソファを示される。
(あぁぁ、逃げられないか)
あきらめの境地で恐る恐るソファへと近づいたアイシャは、カーテシーをとり挨拶をする。
「リンベル伯爵家のアイシャでございます。この度はお招き頂き誠にありがとうございます。身に余る名誉、リンベル伯爵家を代表して感謝申し上げます」
「堅苦しい挨拶は要らないわ。ここはわたくしの私室です。人払いもしています。どう振る舞ってもらっても大丈夫よ」
(人払いしている? どう振る舞ってもいい? これは、私との決着を着けようってことなのぉぉぉ!?)
アイシャの頭の中で、戦いの開始を告げるゴングが鳴り響く。
(イヤイヤイヤ、マズいでしょ! 冷静に冷静に、まずは謝ろう。そして、逃げる――――)
その場から数歩後退し扉の位置を確認すると、クレア王女に向かいガバッと頭を下げる。
「先日の数々の無礼、誠に申し訳ございませんでした。頭に血が昇ったとはいえ、王女殿下に対し紅茶をぶっ掛け、あまつさえ平手打ちをかました事、やり過ぎてしまったと反省しておりますぅぅぅぅ」
令嬢としての優雅な言葉遣いなど無視し、平謝りするアイシャにクレア王女が返す。
「――――覚悟は出来ていると」
クレア王女の醸し出す雰囲気が黒いものへと変わる。
(私、死ぬ…………)
「ごめんなさいぃぃぃぃぃ」
アイシャは、自分の命欲しさに全速力で扉へ向かい走る。しかし、扉にたどり着きドアノブを回し、異変に気づいた。
(なんで開かないのよぉぉぉぉ!!!!)
必死にドアノブを回すがいっこうに扉が開く気配がない。そして、アイシャは必死のあまり気づいていなかった。
背後に近づいていたクレア王女がアイシャの肩に手を置く。
「――――捕まえた」
「ひっ!!」
(死んだ………………………)
「くくくっ、取って喰おうってわけじゃないんだから、逃げなくたっていいじゃない」
「――――ふぇ!?」
急に砕けた調子で話し出したクレア王女に面食らい慌てて振り向くと、肩を震わせ笑う王女と目が合う。目に涙をため笑い続ける王女に拍子抜けしてしまう。
「ごめんなさいね。あまりに面白かったから、つい。人払いをしていたのは、先日のお茶会でのことを、きちんと謝ろうと思ったからよ。王女としては、人前で頭を下げるわけにはいかないの。色々と面倒くさいのよ。自身の尊厳にもかかわることだしね」
そう言って笑うクレア王女は、数日前に会った彼女とはだいぶ印象が違う。
(いったい、何が起こったの? 王妃さまに怒られて、心を入れ替えたと言うには何か違うような……)
そんなことを考えていたアイシャだったが、次に続いたクレア王女の言葉に意識が削がれる。
「――でもね、アイシャにはきちんと謝りたかったの。臣下に対する王族の大切な心構えを諭された時、目が覚めた。今までの自分の行動は悪役王女そのものだった」
(悪役王女? えっ、どういうこと? 言葉のあや、かしら……)
「クレア王女殿下、あの――――」
アイシャの言葉を遮るように、クレア王女は言葉を紡ぎ、瞳からハラハラと涙をこぼす。
「気に入らないことがあれば周りに当たり散らし、王女なのだからと、誰もが私に傅いて当たり前だと思っていた。貴方の言う通り上位の者が下位の者に対して振る舞う行為の責任も考えずにね」
お茶会の席でのクレア王女の振る舞いを見れば、今までの彼女が傍若無人な暴君そのものだったとわかる。しかし、目の前で涙を流すクレア王女は、自身の行いを本気で悔いている。
(私の行動が、クレア王女を変えたのかな)
「あれから色々調べたの。大勢の侍女が、私のせいで辞めていったわ。その者達がどうなったかまではわからなかった。誰もが口を噤んでいる事実が、悲惨な末路を辿った事を物語っていた。私はどうしようもない性悪女だったのよ」
顔を両手で隠し静かに泣くクレア王女は、あの醜悪なまでの傲慢な姿が消え、別人のようだ。
アイシャは肩を震わせ泣くクレア王女の横に座り、彼女を抱きしめ言葉を紡ぐ。
「今までの行いを消すことは出来ません。しかし、自身の行動を反省し、後悔している今の貴方なら変わることが出来る。傷つき、去って行った者達のためにも良き王女になってください」
アイシャの言葉に耐えきれなくなったのか、膝の上に突っ伏し声をあげ泣き続ける彼女の背を、アイシャは優しく撫で続けた。
そして、数刻後。アイシャは泣き止んだクレア王女に手を握られ迫られていた。
「お願いよぉ、アイシャ。わたくしのお友達になってちょうだい!」
「イヤイヤイヤ、わたくしに王女殿下のお友達なんて恐れ多い事でございます。クレア王女殿下に相応しい容姿も頭も良い、高位貴族のご令嬢方とお友達になられるのがよろしいかと存じます。侯爵令嬢とか、侯爵令嬢とか、侯爵令嬢とか……」
「わたくしはアイシャと友達になりたいの! うん。と言うまで、ここから出さないんだから!!」
アイシャを友達にしたいクレア王女と、これ以上王族と関わりたくないアイシャとの攻防は、クレア王女の猛烈なアタックに屈したアイシャの完敗で幕を閉じた。
(本当に、本当に、私の平穏どこ行ったぁぁぁ!!!!)
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