こけしの大晦日

んが

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夜の闇

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 傘の世界にも夜はありました。
 夜になると、子供たちはそれぞれ別のテントに入って眠りました。
 ここにきている子供たちは心に寂しさを持っている子供たち。
 さびしんぼう、たちです。
 親がいなくなってしまったり、いてもつらく当たられたり、何かしらつらい気持ちを抱えて生きている子供たちなのです。 
「ああ」
「助けて」
 助けを呼ぶ声がすれば、誰かが飛んでいって背中をやさしくなでてあげます。 
 怖い思い出に押しつぶされそうな子供には楽しい夢を見られるようにその子に合わせた音楽が流れ、ぐっすり眠っている子供にはその眠りを妨げないように外からの音を入り込ませないようにしてありました。
 すやすや寝ている声が聞こえれば安心してポチも眠りにつきます。ポチが見ていると世話をする人たちは常に何人か見かけました。どこに住んでいて、何をしている人か、はたまた住み込みなのかポチにはよくわかりませんでした。
 その人たちは、勉強を教えたり、話を聞いてあげたり、一緒に歌を歌ったり、まるで学校の先生や親のように世話をしてあげているようにポチには思えました。ご飯もいつの間にか用意されているので、用意してくれる人がいるのでしょう。
 ポチも近頃は子供たちとすっかり仲良くなって、お泊りもするようになっていました。
 ポチは毎日のように子供たちのところへ通いました。
 林さんに最初のうちは説明しようとしましたが、言葉が通じないので怒られてばかりで嫌になっていました。ほとんど半野良犬のような状態で餌だけもらっていました。
 林さんは昼間ポチがどこに行っているかも興味もないようでした。
 うさぎを飼い始めたようだし、ポチはポチで別の居場所があるのでさみしくもありませんでした。
 でも、林さんの家に戻ってきても、以前のように「おかえり」とも言ってくれない林さんには少し寂しい気持ちもありました。

 はじめは小さかった子供たちも大きくなってきました。
「ここにお世話にきてくれているAさんが自分の子供にならないかって言ってくれているの。私のお母さんは別のところにいるけれど、もういないようなものだし……。Aさんと一緒なら私も安心できるからついて行こうと思うの。だからみんなとも今日でおわかれ。今まで一緒に遊んでくれてありがとう」
 ある日背の少し高くなったゆきが、勉強を見てくれていた女性と一緒に傘から出ていきました。
 れんとかいとは、まだ傘の中で暮らしていました。
「外の世界はまだ怖いよ」
 れんが言いました。
「だってお父さんがまた僕を見つけて追いかけてきたらどうしよう」
 れんは、そういうと小刻みに体を震わせます。
「れんのお父さんはしつこいもんな。怖い気持ちはわかるよ。ぼくはもう大きくなったし、親にあっても平気だと思う」
 かいとがいうと、電信柱の声がしました。
「かいとは、親に会いたいのかい?」
 かいとはうなずきました。
「会いたくはないけど、ずっと傘の中じゃああきちまう。ぼく。もう小さい僕じゃないよ。もうすぐ10歳だ。外に出させてよ」
 かいとは大きな声で訴えました。
「そうかい。わかったよ。最初は短い時間にして徐々に延ばしていこう。久しぶりの下界は刺激が多いからね」
 かいとは、「わかったよ」と言い素直に従いました。
 何年か前に一度外に出た時には、かいとはあんまりいろんなところに出入りして補導されそうになったのでした。

