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第1章 異世界武者修行編

第128話 夏休み最後の日(3)

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 2082年9月2日(水曜日) 18時30分 夏休み終了日 
 地球の楠恭弥の屋敷リビング

 僕ら3人での食事のはずだったのだが……なぜか《妖精の森スピリットフォーレスト》の幹部全員集合という事態に陥っている。
 確かにこの楠亭のリビングはかなりの広さがある。それにしたって、ものには限度というものがあるのである。
 僕は軽いため息を吐きつつも周囲を見渡す。近衛師団もいるので総勢、百を軽く超えている。こんな狭い部屋に入るわけはないのだ。必然的に家の前でのキャンプファイヤーとなる。
 このような頭が痛い状況は少し考えれば当然の成り行きだった。
 《終焉の迷宮》の完全攻略。こんな絶好の酒の肴を宴会好きの我がギルドのメンバーが放っておく訳がなかった。
 《森の美容院》の職員が帰宅途中に冒険者達が大騒ぎをしているのを聞きつけ、その情報をギルドハウスへ伝える。
 情報はラインでほぼ《妖精の森スピリットフォーレスト》のメンバーに満遍なくいきわたり、想像を絶する『祭り』となる。
 祭りの音頭をとったのは宴会の申し子――斎藤商事渋谷店フォーチュンツリーの支店長樟葉源五郎くずはげんごろうさん。
 彼が動いた瞬間、異世界アリウス組、斎藤商事組、吸血種組が一致団結し壮絶な宴会が繰り広げられることに相成った。
 ギルドマスターとして先刻会場の食堂に顔を出してきたわけだが、そのテンションの高さにドン引きした。
 大人達が飲兵衛化して素面の子供達はそのテンションに全くついていけず困惑気味だったので飲み会の勢いが終息するまで僕の屋敷へと誘った。喜美ちゃん、エル君以外、子供達が僕の屋敷に来るのは初めてだ。皆、盛大にはしゃいでいた。
 ここまではステラとアリスも別段反対はしなかった。寧ろ、子供達を誘ったのは食堂の惨状を危惧したステラの案であったし。
 問題はここからだった。
 喜美ちゃんが僕の屋敷に来る事を聞き、この頃喜美ちゃんに冷遇されている清十狼さんが僕に同席する許可を求めてきた。
 特に僕らだけで迷宮を攻略してしまったことで喜美ちゃんは頬をリスのようにパンパンにするだけでほとんど口をきいてくれない。清十狼さんへの八つ当たりは確実に悪化することだろう。
 同じ我侭な妹を持つ手前、どうしても断ることができず許可を出す。それが過ちの始まりだった。
 清十狼さんが屋敷での食事会に行くと聞き、水咲さんも当然に来ることになる。
 それから俺も、私もと場が騒然となった。
 今にも暴動まで起きかねない雰囲気だったので、今日は《妖精の森スピリットフォーレスト》の幹部待遇の者だけ来ることを許可した。
 具体的には旧メンバーと新に加わった幹部達、《近衛師団》の幹部達、《斎藤商事》、《森の食卓》、《森の美容院》、《森のブティック》、《森の聖堂フォーレストチャーチ》の幹部候補者達だ。
 結果、百人を遥かに超える数が僕の屋敷に集合することになる。 
 
 今僕はソファーに座り一歩も動けない状況に陥っている。その原因は僕の膝の上で安らかな寝息を立てている女性――キャスさんだ。
 この屋敷のパーティーはキャスさん、ロブさん、ルーガさんの歓迎会も兼ねている。カミラさんに連れてこられたキャスさんはこの屋敷に到着して僕を視界に入れるやいなや僕に抱きついて泣き出してしまったのだ。
 何とか宥めてたが、泣き疲れて寝ってしまったというわけだ。気持ち的には大きい手のかかる妹ができたような気分だ。
 
「キョウヤ様ぁ、良かったですぅ……」

(寝言か……小動物みたいだ……)

