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第三章

119『トラブルの予感』

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 その朝、朝食を終えたダージェたちが、食後の茶とともに久々の休息に一服していた時、今まで一回も面識のない男がテーブルの横に立った。

「なあ、昨日この町に来た商人ってあんた達だろう?
 この先国境を越えるんなら、俺が護衛してやるよ」

 驚きのあまり持ち上げたカップもそのまま、動きを止めたダージェと、思わず男の顔を見上げたボリス。
 話の内容と、その態度や言葉遣いに唖然としたダージェが相手を刺激しないようにまず、カップをソーサーに戻した。

「いきなり、自分の名も名乗らない無礼は見逃しましょう。
 うちにはちゃんと護衛もおりますし、新しく募集もしていないのです。
 わざわざ来てもらって申し訳ないが、そういう事なので」

 ピシャリと話を閉めてボリスとの会話に戻ろうとするが、男はさらに食い下がる。

「おいおい、護衛が1人しかいないって聞いたぜ。
 ここまで来るまでに失ったのなら補充しなきゃなぁ」

 ここでダージェは、初めて男を睥睨する。
 無精髭を生やした優男風、着崩した革鎧に決して手入れが行き届いているとは言えないブーツや、腰の剣。
 どう見ても食い詰めた、よく見積もってもギルドランクC以上とは思えない。

「私が今回依頼した護衛は、数は少ないかもしれないが精鋭揃いだ。
 君に言われる筋合いはないと思うのだがね。もう、お帰り願おうか」

「ちょ、ちょっ、待てよ。
 俺はお買い得だぜ」

「私はギルドを経由せずに人を雇わない主義なんだ。もう帰ってくれ」

 怒り心頭、眉を吊り上げた恐ろしい顔で男は、いきなり手を振り上げテーブルの上の茶器を振り払った。
 けたたましい音をたてて床に落ち、割れる茶器。
 男は捨て台詞を残して足音高く宿を出て行った。

「何ですか? あいつ」

「まったく無礼な奴だ。
 だがそれよりも、私たちのことが筒抜けだという事が問題だな……
 リーナちゃんたちはいつ戻る?」

「さっき出て行ったところですよ?
 夕方まで戻って来ないんじゃないですか?」

「とりあえず私に出来ることは、ギルドに苦情を申し入れる事ぐらいだな。
 まったく、鬱陶しい奴に目をつけられたもんだよ」

 こういう冒険者からの売り込みは、今までにないわけではない。
 だが男は最後まで名乗らず、ましてあの態度。
 ダージェは割れ物を片付けに来た女将に謝意を述べ、茶器の弁償を申し出た。
 そして、今の男について聞いてみる。

「あいつの名前はアルゴ。
 札付きのワルさね。一応冒険者登録はしているようだが、どちらにしてもいい噂は聞かないね」

「そうですか。やはりね」

 この後、ダージェは身支度を整えギルドに向かった。


 見慣れぬ余所者のその2人は、市でも大層人目を引いた。
 大斧を担いだ、身長2mを超える大男と、クリーム色の周りに毛皮をあしらったローブを着た、小さな少女。
 気前よく、片っ端から買い物をする少女は大男と楽しそうに市を回っていた。


「ちょっといいか?」

 その2人の行く手を邪魔するものがいる。
 今度は、アンナリーナたちの前に姿を現したアルゴは、護衛たちを直接懐柔しようとしたようだ。

「俺はアルゴって言って、この町で冒険者をやってるものだ。
 ちょっと噂を聞きつけてやって来たんだが、あんた達の護衛依頼に混ぜてくれないか?」

 アンナリーナとテオドールは、なんだこいつ?といった目でアルゴと名乗った男を見ている。
 アンナリーナは早速【鑑定】していた。

 アルゴ
 名ばかりの冒険者(D)ゴロツキ
 体力値250
 魔力値 80
 スキル
 剣術


「低っく!」

「リーナ?」

「えーっと、お兄さん。
 私たちはダージェさんに雇われているの。だから私たちにそんな事を言ってもしょうがないと思うのよ」

「いや、だからあんた達に口を利いて欲しいんだ。
 ほら、そちらは手が足りてないんだろう?」

「そんな事はない」

 テオドールがむっつりとしながら言う。

「護衛なら私たちの他にもいるから」

 にべもなくあしらい、その場を去ろうとするアンナリーナ達の前に、アルゴはまたまた立ちはだかろうとする。

「お買い物の邪魔しないで」

 直後にアルゴは体全体が地面に押し付けられるような圧を感じた。
 心臓が掴まれるような、冷たい刃物を突き刺されるような悪寒に、冷たい汗が流れる。
 身動きひとつ出来ないアルゴを置いて、アンナリーナは買い物を再開した。

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