 秋晴れのある日、かいとは傘から出てお散歩したりコンビニでおにぎりを買って公園で食べたりしました。おでんもおいしそうでしたが、電信柱からもらったお金では足りないので我慢しました。
 空は青く、雲がちらばっていました。
 いろんな雲がありました。
 クリームパンの形の雲、アンパンにも見えます。羊の形、ネズミにも見える雲もあります。
「外ってこんなに広かったっけ」
 かいとはつい言葉に出して呟いていました。
 ポチは心配でかいとのあとをつけていました。
 かいとはそんなことも知らず、鼻歌を歌いながら空を見上げています。
 その時です。
「君は小学生だろう。そこで何をしているんだね」
 巡回中のおまわりさんが声をかけてきました。
「どこの子かね。このあたりの子かね。おうちはどこ? 今日は学校お休みじゃないだろう? 具合が悪そうにも見えないが……」
 おまわりさんは、矢継ぎ早に質問をしました。
 かいとはベンチから立ち上がると、礼儀正しく答えます。
「お巡りさんですね。お疲れ様です。ぼくは、ちょっとお散歩しているんです! 怪しい子供ではありません!」
 それを聞いたポチはわんわんわんわん、と二人の前に飛び出しました。
「なんだ、この犬は急に飛び出してきて、こら、あっちへ行きなさい」
 おまわりさんはそういうとポチをしっしっと手で払おうとしましたが、「あ、ポチ」というかいとの声を聞いて追い払うのをやめました。
「君の犬なの?」
「そうです。こいつが遊びに来たいというのでお散歩にきていたんです。ね、怪しくないでしょ」
 かいとはそういうとニッと笑いました。
「放し飼いはいかんな」
 おまわりさんは、学校はと言い続けていましたが、そういえば今は通常の時間に学校に行くのが難しい子もいるということを聞いたなと思い出してやめました。
「そうだな。犬のお散歩も大切だもんな。だけど、一人でこんな時間にこんな公園でポツンといるのは危ないよ。人がいるところに行った方がいいと思うよ」
 優しいおまわりさんだと思ったかいとは、素直に従いました。
「ポチ、助けてくれてありがとう。心配してついてきてくれたんだね」
 そういってポチの頭をなでてあげます。
「かいとくん、傘に戻るまで遊びましょう!」
 ポチは自分の首についたリードをくわえてかいとのほうへ頭を向けました。
 ポチは、わんわんと吠えました。
「そうだね」
 かいととポチは広い公園を思いっきり駆け回りました。
 シャツ一枚では少し涼しく感じましたが、傘の中より空気にいろんなにおいが混じっていて新鮮に感じられるのでした。
「ポチは下の世界で生きているんだろう。どうして僕らのところに来てくれているの?」
 かいとは、川沿いの道を歩きながらポチに尋ねました。
 ポチは、「どうしてでしょう? 気づいたら電信柱さんに導かれて皆さんと一緒にいました」と答えました。
 ポチも聞きました。
「かいとくんは、どうして傘の中で暮らすようになったのですか?」
「僕は、家に居場所がなかったんだ。おなかもすいていたし、小さかったからどこに助けを求めたらよいのかもわからなかったよ。学校にも居場所はなかったから、学校を休んでぶらぶらしていたら電信柱さんに声をかけられたんだ」
 かいとは、少し声を詰まらせながら答えました。
「そうなのですね。お母さんとお父さんは厳しかったのですか」
「二人とも僕のことが嫌いだったと思いたくはないけれども、どうなのかな。父さんが仕事をなくすまでは二人ともまだよかったんだ。でも、僕はあの家では落ち着けなかったんだよ」
 ポチは、くうんと鳴きました。
「家の中はたばこや酒臭かったよ。いつも、部屋の中は臭かった。傘の中に入ったときは、こんなにきれいな空気のところがあるんだと思った」
 かいとはふうっと息を吐きました。
「久しぶりにゆっくりと深呼吸できたよ。本当に傘の中には安心があった」
「だけど、今回かいとさんは外に出たいと訴えました」
 ポチはかいとを見上げました。
「そう。ゆきちゃんも傘を卒業したし、僕も今すぐじゃなくても一人か二人暮らししたいと思ったんだよ」
 かいとの瞳は生き生きとしていました。
「そうなんですね。傘の中は暖かい寝床も食事も出してくれてとても良い場所だと思うのですが……」
「それでも、出てみたいんだ。ぬくぬくと自分だけ守られてていいのかなって時々思うんだ」
 かいとは、くすくす笑いました。
「犬とこんな話をするなんて思ってもいなかったよ」
「犬だっていろいろ考えてるんですよ」
 ポチは軽くかいとのこぶしを噛みました。
「こらー」
 ポチはぱっと離れて駆け出します。
「そろそろ戻ろう。電信柱さんが心配しているといけない」
 かいととポチは電信柱のところまでゆっくり歩きました。


 
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