 キャスさんは沙耶とは全てが違う。それなのに僕は彼女に強烈な既視感を覚えている。この既視感は恋愛のような色っぽいものではない。どちらかというと僕が沙耶に何時も向ける感情。即ち――家族愛。そんな類のものだ。
 だからこそ異常ともいえる。彼女に恋愛感情を覚えるならまだ話は分かる。しかし、キャスさんに僕が抱く感情は妹の沙耶と極めて近いのだ。数歳とは言え、彼女は僕よりも年上だ。本来そんな感覚を覚えるはずもない。
 ベリアルといい、キャスさんといい、僕はこの頃変だ。対帝国戦という面倒ごとが片付いたことだし、改めて真剣に自身の異常性について考えるべきときなのかもしれない。

(それよりも、今、問題なのは――)

 そう。今この屋敷内は僕とキャスさんの話題で盛り上がっている。この状況はルーガさんが僕に膝枕をするキャスさんを見て咽び泣いた後、僕とキャスさんの婚姻の話を口にしたことに端を発する。
 この話をやたら行動力ある和江さん、榛原栞はいばらしおりさんが発展させて場は混沌カオスと化した。
 今や章さんやロブさんを含めた男性陣や母親ズは僕とキャスさんの間に生まれてくる子供まで話を発展させている。
 兎も角、好奇な視線に晒さて喉がカラカラだ。丁度、料理担当のステラが僕の前を通りかかったので、頼むことにする。

「ステラ、僕に水を……」

 ステラは僕を無表情でみると直ぐに氷の微笑を浮かべ、水を持ってきてくれた。そして一瞥もせずに僕から離れていく。
 僕は大きなため息を吐き周囲を改めて観察する。
 こうした態度はステラだけではない。というよりちゃんと会話が成立するだけまだステラはましだ。
 弘美さん、焔さんは僕と目を合わせようとすらしない。アリスなど僕をガン無視して空気のように扱ってくる。お前子供かよ!! って子供か……。
 唯一、マリアさんだけがいつものように接してくれているのが救いだ。ついさっきまで針の筵状態の僕の話し相手になってくれていた。
 今マリアさんはチャイムが鳴ったので、僕の代わりに玄関に来た客の対応に行ってもらっている。
 僕の屋敷にも客は来る。まあほとんど客というより郵便や宅配便の職員の類ではあるのだが……。

「こ、困ります――今、キョウヤさんに聞いてまいりますので……」

「きょ、恭弥さんっ~!!?」

 玄関で壮絶にテンパっているマリアさんの声が僕の耳に飛び込んでくる。押し売りのセールスだろうか? それにしてはこの声どこかで聞いたことがあるような……。
 
「あ…………」

 ドンドンと怒りに満ちた足音。
 確かにこの音には聞き覚えがある。というより十数年間、頻繁に聞いていた。
 僕の脳がそのある意味残酷な事実を認識するにつれ全身の血の気がサーと引いていく。

 タイミングが悪すぎだ。今日は労いも兼ねて警備の次元精霊達には休ませたのだ。
 この屋敷は僕が過去に召喚した次元精霊が警備してもらっている。
 以前は思金神おもいかねの眷属も警備についていたが、《終焉の迷宮》での過酷な修行ののち、次元精霊達の強さが一定以上に達したので、彼らに任せることになったのだ。
 彼らは思金神おもいかねの直接指導を受けた精鋭中の精鋭だ。僕ら幹部以外では最強クラスだろう。
 気が利く次元精霊が1柱でもいれば、こんな事はならなかった。そんな今更なことを呟きながら違うことを一心に願う。
 しかし、僕のこうした願いは大抵裏切られる。
 足音が近づき、皆視線を入口に固定する。

「あ~、お兄ちゃん、いたぁぁ!!!」

 リビングの入り口には全身を憤怒で漲らせながら僕に人差し指を向ける僕の愛する妹がいた。

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